ひっきりなしに飛び交う、人の声。
聞き慣れた、それでいてどこか懐かしい感じのざわめき。
それらをすぐ近くに感じながら、サイは重い瞼をゆっくり開いた。



「あ!
副隊長さん、お目覚めですよ〜!」



──誰だ、この声。
ネネ……か?



「おぅ! 
ずっと働きどおしだったんだから、もうちょっと寝ててもいいってのに」



──オサキ……?
生きていたのか、君は?



「……全く。
噂どおりの、無茶苦茶な人ね」



──風間曹長?
いや、もう少尉だったはずだよな。
俺が撃ったから──俺のせいで。



眼前に、非業の死を遂げたはずのあの3人がいる。
そう感じた瞬間、サイは思わず右腕を伸ばしてしまう。相手の正体を掴もうとして。
その途端、甲高い声が耳をつんざいた。
「もう、何寝ぼけてるんですか!?
私たちとは初対面のはずですよ、副隊長は!」



同時に視界に飛び込んできたものは、3人の看護師の顔だった。
薄桃色に染めたツインテールがよく似合う、童顔の少女。
後ろで一つに束ねた長い銀髪を持つ、色黒の娘。
対照的に肌が白く、まっすぐな黒髪を丁寧に顎あたりで切りそろえているおかっぱの少女。
──いずれも、サイの知らない顔だった。
ネネやオサキ、風間少尉とは似ても似つかない。



サイの表情をまじまじと確認しながら、ツインテールの少女が朗らかに笑う。
「あぁ、良かった。
英雄様のご帰還ですよ〜!」
サイは戸惑いながらも、状況を確認しようと頭を回した。
どうやら、天国ではないことは確実らしい。見慣れたベージュの医療用テントの中にサイは寝かされており、この3人に見守られていたようだ。
銀髪の娘がその吊り目で悪戯っぽくウインクしながら、サイに手を合わせている。
「悪いね〜。
アマミキョの医療ブロック、もう満杯でさ。ちょっとでもいいカンジの施設ってなると、ここしかなかったんだ」
そんな彼女に、すかさず黒髪の娘が突っ込む。
「……副隊長で勇者様なのに。酷い」
「しょーがないだろ! これでもアタシが必死で走り回ってやっと見つけたんだぞ!」
「テントが空いてただけでも奇跡だよ〜。
そろそろ副隊長が起きそうだってスズミ先生に報告したら、すぐに出来るだけ人集めろって言われて、やっと集まったのが私ら3人だもんね」
天幕から吊るされたライトが眩しく、目がうまく開かない。そもそも左眼のあたりは固く包帯で覆われ、動かせるのは右の瞼だけだった。
身体も、右腕が少し伸ばせる程度。両脚も動かそうとしても殆ど無理で、左腕はギプスが嵌められ、首から包帯で吊られている。
上半身はほぼ全て包帯で覆われ、その上から申し訳なさげに、両袖のちぎれたワイシャツが着せられていた。気絶する直前まで着ていたものと同じらしく、泥土や右腹部の大きな血痕まではっきりと残っている。恐らく、サイに回すだけの着替えも足りていない状況なのだろう。
泥の塊にも似たゴミが、隅の空き箱の上に無造作に畳まれているのも見える──
よくよく見たらそれは、サイがずっと着ていたタキシードだった。
「君たちは……?」
サイが尋ねると、途端に看護師たちは一斉にかしこまり、一人ずつ自己紹介を始めた。
ツインテールが元気よく満面の笑みで言う。
「はい! ご挨拶が遅れ、大変申し訳ありませんでしたぁ〜。
私、ピックル・リンと言います」
銀髪褐色の娘もそれに倣う。「シルキー・ウェイだ。よろしくな!」
最後はおかっぱの少女が、つっけんどんに言った。「……コロン・ロック。よろしく」
「ありがとう。助けてくれて……
そういえば、君たちは新しいアマミキョメンバーだったね。スズミ先生がかき集めた、若いけど腕のいい看護師たちがいるとは聞いてたよ。
こちらこそ、すまなかった。こんな形で初対面なんて……」
「いやぁ〜ん、腕が良くて若くて可愛らしくて結婚したいなんて、そんなぁ〜♪」
「可愛らしいとは言ってない」
「結婚したいとも言ってない」
あからさまにいい子ぶるピックルに、すかさず突っ込むシルキーとコロン。
サイは3人に礼を言いながら、再び尋ねる。



「──そうだ。
ティーダは。ナオトは、ルナマリアたちは……それに、キラは?」



その言葉に、3人はふと顔を見合わせたが──
すぐにシルキーが説明を始めた。
「ナオトも、アマミキョも、ザフトの連中も、ティーダも無事だよ。
副隊長がド無茶やらかしてティーダを呼び覚ましてくれたおかげで、意識が混濁してたナオトも目を覚まして、ティーダの黙示録を使った。
それで、湖の周辺に接近していた南チュウザン軍はほぼ戦闘不能になり、撤退。
キラ・ヤマトたちについても同じさ。ちゃんとは確認出来なかったみたいだけど、多分南チュウザン軍と一緒に撤退したんじゃないか、ってことらしいよ」
コロンがその説明を引き継ぐ。
「同時に、湖に近づいていたアマミキョにアークエンジェル、そしてミネルバJrも、一時操舵不能になったけど……
何とか大破せずに不時着出来た。怪我人もそこまで出なかった」
「え?
ミネルバJrに……アマミキョと、アークエンジェルも?」
ミネルバJrが湖付近にいたのは分かる。当然、サイやルナマリアたちの支援の為だ。
だが何故、アマミキョやアークエンジェルまでが湖に来ていた?
「よく分からないけど、アマミキョに関して言うなら……」
シルキーが両手をひらひら振りながら続ける。
「勘だとしか言いようがないねぇ。
アタシら新人ですら、何となく、行かなきゃ駄目だって気がしたし。
前からアマミキョに乗ってた連中は、もっと強烈にそう感じたみたいだよ」



間違いない。
恐らく、アマミキョに搭載された全船監視システム──
船に関わる者たち全ての意識を統一し、収束する力。
その影響が、彼女たちにまで及んでいたというのか。



「アークエンジェルについては、よく知らない。
だけどもし、行方不明になっていたキラ・ヤマトとラクス・クラインが来るっていう情報が齎されていたのなら、あそこに来ても不思議はないんじゃない?」
コロンの言葉に、サイは動揺を隠せない。
「キラとラクスさんが、行方不明になっていた……
ということは、アークエンジェルも知らなかったのか。二人に何があったのかを」



その時、テントの入口がバサリと開かれる音と共に、男の声が響いた。
「それについては、後で俺から話をするよ。お嬢さんがた」
随分懐かしい感じのするその声に、サイは思わずそちらに視線を向ける──
と同時に、心臓が逆流するほどの衝撃を覚えた。
足が満足に動けば、恐らくサイは驚きのあまりひっくり返っていただろう。
──俺はやっぱり、天国に来てしまったのか。



「まさか……
フラガ、少佐……あ、い、痛たたたたっ!!」
「え、ちょ、副隊長!? 無茶しないで!」



思わず身を起こそうとしかけて、慌てふためいた看護師たちに押さえられるサイ。
そんな彼の眼前で、オーブ軍服姿の男は、からかうようにウインクした。
蒼みがかった瞳に、端正な顔だち。癖のある金髪は肩まで伸びており、鼻から頬にかけて大きな傷も見えたが──
「あぁ、ちょっと違う。
今の俺は、オーブ軍のムウ・ラ・フラガ大佐だから」



どうして。
フラガ少佐は3年前、アークエンジェルを……俺たちを守って、散ったんじゃなかったのか。
あの状況から生き残るなど、到底不可能としか思えない。いくら彼の通り名が、「不可能を可能にする男」だったとはいえ。
サイは思わず身構える。フレイと同じように、この男が──



そんなサイを見て、フラガは笑みを消す。
「……まぁ、そうなるのも無理はないさ。
フレイ・アルスターに散々翻弄された立場としては、仕方ないだろう。
だが今は、信用してくれないか。少なくとも、俺は君たちの敵じゃない」
そう言いながら、彼はずかずかとサイの元に歩み寄り、ほぼ抵抗不能なサイの身体を、そのまま両腕で軽々と抱き上げた。
「え? ちょ……何するんですか!」
「おいおい、暴れたら落しちまうぜ?」
有無を言わせぬ早業に、看護師3人も呆気にとられたままだ。そんな彼女らに、フラガは再びウインクをかましつつ振り返る。
「お嬢ちゃんがた、ほんのちょっと副隊長を借りるよ。
彼に是非、見せたいものがあってね」





フラガを名乗る男にそのまま抱きかかえられ、テントの外に出たサイ。
何十にも連なった、アマミキョの医療用テント。サイはその中の一つに収容されていたようだ。
あれだけ降っていたはずの雨はすっかり止み、むっと鼻にくる湿気だけが残っていた。
しかし今いる場所は高台のせいか、穏やかな風が頬を撫でてくる。それだけで、暑さは大分紛れていた。
時刻は、夜明け前といったところだろうか。まだ黒雲が残る暗い空に、ほんの少しばかり星が煌いている。
そして──
「サイさん!」
外で彼を待っていたのは、ナオト・シライシの、今にも泣きださんばかりの声。
パイロットスーツも脱がないまま待っていたのか、彼は一目散にサイに向かって駆けてくる。
「良かった……良かった!!
一度は心音も呼吸も完全に止まってたから、ホントにホントに心配したんですよ!!」



そんなナオトの言葉に、サイは若干戸惑った。
心音も呼吸も完全に──だと?



だが、それについて考えている余裕はあまりなく──
その後から少し遅れて、制服に着替えたルナマリアの姿が見えた。
やはり心配そうにサイの許へと駆け寄ってきたが、フラガのオーブ軍服を見た瞬間その表情は強張り、足が止まってしまっていた。
そんな彼女にも、フラガは気さくに話しかける。
「心配するなよ、お嬢ちゃん。
俺たちはもう、敵でも何でもない──それを教えてくれたのは、こいつらじゃないか」
そう言いながら、フラガはサイとナオトに目配せしてみせる。
その言葉が気に障ったのか、ルナマリアは膨れっ面を隠そうともせず答えた。
「お嬢ちゃん、はやめてください。
私はミネルバJrのルナマリア・ホーク」
「済まないね。俺はどうも、こういう言い方しかできなくて──
そいじゃ、赤服のお嬢さん」
『赤服』という部分を少々強調しての、フラガの言葉。ルナマリアの制服の色で、彼はそう判断したのだろう。
しかしそんな彼の気遣いが、逆にルナマリアの気を悪くしたのか──
彼女はフラガを完全に無視して、サイに話しかけた。
「さっき、ミネルバJrから報告があった。
カズイ・バスカークが回復したそうよ」
「えっ!?」「ほ、ホントですかルナさん!」
驚くサイに、歓声をあげるナオト。
ずっと意識不明のままミネルバJrにいたカズイが、やっと回復出来たのか。
安堵のあまり身を乗り出し、腕から落ちかけるサイ。それを慌てて支えるフラガ。
「もう、歩き回れるぐらいには治ってるみたい。
ちょうどいいから、ついさっき身柄をアマミキョに移したって、艦長が言ってた。
あと、これ」
彼女はつっけんどんに言いながら、懐から何かを取り出した。
それはよく見ると、赤い縁の眼鏡──サイの使っていたものだ。
「私にはよく分からないけど、これがないと不便な時があるんでしょ?」
そうだった──紅いストライクフリーダムの攻撃を受けた時に、眼鏡を落としていたのだっけ。
よく見ると、元のサイの眼鏡とそこまで変わらない。若干緩まっていたネジが締め直され、レンズも新しいものに変えられてはいるが、ちょっと曲がった柄のあたりはそのままだ。
その眼鏡を改めてかけ直し調子を見ながら、サイは尋ねた。
「もしかして、ルナマリア……
あの泥の中から、俺の眼鏡探して?」
「そ、そんなわけないでしょ!?
たまたま近くに落ちてたのを見つけたから、拾っただけよ!」
思わず赤くなって反論する彼女を見ながら、サイは思う。
コーディネイターで視力は問題ないはずの彼女が、わざわざ眼鏡を拾い、直し、サイに返した──
これが、一体どれだけ大きなことか。
「──ありがとう。
どっちにしても、嬉しいよ」
「……全くもう。どんだけ心配したと思ってるのよ、みんなが」
そんな彼女の怒り顔を面白そうに眺めながら、フラガは言う。
「さぁさ、良ければナオト君も、ルナちゃんも来るかい?
そろそろ時間がないんだが」
「る、ルナちゃん?」
「じ、時間って何ですか? フラガ大佐」
当惑する二人を傍目に、サイを両腕に抱いたまま、フラガはどんどん急こう配の坂を登っていく。
赤土の盛られた坂の先はちょっとした丘になっており、彼はその頂上を目指していた。





「あの、しょう……じゃなかった、大佐。
セレブレイト・ウェイヴは。南チュウザンは、今どんな動きを?」
「それについても、心配ないさ。
ティーダの黙示録発動をきっかけに、北チュウザン近辺のタロミの動きはすっかりおとなしくなった。無力化されてやむを得ずか、それとも意図的なものかは分からんがな。
コロニー・ウーチバラについても、ザフトが軍を展開させて周辺の監視を続けているらしい。アスランによると、ジュール隊がなかなか頑張ってくれているそうだ」
その名前を聞いて、サイは心底ほっとした。
何か動きがあれば、ディアッカたちなら間違いなく反応してくれるはず──根拠はないものの、何故かそんな安心感があった。
「ほれ、着いたぞ。ここだ」
ナオトとルナマリアを従えつつサイを両腕に抱いたまま、軽快なフットワークであっという間に頂上まで登るフラガ。
「何ですか? ここ……
灯り以外、何も見えないですけど」
ナオトは訝しがりながら、眼下の景色を眺めていた。
丘の麓は避難民のキャンプがあるはずだが、確かに彼の言うとおり、丘の下はほぼ暗闇に包まれ、テント内を照らすほのかな灯り以外の光は殆ど見えない。
その向こうは海があるだけだ。遥か向こうに広がる水平線。
夜明けはすぐそこまで迫っているようで、次第に海面付近が明るい紅に染まり始めていた。
そして──



水平線の向こうから、いつもと同じ、この地を焼き尽くさんばかりの灼熱の太陽が姿を現す。
ずっと雲に覆われていた分、陽光の輝きは一段と強くなっているように思えた。
海面から太陽がその欠片を覗かせただけで、サイは思わず目を細めてしまう。
まるで溶岩のように、天から海へ溢れ出す黄金の煌き。
「どうだ──これが、地上の太陽ってやつだ」
プラントじゃ決してお目にかかれんだろうと言いたげに、フラガはルナマリアを見やる。
だが彼女はそんな軽口にも気づかず、眼前の光景の美しさに心を奪われていた。
彼女の心情を代弁するかのように、ナオトが感嘆の声を上げる。
「うわぁ……久々ですよ、こんな綺麗な朝日は」
そんな彼らにも、フラガは余裕の微笑みを崩すことなくさらに言う。
「そりゃそうだろう、久々の太陽だろうしな。
だが、俺の見せたいもんはちょっと違う」



フラガはそう語りながら、陽光に照らされ出した眼下の地を見降ろした。
自然と、サイたちの視線もそちらに向き──



生まれたばかりの太陽の光に照らされた大地が、金色に輝きだす。
そこに建てられた、無数の難民たちのテントと共に。
その数は、サイたちが想像していたよりも遥かに多く、海のすぐ近くまでをびっしりと埋めていた。
輝く大地と共に、テントの天幕に残った雨水も陽光を反射し、美しい光を放つ。
ナオトは思わず、驚愕と歓喜の入り混じった溜息を漏らしていた。
「す、すごい……
こんなにたくさん、ここに人が集まっていたなんて」
よく見ると、早めに起きてきた子供たちが元気よく外へ飛び出し、朝の光の中で踊りだしている。
テントの外で支度をしながら、子供らを呼ぶ母親の声が響く。
子供らが駆けていくたびに、小さな足が水や砂を蹴っていく。その一粒一粒が、光の中で輝きを放っていた。
その歓声は次第に多くなり、キャンプ中に反響していく──
長い間、風雨と砲弾の恐怖に晒されていた人々が、久々に迎えられた快晴の朝。
その喜びを、人々は全身で受け止めていた。
朝を迎え、この光を浴びられたことを、全身で感謝しながら。



サイはフラガの腕の中から、茫然とその光景を眺めていた。
そんな彼に、フラガはゆっくりと呟く。
「サイ。
お前がいたから、この連中は今日も朝を迎えられた。
あそこのガキどもは皆、言ってたぞ。ガンダムに乗ったタキシードのお兄ちゃんが、助けてくれたって」
「そんな……
俺は、何も出来ていません」
首を横に振りながら、サイは自嘲する。
「俺にもっと力があれば。俺がもっと頑張れていたら──
もっと助けられたはずなんです。
感謝されることなんて、何も出来てない。俺は英雄でも勇者でも何でもない。
ナオトもルナマリアも、皆を振り回して……
この人たちを助けられたのは、結局はアマミキョのみんなやティーダの力だ。
俺は──」
感情がこみあげ、喉に言葉をつまらせるサイ。
そんな彼に、すかさず何か言おうとするナオトとルナマリア。
しかし二人をゆっくりと目で制し、フラガはサイに語りかける。
「そうだな。
確かに、お前一人では何も出来なかったかも知れない。
だがお前がいなきゃ、アマミキョも、ティーダも。
もっと言うなら、ミネルバJrも山神隊も……ここまでは動けなかったはずだ」
それは──
ザフトでも連合でもアマミキョでもない、大局的な視点を持ち。
かつ、3年前のサイを知るフラガだからこそ言える、彼への言葉だった。



「3年前、お前は酷い挫折を味わった。
それはすぐに割り切って捨てられるレベルじゃない、呪いに満ちた絶望とも言えるものだ。
あの時、キラにもお前にも、フレイにも何もしてやれなかったのが、今も悔やまれてならん。
だが、逆に言うなら──
あの敗北が。あの痛みが、今のお前を形作った。
挫折を引きずりながら、腐りも曲がりもせず、真っ直ぐに前を向いて一歩一歩、ここまで来た。
それがそのままお前の強さとなり、彼らを救ったんだ」
黄金の穂をつけた麦畑のように揺らめき、輝く大地。
それを静かに眺めながら、フラガは一言一言、噛みしめるようにサイに言った。



「お前は、敗北者なんかじゃない。
少なくとも、ここにいる人々にとっては──救世主だ。
俺は、それだけ言いたかった」



瞼が熱くなる。
目の前の光景が、じわりと霞む。
左眼を覆っていた包帯までも、いつの間にか濡れていた。
サイたちに気づいた人々が、眼下で手を振っている。中には両手を組み合わせ、跪いている女性までいた。
滲み続ける視界の中でも、しっかりその姿を目に焼き付けながら、サイは答えた。
「──ありがとうございます。
この景色……俺、忘れません」
それだけ言うのがやっとで、あとは声にならない。
そんな彼をしっかり両腕で抱え直しながら、フラガはぽつりと呟いた。
「俺も、思い直したよ。
やっぱり、自分のやっちまったことの始末は、きっちりつけんとな」
サイにはその言葉の意味が、よく分からなかったが──
フラガの呟きは、燦々と輝き始めた朝陽の中へ吸い込まれ、二度と繰り返されることはなかった。






 

つづく
戻る