「──そうか。
スティングは……アマミキョに助けられていたんだな」
新生したアマミキョ・医療ブロック。その一角で、数日にわたり治療を受けながら──
サイはムウ・ラ・フラガと、互いの情報交換を行なっていた。
そしてサイはこの時点で、初めて知ることになった──
アークエンジェルがアマミキョと合流して行動していること。
キラとラクスはチュウザンの争いに巻き込まれ、アークエンジェルから離れたこと。
ムウ・ラ・フラガが、かつてファントムペインの子供たちを率いていた連合軍大佐、ネオ・ロアノークであったことも。
当時は記憶を失っていたという話もフラガから聞かされたが、それでもサイは釈然としない想いを隠せなかった。
そしてフラガに、スティング・オークレーの件を話したのである──
彼がアマミキョに救われ、ほんの一瞬ではあるが安らぎを得たことを。



「その後彼はアマミキョを救う為に戦い、仲間の存在を思い出し、連合に戻りました。
何か、ご存知ではないですか。スティングのことを……」
フラガはその話を聞きながら、いつしかサイから視線を外し俯いていた。
「恐らく、スティングがアマミキョに救出されたのは、デストロイによるベルリン侵攻の直後だ。
さっき話した通り、その時に俺は負傷し、アークエンジェルに拾われ、その後連合軍に戻ることはなかった。
だから、推測でしかないが──
スティングが連合軍に帰還した時点で、彼の仲間と言える人間は誰もいなかった。ステラも、アウルも──俺も。
彼が、再び記憶を消去されたのは間違いない」



その言葉をじっと聞きながら、サイは右拳を握りしめる。
左腕はまだ厳重にギプスで固定され包帯を巻かれていたが、動いていれば同時に握りしめられていただろう。下手をすれば、感情に任せてフラガに掴みかかっていたかも知れない。
ネオとステラが待っているから、スティングは連合へ戻ったのに──
アマミキョでの記憶も、ネネとの安らぎの記憶も全て消され、また戦うだけのマシーンに戻ってしまったということか。



そんなサイの感情を慮ってなのか、諦念もこめてフラガは呟く。
「分かっていただろ? 連合は……
特にブルーコスモスの息のかかった連中は、そういうことをする奴らだってのは」
貴方もそれに加担していたじゃないか──
喉元まで出かかった言葉を、サイは何とか呑み込む。
フラガは逸らしていた視線を再び彼に向けながら、自嘲するように話した。
「あいつらを思い出すと、俺は思うんだ。
一番の不幸ってのは、人として当たり前の感情を知らんまま、生かされることなんじゃないかってね。
その意味では──
誰かに愛情を注がれ、誰かを好きになりかけた分、ステラもスティングも救われたんじゃないか。俺はそう思う」



人として、当たり前の感情。
サイの脳裏にすぐに浮かんだものは、マユ・アスカの笑顔だった。
彼女もまた、アマミキョやナオトによって、ただの戦闘マシーンではなく人間としての感情を覚えていった。そのはずなのに──
俺はスティングもマユも、守り切ることが出来なかった。



しかしフラガは、そんなサイの心を見抜いたかのように、その右肩をぽんと叩いた。
「たとえその愛情が、無惨に踏み潰されたとしても、だ」
「え?」
「だから、サイ。お前さんには礼を言うよ。
……当然、それで俺の罪が許されるなんて、思っちゃいないがな」



ひとつ息を吐きながら、フラガは席を立つ。
そのまま彼は何も言わず、病室から出ていったが──
その言葉だけで、サイは何故か少し救われたような気がした。



──3年前、どうしてあの状況から助かったのかだけは、結局教えてくれなかったな。
あの人自身、分かっていないのかも知れないけど。



サイがほっと息をついた後、フラガと入れ替わるように病室に入ってきたのは、女医のスズミ・トクシ。
軽く会釈をしながら立ち去るフラガに少し目配せしつつ、彼女はベッドサイドの点滴の様子を見た。
「久しぶり。どうしても間が空いてしまって……
調子はどう、サイ君?」
「今のところ、特に問題ありません。
先生こそ、すみません。医療ブロックも忙しいのに、合間を縫ってわざわざ俺を診てくれて」
そんなサイの言葉に、スズミは少し口を噤んだものの──
すぐに笑って答えた。
「当然よ。新生アマミキョと北チュウザンを救った英雄様だもの──
良かったわ。怪我の回復、予想よりずっと早いんですってね」
「はい。あれからそこまで日が経ってないのに、もう自力で問題なく歩けるようになるとは思いませんでした。
これもきっと、先生やピックルたちが、頑張って治療してくれたおかげですよ」
「ありがとう」
そう口にしながらも、スズミはベッド脇のモニターを操り、採取されたデータを眺める。
その横顔からは既に、笑顔は消えていた。
「サイ君。
治療が済んでも、貴方は少し医療ブロックに通ってほしいの」
「え?
構いませんが……どうしてです?」



サイ自身、回復の速さには内心驚いていた。
俺の身体はあの時、ズタズタになっていたはずだ。手足の一本や二本、切断してもおかしくないレベルの怪我を負っていた。
後から聞いたが、骨折していた部分だって一か所や二か所じゃなかった。
腹部も、内蔵が露出する寸前まで抉られていたというのに──
今はほぼ、何の痛みも感じない。
ただ、元から痛めていた左腕だけは何故か、動きが戻っていないが。



「正直に話すけど……
サイ君の回復状況に、少し気になる点があってね」
何故か言葉を選ぶように話すスズミ。
彼女はサイを気遣うように「少し気になる」とだけ表現しているが、彼女がこのような言い方を患者にする時は大抵、重大な異変が発生していることが多い。なら──
「俺なら構いません、先生。
何かが俺の身体に起きているんだったら、何でも話してください」
サイは身構えながら、スズミの次の言葉を待つ。
だが彼女は軽く頭を横に振り、表情を和らげた。
「いいえ、サイ君。正直、医療班でもまだ分からないし、話せるような段階じゃないの。
今すぐどうにかしないといけないわけでもないし、どうにかなるものでもない。
本来、回復が速いのは歓迎すべきことだしね。
ただ一つだけ、心にとめておいてほしいことがあって……」
「何でしょう?」
「──ティーダ・Zが覚醒し、湖周辺の全てのモビルスーツや艦船が、機能停止を余儀なくされたあの時。
貴方の脈拍と呼吸は、完全に止まっていた」



淡々とした語り口だったが、それだけに余計サイの衝撃は大きかった。
今までも、死ぬ寸前まで追い込まれたことは何度もあった。だが──
つまりあの時、自分は本当に、死んでいたのか。



「幸い、決定的な判定を下す前に、貴方の脈拍と呼吸は戻った。
私もみんなも、黄泉の淵からサイ君が戻ってきてくれたことは、心の底から良かったと思ってる。
だけど、これだけは覚えておいて──
今の医学では解明出来ない何かが、貴方の身体で起こっている可能性があることを」




 


PHASE-44 タロミ暗殺




 

病室から出たサイを待っていたのは、ナオト・シライシと──
ミネルバJrから降りてアマミキョに収容されていたはずの、カズイだった。
随分久しぶりに会ったような気がする友の顔に、サイは素直な喜びを隠せない。
「カズイ!
良かった、もう怪我は何ともないのか?」
「俺は全然大丈夫。サイに比べたら、かすり傷みたいなモンだし」
とは言いつつも、左の肋骨あたりがまだ特に痛むらしく、笑いながらも時々顔を歪ませている。
それでもカズイはナオトとサイを交互に見やりながら、ほんの少し涙まで浮かべていた。
「それよりもさ──
ナオトも、ちゃんと生きて戻ってきてたんだな。
アマミキョが復活してたことも、サイがあの後やったことにも驚いたけど……
ホント、皆、無事で良かった」
カズイは声を詰まらせ、つい目から溢れだしたものを慌ててパーカーの袖で拭う。
色々と、無事とは言いにくいけど──
そう言いたげに、困ったように笑ってサイと顔を見合わせるナオト。
だがナオトはそれを敢えて口に出さず、カズイに礼を言った。
「ありがとうございます!
サイさんから、お話は聞きました。連合の収容所のこととか……
カズイさんこそ、生きててくれて良かった!」
そんなナオトの言葉に、カズイはふと何かに気づいたように顔を上げる。
「ナオト……
さっきからちょっと思ってたんだけどさ。
お前、声、変わった?」
「え?」



その指摘に、ナオトは改めて何回か発声を試みる。
女性と間違えられかねないほどの甲高い声はもうなく、確かに以前より低く、成人男子の声に近づいていた。頑張れば以前の声も出せないことはないようだが、地声はだいぶ低音になっている。
ミネルバJrに収容された時、声が出せなくなっていたらしいが、変声期だったのもあるのだろうか。勿論、最大の要因はマユと母親の件に違いないが。
サイも気づいてはいたが、あまりに衝撃的な出来事が連続したせいで、いつの間にかナオトの声に慣れてしまっていた。
だがナオト自身はそうも行かないのか、自分の声に改めて首を傾げる。
「うーん……言われてみればこの声、変だよなぁ。
僕、声で売り出していた部分もあるから、ちょっと困るなぁ」
そんなナオトに、サイは笑った。
「全然変じゃないし、悪いことじゃないだろ。
ナオトがまた一歩、大人になった証だ──
これからは声だけじゃなく、中身も売りにしていけってことだよ」
「元々そのつもりですよ」



鼻息を少し荒くしながら、ナオトは先導するようにさっさとアマミキョの通路を歩いていく。
新生したとはいえ、アマミキョの内部構造も内装も、そこまで変化してはいなかった。勿論、トリコロールカラーで彩られた外装も。変わった点と言えば、メインブロック内に大きめの庭園が出来たことぐらいか。
「クルーの憩いの場が増えたのは良かったな。前と同じじゃ、ストレスまみれだったろうし」
「あの庭園ですか? あれ、元からありませんでしたっけ?」
「何言ってんだよ。もうちょっと緑が欲しいって、ナオトだって言ってたじゃないか」
「そうだったかなぁ……?」
それ以外は前と同じすぎて、サイも少し辟易したほどだ。
──恐らく、例の全船監視システムも、同じだろう。
サイの治療を担当していた新人看護師3人の言葉から、あの忌まわしきブラックボックスは未だにこの船にある
──サイは確信していた。
船に関わる者たち全ての感情を集積し、収束し、ガンダム・ティーダへと繋げ、『黙示録』なる物理的な力へ変換する──
アマミキョの根幹たるシステムだけに、あれを容易に外して改修出来るとは思えない。
そもそも、俺がアマミキョ再建をムジカ社長に依頼してから、実際に新生アマミキョが完成するまでの期間は、あまりにも短すぎる。
元々、アマミキョに不測の事態が発生した時の為に、量産型とも言うべき船体は大分前に完成していたのではないか。勿論、システム周りまで含めて。
ちょうどアカツキがそうであったように、船体はオーブの手でモルゲンレーテの奥深く、秘密裏に管理されていた。タロミの目に触れぬよう、細心の注意を払って。


そして、今や全世界の脅威となっているセレブレイト・ウェイヴは、間違いなくティーダとアマミキョを基にして生み出された。
山神隊・広瀬の報告書からも、オギヤカで再会したフレイの言葉からも、それは明らかだ。
だからこそ、タロミ・チャチャはアマミキョを潰そうとした。


だが、俺もナオトも、アマミキョもティーダも──
こうして、生きて戻ってきた。
無事完成し出航した新生アマミキョも、タロミの脅威から何とか逃れることが出来た。
──となれば、オーブやザフトが、俺たちを使わないという手はないはずだ。
当然、セレブレイト・ウェイヴへの対抗手段として。
連合も大幅に弱体化したとはいえ、未だアマミキョの動向を注視しているだろう──
山神隊が引き続きアマミキョ護衛の任務に当たっていることからも、それは明らかだ。



そんなサイの胸中を知ってか知らずか、カズイが尋ねてきた。
「それとさ──
ティーダは、どうしたんだ? ミネルバJrで修理されて、凄まじい覚醒したとか聞いたけど……
俺たちの正式な所属も、一体どうなってんだか」
「アマミキョ側とトライン艦長がひっきりなしに相談してるって聞きましたけど、僕もそれ以上は……」



この二人には勿論、アマミキョのクルーにも──
そして山神隊を始め、周辺でアマミキョを支える人々には全員に、話さねばならない。
サイはぎゅっと右拳を握りしめる。
沈みかけるアマミキョから皆を避難させたあの時、クルーたちに言えなかった言葉──
それは、広瀬の報告書やフレイ本人から真実を明かされるごとに、さらに話しづらいものとなってしまっていた。
サイ自身とて、今でも認めたくない。自分たちが、人倫を脅かす戦略兵器──その開発の人柱にされたなどと。
そして今なお、タロミへの対抗手段として利用されようとしているなどと──
そんな話を聞けば、アマミキョに戻ってきてくれたクルーは勿論、新しく集ってきた者たちにどんな衝撃が走るか分からない。
だが、それでも俺は話さなければ。みんなに。



そう心に決めたサイに、ナオトが思い出したように言った。
「そうだ、サイさん。
ミリアリアさんが呼んでましたよ。業務がひととおり終わってからでいいから、会いたいって。
場所は──」
ナオトはポケットからメモを取り出し、サイに指し示す。
声を出さないようにしたのは、明らかに盗聴を気遣ってのことだろう。ミリアリアに言われたのか、ナオト自身がそのような気を回せるようになったのか。
いずれにせよ、再会を喜んでお茶でも──という類のものではないことは明らかだ。



──キラとラクスの件か。
あの湖で、どういうわけか俺たちの前に立ちふさがるように現れた二人。
チグサ・マナベとなったマユを連れ、フレイの意思に沿うように行動するキラ。
俺やナオトに不可思議な夢を見せ、現実ではありえないユートピアを見せ、俺やナオトを取り込みかけたラクス。
あの二人は、何故、チュウザンの争いに介入した。
何が目的でフレイの側についたのか。



メモには、ヤエセ中心街から少し外れた、小さな喫茶店の場所が示されていた。
アークエンジェルやアマミキョ、ミネルバJr、そして連合艦タンバが停泊中の港からは、そこまで離れてはいない。
アークエンジェルを避けたのは、以前艦内に強制的に備え付けられた盗聴器を疑ってのことだろう。ミリアリア救出の為にフレイがアークエンジェルに出した交換条件として、大量に艦内にばら撒かれたものだ。
モルゲンレーテで何度かメンテナンスも行われている以上、既に全て撤去されているはずだと思いたいが、全面的に信用するのは危険だろう。



「分かった──出来るだけすぐ、今夜中にでも行くよ」
ナオトも、決意したように顔を上げる。
「僕も行きます。
マユが今どうなっているのか、少しでも知りたいですから。
キラさんやラクスさんが、何を考えているのかも……」
「それがいいな。
カズイはどうする? 来るか?」
サイの問いに対し、カズイは少しばかり考えたが──
やがて何かを察したように、首を横に振った。
「俺は残るよ。俺がいたんじゃ多分、話しづらいこともあるだろ?
平和に二次会になだれ込みそうだったら、呼んでくれよ」



微笑んではいたが、はっきりと断るカズイ。
何気ない会話でも明確に自己主張出来るようになったのは、彼の大きな成長の一つだろう。
そんなカズイを見て少し寂しげになりつつも、ナオトは続けた。
「ただその前に、やらないといけないことが一つあって。
サイさんも、ついてきてもらえますか」
強いまなざしで真摯にサイを見つめるナオト。
その視線だけで、サイは察した。



──広瀬少尉のことだな。
俺がアマミキョの件を皆に話すよりも、ナオトの方が辛いはずなのに。



それでもサイは、努めて気さくに笑った。
「勿論行くよ、分かってる。
やることが山積みだ、ひとつひとつ丁寧にこなしていこう」







数時間後──
山神隊母艦タンバ・メインブリーフィングルームにて。
ナオトはサイに付き添われながら、自分が実験施設シネリキョに向かって以降のあらましを、山神隊長に報告していた。



マスミ・シライシらによる、SEED保持者に対する実験。
そこから広瀬により助け出されてからの、シネリキョ内部の詳細。
マユ・アスカとカイキ・マナベの正体。
広瀬に伴われつつ目撃した、ありとあらゆる偽造モビルスーツの群れ。
シネリキョ最深部──恐らく、セレブレイト・ウェイヴ発振装置のコア部分──に格納されていたティーダ。
失われたマユ・アスカの魂。そのかわりに復活を果たし、紅のストライクフリーダムと共に現れた、チグサ・マナベ。
そしてナオトは語った──
恐らくフレイはナオトを使い、ティーダの真の能力を覚醒させようとしたことを。



「多分、ですが……
自分がSEEDに覚醒したことで、皮肉にも事はフレイ・アルスターの望み通りに進みました。
広瀬さんは、研究塔内で黙示録を使わないよう、僕に警告してくれていたのに
──僕は怒りに身を任せてしまった。
もし、僕が黙示録を使ったことであの兵器が完成してしまったのだとしたら──
母を殺されて感情を制御出来なくなった、僕の責任です」



自分の知る限りを、出来るだけ正確に、可能な限り感情を交えず話し続けるナオト。
ただ、最後のくだりだけはどうしても声を詰まらせてしまう。
「そんな僕を、最期まで広瀬さんは助けてくれた。
母もマユも失って、チグサ・マナベから攻撃を受けた時、完全に僕は死んだと思ってました。
だけど、広瀬さんは言ってくれたんです。意識がある限り、諦めるんじゃないって」



隊に届けられた広瀬の報告書により、山神隊は全員、内容の半分以上を既に知っていたが──
それでも皆、一切言葉を挟むことなく静かに彼の言葉を聞いていた。
特に広瀬の最期は、ここにきて初めて隊員らが知る事実だ。
彼らの中で、正式な軍属ではないキョウコ・ミナミだけは、ナオトの話にハンカチまで出して泣きじゃくっていたが、ナオトの声以外に室内に響いた音といえばそれだけである。
ようやくナオトが話を終えると、静かに山神隊長が立ち上がり、彼の肩にその分厚い手を乗せた。
「ありがとう、ナオト・シライシ。
よくぞここまで生き延び、辛い事実を話してくれた。
君のおかげで、広瀬はようやく本来の任務を完了した」
歯を食いしばり肩を震わせるしかないナオトに、山神はそっと頷いてぽんぽんと肩を叩く。
そこへ、伊能が一言だけ吐き捨てた。軽く床を爪先で蹴りながら。
「もう一つ、大事な任務は放棄されちまったがな。
広瀬大尉とか……めでたくもねぇ出世しやがって。
──生きて帰れ、つっただろうが」



サイは改めて、山神隊を見回してみる。
隊の人数は、当初の半分近くまで減っていた。
風間、真田、竹中──そして、広瀬までがいなくなり。
企業からの出向という形で参加しているミナミを除けば、サイが知る顔は山神隊長と伊能、そして時澤の3名しか残っていない。
後もう一人、新人らしき女性隊員がこの場に加わっていたが、彼女についてはサイもナオトも全く知らなかった。
新入りにしては態度が聊か堂々としており、ナオトの話にも一切眉を動かさず、ひとつの動揺も見せなかった女性。
ゆるくウェーブのかかった茶髪を優雅に背中に靡かせており、風間とは若干対照的に思える──風間はサイの知る限り、ずっと髪をひっつめて一本に結んでいたから。
しかしその性格は、風間と同じくらいかそれ以上に強気なように思える。
ナオトが落ち着いたところを見計らったように、彼女は髪をかき上げながら、ナオトにずいと詰め寄った。
「僕の責任、と言ったわね。
つまり、キミが余計なことをしなければ、セレブレイト・ウェイヴは完成しなかった可能性もある。その責任を自覚しているということよね?」
見知らぬ女性軍人にそう言われ、ナオトは戸惑いながらも返事をする。「え?
は……はい」
「──なら、見せてもらおうじゃない。キミなりの、責任の取り方ってものを」
「霧山少尉!」
彼女の態度に若干慌てながら、時澤が早口で割り込む。「それは極論です。
ナオト君がティーダを暴走させていようがいまいが、いずれセレブレイト・ウェイヴは完成していたと自分は思います。彼があの研究施設で実験を受けている限りは、遅かれ早かれ同じことになっていたはずです。
彼が反抗せずそのまま研究が続いていたら、兵器はさらに凶悪な代物になっていた可能性すらある。セレブレイト・ウェイヴの弱点のひとつに、長期にわたるチャージ時間を要すると報告書にありましたが──
我々が未だこうして地上で会議をしていられるのは、そのおかげでもあります。
その猶予すら、我々には与えられなかったかも知れないんですよ!」
「だけどその一方で、彼が広瀬大尉の言葉に従っていれば、研究所の機能停止は勿論、大尉も、マユ・アスカさえも救える可能性がありました。
私がその場にいたわけではないから、断言は出来ないけれど──
ナオト君。キミなら、分かるはずでしょう?
その時、マユ・アスカを、キミ自身が救えたかどうか」



敢えて「チグサ」と呼ばない彼女に、ナオトは思わず両拳を握りしめた。
妖艶な桜色に濡れたその唇から飛び出すその言葉に、情け容赦は全くない。
僕が冷静なら、マユを助けられたのか? チグサではなく、マユを。



「──霧山」伊能もさすがに見かねて、彼女の言葉を中断させる。
「フレイ・アルスターを甘く見るな。
彼女はまんまと我々を欺き、アマミキョとティーダをセレブレイト・ウェイヴの実験台とし、核やジェネシス、レクイエムすら超える戦略兵器を手に、今世界を牛耳ろうとしている。
その裏に何があったかは知らんが、そこまでの所業を彼女が成し遂げたのは事実だ。
ナオト・シライシと広瀬の二人だけで、簡単にどうにか出来る女じゃねぇんだよ」
上官たる伊能に言われ、霧山と呼ばれた女性軍人は少しだけ苦笑を漏らしながら肩を竦めた。
「そうですね。
元婚約者君もいることですし……」
そう言いながら、霧山はサイに流し目を送る。
その切れ長の目は、サイにはやたらと蠱惑的に思えた。
風間の母性とは別種の、人心を惑わすかのような悪魔的な魅力といったところか。
だが、そんな彼女の言葉を完全に否定するか如く、ナオトは叫ぶように言い放った。
「マユ・アスカは消えてない。
彼女は、まだ生きてます。サイさんを助ける時に、僕はマユの声を聞いたんです!
チグサ・マナベじゃない、本当のマユの声が。
だから、僕はマユを助けます。あの時助けられなかったなら、もう一度助けるだけだ。
何度フレイさんに惑わされたって、僕は何度だってマユを助ける!
広瀬さんの為にも、みんなの為にも!!」
その叫びを支えるように、サイも訴える。
「自分も、ナオトと同意見です。
チグサ・マナベは狂暴なパイロットではありますが、あの湖でこちらに攻撃を仕掛けた直後、それ以上の行動をしなかった。
あの時、ティーダ・Zに接近する自分の姿も確認出来たはずですが、彼女は攻撃しようとしなかったんです。何故かは分かりませんが──
マユ・アスカの意識が、まだ生きているからではないかと、自分は推測しています」
一旦息をつきながら、サイはなおも言った。
「そして伊能大佐が仰った通り、フレイの行動は常軌を逸している。人道的観点からも許されざる行為であるのは、間違いありません。
だけど、自分は確信しています。その行動の裏には、必ず理由があると。そう行動せざるをえない、何かがあると。
その理由を知る、ある健気な娘のおかげで、自分はオギヤカから脱出することが出来ました」
思い出したのは、オギヤカで自分に訴えかけたレイラ・クルーの言葉。



──私は貴方に、姉も、アマミキョも、助けてほしい。
そして姉やアマミキョを助けられるのは、貴方をおいて他にはいない。



あの子は今、どうしているだろう。
咎められてフレイに囚われてしまったか、それとも──



「ナオトがマユを助けたいのと同じように、自分もフレイを助けたい。
勿論それは、世界をフレイの意のままにさせることじゃなく──
何としてもフレイの行動を止めて、彼女の真意を確かめたいんです」



そんなサイとナオトに、さすがの霧山もため息を隠せない。
「あのね……
恋愛脳で世界が救えるなら、誰も苦労しないわけよ」
そうは言いながらも彼女はサイに向き直り、額にかかった髪を若干けだるげに直しながら、自己紹介を始めた。
「私はユキエ・霧山少尉。
大西洋連邦・アメリカ西部方面にいたけれど、この度山神隊に配属されたの。
今後、チュウザン防衛やセレブレイト・ウェイヴ攻略に向けて、貴方たちとも協力していくと思うから、よろしくね」
その言葉に、サイは思わず身を乗り出した。
「セレブレイト・ウェイヴ攻略って……
もしかして、宇宙へ行くんですか」
「そうよ。それ以外に、どうやってアレを止める方法があると思って?」
補足するように、キョウコ・ミナミが口を挟んだ。
「状況によっては当然、ティーダやアマミキョにも出動要請が出るでしょうね。
事と次第によっては、あのにっくきザフトとも手を組まないといけない事態なのよ。連合にしてみれば相当な屈辱なんですけどね!」
つんと鼻をそらすミナミに、サイはやはりか、という思いを隠せない。
さすがにアマミキョ全てがというわけにはいかないだろうが、メインブロック、そしてそれに関わる人員は多くが投入されるかも知れない。
アマミキョとティーダの秘密をサイが公にしてしまえば、その可能性はさらに上がる。
例え戦いから無事に戻ってこられたとしても、クルーは研究材料として扱われる危険性すらある──
そこは、アスハ代表にも協力願って全力で保護してもらうしかないか。
釈然としない想いを抱えながら、サイは唇を噛むしかなかった。







「これは、確実に信頼できる筋からの情報。
──キラ・ヤマトとラクス・クラインは、フレイ・アルスターを支援し、南チュウザン軍と協力している」
アマミキョでの業務が何とかひと段落した夜。
約束通り、サイはナオトを伴い、ヤエセ郊外の喫茶店でミリアリアと再会していた。
街はずれでありながらそこそこ人気はあり、ざわついている店。陽気なジャズとポップスが交互に流れている。
その隅のテーブルに座りながら、周囲の警戒も怠ることなくサイたちは集まった。
しかも彼女は、意外な人物を同伴していた──
私服姿のアスラン・ザラ。恐らく、彼女の護衛役としてだろう。
恋人同士になったのではないことだけは、二人のよそよそしい雰囲気からすぐ分かった。
挨拶もそこそこに、席に着いた途端ミリアリアは無愛想かつ単刀直入に切り出す。
その最初の一言だけで、サイは理解した──
これが平和な二次会にはなりそうにないことを。
連合に捕えられる直前、彼女にかなりの無礼を働いたことをまずは謝ろうとサイは考えていたが、ミリアリアはそれすらさせず、声を低くして早口で話す。
「サイとカズイがキラと別れた後、すぐにラクスさんはキラとバルトフェルドさんを伴って南チュウザンへと向かった。
表向きの目的は勿論、フレイ・アルスターを止める為なんだけど……
ラクスさん自身の目的は、別にあった。
それは、彼女の母親を探すこと」
ミリアリアはそこで一息置いて、運ばれてきたコーヒーに口をつける。
サイは戸惑いながらも、尋ねた。
「母親? ラクスさんの?
確か、かなり前に亡くなったとだけ聞いたけど……」
サイはミリアリアの隣で黙ったままのアスランの表情も窺ったが、彼は首を横に振るだけだ。元婚約者なのだから、何か知っているかと思ったのだが。
「病気で亡くなったと、公式発表されているわ。
だけど実際には、ある日突然行方不明になったそうなの」
考えてみれば、確かに病気はおかしい──
コーディネイターは、最低限の調整だったとしても、病気には罹らない健康体として生まれてくるはずなのだから。
ラクスの母がナチュラルだったとも考えにくい以上、病気で亡くなったとすれば矛盾が生じる。
「サイの話をきっかけに、ラクスさんは南チュウザン──
それも、フレイ・アルスターの背後で母親が生きていると確信したらしくてね。
会いに行く為に、キラやバルトフェルドさんと一緒に現地へ向かった」



俺のせいかよ──
少なくとも、俺は止めたぞ、あの時。



「だけど……」動揺を隠せないながらも、ナオトが口を挟んだ。
「ラクスさんがお母さんに会いに行ったのと、彼女たちが南チュウザン側に回ったのと、何の関係があるんです?
何も繋がりがないじゃないですか」
「そうね。私も最初はそう思った──」
少し肩を落としながら、ミリアリアはさらに声を潜める。
「南チュウザンに向かったラクスさんとキラは、ある事件に巻き込まれてしまったの」
「ある事件?」
「あの時、紅のストライクフリーダムが各地で大暴れしていたのは知っているでしょう?
そのパイロットが、チグサ・マナベであることも。
キラとラクスさんは、南チュウザンの市街地付近で暴れようとしていた彼女を、まずは止めようとした。
だけどそれは、南チュウザン側が仕掛けた罠だったのよ」
「罠?
ラクスさんが、罠に引っかかったんですか?」
信じられないといった目つきでミリアリアを見つめるナオトに、アスランが初めて口を出した。
「例え罠だと分かっていても、目指すものがあるのなら、ラクスは行くさ。
彼女は、そういう人だから──」
そんなアスランに対して、今もなお疑り深い視線を向けるナオト。
オーブを離れてザフトに戻り、さらに今またオーブに舞い戻ってきた彼に対するナオトの心情は、かつてよりさらに冷え切ったものになっていた。
実際、アスランの姿を目撃した瞬間、彼は店から出ていこうとしたくらいだ。サイが強く止めていなければ、本当に帰ってしまっていたかも知れない。
そんなナオトをとりなすように、サイは口を挟んだ。
「そうだよな、俺も知ってる。
ラクスさんもキラも、目指すものの為ならどこまでも、馬鹿みたいに真っすぐな人間だって」
「──とにかく。
キラとチグサ・マナベは、ストライクフリーダム同士での戦闘状態に陥った。
そのすぐ下で、ラクスさんはバルトフェルドさんたちに護衛されながら森を移動していたのだけど──
そこで何故か、母親の姿を見たそうよ」
「そこで、ですか?
何故、そんな場所で唐突に、ラクスさんのお母さんが?」
「サイ、ナオト──覚えてる?
貴方たちがストライクフリーダムと対峙した時、マニピュレータに現れたラクスさんの姿を」



そうだ──
俺とナオト、そしてルナマリアの前に突然現れた、ストライクフリーダム。
その掌部に現れた、豪雨の中で光り輝くラクス・クライン。
今では、あれはホログラフィーだと理解してはいるが、一瞬本物と見まがうほどの精巧な映像だった。
実際、俺もナオトもルナマリアも、あの幻にまんまと囚われ、不可思議な世界を見せられたじゃないか。



「もしかして、似たようなホログラフィーが、ラクスさんの前にも?
僕らならともかく、ラクスさんが引っかかったりするでしょうか?」
そんなナオトの問いに対し、ミリアリアは淡々と答える。
だがその内容は、ナオトとサイにとっては信じがたいものだった。
「似たような……というより、貴方たちが見たものと同じホログラフィーよ」
「へ?
いや、僕らが見たのはラクスさんの映像であって、彼女の母親じゃないですよ?」
「そこがややこしいのよね……
彼女の母親と言われる人物が、ラクスさんとほぼそっくりそのまま、彼女と全く見分けがつかない容姿をしていたとしたら?」



そんなミリアリアの指摘に──
不意に背中に氷を入れられたかのような不快感を覚え、サイは思わず身体を震わせた。
コーディネイターの親子ならば、ありえない話ではない。自分の容姿そっくりに、娘の姿を調整させようという親がいてもおかしくはなく、今はそれが可能な時代だ。



「だ、だけど……」震えだす声を必死で抑えながら、ナオトは尋ねる。「コーディネイターとはいえ、身体はどうしたって老化していくでしょう?
いくらなんでも、娘のラクスさんと見分けがつかないなんてこと、あるわけないでしょ」
「仮に、見た目の老化さえも抑えるコーディネイトをされていたとしたら、どうかしらね。
それでなくても、貴方たちが見たのはホログラフィーよ。見た目なんて、いくらでも操作できる」



ずっと前に突然姿をくらました、双子のように似た容姿を持つ、自分の母親。
自分と同じ姿の母親というだけでも、通常の感覚からすれば異様に思えるが──
サイは思う。それはあくまで、俺のようなナチュラルの感覚なのかも知れない。
コーディネイターの家庭では、もしかしたら珍しくもないことかも知れない。
だが、そんな母親の幻が不意に眼前に現れたら、どんな人間だって動揺してしまうだろう。たとえそれが、あのラクス・クラインであろうとも。



「そして、罠と分かっていてもラクスさんは進む人──
なら、幻と分かっていたとしても追いかけるのは当たり前。
勿論、付き添っていたバルトフェルドさんは止めに入った。けど、彼女はそれでも母親を追っていった──
その時、チグサ・マナベの攻撃が、ラクスさんのすぐ近くに着弾したの」
「え?」
「その結果、彼女を守ろうとして、バルトフェルドさんは重傷を負った。
そして彼や、ラクスさんについてきていた避難民たちを人質に、チグサはキラに降伏を迫った。
そうなったら当然、キラも折れないわけにはいかなかったのよ」
「チグサ・マナベが……
マユが、それをやったっていうんですか」
テーブルの上で両拳を握りしめながら、ナオトは呟く。
その手はわずかながら震えだしていた。
「だからか……
ラクスさんたちを人質に取られたから、キラさんは無理やりフレイ・アルスターに従わされたのか!!」
そんな彼をじっと見つめながら、ミリアリアはさらに話す。
「落ち着いて、ナオト。
マユを──チグサ・マナベの中の彼女を助けたいなら、ちゃんと聞いて」
冷静さを崩さないミリアリアを、思わず睨みつけるナオト。
だが彼女の強い視線に、さすがの彼も黙ってしまった。
まだ、話はこれからだ──そう感じたサイは、改めて姿勢を正した。



「キラを降伏させたところまでは、チグサ・マナベの思い通りだった。
だけど、そこから先で何が起こるかは、彼女ですら知らされていなかったらしいの。
負傷したバルトフェルドさんの元に、当然ラクスさんもいるはずだって──チグサ本人は考えていた。
でもその時、何故かラクスさんの姿は消えていた。
間違って殺してしまったんじゃないかって、チグサは本気で怖がってたみたいよ」



「チグサ・マナベが……怖がった? 人を殺すのを?」
ひどく意外そうに、ナオトは尋ねた。
サイにとっても意外な話だ。彼女はあちこちの街を容赦なく爆撃し、丸腰で話をしようとした俺たちすら、モビルスーツで殴り落としたじゃないか。
「そうね。予定外のことだったらしくて、半狂乱になってたみたい」
「随分詳しいな……まるで、君がその場にいたみたいだ」
「そりゃそうよ。だって、その場にいた人間から聞いた話だもの」
「──え?」
首を傾げるサイをとりあえず無視したまま、ミリアリアはコーヒーを啜りながら話し続ける。
「でも、キラは逆に落ち着いていたみたい。
取り乱すチグサを励ましさえしながら、少ない手がかりの中で何とかラクスさんを探そうとした。
けど──」



彼女は一つ、大きく息をつく。
自分の中の感情を無理やり抑え込むかのように。



「ラクスさんが発見されたのは、数日後。
南チュウザン北端──ダウゴン市の片隅だった」



ダウゴン市。
その街の名に、サイもナオトも揃って目を見開いた。
噂でしか聞いたことはなかったが、南チュウザンの中でも特に治安に問題があり、市全体が荒廃したスラム街になっている都市だ。
市長はとうの昔に逃げ出し、破壊され尽くし、都市機能の半分以上が失われ、略奪や強盗が当たり前のように発生している街。北チュウザンでもそのような街は珍しくはなかったが、ダウゴンよりはどこもまだマシだという話は、サイもよく耳にしていた。
南チュウザンから脱出してきた避難民たちからも、ダウゴンの悲惨さは嫌というほど聞かされていた。人ではなく、虫が住む街だと。
だが──何故、そんな場所にラクスが?
戸惑う二人に、ミリアリアは事実だけを語る。
どれほどの衝撃を伴おうとも、ただ、淡々と。



「半壊した教会の祭壇で、ラクスさんは血まみれで倒れていたそうよ。
着ているものがほぼ全部なくなって、殆ど襤褸を纏っているに等しい状態だった」



──何故だ。



「周りには、小さな子供たちの死体がたくさん転がっていた。
その教会は、ずっと前から──いわゆる人身売買に使われていた建物だったみたいでね。
子供たちを守るように、ラクスさんは倒れていた」



──どうして。
一体、彼女に何が起きたんだ。



「多分ラクスさんは、チグサの攻撃で意識を失ったところを、何者かによってダウゴンへ運ばれた。
推測だけど、南チュウザンの中でも最も荒れ果てたスラム街であるダウゴンに、平和の歌姫たるラクス・クラインを放り込んだらどうなるか──
そんな非人道な実験をしようとした誰かによって」



サイの喉から、いくつもの疑問が飛び出そうとしたが──
あまりの状況を前に、声は凍りつく。



「勿論、バルトフェルドさんの部下たちは彼女の護衛に回ろうとしたはずだけど──
多分、チグサの最初の攻撃によって彼らもバラバラになり、混乱の中でラクスさんは孤立し、幻影に惑わされたところを捕らえられ、ダウゴンへ送られた。
そんな状況でもラクスさんは、非力な子供たちを助けようとしたんでしょうね。
連絡手段を閉ざされたった一人になっても、希望を捨てず、人を救うことを諦めなかった。
勿論、母親も探しながら。
だけど、その結果が──」



一気に喋り終えたミリアリアは、疲れ切ったように大きなため息をつく。
そこへナオトが、怒りに任せてテーブルに拳を叩きつけた。
「フレイ・アルスターが──
あの女がやったのか!
ラクスさんを、そんな酷い目に!?」
あまりにもストレートに事件を解釈したナオトを窘めるように、ミリアリアは告げた。
「違うわ。
このことは、あのフレイも知らなかったらしいの。
ラクスさんの姿を見て、チグサは勿論、キラも正気を失いかけた。
そこへ助けに入ったのが、フレイ・アルスターだったのよ」
あまりにも意外な言葉に、ナオトのみならずサイまでも、目を丸くする。



今の話からは──
ナオトの言うとおり、フレイが裏で手を引いて、ラクスを罠にかけたと解釈するのが妥当のように思える。
しかし、どうも事はそう単純なものではなさそうだ。
そもそも、フレイがキラとラクスのSEEDを手中にするつもりなら、ラクスを孤立させてダウゴンに送るのはどう考えても理に適っていない。
フレイがこの事件の首謀者だったとしても、彼女の当初の予定は、キラが降伏した時点でチグサにラクスとキラを捕らえさせ、自分の元へ穏便に連行するつもりだったのではないか。
だが、何者かの手によってラクスが行方不明になり、フレイも彼女を見失い、捜索した結果が──



「フレイたちの救出部隊によって、ラクスさんは何とか一命をとりとめた。
だけど身体には、複数の男性による暴行の痕跡が残されていて──」
「複数の……男性?」
「マスコミ勤めなら、分かるでしょ。これ以上、詳しく言わせないで」



サイは思わず、ミリアリアの隣のアスランを睨む。
恐らく彼はミリアリアに、事前にこの話を聞かされていたのだろう。もしくは、彼女を護衛しつつ情報提供者に直接接触していたか。
だから、何も言わずに冷静でいられるのか。
君はどうなんだ──こんな話を聞かされて、君はどう思ったんだ。
婚約は破綻したとはいえ、今でも君はラクス・クラインの同志には違いないだろう。
歌姫として、平和の象徴として、人々を先導してきたはずの彼女が──
突然誘拐され、無知蒙昧な群衆の中に放り込まれ、散々に嬲られ、汚され、凌辱された。
これは単なる暴行事件じゃない。ザフトの、ひいてはアークエンジェルら「歌姫の騎士団」の、彼女と深い親交を持つアスハ代表の誇りすら踏みにじる、世界中の怒りを呼び起こしかねない屈辱的行為じゃないか。
だがアスランは、じっと耐え忍ぶように視線を落としたままだ。いつの間にか、両手でコーヒーカップを割れんばかりに握りしめてはいたが。



「その場にいた南チュウザン関係者たちは皆、ラクスさんが何故こうなっているのか、全く理解できなかったそうよ。
チグサは混乱しきっていたし、フレイは激昂していた。
フレイの目的は勿論、ラクスさんの持つSEEDに違いなかったのだろうけど──
彼女がダウゴンに移送されることまでは、想定外だったみたいね」



それでもナオトは疑り深げに、眉を顰めて反論した。
「それ、フレイさんがキラさんたちを手中にする為の演技だったんじゃないんですか?
あのフレイさんだったら、やるでしょ。そのくらいは。
ちょうどその時救出に来たってのも、話がうますぎますよ」
サイはそんなナオトの言葉を否定出来ず、すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。
だが、取っ手に触れた指は震え、味が全く感じられない。
フレイに、これ以上の罪を重ねてほしくない。なのに──
ナオトの仮定を否定出来ない。最悪の予想ばかりが、脳裏をよぎる。



だが、そんなサイを励ますかのように、ミリアリアは静かに首を横に振った。
「違うと思う。
もしそうなら、キラがラクスさんを発見したようなタイミングで、フレイが踏み込んでいくことはなかったはず。
その時のキラは──
当たり前だけど、酷く感情的になっていたから。
すぐにダウゴンを滅ぼしていてもおかしくなかったってくらいに」



当然だ──サイも思う。
3年前の戦争で、キラはあまりにも多くのものを失った。
フリーダムという力がありながら、フレイ・アルスターも守れなかった。
一番守りたかった人を、守るべきだった人を、守れなかった──
酷い失意と無力感で、一時期は廃人に近い状態になっていた。
そんな彼をそばでずっと支えていたのは、ラクス・クラインだった。
やっとキラが前向きになってきたと思えたのは、彼女のおかげだったろうに。その彼女さえ傷つけられたとなれば──



「そのままフレイが踏み込んでいけば、彼女すらもキラは殺していたかも知れない。
彼女がフレイの偽物だってことは、キラもとっくに分かっているから。
実際、その場の状況を見て茫然としたフレイに、キラは容赦なく銃を向けた。
フレイにとっては最悪のタイミングで、居合わせてしまったのよ。むしろ、彼女が誰かに嵌められたと考えてもおかしくないくらい。
だけど、すぐにラクスさんに駆け寄って必死で彼女を介抱するフレイを見て、何とかキラは思い直したらしくてね。
その姿はまるで、妹を助けようとする姉みたいだったそうで──」



自分が見てきたかのように語り続けるミリアリア。
そのおかげで、サイもたやすく状況を想像することが出来た。
恐らく、キラの銃口など完全に無視して、フレイは髪を振り乱してラクスに飛びついた。かつて、一方的に傷つけられ続けた俺を助けた時と同じように。
あのフレイが、ラクスに対してどういう感情を持っているかまでは分からない。
だが、そうした状況に激昂を露にする女性であることは間違いない。ましてや、自分と同様に人々を先導して戦う女性が傷つけられたとあらば、敵味方の枠を飛び越えて酷い怒りをぶちまけてもおかしくはないだろう。
もしかしたら、他の要因がある気もするが。



「キラは直感で、フレイの言葉に裏はないことを悟ったんだと思う。
それで、キラは尋ねたの。
どうしてラクスさんがこんな目に遭ったのか。
ラクスさんの母親はどこにいるのか。
ここまでして、自分たちを狙う南チュウザンとは、タロミ・チャチャとは、何なのか。
そして、今自分の目の前にいるフレイ・アルスターは──何者なのかと」



店内を流れる軽快なジャズのメロディーが、4人の間に虚しく響く。
キラとラクスを襲った、あまりにも残酷な南チュウザンの惨劇。
だが、その結果、何故キラはフレイに従属したのか。それが繋がらない。
そんなサイの胸中を代弁するように、ナオトは尋ねる。
「それで、何をどう話したんです──フレイ・アルスターは、キラさんに。
今の話だけじゃ、キラさんが南チュウザンと敵対することはあっても、フレイさんの配下となって動く理由がないですよ」
「それは、少し信ぴょう性が落ちる話になるけれど……」
ひとつ前置きをしてから、ミリアリアは咳払いをする。
流れるジャズが盛り上がってきたのを見計らうように、彼女はさらに声を潜ませた。
「現在の南チュウザン──タロミ・チャチャの下には、大きく分けて二つの派閥があってね。
一つは、タロミの第三王妃たるフレイ・アルスター率いるアマクサ組。
アマミキョにも搭乗していたと思うけど、彼らはアマクサ組のほんの一部隊にすぎないわ」
「じゃあ、もう一つの派閥は……」
「タロミの第二王妃が、それに当たる。
彼の第一王妃……つまり最初の奥方は、既に死亡していてね。
だけど、第二王妃の正体は、未だにその全容が掴めていない。
ただ、情報提供者によれば──
その第二王妃こそが、ラクス・クラインの母親。
──彼女とほぼ同じ容姿を持ち、真なるラクス・クラインを名乗る女。
ご丁寧に、名前までラクス・クラインと同じ。
今まで私たちがラクスさんとして認識していた存在は、いわばラクス・クライン二世ってところかしら」



ミリアリアが次々に呟く情報が、サイの中でパズルのように組み合されていく。
復活したフレイ・アルスターの背後には、どれほど探ろうとしても全く正体の掴めない闇が常にあった。だが、少しずつ確かに組みあがっていく情報のパズルによって、彼女を包んでいた黒い霧がわずかながら晴れていく気がする。
それにしても──フレイが第三王妃なら、第二王妃がラクス・クラインの母親?
行方不明になっていたはずの母親は、別の国で王妃となって国を牛耳っていたというのか。



「ラクスさんの母親が、もう一つの派閥ってことか?」
「というよりも──タロミ麾下で、圧倒的に最大の派閥がラクス母ね。
フレイの部隊はその一部。ラクスの手足となって動く、実働部隊ってところかしら。
南チュウザンが、その貧弱な国力に関わらずあれだけのモビルスーツを生産出来ているのも、ラクス母を通じてターミナルやファクトリーと連携しているからだそうよ」
さらりと飛び出したターミナルという単語に、すかさずナオトは食いついた。
「そんなこと──
ターミナルやファクトリーって、あくまでシーゲル・クラインとラクスさん、クライン派のものであって。
ラクスさんの母親とはいえ、南チュウザンが好き勝手にしていいものじゃないでしょ!?」
「ターミナルとファクトリーの基礎を作ったのは、確かにシーゲル・クラインよ。
だけど、その勢力をあそこまで広げたのは彼一人では無理だったはず。いくら彼の人脈が広かったとはいえ、シーゲルには敵も多かった。
そこをカバーしたと言われているのが、ラクス母だったのよ」
「だとすれば、いくら鞍替えしたとはいえ、その要請を断るわけにはいかない──か」
「或いは、ラクスさんをも超えるカリスマ性があったとも考えられる。
未だに彼女の全貌が分からない以上、確かなことは何も言えないけどね。
ともかく、ラクスさんを誘拐し、襲わせた首謀者は──
そのラクス母以外は考えにくい、という話よ」



サイが漠然と思い描いていた、『母親』の像。『母性』なる単語のイメージ。
生まれたばかりの赤ん坊を優しく抱き、乳を与える母の幻。
それらがサイの中で、音をたててひび割れる。
それほどまでに、今の話はあまりにも衝撃的だった。
あのラクスさんを育て上げた母親とは、いったいどのような母性に溢れた人だったのかと思い描いていたこともあったくらいなのに。
だがそんなサイの隣で、ナオトが思わず立ち上がっていた。
あまりの勢いで、コーヒーカップが激しく揺れてこぼれたほどに。
「──ありうるよ。
それなら、分かる……母さんが、研究所でやたら重宝されていた理由も。
だって母さんは、僕に同じことをしたんだ!
母さんは言ってた……『御方様』に、すごく大事にされてるって。
その『御方様』って!」
その大きな瞳は痛いほどに見開かれ、一瞬だけ周囲の人間がこちらを睨んだが──
ミリアリアは動じることなく、両肘をテーブルにつき顎を両手に乗せながら諭す。
「ナオト、落ち着いて。気持ちは分かるけど──
最初に言ったでしょ、大声出すなって」
何か言いたくてたまらなそうなナオトだったが、その言葉に口ごもり、無言でどすっと着席する。
その勢いで、テーブルに置かれた4つのコーヒーカップが一斉に揺れた。
「フレイは今のところ、完全にラクス母に従属している。
だけどその派閥の中には、ラクス母を快く思わない者もいるって噂がある。
ラクス母の言うがままのフレイに、不満を持つ者さえいるらしいの」
「それは、俺も不思議だよ」
サイは思わず口を開いた。
そこだ。全てはそこに繋がっている。



──何故フレイは、ラクス母に反抗しない?



「今の話が本当だとすると──
ラクスさんの母親に対しフレイが何も言わないのは、どう考えてもおかしい。
ラクスさんがされたことに対して本当に怒るのなら、彼女の母親に対してじゃないのか」
アマミキョがフレイ自身の手で壊されたのも。
フレイが自らの手を汚しながら、SEED保持者を探していたのも。
今また、北チュウザンとアマミキョと、そして世界に牙を剥こうとしているのも。
どうしても納得できない彼女の行為は、殆どがタロミと、ラクス母によるものだったとしたら。
何故、『あの』フレイともあろう者が、ひとつの反抗もせず、粛々と彼女らに従っている?



「それは……
さすがに正解は、『彼』でも教えてはくれなかった。
『ソキウス』って言葉を、調べてみろって言われただけ」
「ソキウス?」
「勿論その後、調べたわよ。
その結果、恐ろしいことが分かってね」
ミリアリアはそう言いながら、随分古びたバインダーを手持ちの鞄から取り出した。
そこにファイルされていたのは、殆どが黒で塗りつぶされた論文資料のコピーと、何枚かの少年兵の写真。全て連合の制服だ。
写真を指しながら、彼女は説明する。
「彼らが、ソキウス。
連合で作られた、戦闘用コーディネイターよ」
「コーディネイターを……作った? 
連合が? 戦闘用に?」
「ブルーコスモスが台頭してくる以前に、対ザフト用にと開発された兵士。
矛盾を衝きたくてしょうがないのは分かるけど、今重要なのはそこじゃなくて……
彼らがどうして、黙々と連合に従い、過酷な戦闘実験に次々に投入されていたか。
それは、『服従遺伝子』なるもので強力なコントロール下に置かれていたせいなの」
「服従の……遺伝子?」
「初耳ですよ、そんなの」
「ソキウスたちは、服従遺伝子によって、強制的にナチュラルに従うようにコーディネイトされ作られた人間。
ナチュラルに攻撃したり危害を加えたりすることは勿論、ただ一つの反抗も許されない。例えそれが、自らの命を脅かす状況であっても。
自分の意思には関係なく、ただ、ナチュラルに従うだけの人形として作られたのが、彼らなのよ」



その瞬間、頭を強烈に金槌でぶん殴られたかのような衝撃が、サイを襲う。
まさか──もしかして。



「服従遺伝子については、SEEDと同じくらい不明点が多いけれど……
一説には、全ての人間が持っているとも言われてる。
小さな子は親に逆らえず、強制的に親の声に反応してしまうでしょ? あれと同じ。
親が子を従えるその遺伝子を、より強力にしたものが、ソキウスに埋め込まれた服従遺伝子。
ブルーコスモスの台頭によって、連合内部でソキウスの存在は闇に葬られてしまったけれど……
その技術が、南チュウザンにも流出したとしたら?
いえ、そもそも、その技術の発祥が南チュウザン──
もっと言うなら、プラントを捨てたラクス母だったとしたら?」



まさか──
フレイ・アルスターにも、同じ遺伝子操作が施されてるって言いたいのか。
サイの中で、レイラ・クルーの言葉がまざまざと蘇る。



──姉は、とある理由で、タロミ・チャチャへの反逆が出来ません。
もっと言うならば、タロミよりもさらに上位存在への……
──もっと絶対的で、根源的な理由によります。



繋がる。
全てが恐ろしい勢いで、繋がっていく。
あまりに矛盾に満ちたフレイの行動には、やはり──納得のいく理由があった。
フレイと契りを交わす直前、彼女が叫んだ言葉も蘇ってくる。



──私のせいで、お前が死ぬかも知れないんだぞ! 
それだけではない、私がお前を殺すかも知れない! 
もっと酷いことなどいくらでも考えられる、あの方なら……



いつもの冷酷さが嘘のように、叫んだフレイ。
あれは紛れもなく、彼女の本心だった。
自分の意思に関わらず、アマミキョを壊し、俺を殺さなければならなかったのだとしたら──



アマミキョが沈む寸前、確かにストライク・アフロディーテは、俺を助けようとその腕をブリッジに伸ばしてきた。
フレイを操っているのが、タロミかラクス母かは分からない。
だがフレイは、遺伝子レベルで強要された命令も、あまりに強烈な刷り込みすらも、全てぶち破ってまで、命を賭して俺を助けようとしていたのか。
だとすれば、本当に、君は──



サイの表情を見て、全てを察したかのようにミリアリアは頷く。
「……これ以上、わざわざ私が説明する必要はなさそうね」
恐らく彼女も、サイと同じ結論に達したのだろう。
余計な言葉を挟まずに、冷徹なまでに落ち着き払って話し続ける。
「フレイがキラに、どこまで自分のことを打ち明けたかは分からない。
だけど、これだけは確かよ。
キラはフレイとラクスさんの味方であり、ラクス母の味方ではないということ。
自ら手を出せないフレイにかわり、キラは何かを成し遂げようとしていること。
その一環が──多分、サイが湖で見た出来事なんでしょうね」



醜い戦争はかつてフレイを死なせ、今またラクスを傷つけた。
壊れる寸前だったであろうキラに、差し伸べられたフレイの手。
彼女が何をキラに告げ、彼を誘ったのかまでは分からない。
俺の仮説が正しければ、恐らく彼女は真犯人を知ってはいても、容易にキラに告げることは出来ない。
ただ──



それまで沈黙を保っていたアスランが、拳を握りしめながら口を開く。
その声は静かだったものの、サイたちも震え上がるような怒りに満ちていた。
「その結果が──
『戦いのない世界』への『最後の進化』か。
それがキラの望む、『最後の革命』か。
あいつはあの時、言ったんだ。
自分もラクスも皆、これ以上傷つかなくてもいい世界へ、人は進化すると。
だが──セレブレイト・ウェイヴで人を精神から支配するのが、人の進化だと?
本気でそう考えているのか、あいつは」



アスランの怒りはもっともだが──
何故かサイは、キラがそんな考えに至ったのは納得できる気がした。
それほどまでに、3年前のフレイと、今のラクスの存在は、キラにとっては大きかったから。
そう──3年前フレイを失った時から、キラは壊れていたんだ。
デュランダルを止める為にアークエンジェルで戦っていた時は、むしろ普通に戻っていたのかも知れないが──
常識的感覚からすれば、その行動はあまりにも突拍子もないものばかりだった。
そして今、ラクスが傷つけられ──キラの精神は、3年前より酷い状態に追い込まれたのかも知れない。



アスランはさらに慟哭する。
「ラクスもラクスだ。
そもそも何故今、突然、母親に会いたいなどと言い出した!?
気持ちは分かるが、そこまでの危険を冒してやることじゃないだろう。
自分は勿論、キラやバルトフェルドを追い込んでまで……!」
ミリアリアはゆっくりコーヒーをスプーンでかき回しながら、呟く。
「これは私の推測だけど、ラクスさんは母親に会いたいというよりも、止めたかったんじゃないかと思う。
ちょうど、サイが今のフレイを止めたいと思っているのと同じようにね。
多分彼女は、母親が何をするつもりなのか、見抜いたんじゃないのかな」
「なら、何故……
今、ラクスは何も言わない!?
何も言わずに、何故、キラとフレイ・アルスターを、母親とタロミの成すがままにさせている?」
「ラクスさんは、服従遺伝子を操作可能な母親の元にいる。
彼女は、その母親にそっくりそのまま似せて生まれた。
なら──当然、分かるわよね?」
そんなミリアリアの言葉に、アスランははっと口を噤む。
つまり──ラクスもフレイと同じく、反抗を許されない状態になっているということか。
「そもそもね。
ラクスさんは今、物理的にも何も言えない状況だから」
「え?」
「ごめんなさい、アスラン。
貴方にも、まだ言ってなかったけど……」
今までずっと一定の声色を保っていたミリアリアが、そこで初めて、わずかながら声を震わせた。
もう、耐えられない。言外にそう語りながら、視線を落とす。
それでも彼女は告げた。厳然たる事実を。
「彼女──暴行された時にね。
喉を焼く薬を飲まされていたらしいの」


 

 

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