平和そのものなウエストエンドの夜。
バーバラの踊りが終わって人々がパブから引き揚げた後、旅芸人の馬車の隅っこで。
エルマンは乏しい灯りの下、ロレンジの木箱を机がわりにしてひたすら何やら書き物を続けていた。
「エルマン、まだ帳簿つけてるの? いい加減にしないとまた目悪くなっちゃうよ。
糸目の上に眼鏡ってサイアクなんだけどなぁ」
歌い手の少女ナタリーがエルマンを呼びに来たが、彼は生返事をしたままさらに背中を丸め、呪詛の如くブツブツ独り言をつぶやくだけだ。「メルビルで水術を購入後、火術の復活・・・あとは・・・そうそう、術法士にならないと全く意味が・・・」
「もう、エルマンってば!」業を煮やしたナタリーはトコトコエルマンのそばにやってきて、肩越しに強引に手元を覗き込む。「あれ? 帳簿、もうつけ終わってたの? じゃあこれって・・・」
「あぁナタリー、スミマセン。もうちょっとで終わりますから・・・ふあぁ」やっとナタリーに気づいたエルマンは、眠そうに糸目をこすって大あくびした。帳簿は既にとっくに片づけられていたが、エルマンが格闘していたらしき手元のメモには何やらびっしりと文字が書きつけられている。既に真っ黒に近いそのメモだが、今の様子を見る限りまだメモは増えそうだ。
「何コレ? ジュエルビースト攻略チェックシート・・・?」
「姐さんには内緒にしといてくださいね。今の状況だと、必要だろうと思いましたので」
「・・・そうだよね」ナタリーも彼の苦労を想い、ため息を隠せなかった。
バーバラ姐さんはカッコ良く、凛々しく、聡明で、さらにいうと誰にでも基本的に優しい。それでいて自分に厳しい。
だからこそ人は彼女の踊りに魅了される。魂から迸る誠実さが彼女の舞には溢れている。
だから、エルマンも彼女にずっとついてきた。南エスタミルで商売に失敗して路頭に迷っていたところを拾われてからだから、結構な長い付き合いになる。
だから──他人の知らない彼女の欠点も、エルマンはある程度知っているつもりだ。
それが今回の旅の目的を達成する上で、致命傷になりかねない欠点であることも。
バーバラの欠点、まず一つ目。
「姐さん、一つ聞いていいですかい」
「何だい? せっかくメンバーが揃ったってのに、浮かない顔だねぇ」
そう言ってのけるバーバラの背後には、
アイスソードを堂々と携え聖戦士を名乗っているにも関わらず両手大剣技の一つも持っていないハゲ頭と、
鼻からヒゲを生やしたピエロみたいな恰好の帝国財務大臣と、
話してみると好青年ではあるのだが、外見はどこからどう見てもトカゲ以外の何物でもないゲッコ族の青年が控えていた。
「……念のため、このメンバーを選んだ理由を教えていただけますか」
バーバラはにっこり笑って即答した。「顔♪」
「当然、私も含めて・・・ですよね。はぁ・・・」エルマンは大きく肩を落とす。
この気まぐれである。いつ何時起こるか分からないこの気まぐれのおかげで、エルマンも一座の財政も何度危機に落とされたことやら。
「姐さん、このテキストのタイトル分かってます? 『ジュエビリベンジ』ですよ?
2周目でジュエルビーストの撃破に失敗したから今度こそは!って意味での」
「そんな具体的に説明しなくても分かってるわよ。だーいじょうぶ、こう見えてもみんなポテンシャルは結構あるから。
このハゲさんなんか、あんたと同じくらいLPあるのよ!」
「・・・・・・すまないが、いい加減ガラハドという名前で呼んではもらえまいか」
「このお爺さんだって、術法使わせたらとんでもないわよ! 合成サイコブラストとか禁術レベルなんだから」
「爺とは何事か! っとそれはともかくエルマン殿、このパトリックが来たからにはもう安心ですぞ! 旅も、一座の財政も」
「あんだけご自宅が無防備だった方にもう安心とか言われても説得力ゼロですって!」
「皆さん、どうか落ち着いてください。これ、お近づきのしるしです」
そう言いつつゲッコの青年が差し出したものは、ゲッコ族の大好物=蜂のから揚げ。
一同がさらに騒然となったのは言うまでもない。
「あの時は確かに大変だったよねー。でもゲラハさんのから揚げ、意外と美味しかったよ? また食べたいなー」虫料理と言われ一瞬引いたものの、こわごわ口に入れた時の何とも言えない甘さと香ばしさを思い出し、ナタリーはごくんと唾を飲み込んだ。
「そうですねぇ・・・人間にも喜ばれる数少ない虫料理だそうで。
ゲラハさんのおかげで、家事は大分楽になりましたね。パトリックさんにも色々と財政面でアドバイスしていただけてますし・・・ハゲさんは最初どうなることかと思いましたが(主にBP面で)、重装兵として色々と盾になっていただけてありがたいですよ」
「・・・いい加減、ハゲさんって言うのやめようよ」
「姐さんの気まぐれに関しては、もういいんです。
再会時の台詞が聞きたいからってだけの理由で突然仲間から外されようが、
乱れ雪月花を見たいからってだけの理由で武芸家(レベル5)にさせられ装備を刀以外の全部脱がされようが、
戦闘は苦手ってあれだけ言ってるにもかかわらず長剣と両手大剣と曲刀と体術とろばの骨とウコムの鉾を押し付けられようが、
トマエ火山の修行中何度破砕流でぶっ飛ばされようが、
重装兵のハゲさんがいるから前列はハゲさんだけでいいのにやっぱり城塞騎士(レベル5)にさせられて前列に放り込まれようが、 せっかくの変顔メンバーだからってだけの理由でミイラ商人の船でソウルソング連発をわざと食らわされてみんなで漂流させられようが、
ウコムの鉾を使ってのオーヴァドライブ連発でLPが0になろうが、
横顔アップが微妙に面白いからってだけの理由で夢想弓連発させられようが・・・(つдT)」
「え、エルマン、泣かないで・・・ていうか、明らかにジュエビ戦後のネタが入ってるけど?」
「ううう・・・(グシグシ)ともかく、そんなことはどうでもいいんです! 私が我慢すればいいだけのことですから!
最大の問題は・・・!」
「ごめーん、アンタたちの火術封印解除しておくの忘れてたわ。
悪いけど、今回エルマンとハゲさんはセルバなしで戦ってくれない?」
事件はモンスター発生中のゴールドマイン鉱山で起こった。
鉱夫を全員救出し、モンスターどもも何とか蹴散らして、クリアまであと一歩、今まさに最後の敵との戦闘が始まった!ところでのことだった。
「えっと姐さん・・・ゴールドドラゴンの御前ですぜ?」
「もうあとコヤツさえ倒せばゴールドマインは救われるという段階でっ……それを言うか!!」
このうっかりである。はっきり言ってサ○エさん級、いやそれ以上とも言えるこのうっかりが、これまで何度パーティや一座を危機に以下略。
それでもバーバラはめげずに・・・というか、悪びれずに言い放った。「これまで気づかなかったアンタたちだって悪いだろう?
だーいじょうぶ、ここまで問題なく切り抜けてきたんだから。ちょっとぐらいセルバがなくたって、ハンデだと思っときなよ。アンタたち結構強くなってるんだからさ」
「重装兵の私はそれでも構わんが・・・」ガラハドが心の底から心配そうにエルマンを見やった。「セルバ抜きで、彼が吹雪に耐えられるかどうかだ」
「そそ、そうですよ! 絶対無理ですってセルバなしじゃ!! ここは一旦引いて、せめて私の装備をもうちょっと強化してくださ・・・」
「エルマン、あまりアタシをがっかりさせないでおくれよ」バーバラはにっこり笑いながら、静かに鬼のような台詞を吐いた。「あのね、そもそもセルバ+盾+城塞騎士+ディフェンスモードの長剣=100%盾発動ってのはいわゆるバグ技だろう?
そんなバグ技に頼って俺は最強の城塞騎士ですエッヘン♪みたいな顔されても、アタシは面白くないな」
「今まで散々そのバグ技に頼っておいてどの口がそれ言いますか!? そもそも私は城塞騎士にしてくれなんて頼んだ覚えはありませんっ!!」
「アンタ男だろう? 細かいことグチャグチャ言うのはいい加減やめなよ」
「細かいことをおろそかにしたからこの状況があるんでしょうが!」
ドラゴン放置で一触即発の大ゲンカになりそうなところを、ゲラハが押しとどめた。「現実的に考えて、ドラゴンのブレスに今のエルマンさんのHPと防御力で耐えるのは難しいと思われます。セルバがお嫌というのであれば、一旦退却して彼の装備かクラスを変更するのはいかがでしょう」
「しかしそうなれば一度ここを出なければならん」パトリックが髭を整えつつ鼻を鳴らした。「恥ずかしい話だがその間、あの貧弱な帝国軍がモンスターどもを抑えておけるとも思えん。恐らく奴らは復活してしまうだろうし、もう一度全て倒す頃にはジュエルビーストの覚醒も始まってしまうかも知れんぞ」
そう言われてしまうとゲラハも黙らざるを得ない。「・・・仕方ありません。回復は可能な限り私がやりますので、エルマンさん・・・何とか持ちこたえてください」
「そんなぁ・・・ゲラハさん、せめてその炎のロッドを私に」
「無理です、もう戦闘が開始されている状態なので」
「というわけで心配するな、骨は拾ってやる!」セルバなしのガラハドが威勢よくドラゴンに突っ込み、そして・・・
「まぁあの時は何とか切り抜けられて良かったですよ、LP3ぐらい減らされましたがね!」
「名無し傭兵だったら死んでるよね。それで、このチェックシートを?」
「ジュエビ戦であんなことになったら、それこそ致命的ですから。あとは・・・そうそう、聖杯の回復を忘れずに、っと」
「やることホントにたくさんあるねー」
エルマンの手でさらに項目が追加されていくメモを見ながら、ナタリーはため息をついた。「前からバーバラってああだったかな? 前から、っていうかこのメモカに限ってのことじゃ」
「ナタリー、メタなネタはもうやめましょ。それにしても姐さん・・・どうして私を重装兵にしてくれないんでしょうかね。
お金なら交渉しまくったおかげでそこそこ余裕はありますし、フィールドアーマーをもう一つぐらい買っていただいてもバチは当たらないはずなんですが。
ハゲさんの固さが羨ましいですよ。あーいう役がもう一人いれば、ジュエビ攻略も楽になるはずなんですけど・・・城塞騎士や武芸家では、どうしても固さという点で重装兵には劣ります」
「・・・エルマンには、分からない、かな?」
「多分、やたら私に巨大な得物を持たせたがるのと理由は同じでしょ。その方が面白いから、ってだけかと。全く・・・」
「それも理由の一つだとは思うよ。でも・・・」
それだけじゃないと思うんだ。
だって、城塞騎士として、「何のトクにもならないってのに!」とか何とか言いながらもみんなを守るエルマンは・・・
そんなナタリーの呟きを皆まで聞かず、エルマンはメモと帳簿を持って立ち上がる。「さ、明日も早いですし、私のことなんぞ気にせず宿に戻って下さいナタリー。子供は寝る時間ですよ」
全くもう、バカ。私もそろそろ子供じゃないのにな。そんなナタリーのふくれっ面を振り返りもせず、エルマンはさっさと馬車から出て行った。
「うわぁ、凄いねぇエルマン。これでジュエビ対策も万全だね!」
いよいよジュエビ討伐に出発しようという朝。
メモ、もといジュエビ攻略チェックシートを手渡されたバーバラは、素直に大喜びしていた。
「ちゃんと確認して正しく使ってくださいよ。でないと意味がありませんからね」
「ありがと。やっぱり、アンタがいてくれると助かるよ」
「はぁ・・・」笑顔で礼を言われ、何だかんだでエルマンの頬が若干赤くなった。
パトリックやゲラハも感心して覗き込む。「微にわたり細にわたり、なかなか詳しいですな」「一体どうすれば、ここまで詳細な研究が出来るのか・・・やはり人間とは不思議な生物です」
「いや、そりゃあそうでしょ・・・だって、今まで一体どんだけジュエビ討伐に参加させられたかってレベルでやってますからね」 「そーだよね、エルマンはもうジュエビ討伐のプロみたいなもんだよね、このメモカでは」
「どういう意味だ?」訝しげなガラハドに、エルマンは慌ててごまかした。「あ、いやこっちの話で・・・だからナタリー、メタな話はやめてくださいって!」
「柱戦が比較的簡単だったのもエルマンのアドバイスのおかげだしね〜ラミアがデレデレだったってのもあるけど。
それはそれとしてこのチェックシート、まさか製作料は取らないわよね?」
「さすがに身内から金は取れませんって・・・
とにかく、準備始めましょ!」
「姐さん、クライミングとジャンプスキル持ちました?」
「大丈夫よ」
「ちゃんと皆さん、ローザリア術法士に変更しました? してないとオーヴァドライブもシムラクラムも出来ませんよ!」
「分かってるって」
「ゲラハさんの水術封印解いてますよね? 炎のロッド持ってても水術封印したまんまじゃ意味ないですよ! 彼にはリヴァイヴァ役とオーヴァドライブ役も兼ねていただいてるんで、水術解禁してなかったら・・・」
「んもう、子供の遠足直前の母親じゃあるまいし。ちゃんとアンタのチェックシート確認しながらやってるんだから大丈夫よ」
「ヘタしたら子供以下だから心配なんじゃないスか!
えーと、フランシスカもロペラも大丈夫・・・聖杯も満杯、リヴァイヴァもよし・・・と」
「それじゃ準備OKね! みんな、はりきって行くわよ!」
「え、あ、ちょ、姐さんちょっと待ってください、最終チェックが!」
そんなこんなで、ジュエルビースト本拠地に乗り込んだバーバラ達。
基本はやはりこのサイトの攻略どおりで、重装兵ガラハドが壁役となり、パトリックがシムラクラム&聖杯役で他メンバー全員がオーヴァドライブ(エルマンとゲラハが斧、バーバラがロペラ)・・・という算段だった。
ジュエルビーストが眠っている間にウェポンブレスとアーマーブレスを全員にかけつつ、かかと切りでダメージと素早さ減を蓄積。
パトリックとエルマンが算盤でダメージ計算を行い、ダメージが8000ほど行ったところでゲラハとパトリックがリヴァイヴァを・・・・
パトリックがリヴァイヴァを・・・・・・
リヴァイヴァを・・・・・・
「・・・あの、大臣どうされました?」
「エルマン殿・・・すまん。
どうやら、シムラクラムの合成の過程で、火術が・・・」
「ちょ!? 大臣やめてください、冗談でしょ!?」あまりのことに、エルマンは一瞬開眼してしまった。
「どういうことですか? 術合成の段階で何か支障が?」炎のロッドをかかげ、リヴァイヴァ発動待機中のゲラハが冷静に質問する。
「大臣のシムラクラムは、風のエレメンタルをベースに水のエレメンタルとウインドカッターを合成していますが・・・ 水のエレメンタルを習得した際に、恐らく火術が封じられたままになって、従ってリヴァイヴァも使用不能になったかと」
でも、確かこのことはチェックシートにも載せておいたはずなのに。エルマンは思わずバーバラを睨む。
さすがにこの状況で「ごめ〜ん♪」はないと分かっているようで、バーバラはじっとジュエビを見据えたまま固い表情を崩さない。そして一言。「エルマン、ごめん。チェックシートのチェックをどっかで一つ漏らしてたわ」
「いやあの、真顔で言われましても・・・・・・」
「困るわよね。でも笑いながら言われたらもっと困るでしょ?
仕方ないし、このまま行くわよ!」
「行くわよって、リヴァイヴァ役がゲラハさんしかいない状態でどうやって!」
「エルマンさん、私なら大丈夫です。このままオーヴァドライブして皆さんにリヴァイヴァをかければ、行けます」
「駄目です駄目です! ゲラハさんのロッド経由のリヴァイヴァはLP負担が大きいんです、絶対に駄目です!」
「駄目とは言うが、ではどうするのだ!? このまま引けというのか、もう奴は目覚める寸前だぞ!」
しびれを切らしたガラハドが怒鳴る。バーバラもロペラを構える。「もうこのまま行くしかないわ、雪だるまを二人に増やせばどうにか・・・」
「そんな小手先の作戦変更で、どうにかなる相手じゃないんですよ!」
エルマンの訴えも聞かず、すぐにでもジュエビに飛びかからんばかりのバーバラにガラハド。構わずオーヴァドライブ発動体勢に入るゲラハ、続いてシムラクラム詠唱を始めるパトリック。彼らの目の前ではもう巨獣が、その眼を開きかけている。
止めるなら・・・止めるなら、今をおいて他にはない。エルマンは思い切って、バーバラ達の目の前に飛び出した。
「な、何してるのエルマン!? どきなさい、怪我しちゃうよ!」
目覚めかけているジュエビを何故だか守るような体勢になってしまったエルマンは、すぐ背後に迫る恐怖に震えあがりつつも懸命に両腕を振り回し、どうにかこうにか声を絞り出す。「姐さん、皆さん、お願いです・・・引いてください。
でなきゃ、怪我ぐらいじゃすまんです!」
「いい加減にしな! 少しぐらいマニュアル通りにならなかったからって、ここで諦めるつもり!?
やってみなきゃ結果は分からないだろう?」
「少しでも油断すれば、少しでも手を抜けば絶対に勝てない敵なんですよ! 皆さんの命がかかっているんです、後生ですから引いてくださいっ」
「・・・あのさ、エルマン。
ここのSSってさ、何度も何度もジュエビに負けて逃げ帰ってきたような描写結構してるんだよね。
でも実際のプレイじゃ、1度逃げ出したらもうジュエビって洞窟から出ちゃうらしいし、誤解を招くような書き方は避けたほうが」
「んなこたぁ関係ありませんっ!!
命あってのモノダネですっ、とっとと戻ってくださいぃっ!!!」
その夜、ウエストエンドの宿屋にて。
「まさかあそこまでキレられるとは。金のことしか言わん男かと思っていたが」
「しかしこれで良かったのだろう。もしあのまま強行突破していたら、運良くジュエビを倒せたとしてもゲラハ殿の命が危うかったかも知れん」
「・・・ですが、バーバラ嬢とエルマンさんが心配です。お二人があれだけの大喧嘩をなさるとは」
男三人は揃って顔を見合わせ、隅っこで毛布を被って眠るナタリーを何とはなしに見守った。
「エルマン、やっぱりここだったのかい」
ウエストエンドパブの屋根の上。正確に言えば建て増し工事中の梁の上にエルマンは腰かけ、両脚を所在なさげに揺らしながら、星空と街に流れる川を見ていた。
あれから帰ってくる道中、バーバラとエルマンは口論に口論を重ねた挙句、遂にエルマンの方がキレて一行から飛び出してしまった。しばらく放置しておくかとも思ったが、やはりバーバラは街を探し歩かずにいられず──
ほどなく、この場所を見つけたというわけだ。
「やっぱりって──姐さん、ここに来るのは初めてじゃないんですかい」
振り向きもしないまま、エルマンはふてくされた答えを返してくる。ま、こんな反応をされても仕方のないことを自分はしたのだ。
「初めてなわけないだろう。ここからあんたとナタリーの3人で、ジュエビが来ないかどうかを見張ってたじゃないか──あの時」
「とっくに忘れたと思ってましたよ。姐さんのことですから」
「ごめんね。アタシが悪かったよ」心の底からそう思い、バーバラは器用に梁を伝って歩きエルマンの隣に座る。「だからもう、怒らないでおくれよ。今度こそは、本当に大丈夫だから」
「違うんです。違うんですよ姐さん。
私が腹を立ててるのは、姐さんじゃない。姐さんのミスを防げなかった自分にです。
あれだけ大量のチェック項目があれば、漏れるものがあって当然のことで・・・」
「そういう言い方されると、余計に自分が惨めになるからやめとくれよ。
自分でもこのうっかり、ホントにどうにかしたいと思ってるの。昔から──
でも、駄目なんだよ。アンタみたいに頭の回る奴には分からないと思うけど、ホントに頭を使う仕事ってダメなんだ。どんなに頑張っても、気を張れば張るほどどーしようもないミスをしてしまう」
エルマンはふくれっ面のまま答えない。理解したくもないとでも言いたいのか。それでもバーバラは語り続ける。「だからアタシは、自分の得意分野だけは頑張った、誰にも負けないようにね。そりゃもう頑張って頑張って頑張ったわよ。おかげさまで、どうにか踊り子で食べていけるようにはなってる。
けどね、アタシには──世界を救うなんて・・・やっぱり、荷が重いのかも」
バーバラはゆっくりと思い出す。「あの時」の記憶を。
やっと柱を全て落とし、洞窟にたどり着いた時には──既にその最深部はもぬけの殻だった時の衝撃。
ジュエルビーストが出て行ったであろう洞窟の壁の破れ目から零れる、光の無情さ。
急いでウエストエンドに戻ったが、ヤシ村やサオキ村をどうすることも出来ないまま、この場所から状況を見守ることしか出来ず、そして──
どうにか村人のうち数人は避難させたものの、大多数はバーバラたちの言葉を信用せず、そのまま惨劇に巻き込まれた。
タルミッタへ逃げのび、メルビルや騎士団領での戦いを経てからフロンティアに戻ったものの──そこにウエストエンドなる街は、もうなかった。
誰の姿形もなくなり、原型をとどめないほど破壊された街を見ながら──あまりの光景に、幼いナタリーは気を失った。
そんな彼女を介抱しながら、エルマンはずっと無言だった。いつもは少しでも損をするたびにギャースカ泣き喚く彼が、この時ばかりは何も言わず、ただナタリーをしっかり抱きしめていた。
そんな彼らを横に、バーバラの脳裏に渦巻いていたものは、激しい悔悟だけ。
一体自分は、今度はどこで何をどうミスしたのか。どこで何をすれば良かったのか、何かが遅かったのか、もしくは何かをするのが早すぎたのか、何がまずくてどう悪かったのか、神様──
──そんなバーバラを現実に引き戻したのは、エルマンの一言だった。「姐さん、急いでタルミッタに戻りましょ。多分、ナタリーは毒風(ジュエルブラスター)の残滓にやられてます。腐食ガスよりよほどヤバいですよ、この空気」
「あの時唯一救いだったのは、ジュエルビースト襲撃前にアンタとナタリーをウエストエンドから強引にでも連れ出していたことかな。もしそうしてなかったら、アンタたちは──特に、ここでの商売にこだわってたアンタなんかは本当にヤバかったね」
「そのかわり、サルーインとの戦いにまで引っ張り出されましたけどね」
「あの時から、ずっと考えてたよ。どこで何を選択すれば、この街を救うことができたのか。
そしたら、何の因果か知らないけど何故かアタシはこうしてもう一度この街に来て、あいつを封じるチャンスを与えられた。
絶対に今度だけは、逃したくないの。例えアンタが見放そうがどうしようが、アタシはあいつを封印する」
バーバラは夜空に浮かぶ月を眺めながら、独り言のように語リ続ける。そんな彼女を見ながら──エルマンの糸目は、いつの間にかいつもの笑いの形に戻っていた。
「まどろっこしいから素直に言いましょうよ、2周目で失敗したから12周目でもう一度って。
私なんかね、あれからずっと殆どの周回でジュエビ討伐に付き合わされて、ついでだからサルーイン戦まで付き合えなんて言われて・・・って、イテテテ痛い痛い姐さん、両のこめかみ引っ張るのやめて下さいいぃ!!」
「メタな話やめろってナタリーに言ったの誰だったっけ? 糸目がさらに伸びるわよ〜」
「わ、分かりました、分かりましたよぅ」
思い切りつねられたこめかみをさすりながらも、エルマンは話を戻した。「姐さんのお気持ちは、私も少しぐらいは理解できているつもりです。なのにあんな風に怒鳴っちまって・・・こちらこそ、申し訳ありませんでした」
「いいんだよ。あのまま突っ込んでいたら、ゲラハは勿論、みんな危なかったかも知れないしね。あたしの気持ちも先走りすぎたと思う」
寝静まった街。月と星空と宿屋の灯だけが、この開拓者たちの街を照らすわずかな光だった。川のせせらぎがすぐ近くから響く。
「姐さん。ひとつ提案があります」エルマンはふと思いついたように呟いた。「現実的に考えて、もうちょっと準備を周到にしたほうがいいと思うんですよ」
「アンタのチェックシートがあるじゃないか。もうチェック漏れとかしないように、ゲラハにも見てもらって万全の体勢で行くよ!」
「それは勿論ですが、もうちょい根本的な話です・・・
あの、いい加減、私の防御を少し固めていただけませんか?」
両手の人差し指を互いにつっつきながら、上目使いで(といってもいつもの糸目と変わらないが、本人にとっては上目使いのつもりらしい)エルマンは言う。「フィールドアーマーがあれば一番いいんですが、そこまで贅沢は申しません。せめてドミナントグラブとスマートヘルムぐらい、私にもいただけませんかね?」
またその話か。「アンタにはデスティニィストーンいくつもあげて能力値底上げしまくってるじゃないか。防具買ったらお金もかかるし、アンタもイヤだろう? 今更何が不満なんだい?
さては、ハゲさんの重装兵が羨ましくなったの?」
「そりゃそうでしょ・・・だって・・・
おんなじ攻撃受けて、ハゲさんのダメージが30そこそこなのにどーして私が200も喰らわなきゃならんのですか!?」
「あ〜あ、日ごろ身体鍛えてないせいだね〜。体力の差だよ、どー見ても」
「・・・姐さん、こう見えても私体力の伸びはそこそこ良い方なんですけど?
どっからどう考えても、装備とクラスが原因でしょ!! いい加減、私も重装兵にするか装備を整えるかしてくださいよ!
そうすれば、ジュエビ対策ももう少し幅が広がるのに・・・私が雪原であれだけ交渉しまくってお金ちまちま貯めたのは何だったんですか・・・」
確かにそうだろう。パーティの防御力を向上させれば、リヴァイヴァやオーヴァドライブにこだわらずとも、ジュエビのあの猛攻に耐えられる可能性は出てくる。
でも、だが、しかし。これだけは譲れない。
「駄目。ぜーったいに、ダ・メ♪」
「ど・・・どどど、どしてですっ!? いやマジで!!」
バーバラはゆっくり立ち上がると、エルマンの背後から両腕を回し、全身で思い切り抱きしめる。彼女より首半分ほども低い会計係の身体は、ごく簡単にバーバラの腕の中におさまった。「あ・・・姐さん? もしかして酔っぱらってます?」
バーバラはあたふた慌てまくるその耳に、唇を寄せて囁く。「こーんな小っちゃい身体でさ。
自分より大きくて重い剣振り回して。自分よりずっとデカい怪物投げ飛ばして。
戦いなんて大嫌いなくせに、いざとなったら身体張ってみんなを護っちゃって。
でも本当はすっごくヤワで、傷つきやすくて打たれ弱い。
そーいう男って、意外ととんでもないロマンだと思わないかい?」
バーバラの豊満な胸を思い切り背中に押しつけられ、真っ赤になりながらエルマンはもがく。「・・・・・・それで城塞騎士or武芸家+紙装備っすか・・・・・・
た、大変申し訳ないですが姐さん、そーいうのは他を当たっていただけます!? 私しゃただの会計係ですよ?」
「ふーん。そんなこと言っちゃっていいの、エルマン?
あんたちょっと、足元見てごらんよ」
バーバラに言われるがままに、彼は自分の足元に視線を落とす。抱きすくめられていつの間にか立ち上がらされていたエルマンの足元には──今まで座っていたはずの足場が、なかった。
会計係の小さな身体はパブの屋根から見事に宙に飛び出しており──その数メートル真下には、先日の雨で水嵩を増した河が黒い濁流となって渦を巻いている。そしてエルマンの全体重を支えるものといえば、彼をぎゅうと抱きしめているバーバラの白い腕だけ。エルマン自身の両手も彼女にがっちり押さえつけられている為、自分の力でバーバラにしがみつくことも出来ない。要は、彼はバーバラに抱きかかえられたまま河へ落とされる寸前、というわけだ。
──エルマンの顔色が、赤から一気に青に変わった。
「う・・・ウギアアアァアアアアアァああああ!!!
あああああああ姐さん、離して、離してくださいぃいいい!!!」
「あら? 離しちゃっていいの、今あたしが手離したらアンタ河にまっさかさまだよ?」
「い、いや間違えましたっ、離さんで下さい、後生ですから離さんで下さいよ絶対!!」
「あぁん、そう言われてもそんなに暴れられたら落っことしちゃうよ。踊り子の細腕に何させるんだい」
必死でじたばたもがいていたエルマンだが、バーバラのその一言でぴたっと動きを止め、借りてきた猫のようにおとなしくなる。だが、口で反撃することだけは忘れない。
「・・・毎度毎度・・・玄竜やらドラゴンやら投げ飛ばしておいてっ・・・何がどう細腕なんスか・・・
っていうか姐さん、これ、脅迫、ですよ!? 帝国法じゃ立派な犯罪・・・」
「ここフロンティアなんだけど」
「ローザリアだろうがクジャラートだろうがフロンティアだろうが、こりゃ脅迫以外のナニモンでもないでしょ! 脅迫を受けた上での取引は取引として成立しませんよ!」
「ふ〜ん、そうなんだ。あたし知識がないからさ、そういう方面疎くてすまないね。
それはそうとエルマン、さすがにいい加減腕が疲れてきたんだけどな〜」
「───!!!!!」
「アンタも最近意外に筋肉ついてきたみたいだし、そうなるとパッと見あんまり変わらなくても結構体重って増えるもんなんだよね。
そんでもって、あたしも30代だしさ、若い時みたいにあんまり無茶はできないのよ。だからさ・・・」
バーバラの悪魔のささやきが、冷や汗でびっしょりになったエルマンの耳元に流れる。「あとちょっとで、落としちゃうかも知れないよ?」
「・・・・・・分かりました、分かりましたよ!
城塞騎士でも武芸家でも、何でもやらせていただきますから、だから!!」
「本当? じゃあ、乱れ雪月花も見せてくれるかしら?」
「だから何でいきなりそんな無茶苦茶!! ご自分でやってくださいよ、その方が絶対需要もありますし金も取れるでしょ!」
「あ〜腕がしびれるー、もう駄目〜、限界ー(棒)」
「わわわわ分かりましたから! やりますよ、やらせていただきますよ、約束しますよ、もう!」
「じゃあ三龍旋と無音殺とアッパースマッシュとヴァンダライズとVインパクト、それからグランドスラムと変幻自在もね! そして今度こそ、真サルーインを倒しましょ!!」
「・・・・・・ホント、もう、カンベンしてください、何でもやりますから・・・・・・お願いっす、降ろしてくださいぃ( TдT)」
「う〜れし〜い! だからエルマンって、大好き〜!♪」そのままの体勢で、バーバラはステップを踏みつつ、華麗なる3回転を星空の下に披露した。会計係の絶叫を伴奏に。
「心配になって来てみれば・・・グレートピットやヤシ村でアレをやられてはたまったものではないが正直、若干羨ましいのは否めない」
「バーバラ嬢は比較的常識のあるお方と思っておりましたが、いやはや・・・しかもなかなか狡猾だ、他の者がやればたちまち莫大な慰謝料を請求されるところを。身内の特権というヤツですな」
「大丈夫ですよ、いくら何でも本当にエルマンさんを落しはしないでしょう。彼女は情のある方で・・・」
「ううん、あの状況でホントに落としたことが2回あるよ。スカーブ山と草原の穴。どっちも偶然宝箱見つけたから良かったけどね」
「・・・・・・。
キャプテンの言葉を思い出します。女性の心には鬼が住むとは、こういうことだったのですね」
エルマンの叫びで飛び起きてしまったナタリーを連れて、男3人はバーバラたちを探しに来たが──
一部始終を把握し、彼らはすぐに宿屋に戻っていく。哀れな会計係を救おうともせず。「あれも役得か。あの胸が思い切り背中に、うーむ」
「ハゲ殿、嫉妬は見苦しいですぞ。全くこれだから若い者は」
「大臣、貴方までハゲ呼ばわりはやめて頂けないか!」
ただナタリーは、その場でじっとバーバラたちを見上げたまま動かなかった。それに気づいたゲラハは足を止める。「ナタリーさん、風邪をひいてしまいます。もうじきバーバラさんたちも戻られるでしょう、早く中へ」
「分かった。ごめんね、みんな眠いのに」ナタリーはぷいと踵を返し、来た道をスタスタ歩き出す。「あ〜あ、私も鬼になろっかな〜」
「?」
ナタリーの言葉の意味がイマイチ掴めず、ゲッコの青年はキョトンと首を傾げたまま彼女について帰っていくのだった。
そして翌日。出発前に、チェックシートを全員でチェックしなおしてからの、ジュエルビーストとの再戦。
パトリックが雪だるまに変身し、全員にリヴァイヴァがかかった直後、計算どおりジュエルビーストは目覚めた。
ここからが本当の勝負──「今までになく順調に行ってますよ! この調子なら・・・!」
バーバラが幸先よくオーヴァドライブでロペラの乱れ突きを5連発した直後、続いてエルマンがオーヴァドライブに成功した。そのまま空高く飛び上がり、フライバイ・かかと切りを見事に決める。しかも一人5連携だ。
「う〜ん、魅せてくれるわねぇエルマン! これなら会計係兼曲芸師として立派に稼げるじゃないの♪」
「いや姐さん、前周じゃそれ言った瞬間酷い目に遭いましたんで、もう止めてもらえます?」
続いてゲラハもオーヴァドライブに成功、連携はしなかったもののフライバイ+かかと切りで大ダメージを喰らわせた。幸運は続くかと思われたが──
それでも、やはり、ジュエルビーストは暴れる時は暴れてしまう。
先手を取られたその一瞬で押しつぶしやら連携術法やらを連打され、あっという間に全員のリヴァイヴァは解除されてしまった。
「マズイわね。パトリックは雪だるまになってるからリヴァイヴァが使えないし」
「バーバラさん、大丈夫です。私がリヴァイヴァをかけ直しますので」
「だから駄目ですってばゲラハさん! 貴方の炎のロッド経由のリヴァイヴァはLP負担が大きいですし・・・って、あぁ!!」
エルマンが止めるも虚しく、ゲラハは迷うことなくリヴァイヴァをバーバラにかけた。もはや彼のLPは半分を切っている。
「ありがとう。貴方のLP、無駄にはしないわ!」すかさずバーバラがオーヴァドライブし、再び乱れ突き5連発を決めた──が、その瞬間エスパーダ・ロペラは見事に粉々に砕け散った。
「えぇ!? も、もうそんなに使っちゃってたの!?」
「やっぱり、乱れ突き5連発は2回が限界でしたか・・・って、姐さん危ない、上、上ぇ!」
ジュエビの無情なる攻撃が、バーバラの上から迫った。さすがのバーバラの反射神経でもその速度には勝てず、一瞬で叩きつけられた拳の餌食となる。
「姐さん!」「大丈夫です、リヴァイヴァがあります」
ゲラハの言うとおり、虹色に輝く炎の中から再びバーバラは華麗にしなやかに起き上がる。だがそこにも、ジュエルビーストの拳は迫っていた。
「なんの、これしきの攻撃! 私を狙ってみろ!」オーヴァドライブ祭りから一人置いて行かれていたガラハドが前に飛び出したが、叩きつけの上にウインドカッター(という名の竜巻)を喰らい、ああっという間に重装兵は倒されてしまった。
「マズイ展開ですよ、これは・・・」
「ま、ま、まぁ、ハゲさんは標的として役立っていただければそれでokですので・・・って! 姐さん!?」
冷や汗が止まらないエルマンとゲラハの目の前に、再びジュエビの拳が迫る。だがその標的は彼らではなく、またしても──バーバラ。
「姐さん、逃げてください! 姐さぁん!!」全力でダッシュするエルマンだが、悲しいかな彼の鈍足ではこの獣に追いつけるはずもなく──バーバラは再び、ジュエビの掌の下敷となった。
目の前で盛大に叩きつけられた直後、ゆっくりと上げられるジュエビの拳。その下にはもう何もない──彼女の血の一滴も、肉片の一つも残ってはいなかった。
エルマンの両眼が、一気に見開かれる。眦からは涙すら溢れた。その飛び出た歯の間から、通常の彼からは考えられないほど下劣な言葉が漏れる。「よくも──よくも、この、▼×※%$■◆ガエルがぁああ! 絶対許しませんよ!!」
「エルマンさん、落ち着いてください。お気持ちは分かりますがさすがにその言葉は酷すぎます」
「これが落ち着いていられますか! 姐さんを、姐さんを!!」そのままオーヴァドライブしたエルマンは、フランシスカで怒りのフライバイを連続で叩き込む。──が、怒りのあまりかうまくダメージが通らない。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・こ、これでもダメですか、この▼★×野郎が・・・」
「いや、ですから止めてください。放送禁止です」
「そーよエルマン、いくらそっち方面の知識が豊富だからって、あんまり酷いこと言ったらお客さんいなくなっちゃうよ?」
「そんなこと言ってる場合ですか! 姐さんが、姐さんがぁあああ!!・・・・・・
って、へ? え?」
完全に冷静さを失い、ガラハドの回復も忘れて特攻をしかけようとしていたエルマンだが、ふと我に返った。「何スか、今の声?」 そして開眼したまま顔を上げてみると──ジュエビの掌に巧妙に隠れていた踊り子が、空中にふわりと姿を現し、そのまま可憐に地上に降りた。
「あ、あ、あ、あああああ姐さん!? どどどどういう事ですかっ、まさか・・・化けて・・・」
「んなわけないでしょ〜?
あと、いい加減目閉じなさい! その顔コワイって前から言ってるじゃないの!」
一声のもとにバーバラはダッシュし──見事なジャック・ハマーをジュエビの巨体相手に決めてみせた。
「とりあえず、説明は後にしましょう。奴が怯んだ今がチャンスです!」ゲラハが果敢にオーヴァドライブし、フランシスカでのフライバイ+かかと切りを喰らわせる。そして──
遂に、ジュエルビーストは爆砕した。
「良いか、もう一度言うぞ。
リヴァイヴァはその効果が発生した時に確かに解除されるが、解除のタイミングはターンの終了時だ。
つまり、ターン内に限っては何度攻撃を受けても何度でも効果は発生する。従って、バーバラ嬢が幽霊だなんてことはない」
戦いが終わり、雪だるま状態を解除したパトリックの前に正座させられながら、エルマンは神妙にその説教を聞いていた。
「・・・全く、こんな基本的知識も忘れて大騒ぎするとは。貴様もまだまだ若いということだな」
パトリックは得意げに髭を撫でつつ鼻を鳴らす。エルマンはひたすら頭をかくしかない。「全くです、頭に血が昇りすぎました。私としたことが・・・」
「とんだうっかりだったねぇ。サルも木から何とやら、ってヤツね」「姐さんに言われたくはないですがね・・・そうそう、さっき見つけたコレですが」
エルマンは懐からジュエルリングを取り出し、ゲラハに差し出した。「何度もご迷惑をおかけしました。今宵の勝利はゲラハさんの冷静さのおかげですよ」
「とんでもありません」ゲッコの青年は丁重に断りを入れる。「私は何もしていません。バーバラさんにエルマンさん、貴方がたの勝利です」
「そんなことないわよ〜。ゲラハが命を燃やしてリヴァイヴァしてくれなかったら、ホントどうなってたか」
そんな彼らの背後から、思い切り咳払いが轟いた。「・・・あ、ゴメンゴメン! ガラハド、貴方も素晴らしかったわよ! あの標的っぷり・・・じゃなくて、あの鉄壁っぷり!!」
「・・・ようやく、ハゲ呼ばわりを返上していただいて何よりだ」
「そうそう、さっすが重装兵様でしたねぇ! あの連携術法喰らってもまだ倒れなかったとは、羨ましいですよっ」
「全くその通りです。それでは・・・」ゲラハが恭しくガラハドにリングを差し出したが、彼は首を横に振った。「私にはガーディアンリングがあればそれで構わん。むしろ必要なのはゲラハ、細剣と体術と術法を縦横無尽に使い分ける君だろう」
「ですが・・・」なおも渋るゲラハに、エルマンが言った。
「じゃあ、ホークさんに会うまでゲラハさんがジュエルリングをお預かりしているというのはいかがでしょ? ホークさんにお渡しして、少しでもレイディラック号復活の足しにしていただければ」
「・・・分かりました。ではキャプテンにお渡しするまで、ということで」実直なゲッコの青年はホークの名を出されてようやく納得し、リングを受け取った。
他の3人が出て行った後、バーバラとエルマンは後片付け──という名目のお宝さがしの為、その場に居残った。
「アンタにしちゃ珍しいこともあるもんだね。すんなりゲラハにジュエルリング渡すなんて」
「後々のためですよ。ホークさんに恩を売っておけば、わざわざ港でいちいち金払わんでも復活レイディラック号にタダで乗せていただけるかも知れないでしょ?」
「さる国のさるお方が莫大な資金を出してくださったとか何とか聞いたけど・・・」
「へ? 何の話ですかい、それ?」
「こっちの話よ。それにしても、やっぱりアンタはちゃっかりしてるねぇ」バーバラはふと、エルマンの黄色い帽子にそっと触れてみた。意外な行動に、彼の頬がちょっとだけ染まる。
「姐さん? あの、私、こう見えても一応子供ではないんで・・・あまりそういうことは」
「感謝してるのよ。アンタがいてくれて、ホントに良かったって。
さっきキレかかった時、ちょっとカッコ良かったよ? 顔は怖かったし言葉は最悪だったけど」バーバラはそのまま、柔らかめの帽子をゆっくりと撫でる。エルマンの頬がさらに赤くなり、帽子の両端の房がゆらゆら揺れた。
「あーもう、恥ずかしいこと思い出させんでくださいよ!
一生どころか末代までの恥です、あんなこと、もう・・・」滅茶苦茶に恥ずかしげにエルマンは思わず両手で帽子を押さえる。
「いいんだよ。自分の為に必死になってくれる男を見るのは、何だかんだで嬉しいもんなんだからさ」
バーバラの手は子供をあやすように、彼の頭を軽くぽんぽん叩いた。その顔は耳から火でも噴きそうなほど真っ赤になっていたが、少しだけ満足そうだった。「へ、へへ・・・ありがとございますっ」
面白いのでしばらく眺めていたかったバーバラだが、エルマンは照れ隠しか、ぱっと背中を向けた。「全く、ここはいつ来ても何にもないトコですよ! 毎回これだけ苦労するんですから神殿の一つでも発掘できりゃいいのに!
あと20回ぐらい封印すれば、何か出てきてくれますかねぇ? それとも、もしかして水竜ルートでの封印が必要とかですかね」
「うん、だからエルマン、メタな話は話がメタメタになるから止めない?」
「・・・姐さんそれ、キレイにオチつけたと思ってませんか」
その数日後。所変わってメルビル。
街いっぱいに広がるもの──それは
「俺たちゃ海賊♪ 俺たちゃ海賊♪」の盛大な歌声。
しかも、いつもは港だけだった歌が今回は街にまで広がり・・・そして・・・
「街にまで海賊が溢れかえって・・・こんなの、12周目にして初めてなんすけど。
・・・姐さん。もしかして、海賊のアジトぶっ潰した後・・・」
「ごめん。通報忘れてた・・・」
「ウギャアアアアアアアアア!!! わ、わ、私のメルビルがアアアアアアアアアア!!!!!」
歌声と共に響きわたる財務大臣の絶叫を聞きながら、バーバラとエルマンは揃って肩を落とした。
「とりあえず、奇病終わった直後はとかく気が抜けやすいので海賊と魔の島のフラグ立てを忘れずに・・・これもチェックシートに追加っすね」
「そ、そうね・・・宮殿片づけたら大臣に土下座しなきゃ」
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