「カイキさん、やめて下さい! 離して! 広瀬さんを助けないとっ」
冷たい水の中を、ナオトの身体はどこまでもどこまでも沈んでいく。カラミティの指と共に。
ナオトが落とされたのは、偶然か必然か、白く輝く大樹のそばだった。水面からでは予測できないほど深い水底へ、ナオトは沈んでいく。力を失ったカラミティの指は水圧に押され、ナオトの拘束は自然に解けていった。
──ナオト。ナオト! 大丈夫?
消えていたナオトの意識に、呼びかける少女。その声で、うっすらと彼は目を覚ました。
──カイキ兄ちゃんてば、ひどいよ……ナオトをこんなにボロボロにするなんて!
今ナオトの身体はほぼ逆さになり、水底へ落ちつつあった。息を止めながら、自分の状態をゆっくり確認してみる。
大樹からの光で、意外に水の中は明るい。感覚のなかった右足は、ズボンの膝下から先がなくなり、スニーカーだけが残っていた。布地はおそらく焼けて吹き飛んだのだろう、白い素足に真っ黒い火傷が出来ている。
ブラウスの右袖も破れて消失し、左の袖もちぎれかけて、ティッシュペーパーのように頼りなく何とかナオトにくっついている。裾も大きくちぎれて、腹が見えていた。ブラウスの大半は真っ赤に染まり、元の桜色がほぼ見えなくなっている。あぁ、ごめんなさい母さん。母さんからもらった服を、僕は台無しにしてしまった。
──お兄ちゃん……何でこんなひどいことするんだろ?
ナオトの目には、何故かマユ・アスカの姿が映し出されている。耳にもマユの声が聞こえている。
これは、夢なのか? 夢でも何でも構わない、マユと少しでも話が出来るなら。僕は、まだマユに話したいことがたくさんある。マユの話だって、たくさん聞きたい。ナオトは白く輝くマユの姿へ、その手を伸ばしていく。
マユ。カイキさんは、優しい人だよ。優しいから、僕をこうせずにはいられなかったんだ。
──どうして? 人を傷つけちゃいけないのに?
マユには、まだ分からないかもな。僕も、ちゃんと説明は出来ないけど。
マユ。僕は君のこと、チグサさんのこと、色々教えてもらったよ。本当にごめん……マユ。
僕は君を、不幸にしちゃったのかな? 僕は、マユの幸せを奪っちゃったのかな?
僕と出会わなければ、君は幸せなまま死ねたのかな?
──分からない。だけど、ナオトと一緒にいて、私、嬉しかったよ。
──お兄ちゃんたちと一緒にいた時は楽しいことばかりだったけど、私、どこか虚しかった。お兄ちゃんはいつも私を見てくれるけど、大事なのは私じゃなくて、私の向こう側にいる人なの。他のみんなも同じ。
マユ、違うよ。カイキさんはちゃんと、君のことも見てた。
──ナオトには分からない? 私は、私だけを見てほしかったの。
マユの声はさらに続く。最後の感情を振り絞るように。
ナオトの胸元からは、白い布袋に包まれたお守りがいつの間にか飛び出して、マユの前で揺れていた。
──でも、ナオトは違った。ずっと私だけを見てくれた。私にいろんなものをくれた。
──その中には私が知っちゃいけないものもあったのかも知れないけど、全部、私が欲しかったもの。
──多分、ナオトは私に、心をくれたんだと思う。それは、幸せかどうかは関係なく、ヒトがヒトである為に必要なもの。カイキ兄ちゃんは私に身体をくれたけど、心はくれなかった。
マユ、それもちょっと違うと思う。君に心をあげたのは僕だけじゃない。
サイさんやカイキさん、アマミキョの人たち、メルーやハーフムーンの人たち、色んな人たちがみんなでマユに心をあげたんだ。
──そうかも知れないね。でも、ナオトがいなきゃ、私はそれも分からなかった。だから……
ナオトの眼前で、マユは大きく両腕を広げた。全てを包み込む聖女のように。
──私の力を、全部あげる。ナオトに私を、全部あげるよ。
──私、ナオトと一緒に生きたい。まだ、生きていたい。苦しくてもいい、痛くてもいい。
「まだ、生きていたい!」
それは幻でも何でもなく、はっきりとした、肉声だった。
ナオトがそんなマユの叫びを聞いた瞬間──ナオトの目の前で、大樹が不意に輝きを強めた。
眼が眩むかというほどの光だったが、それはほんの一瞬。
ナオトがゆっくり目を開くと、大樹の幹にあたる部分が氷のようにうっすらと透けていた。
どうして。何故これがここにある? いや、ここに在るべくして在ったのか。
透明になった幹の中には、実に見慣れた真っ白いモビルスーツが眠っていた。大樹の光はこの機体が発しているかと思うほど、ナオトにとってその光は眩かった。たとえ、慣れた機体であっても。
──ガンダム・ティーダ。
自分をここまで追い込んだ運命のモビルスーツの名を、ナオトは心で呟く。水中でなければ、呪詛のような呟きとなっていたかも知れないが。
今、マユの意思ははっきり分かった。なら僕は、それに応えるまでだ。
ナオトは逆さの状態から体勢を立て直し、ティーダを真っ直ぐに見つめる。憧れのストライク、フリーダムと同じ顔を持つ、宿命のモビルスーツ。もう息が限界まで来ていたが、それでもナオトは念じた。
ティーダ。お前に意思があるのなら。僕とマユの命を吸う機体だというのなら。
僕はどうなってもいい、手足ぐらい飛んだって構わない。
どんなに血を流しても、魂ごと焼かれても構わない。
ただ、マユを助けたい。助けたいんだ。だから……
僕の呼びかけに、答えろ!!
ティーダのカメラアイに、再びエメラルドの光が灯った。
激しい純白の輝きと共に。
「来たか!」
静けさを取り戻しつつあった水面が、突如爆発した。フレイの笑みと同時に。
水面が一息に盛り上がり、激しい水飛沫と共に光の柱が空気を裂く。大樹の光と酷似したその光柱は、水の宮殿の中心で、十字架のような輪郭を形づくっていく。
その正体は、空中に浮上したガンダム・ティーダ。
両側のマニピュレータを曲げ、何かをおし抱くように胸部へ抱え込んでいる。背中のバーニアから噴出する光はあまりにも白く熱く燃えさかり、翼のようにさえ見えた。その姿勢とバーニアの光が、機体全体を十字架のように見せている。
<あのガキ……生きてやがったか!>いきりたち攻撃を加えようとするカラミティを、アフロディーテが制する。神聖な儀式の邪魔は許されない、とでも言いたげに。
ティーダの手のひらで、ナオトは激しく息と水を吐きながら、何とか身を起こしかけていた。眼下にはアフロディーテとカラミティが見える。
すぐ背後にコクピットハッチがあるのは分かっていた。自分が今、何をすべきなのかも。
カラミティの指と違い、ティーダのマニピュレータは雛でも抱くように優しくナオトを支えていた。その指を頼りに、ナオトは傷をおして立ち上がる。バーニアから巻き起こる熱風で、髪や破れた服が激しく煽られている。
その姿は傍目から見れば、敗走に敗走を続ける部隊の中から、血まみれの剣とボロボロの旗を抱え、雄雄しく立ち上がる勇士のようにも見えた。
聞こえるかどうか分からないが、言ってやる。叫んでやる。あんたたちには、言いたいことが山ほどあるんだ──
「フレイさん! そこにいるなら、聞いて下さい。カイキさんも……!
僕は今はっきりと、マユの意思を確認しました。『生きていたい』──これが、マユの言葉です。『まだ、生きていたい』」
一言一句明確に、ナオトは叫ぶ。今こそ大声の力を発揮する時だ。
「こうして動いたティーダが、何よりの証拠です。ティーダは僕とマユの二人でなければ動かせないでしょ。僕だけじゃ、動かせない──マユの意思で今、ティーダは動いてます。
マユは、生きたいんです。痛みを感じても、生きたいんですよ! だから、お願いだから、マユを助けて下さい!」
折れているであろう肋骨の痛みが身体中を貫く。出血は未だに止まっていない。それでもナオトは、血を吐く勢いで叫び続けた。
「それでもマユを消すというなら──僕は、貴方たちと戦います!
僕は何があっても、マユを助けます!」
その叫びが終わるや否や、アフロディーテが両の腰からビームサーベルを抜き放った。勿論要塞内での戦闘を意識して、出力は最小限度である。
<いいだろう、ナオト・シライシ! 貴様がそこまで成長するとは思わなかったぞ……
その強靭な意思こそが、私の糧となる!>
フレイの言葉が終わると同時に、カラミティがティーダの至近距離へ砲火を放った。まるで、それが戦闘開始の合図とでも言うように。<マユが生きたいと思うのは当たり前だ、貴様がそうさせちまったんだ!
貴様がマユを、人間にしちまったから!>
<早く乗れ、シライシ。たった一人で、その傷で、その意思でどこまで私たちに抗えるか、見せてもらおう!>
フレイはもとより、カイキにもマユを助ける意志はない──その現実に絶望している余裕はなかった。
最早、あの二人とは戦う以外に道はない。ナオトは身を翻し、コクピットハッチを手動で開く。
「ナオト、オカエリ。ナオト、オカエリ!」中では、随分懐かしい気がする黒ハロが飛び跳ねて、ナオトを出迎えた。二人乗りのコクピットだが、今はたった一人。後席が寂しく感じるが、そんなことは言っていられない。
「ただいま、ハロ」ナオトは笑顔を作り、ハロを撫でた。黒い球体の表面に、わずかにナオトの血がついた。「……頼むぞ」
「ガンバレ、ナオト。ガンバレ。システム、オールグリーン」ハロの音声と共にコクピットハッチが閉ざされた。OSは既に起動しており、モニターもすぐに鮮明になる。ベルトを締めると、ナオトはすぐに眼前の2機を捉えた。
「マユを探す!」だがナオトは2機と戦うよりも先に、マユの救助を優先した。反射的に、大樹の遥か上を睨みつける。間違いない、この光の柱の中にマユはいる。
水の中にティーダは隠されていたが、おそらく逆にマユはかなりの上空にいる。直感でナオトは分かっていた。どのような形で捕らえられているのかは想像したくもないが──
ともかくバーニアを最大出力で噴かし、ティーダは大樹の枝、黒く突き出した支柱まで飛び上がる。すかさず、カラミティのシュラークの火線が追いかけてきた。すんでのところでティーダはそれを回避したが、それだけで予想以上の衝撃がナオトを襲っていた。
ベルトで締めつけられた右胸から、枝分かれした糸のように噴き出す血液。多分、そう長いことは戦っていられない。
真横に生えた支柱が盾になり、カラミティもそうそう派手な攻撃はしてこないと思っていたが、太さがゆうにモビルスーツ5機分ほどもある支柱は、砲撃の2発や3発ではびくともしなかった。ティーダの右を左を、カラミティの閃光が駆け抜けて暴発する。
ナオトは咄嗟に左腕の有線ロケットアンカー・グレイプニールを射出すると、すぐ上の支柱に食い込ませた。食い込ませた三又巨大爪が元に戻るその力を利用して、機体を一気に上に引っ張り上げる。
幸い、巨大爪が支柱の上で跳ね返るということはなかったので、これで少しずつ上に行けそうだ。ナオトが一瞬安堵し、一段上の支柱に着地したその瞬間──目の前に紅の風・アフロディーテが現れた。
<やはり遅いな。マユ抜きではこんなものか!>
「フレイさんっ……僕は、貴方を信じたかったのに!」
右腕の攻盾システム「トリケロス」の先端からビームサーベルを発振させ、ティーダは真正面から応戦する。呼応するように、アフロディーテもビームサーベルで対抗してくる。
フレイにしては、あまりにも正直過ぎる攻め。馬鹿にしてるのか。「どうあっても、マユを消すつもりですかっ」再び上空に向けてグレイプニールを射出し、飛び上がるティーダ。それを追うようにして、アフロディーテも飛ぶ。
<子供の我がままに付き合っている余裕はないのでな>
「何なんです……何なんです、貴方は! サイさんを裏切って、マユを殺して、しまいにはアマミキョも潰すつもりですか!?
貴方は、サイさんが好きだったんじゃないのかよ!」大樹の枝の間で、ビームサーベルの光が乱舞した。
<最終的には、私は皆の幸せを願っている。大局を見ろ!>
「セレブレイトウェイヴとやらがそうだっていうのかよ! マユを消すことが、大局を見るってことなのかよ!
そんなこと言う大人に、ろくな奴はいないんだっ」
ナオトの言葉こそ攻撃的ではあったが、ティーダは意外に巧くアフロディーテの攻撃をかわし、紅の刃から逃れながらグレイプニールを操り、少しずつ上空へと飛び跳ねていた。
<サイに恨まれることなど、元より承知の上だ。それでも責任は果たさねばならぬ!>上段の支柱へ逃げるティーダを、執拗に追いかけるアフロディーテ。既に2機は水面から100mほど上空まで来ていたが、それでも塔の最上階は見えなかった。延々と高くそびえる青い壁。
まさか、塔の一番上にマユが眠っているなんてオチじゃないだろうな。ゲームじゃあるまいし──
あまりの高さに疲労を感じ、一瞬思考を止めてしまうナオト。その隙を見逃すフレイではなかった。ビームサーベルが、ティーダの左腕関節部を一閃する。
「しまっ……!」あまりにも呆気なく切られてしまった左腕。ティーダの左腕が切られたということは、支柱を登るのに利用していたグレイプニールごと切られた、つまり巨大爪を使って上空へ行くことが不可能になったということだ。切られた巨大爪は力を失い、下段の支柱に幾度も轟音を立てて衝突しながら落下していく。ジャングルジムから落下していく玩具のように。
<もう少し、楽しませてくれると思ったがな……>ナオトの眼前にアフロディーテが迫る。すぐにビームで始末しないのは、やはり馬鹿にされているのか。それとも、すぐに殺してはデメリットがあるからか。
最早ナオトにとって、フレイ・アルスターという存在は、カイキよりよほど理解不能な化物だった。
フレイさんは、サイさんが好きじゃなかったのか。婚約を復活させたんじゃなかったのか。「フレイさん、僕には分かりません……サイさんを裏切ってまで、どうしてこんなこと!」
<くどいぞ。私は今なおサイを愛している……奴は、私が初めて出会った奇跡なのだから>
その言葉に嘘偽りがあるのかどうか、ナオトには到底判断がつかない。「ひょっとして、セレブレイトウェイヴを発動させることが、サイさんの幸せになるって言いたいんですか」
<今は、そう取ってもらっても構わんな>
他人事のように呟くフレイに、ナオトの感情が爆発した。「そんな勝手な! 幸せの定義を、勝手に決めるな!」
<やはり答えを急ぐ子供には、何を言っても伝わらんか!>
怒声と共に、アフロディーテは右の拳を、がら空きとなったティーダの胸部へ叩きつけた。元々重量バランスが悪く、左腕を失ったことでさらにバランス維持が難しくなっていたティーダはそれだけで体勢を崩し、機体はあっという間に支柱から落下を始める──コクピット内に響くアラートと、ナオトの悲鳴。さらに、彼がバーニアのスイッチに手をかけるより早く、下方からカラミティのシュラークがティーダを狙っていた。
今度こそ撃たれる! 落下運動の加速度に耐え続けるナオトが、思わず目を瞑った時だった。
<子供じゃなけりゃ、質問に答えてくれるのかい? お嬢さん!>
どこかの外壁で爆発音がした0.5秒後、コクピットに声が飛び込んできた。機体を揺さぶる衝撃と共に、不意に落下速度が減少を始める。
モニターを確認して、ナオトは思わず嬉しさを隠せず叫んだ。「広瀬さん!」
空中から飛来した広瀬のウィンダムが、落下しつつあったティーダを支え、カラミティの射線上から引き剥がしていた。すぐそばを通過していく閃光。
ナオトがほっとする間も与えず、広瀬は叫ぶ。<喜ぶのはまだ早い、バーニアは生きてるか?>
「だ、大丈夫です!」咄嗟にナオトはバーニアを噴かし、ウィンダムと連れ立つようにして水面直上の支柱へと降り立った。
両機は一旦背中合わせになり、通信でお互いの状況を確認する。それが繋がった途端、スピーカからは広瀬の荒い息が飛び込んできた。サブモニターで相手のコクピットを見て──
ナオトは息を飲んだ。背広の3分の2以上が血まみれじゃないか、あの人は!
最悪の兆候を示す目の下の濃い隈まではっきり見える。厚い唇はほぼ真っ白になり、血が流れていた。だが、息を飲んだのは向こうも同じらしい。
「広瀬さん、ホントに大丈夫なんですか? すぐに手当てしないと……」
<アホ……お前、自分を棚に上げて何言ってやがる。そのシャツって、真っ赤だったか?>
それでも広瀬は、皮肉っぽい笑みを崩すことはなかった。<どうやらお互い、あんまり無事とは言いがたいようだ。あの女と違って……>
言いながら広瀬は、上空で悠々と待機しているアフロディーテを睨みつけた。<幸い、あの女もカラミティも、ティーダのコクピットを狙う気はないようだ。それをやっちまったらおそらく、奴らの目的そのものにも響くからな>
「だけど、マユを助けるにはどうしたら……マユは多分、あの光の柱の中にいるんです。僕たちを待ってる!」
<俺がフレイを引きつける。カラミティの砲撃さえ気をつけりゃ、ティーダはもっと楽に上まで行けるはずだ。
但し、これだけは覚えとけ。黙示録は最終手段だ>
「どうして!?」今、アフロディーテとカラミティに対抗出来るティーダの武器と言えば、黙示録しかない。自分に残された唯一の勝利の道は黙示録起動だけだと、ナオトは思っていた。
<アレをここで使っちまったら、研究塔のバイタルラインであるこの場所にどんな影響があるか分からん。この柱はセレブレイトウェイヴ発振装置の試作バージョンみたいなもんだ、だからティーダもこの下にあったんだろ? 恐らく、起動キーとして。
黙示録が発動したら、同時に柱が暴走を引き起こす可能性がある。むしろ、奴らの狙いはそれかも知れない……てか、俺の本来の目的もそれだがな。今それをやっちまったら、マユもお前も助からんだろ>
「冗談やめてくださいよ! じゃあ、どうしたら……」
<最初にお前がやろうとしていた通りだ。ある程度上空まで行ったら、力技で柱を叩き壊してマユを助けるしかなかろうな。黙示録はその後だ。その為にも、右腕だけは絶対落とされるなよ>
ナオトが唇を舐めつつ、ティーダの右腕──今や唯一の武器とも言える攻盾システム「トリケロス」を眺めた、その時。
<相談は終わったか?>フレイの声が突如割り込む。待ってましたとばかりにビームサーベルで2機に飛びかかるアフロディーテがモニターに映し出された。激しいアラートと共に。
ティーダとウィンダムは同時に別々の方向へ跳ねて、その攻撃をかわす。ジェットストライカーで思うままに飛翔するウィンダムは、そのまま空中でアフロディーテと光の剣を交えた。火花が炸裂する。<俺だったら、色々話してくれるかな? フレイ・アルスター!>
<ここまで追ってくるとはな……どうやら山神隊の力、甘く見ていたようだ!>
<アマミキョの守りは山神隊がやってんだ! あんたがアマミキョを潰す気なら、見逃すわけにはいかねぇな>
<その決定を下すのは私ではない。私はあくまで要請通りに動くだけだ>
ナオトを相手にした時と違い、フレイの声から若干余裕が失われていた。広瀬はさらに畳みかける。<タロミ・チャチャの要請ってか? つまりあんたは奴のお人形に過ぎんわけだな……
あと5年もすりゃ、いい女になると思ってたが!>
<民を守る為だ>
<その民の中に、アマミキョやシライシやマユは入ってないってのか!>剣戟の隙を利用して、ウィンダムは対装甲貫入弾・スティレットを腰から投げつける。サーベルでそれを一閃するアフロディーテ。塔を揺るがす大爆発が起こり、両機はナオトの視界から一瞬消えてしまった。
「広瀬さん!」叫びながら飛ぼうとするナオト。だがアラートが響きわたる──ほんの10数メートルまで近づかれていたカラミティに、完全にロックオンされていたのだ。カラミティの胸部が白熱の光に満ちていく──スキュラだ。
舌打ちと共に、ナオトは機体を跳ねるように真横へ移動させた。今までいた場所が、真っ白な火球に変貌する。「カイキさん……手加減をしていない?」
ナオトはひどくなっていく呼吸と共に呟く。ティーダコクピットは狙われないという読みは間違っていたのか?
いや、違う。本来の作戦上、ティーダのコクピットが狙われないのは間違いない。だからこそティーダを温存していたのだろうし、危険を冒してナオトをここまでわざわざ連れても来たのだ。フレイの言動から考えて、ナオトがティーダに乗り込むところまで、彼女の想定範囲内だったのだろう。悔しいが、それは認めざるを得ない。
だとしたら、カイキがナオトの命を乱暴に消しにかかるのは──そうそう考えずとも分かる。カイキさんは、作戦なんかどうでもいいほど僕が憎くてたまらないんだ。
最大出力のバーニアで跳躍したカラミティは、そのまま支柱の上のティーダに喰らいつく。一瞬揉みあった両機は支柱から落下し、そのまま下の水面へ飛び込んだ。幸か不幸か先ほどナオトが落ちた場所よりそこはずっと浅く、水底で跳ね返って2機はすぐに浮上した──が、カラミティの暴走は止まらない。
<フレイが言っても、俺は貴様を許せない。貴様の存在を許さない!>
喰いついたティーダに向かって、カラミティはビームブーメラン・マイダスメッサーの刃を振り上げる。その光の切っ先は真っ直ぐティーダコクピットに、ナオトに向けられていた。
駄目だ、今度こそ殺される。ナオトが目を瞑りかかった、その瞬間。
「やめてぇえ! ナオトを離して!!」
塔全体に、思わぬ人物の絶叫が響いた。壁に取り付けられたスピーカから鳴り響き反響する声に、その場の全員が動きを止めてしまう。
まさか。ナオトは反射的に、機体中のカメラというカメラを駆使して音の発生源を探った。先ほどまで研究員たちが何人かたむろしていたはずの、ガラスの壁の向こう──予期せぬ戦闘が始まって、研究員はとっとと避難したと思っていた。だが、一人だけ残っていたのだ。というよりも、一人だけここへ来たというべきか。
丁度ティーダの真正面、カラミティの背中にあたる壁のガラス窓──そこに、一人だけ金髪の女性が残っていた。
「母さん……!」絶望なのか安堵なのか、自分でも判断がつかない溜息が、ナオトの肺から漏れた。
つづく