ティーダのコックピット内で、ナオトは半ば無理やりにマユと操縦を交代していた。「後ろにいて、ベルトして、衝撃に備えて」
「駄目だよナオト、勝手に動かしたらフレイに叱られる」状況や台詞の内容とは裏腹に、マユの声は呑気だ。しかしナオトは操縦桿を握り締めて答える。「動かすだけなら、1回レポートでやったことあるっ! それに」
マユは顔をぽかんとさせたまま、後部座席からナオトの様子を見守る。ナオトは操縦桿を力いっぱい引き寄せ、ペダルを踏んだ。「怪我してる女の子に、モビルスーツ操縦させる男が、いるかあっ!!」
ナオトの叫びと共に、機体が一気に上体を起こす。確認した限り、この機体のOSはナチュラル用だった。ならば、半分ナチュラルの自分でも操縦できる。360度全周が見渡せるモニターごしに、崩れた倉庫の壁が下方に沈んでいくのが見える。勿論この映像はガラスごしに見えているのではなく、機体頭部他に取り付けられたカメラから送られている擬似映像であることは承知しているが、それにしても何という鮮明さだ。機体が起き上がっていく。マユが後ろから指示を送った。
「ちょっとの間だけど、これ飛べるよ。一旦上に出てお兄ちゃん呼ぼう」
「上……って、道路!? あそこはまだジンが。それにブリッツって飛べないはずじゃ」
「ブリッツじゃない、ティーダ! 推力が全然違うの。サイドのレバー引いて、両ペダル踏んで。あとはオートでやってくれるよ。
一緒に行こう、アマミキョへ!」
マユの指示に従うだけ従う。とにかく彼女を安全な処へ運び、局と連絡をつける。それが今のナオトの最優先事項だった。
しかし何故こんな娘が操縦方法を知っているんだ? そもそも、こんな娘がどうしてモビルスーツに乗っている?
14歳でレポーターの自分も相当無茶な仕事をしていると自覚したこともあるが、このマユという娘はそれを超えている。自分より明らかに年下で、明らかにこのモビルスーツに慣れた様子で、しかもナチュラル用のOSを起動させていたということは恐らくナチュラルなのだろう。
バーニアが噴き、ティーダは一息に崩れた天井を突き抜け壊れかけの道路へと飛び出した。まだ炎と黒煙の渦巻く街へ。
ナオトの全身には勿論、凄まじきGがかかる。一瞬肩が砕け頭の前半分が吹っ飛ばされたかと思ったが、ナオトはすぐに後ろのマユを振り返った。彼女は実に涼しい顔で笑いながら衝撃を克服していたが、肩からの出血がひどくなったのが傍目にも明らかだった。しかしマユは冷静だ。
「少しずつペダルから足離して、その調子! 左レバーを中に入れて姿勢制御! モニター左下に、対地運動をオートで調整するシステムがあるからそこ押しといて! 速度、機体傾斜、高度、方位、バランス、予測曲線全てオッケー! 空中のゼロ速度から落下に入るよ」
モーター音とノズルの噴射音が響きわたる。比較的脆くなさそうな道路を選び着地。またしても下からの衝撃がナオトの身体を襲う。「マユ、衝撃が!」「アブソーバー最大、大丈夫っ」

 

PHASE-02  轟く声と走る紅

 


目の前では、さきほどナオトたちごとティーダを撃とうとしたジンがもう一機のモビルスーツの攻撃を受け倒れていた。ジンの倒れている場所はさっきまで、喫茶店とコンビニと印刷会社と写真屋が並んでいたところだ。にもかかわらず相手のモビルスーツは、起きようとするジンに攻撃を加える。
「お兄ちゃんだ!」マユが眼を輝かせる。
そのモビルスーツは、ティーダと同じく人の顔を持つ、全身エメラルド色の機体だった。型式番号GAT-X133、ソードカラミティ。あれは元々、連合の砲撃戦特化タイプではなかったか? 
しかし今ナオトの目の前にいる機体は近接戦闘用の装備のようで、現にジンを攻撃したものはパンツァーアイゼン──腕に装着された有線ロケットアンカーで、先端のクローが開いて相手を攻撃するタイプのものだった。しかもそのクローはジンを捕捉し、動きを奪っている。
ナオトが疑問を持つ暇もないまま、ソードカラミティから通信が入った。<マユ、無事か!>
その間にもジンはソードカラミティを押し返そうとして76mm重突撃銃を向ける。ソードカラミティは素早く右脚部から短刀──ナオトにはそう見えた──アーマーシュナイダーを抜くとそのままジンのコックピット部分を貫こうとする。おかげでジンの銃口は空しく宙を撃った。しかしジンもさるもの、左手の重斬刀をソードカラミティの右肩に叩きつける。
が、ソードカラミティに物理攻撃は通用しなかった。TP(トランスフェイズ)装甲が、重斬刀の衝撃から機体を完全にカバーする。
「無事じゃありません!」ソードカラミティからの通信に答えようとしたマユをさえぎり、ナオトが答えた。
<誰だ貴様っ>突然割り込んできた見知らぬ子供の通信に、ソードカラミティのパイロットは驚愕を隠せない。しかし彼は怯まずに左腕の未使用のパンツァーアイゼンを相手胸部に殆ど接触させるように突きつけ、ためらうことなく発射する。ジンのコックピットが一撃で簡単に破壊された。
ナオトの目の前で、またも命が消し飛んだ。
今のパイロットだけじゃない、あの機体の下でいったいどれだけの人が命を落としたか──生活がどれだけ壊されたか。その現実を認識しすぎないように努め、彼は必死で吼える。「彼女、腕怪我してます。ハロからの警告が届いたから、貴方は来てくれたんでしょ! 僕はオーブSUNテレビ局のナオト・シラ…」
その瞬間、モニターから警告音が響いた。ハロが暴れ、マユが叫ぶ。「右! レバー前に!」
間に合わなかった。右後方からのもう一機のジンの砲撃をティーダはまともに受け、コックピットが激しく揺さぶられる。
<あの、クズレポーターかよ>ジンの攻撃に気づいたソードカラミティが機体を素早く起こした。舌打ちとともに、怒りのこもった呟きがはっきりと通信される。使用済みだった両腕のパンツァーアイゼンが空を切り裂く金属音をたててソードカラミティの腕に戻っていく。ジンがティーダに向かって突進してくる。
聞かなかったことにして、ナオトは訴えた。「彼女をすぐにアマミキョへ連れていきます、緊急に治療が必要なんです」
と、モニターに相手の画像が入ってきた。ボサボサの髪を無造作に後ろで止め、ロングコートのまま機体に乗り込んでいる、見るからに不機嫌極まりない男。だが、怒ってさえいなければ相当モテる兄さんなのだろうとナオトは思った。
<マユ、怪我を見せろっ! 出血は、骨は折っていないか!? まさか頭じゃないだろうなっ>それにしてもこの必死の形相、心配のしようはどうだろう。兄か何だか知らないが、どんな事情があって幼い妹をモビルスーツに乗せているのだ。
「カイキ兄ちゃん、私大丈夫! いけるよ」マユが前方に身を乗り出し、通信に答える。モニターごしにマユの怪我を見た相手は明らかに狼狽していた。<話は後だ! すぐ連れてけ、ガキが>
確かにガキかも知れないが随分と失礼な言い方をする人もいたもんだ。ナオトは思わず口答えしそうになったが、状況と相手の気迫がそれを許さなかった。その間にもソードカラミティは、ティーダに組みついてきたもう一体のジンにアーマーシュナイダーで襲いかかる。ジンの注意がソードカラミティに向く。
「スキありっ! 右レバー引いて、機体の間から逃げられる! 地面見えたら両ペダル踏んで、低空でジャンプできるから」ナオトはマユに言われるままに機体を動かす。力いっぱいペダルを踏む。バーニアが噴き、ナオトとマユの身体にまたも気絶寸前の重圧がかかった。
これ以上マユに負担をかけるわけにはいかない、眼球全てが後頭部にめり込んでいく感覚を覚えながらナオトは思った。それでも、とにかくティーダの機体はジンから逃れ、マユの言うとおりに低空ジャンプしていた。
「お願いします、あんまりウーチバラを荒らさないで下さいね!」黒煙の中を流れていくソードカラミティを確認しながらナオトは叫んでいた。
そのまま100mほど飛んだところの草地に向けて着地の体勢へ。「もっと安全に着地する方法ないの?!」「大丈夫、こっちの補助操作で何とかなってるから。今ショックアブソーバー最大だよ、なんで?」「家を踏みたくない、人を踏みたくない、君の怪我が心配だ!」
地面から衝撃が来る。マユの言葉を信じてナオトは耐える。汗とよだれが握り締めたレバーの上に落ちた。
心臓が破れそうだ。ポケットの中の指の存在をナオトは想う。何でこんなことになってるんだ、フーアさん。アイムさん。
その時、右モニターのあたりから警告音が響いた。ほぼ同時にマユが叫ぶ。「まずいよナオト、黒ジンだぁ」叫んだとはいえあくまでその声は呑気で脳天気だ。それ故ナオトも一気に迫ってきた危機にすぐに対応することが出来なかった。
今は誰もいないであろうオフィスビルの陰から、ジンタイプではあるが明らかにノーマルではない機体が姿を現す。黒を基調にしたカラーリング、肩部と胸部の紫が恐怖を引き立てる。その上、トサカと──巨大な翼。あの白さは何だろう。葬式用の機体か? 
ナオトが機体をそちらに向けて体勢を整える前に、MMI-M636Kビームカービンの銃口が向いた。「トリケロス使って!」「何それ」「説明はアト! 右レバーそのまま上に入れてっ」
もう言われるままにやるしかない、細かいことは後部座席でやっているのだろう。ナオトは信じるしかなかった。
ティーダの右腕が動き、装備されていた攻盾システム「トリケロス」が火線からティーダを守った。ティーダの身長の半分以上ある巨大なシールドだ。「ティーダはTP装甲だけど、ビームで来られるとヘタしたら一発だからね〜これがあれば大丈夫だよ! 攻撃も出来るし」
「攻撃はしたくない!」
そう言っている間に黒いジンがビルの裏側で動き、別の隙間に移動してさらにティーダを狙った。「右斜め前から来る!」銃口が光る。ナオトの息が止まるほどの衝撃が機体を襲う。トリケロスとやらで防御はしているはずなのに。


マユが黒ジンと呼んだその機体は、ジンハイマニューバ2型。ジンの派生機種で、ザフトにおける量産機がジンからゲイツへ移行するまでの過渡期に少数ではあるが生産されたものだ。ジンにはないビームカービンと、真っ赤な鞘に収納されたMA-M92斬機刀が装備されている。
ザフトのエースパイロットと呼ばれた者たちが乗り込んだ機体で、ザフトでの評価は相当に高い。
そのコックピットに座るは、機体と同じく黒と紫を基調にしたパイロットスーツに身を包んだ、黒褐色の肌の男。両耳から顎、それから鼻の下の豊かな真っ黒な髭が顔の下半分を覆い、さらに目の部分全てを隠す黒のサングラスまでしている。
男はモニターの中で必死に防御しているティーダ、そして後方でジンと戦うソードカラミティを確認しつつ、呟いた。「あれが噂の、オーブとチュウザン共同開発の新システム、とやらか?」嘲笑の響きが混じった声だが、笑っているのかどうかは髭に隠れて分からない。「どちらも既存機体にしか見えんがな。特にブリッツもどきはド素人……あの白は目立ちすぎだろ」
 

ビームカービンの火線がティーダのトリケロスに集中していたが、効果が上がらないと知るとハイマニューバ2型はすぐに戦法を変えた。紅の鞘に収められた斬機刀を抜き放ち、ビルの間から飛び出してティーダの後ろをとり襲いかかる。
「よけられないかな!?」背後から迫る黒いジンをモニター後方に見ながら、操縦桿を握り締めるナオトの手が氷のように固まる。汗だくになっているにも関わらずだ。「何言ってるの? こっちが死ぬよー」「ハロハロ、右レバー上段、ビームサーベル、中段、ライフル!」マユとハロがてきぱきと指示を送る。
「僕はレポーターだよ、人は殺せないっ」敵接近の警告音。マユが朗らかに笑った。「ナオトってば変なの。人殺すのそんなにつらい?」
ナオトは必死で機体制御にかかる。刀で襲いかかってきた黒ジンに機体を向き直らせ、右腕のトリケロスで全身を庇うようにした。まともに斬機刀の攻撃を喰らうトリケロス。
「防いでばかりじゃやられちゃうよ。右腕に装備が集中してるんだから、壊されたら激マズ」マユの声はあくまで呑気だ。
「ブリッツって、ミラージュコロイド装備してたよね!?」刀と盾が擦れ合う、凄まじく甲高く嫌味な金属音が響きわたり、コックピットが揺さぶられる。
「だからブリッツじゃないんだってば。あるわけないじゃん、条約で禁止されたのに」
「じゃあ何なんだ、この機体は!」そんなナオトの絶叫に、マユはちょっとだけ首を傾げるような仕草をした。後部座席脇に取り付けられていたキーボードをマユが操ると、その下から小さなディスプレイが飛び出す。が、彼女はすぐそれをしまった。「……ダメ、フレイが怒る」
その間にも黒のジンは迫り、紅を帯びた白色の単眼がモニター正面に光る。途端、ナオトの恐怖のゲージが上限を突破し──数瞬、脳みそが空っぽになったような感覚を覚え、次に彼は再び胸元の、フーアの指の存在を認識した。
怒りが蘇る。フーアの指が、心臓のあたりで跳ねる。
この機体が、ジンが、フーアとアイムを一瞬で奪った──
ナオトはハロの指示に従いレバーを操作した。右腕のトリケロスの先端からビームライフルが放たれ、黒のジンに閃光が走る。ジンは危機一髪でかわしたが、そのおかげでティーダは斬機刀の脅威から逃れられた。
体勢を立て直し、ナオトはモニターごしに再び相手を睨みつけた。「マユ、スピーカーの音量はどこで調整すればいい!?」
──見てろ。これが僕の戦い方だ!


アマミキョブリッジは、依然として混迷を極めていた。
「ジン1機、港湾区画搬送ゲートへ接近!」ディックの上ずった声が響く。トニー隊長が叫ぶ。「発進を止める気か!?」
奥の方で船内モニターを見守っていた女性オペレーター・マイティもそれにつられて悲鳴を上げた。「やだ、私たちが何したっていうの!?」呼応するように、業務遂行が不可能になり片隅に座り込んでいるヒスイも呟く。「嫌、何でみんな冷静なの、何でみんな戦えるの?」彼女は吐き気と震えを懸命に抑える。
女性の甲高い声というものはそれだけで緊張度を倍増させる効果があった。2年前に何度かそういう場面に遭遇した経験のあるサイは必死でキーボードを繰り、皆が落ち着くことのできそうな情報を探る。「狙いがアマミキョとは限らない、工場のモビルスーツかも」
尤も、テロリストの狙いが9割がたこの船の装備にあることは明白だった。サイは承知の上で敢えてそう言い放ったのだが、すぐに横からカズイが突っ込む。「この船以外にないよ、狙うものなんて」
サイが思わずカズイをたしなめかけた時、後方でプログラミングを行なっていたナチュラルの青年・ミノルが叫んだ。「これだからザフトって奴は!」
この言葉にディックがつっかかる。「ザフトと決まったわけじゃない!」
「でも、あれはジンじゃないか!」ミノルの言葉にディックがいきり立つ。「ジンだからってザフトとは限らない、連合にだってジンを操縦できるパイロットがいる可能性はあるだろうが」
ミノルは舌打ちをした。「ジンのOSをナチュラル用に書き換えたってのかよ。さっすがコーディネイター様は言うこと違うねぇ」
ディックが思わず立ち上がりかけ、サイは慌てて彼を押さえる。「ありうるよ。連合の技術力を甘く見ちゃいけない、フェイズシフトを開発したのは連合だ」
ミノルが一瞬、サイを睨んだ。お前は一体どっちの味方だ──
「えぇい口を動かす前に手を動かせ、冷静に、冷静にだ。状況を確認しろ!」一触即発のブリッジの真ん中で、トニー隊長が喚く。社長は外部と通話中だったが、表情にはまだ余裕が見える。
その時、ディックのモニターに反応があった。「リュウタン広場付近にてジンと交戦中の機体を確認! これは……ティーダと、カラミティです!」
例のアマクサ組だ。サイはすぐに回線を開き、ほとんど怒鳴るようにして通信を送る。トニー隊長が通信を開けと命じていたが、サイの行動の方が2秒は早かった。「ティーダ、ソードカラミティ! 応答願います、こちらアマミキョブリッジ! マユ・アスカ! カイキ・マナベ!」
もう一人は何処にいる。あの名を持ち、ストライクの名を冠するモビルスーツを操るという娘は──
反応が来るより先に、ディックの悲鳴が響いた。「発進口付近にモビルスーツ3機接近! 距離100、グリーン3、2、5、マーク03ブラボー! 熱紋照合、これは……GAT-02L2、ダークダガーL!?」やはり連合──ディックはチラリとミノルに蔑むような視線を送るが、既にミノルはモニターに集中していた。
「なるほど、連合とザフトの挟撃というわけか。ウーチバラを舞台にオールスターを開催するつもりはないんだがなぁ」社長は電話を切りつつ、依然として余裕を見せながら副隊長と言葉を交わす。「どちらもよほどウーチバラの太陽光がお好みなんだろうよ。しかしこんな処でエネルギーを消費するわけにはいかんな社長。それから隊長、CICどうなっとる」
「状況がフェイズRですので、既にオンラインです。発進シークエンスは」
「避難民の収容状況を確認後だ」リンドーが言いかけた時、メインモニターにまたも変化が現れた。敵機を示す赤のマークに、きれいに後ろと前を塞がれているアマミキョだったが、モニター上部──つまり船の発進方向へ一直線に向かってくる2機のモビルスーツがいる。
「待ってください、ザフト機2機、接近! ザクファントム及びザクウォーリア! 敵機じゃない、支援ですっ」 ディックが心なしか嬉しそうに声を上げる。 
アマミキョから見て上方から接近してきた、緑のザクウォーリアの高エネルギー長射程ビーム砲・オルトロスが火を噴いた。ザクウォーリア追加装備・ガナーウィザード特有の装備である。相当の大出力の砲だが、港口に当てないようにうまくやってくれた──サイは思った。
宇宙の闇に紛れそうな漆黒の塗装を持つダークダガーLは巧みに火線をかわす、しかしかわした瞬間にスカイブルーのザクファントムが両肩のガトリング砲で攻撃をかけた。蜂の巣にされる寸前にダークダガーLはそれもかわしてしまう。
闇の中からさらにもう一機のダークダガーLが現れ、ザクファントムから見てほぼ右下から襲いかかる。その前にザクウォーリアが、右腕のオルトロスを下げ左腕に装備されていたシールドを前方に差し出す、途端にシールドの下部から閃光が走った。シールドの裏にビーム突撃銃が隠されていたのだ。光が漆黒の宙を切り裂き、ダークダガーLの左脚部が損傷する。それを見た他2機のダークダガーLは体勢を整え、一旦後方へ下がっていく。
戦闘の様子がモニターされていたアマミキョブリッジへ、ザクファントムから通信が入った。<アマミキョ乗員および避難民に告ぐ! 自分はザフト軍ボルテール所属ジュール隊隊長、イザーク・ジュール!>
ジュール隊の支援に、緑と白のカラーリングも鮮やかなゲイツRが2機飛び込んでくる。ザフトの量産機だが、ザクウォーリアを始めとするニューミレニアムシリーズの台頭により旧式化しつつある機体である。しかしその高機動性は今でも十二分に戦場で通用するものだ。それを見越してのダークダガーLの一時後退だった。ザクファントム、ザクウォーリアはゲイツRに後方を護られながら宙港手前まで接近し、アマミキョに呼びかけていた。


「正面から威風堂々、隊長らしいよ」ディアッカは警戒しながらも微笑せずにはいられなかった。お世辞にもいい戦法とは言いがたいが、そんなことはイザーク自身も了解しているはずだ。
ザクファントムの後方に控え、ザクウォーリアのディアッカはダークダガーLの動きを肉眼で見守る。敵機は背景の宇宙に溶け込むがごとくの漆黒……やりにくいことこの上ない。
しかし何故相手の機体は連合なのだ。確か情報ではザフトのゲリラということだったが……その間にもイザークの通信は続いていた。
「アマミキョ乗員はただちに発進シークエンスを中止しろ! 今この空域に出るのは危険すぎる、装備があるのは重々承知の上だがその船は民間船、自分たちの目の前で戦闘をさせるわけにはいかんっ」


「困るんだよねぇ、どんだけ準備に時間かかったと思ってんの」社長が、回線に届くようにわざと大きくため息をついた。「ジュール隊長ならびに皆さん、救援感謝します。しかし少し落ち着いてくれ」
<社長、貴方が少しは慌てるべきだっ>回線ごしのイザークの声が跳ね上がる。<腐っても緊急救助船を名乗るならば、まず宙域の安全を考えてくれ!>
「ご心配ありがとう、お若いのにその配慮には感服しますよ。しかし下がるに下がれんのよこっちは、後方にあんたん処の狼がいてね」
その言葉に、回線の向こうで一瞬イザークが沈黙した。そして幾分感情を押し殺した声が響く。<申し訳ない。ザフトの愚か者が迷惑をかける>
「申し訳ないですめば戦争にゃならないよ」カズイがサイの横で囁いた。砲火から身を護るようにサイの座席の後ろに隠れているが、いざブリッジを狙われれば全く意味のない防御である。
通信中に、ブリッジにサキが飛び込んできた。相変わらず白い腹を出したままの恰好だ。「メイン操舵士が二人とも攻撃で負傷した、今医療ブロックにいる! どうなっちゃってんだよ、この状況!?」
トニー隊長の狼狽の声が響く。操舵士が機能しない? 船はどうなる?
「お、俺船内の状況確認してくる。モニターだけじゃ分からないだろ」サキが飛び込んできたのを機とばかりに、カズイがブリッジから飛び出した。逃げるチャンスをうかがっていたのがバレバレの行動だが、サイはそれを責めるつもりは毛頭ない。何せ目の前で大口径の砲火が飛び交っているのだ。通常の感覚を持つ人間なら逃げるか、ヒスイのようにパニックになるのが当たり前だ。
さらにイザークの声がブリッジに轟いた。<あんた方の傭兵部隊は何をやってる!?>「大丈夫ちゃんと仕事してるよ〜、でなけりゃ今頃コロニー崩壊だ」
その間にまたしてもダークダガーLが攻勢をかけてきた。イザークのザクファントムはすぐに腰部に備えつけられていた伸縮式ビームアックスを取り出し、相手の機体にたたきつけ、アマミキョから引き離す。機体の全長を超えるほどの巨大なビームアックスはスラッシュウィザード特有の装備だ。しかしビームアックスの刃はダークダガーLに対する致命傷にはならず、右腕部を切断しビームサーベルを吹っ飛ばすにとどまった。
ザクファントムが大振りのアックスを使った隙を利用して、下方から2機目のダークダガーLがアマミキョ発進口に攻撃をかける。しかもこの機体は、両肩に機体の全長ほどの砲身を持つ、大型の実弾砲塔2門をひっさげている。
ドッペンホルン連装無反動砲──サイがその名称を思い出した瞬間に、そのダークダガーLをザクウォーリアのビームが狙撃した。相手がひるんだとほぼ同時にザクウォーリアからも通信が入る。
<隊長の言うとおりだ! 命あってのナントカだろうが、コロニーに戻れ偽善船さん!!>
サイはその声に反応せずにはいられなかった。
あれは確か、アークエンジェルを救ったバスターの……ミリィの……
しかしサイは、戦闘中に積極的に声をかける愚は避けた。叫びたいのをどうにかこらえる。戦闘が無事終了したら、改めて礼を言おう。エルスマン心配するな、今ここにミリィはいない──


ダークダガー3機は体勢を立て直した。うち2機は傷つきながらもフォーメーションを組み直し、ディアッカのザクウォーリアに襲いかかる。一旦大きく距離を取ったダークダガーL3機はバーニアをふかし、一気にディアッカの上、下、右下へ展開した。
手負いの兵士ほど怖いものはない──3つの黒い機体から一斉に放たれたビームがディアッカの機体を襲う。ディアッカはシールドで火線を防ぎ、再び右腕のオルトロスで応戦するが、背後にそそりたつ港口の壁面へ当てないよう細心の注意を払わねばならなかった。しかもそこまで相手は読んで、オルトロスが向けられない方角から挑んできた。
「連合の分際で、できる……!」イザークはゲイツR2機にディアッカの支援を命じながら、舌打ちせずにはいられなかった。しかしドッペンホルンを持つダークダガーLがかなり正確に撃ってくるため思うように近づくことが出来ない。
遂に、ザクウォーリアを護ろうと前に出すぎたゲイツRが、ダークダガーLの放ったスティレット投擲噴進対装甲貫入弾に右脚部を捕らえられた。爆発による閃光が全ての者の視界を遮る。ゲイツRは爆発寸前に脚部を切り離し、ビームサーベルが内装された複合防盾を薙いでどうにかその場を逃れ得た。
しかしイザークは瞬間、気づいた。「止まるな、最初から目潰しが目的だ!」 が、ザクファントムの機動は間に合わない。
 

閃光の中から、ドッペンホルン装備のダークダガーLは一瞬の隙をついてアマミキョ発進口を十分狙える距離に飛び出る。黒い衣を纏った死神の如きダガーL、そしてまっすぐ向けられた二つの大出力の砲口──混乱を極めたブリッジが、逆にこの途方もない恐怖に静まりかえる。
その瞬間、サイのモニターに反応があった。
しっかり目を見開いていたから気づいた。社長ですらも一瞬目を瞑りかけたその時、サイはモニター上の戦闘分析画面を睨みつけていた。ヤキンの生き残りをなめるな──そして叫ぶ。「宙港下部よりモビルスーツ接近! 距離40、レッド3312、マーク02チャーリー!」
社長が、思わずかざしていた手をよけてほっと息をついた。「ドンピシャ!」
アマミキョに砲口を向けていたダークダガーLが、下方からの一撃のもとに両断されていた。ほぼ縦に切断された胴体は一瞬の火花を散らした直後、閃光に変わる。
遮光フィルタのかかったモニターごしでも強烈な爆光が、クルーの視界を支配する。一瞬後、その中から現れたものは。
「ストライク・アフロディーテ。野暮な演出をしおって」リンドー副隊長が笑う。
ブリッジ前方の180度広角モニターには、真っ赤な血の色のストライクが映し出されていた。
サイは一瞬、ストライクルージュが降臨したかと思ったがすぐに違うと分かった。ルージュは赤は赤でも薄紅色を基調とした、どちらかと言えば華を思わせる機体だったが、今目の前にある機体は血液──静脈を流れるどす黒い血の色をしている。肩部と胸部はさらに黒い。
その上この機体は、機体に対してあまりにも大きな漆黒の翼を背負っている。サイは手元のデータから、それがIWSP──統合兵装ストライカーパックであることを知っていたが、実戦で見せられるのは初めてだった。ストライクのオプション装備として作られたストライカーパックの中でも、高機動性・火力・格闘能力の全てを極限まで追求したものだ。しかし複雑な火器管制システムと消費電力の膨大さのため、ルージュのパイロットであるカガリ姫には扱えなかったと聞く。
それが、こんなところでお目にかかるとは。サイの思惑をよそに、ストライク・アフロディーテなるその機体は悠然と、たった今ダークダガーLを撃破した9.1メートル対艦刀を左手に構える。そして右腕にはビームライフルを携えていた。
仲間を撃墜されたダークダガーL2機が、即応戦に出た。イザークのザクファントムがビームアックスで支援に出たが、その必要がないほど紅い機体の動きは早かった。
大きな翼、つまりIWSPを狙ってダークダガーLはその機体を撃つが、全ての火線をギリギリ最小限の動きで紅い機体はかわしていく。
 

「何だありゃ! 背中に目でもあるのかよ」ディアッカは一瞬その紅いストライクの動きに目を奪われる。ダークダガーLの集中砲火から解放され、ディアッカは一旦機体を後退させた。背部に装着されたオルトロスのエネルギータンクへの被弾だけは逃れられたことに、彼は感謝していた。砲撃を生業とする者として、こいつに喰らって吹っ飛ぶような恥だけは避けたかった。
そんなディアッカの目前で、紅い機体はダークダガーLの火線に狙われ続け、螺旋を描くように飛翔する。既に右腕を失っているダークダガーLだが、まだ左腕とビームカービンは生きている。紅の装甲が、数条の火線に囲まれ妖しく輝く。「ナイスな機動だが、逃げてばっかじゃヤバいぜ」
ディアッカがそれを追おうとした瞬間、イザークの声がコックピット中に響く。<違う、あいつは故意だ!>
イザークの言葉を実証する光景が、次の数秒で展開された。
わざと推力を落とし、紅い機体はダークダガーLを十分にひきつける。そしてこれ以上ビームを避けるのは不可能という位置に来た瞬間、頭部を180度ぐるりと回転させた。真っ赤な人間の顔を持ったストライク・アフロディーテが、同じ人間の顔を持つ黒いダガーLのカメラアイを睨む。
同時に、アフロディーテの頭部バルカンが火を噴いた。真正面で撃つのではなく、やや右方向を狙って。そして反射的にダークダガーLの機体が左へと流れる、それすらも予測して回転し、敵に向けて正確にバルカンを撃つアフロディーテの頭部。アフロディーテの角のような頭部アンテナが、背中から突き出した2門のレールガンにひっかかるのではとディアッカは一瞬恐れたが、背中の砲が絶妙のタイミングで左右に開き、アンテナは頭部回転の障害にはならなかった。
隙だらけになったダークダガーLがディアッカの方向へと流れ、ディアッカはそこにオルトロスの火砲を叩き込む。右腕を粉砕されていたダークダガーLはあっけなく爆散した。
0.1秒も経過しないうちに紅い機体はその背中に負ったレールガンを動かし、首を逆向きにしたまま残った1機に照準を合わせた。閃光。たった1機残された黒のダガー──既に左脚部を失っている──はどうにかかわしたが、今度は盾と一緒に左腕を爆砕された。紅い機体は、前後から迫りつつあった敵をほぼ同時に粉砕したのだ。
<あの戦法使えますね、隊長>ゲイツRからジュール隊の部下の通信が入る。ディアッカが答えるより先にイザークの怒声が飛んだ。
<バカ者! メインカメラが一時でも使用不能になる状態がいかに危険か思い知ってから言え!>
ディアッカの唇から思わず笑いがこぼれた。「その前に、ザクじゃ無理だって」

 

爆散するダークダガーLを目撃して歓声のあがるアマミキョブリッジに、通信が入った。言うまでもなく、今アマミキョの前に轟然と立ちはだかっているストライク・アフロディーテ、そのパイロットからだ。
サイは思わず通信画面と、回線から響く音声に神経を集中させてしまう。
真紅のヘルメットごしでも分かる紅い前髪。真っ白な顎。薄くルージュのひかれた唇。
見間違えようもない、あの濃い睫毛と群青の瞳は──
<ムジカノーヴォ社長、遅れました。アフロの化粧に手間取りまして>台詞と裏腹に、モニターの中の少女は瑞々しい唇に笑みさえ浮かべている。しかしその瞳は会話をしながらも、確実に周囲の状況を捉えていた。まだ敵を殲滅したわけではない。
「まったくだねアルスター隊長、演出もすぎると命取りだよ。やっぱりIWSPとダガーじゃ相性悪めかなぁ」頭をかきつつの社長の言葉に、紅い髪の少女はゆっくりと頭を振る。その視線の先でザクウォーリアとゲイツRが流れていく。ザフト軍に警戒を怠ってはいけない──<迂闊な発言こそ命取りですよ、居住区画の2機は?>
「交戦中だ。手間取ったのは自分の化粧じゃないかい」リンドー副隊長がのっそり答える。
<儀式です。文句を言われる筋合はありません>少女がアフロと呼んだ紅いストライクのメイン・ノズルが白く光り、機体は戦闘空域へと戻る。パイロットの画像がモニターから消え、通信は音声回線のみとなる。電波干渉による雑音が大きくなった。<工場区画からの移動中、敵艦影またそれに準ずるものは肉眼で確認できず。よろしく>
感情を伴わない冷徹な声だけが響く。あとには薄笑いの社長と副隊長、そして茫然とするばかりのブリッジクルーが残された。
中でも勿論、サイの動揺が最もすさまじい。
──何なんだ、アレは?
サイの頭にまず閃いた疑問文がこれだ。目の前に展開された現実を把握するまで、彼にしては珍しく時間がかかった。
あのカガリ姫すら扱えなかったIWSPを、いとも簡単に「彼女」が使っていた。
あのジュール隊を手こずらせていたダークダガーLを2機、「彼女」は一瞬で撃破した。3機目に大ダメージを与えた。
そして、社長との短い会話。冷たいが、どこか優美さを漂わせる表情。無重力空間でふわりと揺れる紅い前髪。
サイは思い出す。自分をこの船に乗せる最後の引き金となった「彼女」の言葉を。
──貴様は私が守る、だから私に従え!
確かに今目の前でアマミキョを守った少女は紛れもなく、あの時自分を守った「彼女」だった。だが……
受け入れろ。これが現実なんだ。疑問はあとから解決しろ、必死で現実を乗り越える方が先だ! ダークダガーLはまだいる。レーダーには新たな機影を示す光が紅く点滅していた。背後からはジンが迫る。
隊長に怒鳴られ、各所で起こる被害状況の分析に追われつつも、サイはそっと呟かずにはいられない。「俺は無視か。そんな処だけ君らしいよ……フレイ」



 

 

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