病院のロビーで──メイリン・ホークはアスラン・ザラと共に、天井に据え付けられたテレビモニターを何とはなしに眺めていた。ちょうどニュースの時間らしく、まだ混乱のおさまらないプラントの様子が映し出されている。
アスランと反対側の隣には、アークエンジェルで仲良くなれたミリアリア・ハウがいる。サイ・アーガイルを見舞いに来たキラたちと、メイリンたちは待ち合わせをしていた。サイは数日前にやっと目を覚ましたが、まだ立ち上がるのがやっとの状態だそうだ。
「お疲れさま」背後からマリュー・ラミアスに声をかけられる。彼女はちょっと性格の軽そうな、金髪の男性と一緒だった──ムウ・ラ・フラガ。先の戦いで、奇跡的な再会を果たしたという彼女の仲間であり、恋人。それ以外のことは、メイリンもあまりよくは知らない。
メイリンたちから少し距離を置いて、カズイ・バスカークが座っていた。キラたちの旧友と聞いていたが、まるで自分とアークエンジェルは関係ないと言いたげに無関心を装って、ミリアリアにすら話かけようとしていない。サイとは最も縁が深い人物のはずなのに。
やっぱり自分やアスランは、本質的にナチュラルとは相容れないのか。ミリアリアやマリューと話をしているだけなら、そうは感じないのだけど。
お姉ちゃん、大丈夫かな──メイリンはもう戻れるはずのないプラントをテレビ画面で見つめながら、ふとため息をつく。
オーブに来て、アスランと一緒に街を歩いていても──差別というほどはっきりしたものではないけれど、明らかに人がメイリンたちを見る目は変化する。コーディネイターというだけで。
デパートの化粧品売り場で、うっかりコーディネイターだとバラしてしまった時もそうだった。「優秀でいらっしゃるのですねぇ」と店員は何気なく笑っていた。アスランには怒られたが、肌の状態を正確に伝える為にはコーディネイターということは言っておく必要がある、メイリンはそう判断したのだ。女の肌はデリケートなものなんだから。ナチュラル用のローションを渡されて、肌が荒れたら大変だろう。これは差別でも何でもなく、正当な、女としての判断だ。
なのに──あの店員の態度が、どことなくメイリンには引っかかった。
オーブはナチュラルとコーディネイターが共存出来る国のはずだ。だからこそメイリンも、アスランと共にオーブで暮らすと決めたのだし、ミリアリアもマリューもキラも、そして首長のカガリ・ユラ・アスハも、同じ志を持っているはずだ。
なのに何だろう? 人々から感じる、コーディネイターに対する、妙な──憎悪や嫉妬というほどはっきりしたものではないが、単なる羨望と片づけるにはどうにももやもやする、感情は。
違和感。そう、この言葉が最もしっくりくる。どうも、自分は他とは違うと見られているような。
シンが再びオーブに戻ろうとしなかった理由は、分かる。彼にとってつらい思い出が多すぎるからなのだろう。
だが、姉のルナマリアが自分と一緒にオーブで暮らすと言ってくれなかったのは──実際に暮らせるかはともかく、そのことに触れてもくれなかったのは、何故なんだろう。この違和感の正体を瞬時に理解出来たからなのか。それとも、シンやプラントが心配だったからなのか。
アスランにしても、よくよく観察してみると普通に会話をしているナチュラルはカガリにミリアリアぐらいのものだ。
キラの友人だというサイに対しては分からないが、マリューやフラガにですら、仕事以外で積極的に話をしているのを見たことがない。2年前の戦いで、果たして本当に連携が取れていたのか怪しくなるくらいだ。
メイリンはそっとアスランを見上げる。サングラスの奥に見え隠れするエメラルドの瞳は、自分をちゃんと見てくれたことがあっただろうか。あの雷雨の夜以降、何もかも捨ててここまでついてきた自分を、アスランはちゃんと見てくれているだろうか。自分が感じている不安を、同じように感じているだろうか。
その時、メイリンの心を見透かすように──眼前のテレビモニターが突如、乱れた。ニュース速報を伝える、緊迫したアナウンサーの声がロビーに響く。
『──これが、先ほどから南チュウザンより公開されている映像です。宗教の復活を宣言して以降沈黙を守っていたタロミ・チャチャが、再び動きました。この映像は地球全土とプラントに向けて配信されております──』
青い満月の下、収容人数7万人はあろうかという巨大なスタジアム然とした建造物が輝いている。屋根はなく、グラウンドの芝生が照明と月光で金色に輝いている。その中心に、まるで天空の月を目指すかのような巨大な階段が備え付けられていた。
その階段はアナウンサーの言葉を借りると、どうやら「祭壇」らしい。月に照らされ銀色に煌く壇上に、今、一人の少女が立っていた。
カメラはまっすぐに、その少女を捉えている。長い紅の髪。白い肌。スタジアムの光を映すその瞳は月と同じ銀に輝く。
スタジアムは少女を中心として、その美しさを讃える観衆で満員だ。歓声が満ち満ちているのが画面ごしでも分かる。
その圧倒的な群衆の声を全くものともせず、少女は肩に落ちた髪を払う。彼女が優雅に右手を挙げると、さらに観衆は昂ぶった。
ザフトの赤服に形状がよく似た軍服を纏ってはいるが、大きく違う点が一つ──ベースとなる色が真っ黒という点だ。ちょうど、赤服の赤と黒を逆にしたような軍服。明らかにザフトを模倣している一方で、まるで自分はザフトとは絶対に違うと主張しているかのようにメイリンには思えた。
少女一人を守るように、彼女の周りには無数のモビルスーツが傅いていた。そしてちょうど少女の背後に立つ、とあるモビルスーツを見て──メイリンは息をのむ。
あれは、ストライクフリーダムじゃないか。色こそ真紅に染められてはいたが、あれは確かにストライクフリーダムだ。キラ・ヤマトの愛機の。
メイリンは思わずキラとミリアリアを振り返ったが──その二人は完全に、別のことに目を奪われていた。少し後ろで見守るマリューにしても、動揺を隠せていない。その横で、フラガが静かに唇を噛んでいる。
キラが幽霊のようにふらりと立ち上がる。まるで画面の少女に引き付けられるように。
今にも倒れそうになるキラ・ヤマトなんて、メイリンは初めて見た。アスランが慌ててそんなキラを支える。ミリアリアが呟く──「どうして? どうして、フレイが?」
そうか、あれが皆の言っていたフレイ・アルスターか。サイ・アーガイルの元婚約者で、キラの元恋人で、2年前亡くなったはずの。
そしてつい先日またサイと共にアークエンジェルに現れて、キラに心身共に大ダメージを与えたという──
その彼女が今更、一体何をしようというのだろう?
「あれは偽りのはずだ。お前がそう言っていたじゃないか、キラ!」アスランが叫んでいる。だがキラはその瞳を画面に釘づけにしたまま、言葉を発せない。
彼らの動揺を見透かすが如く、画面の少女は不敵に微笑んだ。月の下、風に靡く紅の髪。血染めのストライクフリーダムの、双眸が煌く。
少女は歌うように語り始めた。自分の意思を。自分の存在を。


<突然の無礼を、許していただきたい。私は、南チュウザンのフレイ・アルスター。
元連合事務次官・ジョージ・アルスターの娘。3年前の戦争で父を亡くし、連合軍に志願し、偶像として祀り上げられかかった女だ。
──だが、運命に翻弄されるだけだったフレイ・アルスターはもういない。
今の私はタロミ・チャチャの第三王妃として、南チュウザン軍を率いている。
神の復活が成り、人類が進化の曲がり角に至った現在だからこそ──こうして公共の電波を使用して、話をさせていただくこととした>


第三王妃? タロミ・チャチャの?
フレイ……一体君は何を言ってる?


<有史以来、人は絶え間ない進化を続けてきた。
人より強く、人より多く、人より早く、人より長く。
どれだけ技術が進もうと、どれだけ美しい芸術が生み出されようと、人は歩みを止めなかった。
遂に人は人自身を進化させ、はるか宇宙における生活を実現させるまで至った。
AD時代の終わり、人は神をも凌駕し、神を忘れ去った。
その結果が──極限まで破壊された現状だ>


<大地は削られ、海も空も汚れ、おびただしい血が流され、幾多のコロニーが宇宙の塵と化した。
これが人の望んだ未来か。コーディネイターの始祖たる、ジョージ・グレンの望んだ未来か?
誰もがそんな疑問を抱きながら、どういうわけか戦うことをやめられなかった>


<人より優秀であれ。
そんな人の業こそが、人類をここまで進歩させてきたことは否定しない。
だが──もう、いいのではないか?>


もう、いいって?
どういう意味だ、フレイ? 人が生きるために必死になるのは、当たり前のことだろ?
俺だって、君から見たら駄目な奴かも知れないけど、それでもここまで……


<人がなぜ、業苦を重ねながらも進化を続けてきたか。
なぜ、人より優秀であろうとするのか。
究極には──平穏に、他者を愛し、他者を敬い、ゆっくりとした時間の中で、貧困にも病にも争いにも飢えにも悩まされることなく、夢をもち、子を産み育て、つつましく暮らしたいからではないのか?>


そういえば──君はどこかで、同じことを言っていた気がする。
俺は──なんて答えた? あの時。


<なのになぜ、これほど進化しても、人は自ら業苦を選ぶ?
戦わなければ生き延びられないからか。
戦わなければ飢えるからか。
戦わなければ自我を保てぬからか。
戦わなければ愛する者を守れぬからか?>


そうだよ。俺だって君だって、戦わなきゃアマミキョを守れなかった。
──戦ったところで、結局このていたらくだったけどな。


<人類史上でも極めて稀な、戦争なき平和な時代においても、人は絶えず上を目指し、勤勉に勤勉に働き続けてきた。
自らの暮らしのために、自らの理想のために、夢のために。
人とは常に争うもの。人とは常に優秀なものを妬み、劣悪なるものを蔑むもの。
それが人の業。
その進化を望む心が、戦いばかりの現状をもたらした。
考えてみてほしい。もう、いいのではないか?
老若男女、酷暑の中も酷寒の中もあくせく働き続けて、そこに平穏はあったか?
必死に働いて、どうにか生きるだけの金を得ても、それに見合うだけの安寧はあったか?
生きるために働くのか。働くために生きるのか。
AD時代からこれまで、手段と目的が逆転している人間がほとんどであった!!>


<その究極が、戦争だ。この、互いが互いを殲滅しあう戦争だ。
生きるために戦うはずが、戦うためにのみ生きる人間が大量に生み出されていく。
人の宿業の究極が、最悪の形で現れた!
憎しみが憎しみを呼ぶ、従来の戦争ではありえなかった殲滅戦が行われ、多くの人命が淘汰され、もはや地表にもコロニーにも、安寧の場所はなくなった!>


<だから私は、その業を取り去る!
もう人は、進化する必要はない!
もう人は、ありもしない幻想を目指す必要はない!
地獄の労働も、業苦の競争も、その果ての戦争も、もうたくさんだ!
ただ、平穏のみを求めればそれでよい!>


昂ぶる少女の声と共にどよめき、熱狂する観衆。


<デュランダル議長の提案したディスティニープランは、理想に近いものではあった。
だが彼は最も重要な点を見落としたがゆえに、失脚した。
それは、人の業。上へ行きたいと願う人の業。他者より優越でありたいと望む人の業。
それは、「自由」を望む人の願い。
その願いが人を滅ぼすというのならば、我々は──その業を取り去る。
人は業から解き放たれ、真の自由を取り戻す!
忘れ去られた神の復活によって、それは可能となった。人の世界から戦いを消す技術を、タロミ・チャチャは生み出した!
神は人の罪を、宿命を全て赦し、平穏を与えられる!>


それが出来ないから、今までみんな苦労してきたんじゃないか。戦いを消す技術? 馬鹿なことを。
君なら出来るってのか? 人の願いまで操作するなんて。そんなの、ファンタジーでしかありえない。
それに、忘れちゃいけないだろ。君が業だっていうその願いを取り去ったら、人は……


<誰も戦わず、誰も傷つかない世界を望むか。
土を耕し、自然に感謝して豊かに生き、寿命をまっとうする世界を望むか。
ならば──私に続け!
人がまことの平和を取り戻すための最後の革命を、私が起こす!>


そうだ──同じことを、俺は聞かれた。
同じ選択を、俺は迫られた。
あの時、俺の願いを叶える力があると君は言った。
一体、どうやって……?



「何を……言ってるの? 彼女?」
幾分かのタイム・ラグはあったにせよ、プラントにいたルナマリア・ホークもキラたちと同様の面持ちで、フレイの映像を凝視していた。
少し離れた固いソファに凭れかかり、シン・アスカもまた映像を見ている──ルナマリアよりは若干突き放した表情で。
デュランダル議長が提唱したディスティニー・プランは失墜した。そして今、プランの代替案が南チュウザンの手で全世界に提示されている。案というにはいささか抽象的にすぎ、代替となる存在が示されたというだけの話だが。
映像がプラントと地上へ同時配信されているのは、かつてラクス・クラインが使ったような強力な電波ジャックか。もしくは連合もプラントも、この「神の復活」宣言には配信の価値があると判断したのか。
ディスティニープランが力を失って以降、最早プラントを救い、世界を混乱の渦から遠ざける方法はないとシンは思っていた。だが──
人の、自由進化を止める? 自由意思そのものを失くす? 
今フレイが言っていたことをそのまま解釈すれば、そういうことだろう。だがシンに言わせれば──
そんなことは、不可能だ。
俺は家族を殺されて、力が欲しくてプラントに上がった。ステラを失って、フリーダムを倒す力を欲した。
キラ・ヤマトに完膚なきまでに敗北した今でも、あの激しい感情までを否定することは出来ない。ひどく強い憎しみの感情があったから、俺はここまで来ることが出来た。その結果はともかくとして。
そんな意思まで──消すというのか、フレイ・アルスターは?
いつの間にか部屋から出てきたのか、ナオトがルナマリアのそばにリスのように寄り添っていた。大きな目をさらに見開いて映像を凝視しながら、小刻みにガタガタ震えている。ルナマリアはそんなナオトをぎゅっと抱きしめた。
──俺、あんな風に抱きしめられたこと、あったかな。
演説をひととおり終えたとみられるフレイ・アルスターは、背後からそっと現れた幼い少女から、儀礼用と思われる大仰な剣を受け取った。その剣を鞘から抜き放ち、フレイは天高く振りかざす。銀色に輝く切っ先は月の光を浴びて煌き、観衆が一気にどよめいた。
その、フレイの背後の少女を見た瞬間──今度はシンの眼が、見開かれた。
「まさか」驚きのあまり、思わず呟いてしまっていた。短めに切り揃えられた金髪。サファイヤにも似た大きな瞳。病的に白い肌。大きな紅のリボンをつけているせいで一見少女のようにも見えた。だがその服装は身体の線を見事に隠す、袖の膨らんだブラウスに幅広のスパッツだった為、性別は映像からははっきりと判別出来ない。
──そういえばあいつも、赤服着ていないとどっちなのか分からない顔だちをしていた。けど……
そんな馬鹿なことがあるはずがない。あいつはもういない。俺に自分の身上を告白してから、あの戦いで消えてしまったんだ。艦長や議長と一緒に、メサイアの炎に呑まれたんだ──キラ・ヤマトもアスランもアークエンジェルも、あいつを助けようとはしなかった。
それにあの子は、あいつとは全然年が違う。あの子があいつな訳がない、なのに。
「レイ……?」シンは思わず、直感を口にしてしまっていた。誰にも聞こえない声で。


映像は突如切り替わる。燃えさかる、北チュウザンの街へ。
カズイ・バスカークはその街の──その街の元の風景を、よく覚えていた。自分たちアマミキョが、暮らしていたはずの街を。
街は燃えていた。完膚なきまでに燃やされていた。
破壊される学校。逃げ惑う人々を吹き飛ばす炎。子供を抱いた母親が爆発の中へ、散り散りになって消えていく。
育っていたトウモロコシ畑が、モビルスーツによって踏みつぶされる。畑を守ろうとした、男と犬ごと。
河川を一斉に登ってきた黒いモビルスーツ群が、やっと津波から復興してきた海沿いの街を、一瞬で焼いていく。
その地獄の中に──アマミキョがかつて守り、復興させてきたヤエセや、ヤハラの光景もあった。
俺たちが喧嘩を繰り返しながらやっと建てた学校が、文字を覚えたばかりの子供たちごと焼かれていく。
俺たちにトウモロコシや豚肉を奢ってくれた、猫好きのおじさんが、猫ごと吹っ飛んでいく。
俺たちの馴染みのコーヒーショップが──テロで半分焼けたけどそれでも営業していて、従業員の可愛い女の子が頑張っていたはずのあの店が、今度こそ完全に潰される。
人々を守るべき国軍はどこからも姿を見せず、見慣れた河は血と炎で染められていく。家が、瓦礫に変わっていく。
俺たちが、サイが、命がけで守ろうとした街が──人が、破壊の光に一瞬で呑まれていく。その上空を優雅に飛び回っているのは──
真っ赤に輝く、ストライク・フリーダム。
「何、考えてんだよ……フレイ!」それはカズイがその場で初めて漏らした、小さな呟きだった。
フレイだって、あれだけ身体張ってこの街を守っていたはずなのに。アマクサ組だって、一番命張ってたはずじゃないか。
既にフレイはモニターからかき消え、カズイがどれほど心で号泣しようが罵倒しようが現れない。
一体どういうつもりなのか。ストライクフリーダムが消え、ようやく画面に現れたアナウンサーの説明によれば、今の1分にも及ぶ圧倒的な破壊の映像まで含めて全て、南チュウザンから配信された映像だという。
ということは、南チュウザンは意図的に、フレイの演説とストライクフリーダムの映像を同時に配信したのだ。逆らう者は全て屠ると言いたいのか、それとも──いや、それよりも。
この光景を、絶対に今のサイに見せちゃ駄目だ。こんなものを見せたら、その瞬間にサイの次の行動は決まってしまう。
──だが、もう遅かった。
カズイが振り向くより先にミリアリアが背後の気配に気づき、小さく悲鳴を上げていた。その場の全員が息をのむ中、苦笑交じりの低い呟きが病院ロビーを流れる。
「冗談、キツイぜ……勘弁しろよ、おい」
全身包帯だらけで歩くことすらままならず、点滴台を杖代わりにして必死で身体を支えるサイの姿が、そこにあった。
右足首がまだ十分に動かず、左腕はだらんと重力に任せて垂れ下がったまま、右手だけで点滴台につかまりながら、それでもその両目はモニターを睨みつける。ガーゼの当てられた口の端が、不器用に持ち上げられていた。怒りのあまり笑いの形に表情が歪んだようで、先ほどの呟きはその唇の間から漏れていた。
カズイは反射的に思い出した。サイがM1アストレイで無断出動して重傷を負い、生死も危うかったあの雨の夜を──あの時も同じようにふらふらになりながら、サイは俺たちのところへ戻ってきた。
「サイ! 駄目よ、まだ立てる身体じゃっ」一番にミリアリアが飛び出し、倒れかかって床に顔を打ちつける寸前だったサイを抱きとめる。続いてメイリンもサイに駆け寄り、二人は両側からサイを支える形になった。
──ああ、やっぱり同じだ。あの時も同じように、ネネたちがサイを助けたじゃないか。
カズイは何度となく繰り返したサイへの嫉妬を、再び胸の内に感じる。だがカズイはもう、その嫉妬を冷静に見つめられるだけの余裕があった。自分より優秀な奴に妬くなんて当たり前すぎることだ。
「ねぇ、どうして? どうしてこんな無茶するのよ!」「出血してますよ、早く戻らないと……」ミリアリアとメイリンが口々にサイを責めたてるが、サイはテレビモニターを凝視したまま動こうとしない。破壊されていくチュウザンを、現実を見据えたまま。
キラはしばらくの間そんなサイたちを物憂げに見つめていたが、やがてゆっくりとその背後に視線を移す。「……いつから見てたの? ラクス」
間髪入れず、よく通る声が空気を震わせる。「ほぼ最初から、ですわ。彼には必要なことと思いましたので」
ふわりと桜色の髪が揺れ、ロビーにラクス・クラインが現れた。ぜいぜいと全身で喘ぎ、息をするのもやっとというサイとは対照的な姿だ。
「貴方は……っ!」カズイは小さいながらも吼えずにはいられない。そうか、こういう女だったのか彼女は──話によれば2年前、負傷したキラにフリーダムを渡したのも、アスランを裏切りに走らせたのも、今またキラやアスランを戦わせる原動力になっているのも彼女だったらしいじゃないか。「サイがどう思うか、分かってのことですか?
まさか、サイ用のモビルスーツを用意しているとでも?」
そんなカズイに、ラクスはひたすらに笑顔で答える。再び映し出される、炎にまかれた街を背景にして。「この方がそう望むのであれば、用意はありますわ」
「あるのか?」思わず真顔でアスランが突っ込みかけたが、キラが黙って制した。
「ですが、彼のなすべきことは違います。望むものも違うはずです。
彼が必要とするものは、物理的な力ではありませんわ──」


その時──ムウ・ラ・フラガはロビーから少し離れた廊下にふらりと逃げ、直接サイとは顔を合わせなかった。そんなフラガを、マリューが追ってくる。
「どうしたの? 突然……」
「いや、なに。俺と会ったりしたら、アイツは余計にパニくっちまうだろ?」未だに自分に気づかないサイを軽く親指で示しながら、フラガは茶化す。だがマリューは笑わないまま、彼の真正面に回った。
「そんな感じじゃなかった。何かを見たのね──あの映像に」
「あぁ、ろくでもない真似をする奴がまだいたんだな」「違うでしょ」「違わないさ」
空回りする会話。マリューは否定を続けるフラガをじっと見つめる。
完全に、彼の記憶は戻ったはずだと思いたいのに。まだ、何かが違うと感じる自分がいる。何か、決定的なものが違う。
それがマリューの喪失感をさらに深める。彼が帰ってきた直後には気づかなかった違和感。記憶を取り戻すだけではすまない何かが、この男の奥底にはある。
あの破壊の映像の中に、フレイ・アルスターの演説の中に、彼に対する疑念を解くきっかけがあるのか。真実、彼の魂を取り戻す為の何かが──
いや、そんなものは望むべくもないのかも知れない。ムウは帰ってきた、それでいいじゃないか──私は、何を疑っている?
身体も、身体に刻まれた記憶も、確かにムウのものだ。触れた時に確かめたのだ、自分の身体で。
間違いはない。なのに。
彼の横顔に感じる、この空虚は何だろう? フラガではなく、彼を未だにネオ・ロアノークたらしめているものの正体は──


オーブ首都・オロファト。内閣府官邸内にて。
「お前にはいくつ貸しがあると思っている? 何も知らんとは言わせんぞ!」カガリ・ユラ・アスハが、関係者以外立入禁止とされた執務室で、ダイヤル式電話相手にかれこれ1分以上も怒鳴り散らしていた。その目はじっと手元のモニターを睨みつけている──フレイ・アルスターと、炎上するチュウザンを映し出すモニターを。「ムジカノーヴォと話がしたい。奴と接触出来なければ、お前の命はないと思え!」
何やら猫なで声でカガリを宥めようとしている電話の相手。だがカガリはさらに憤る。「何がカガリンだ! 今どういう状況か分かっているのか貴様は! オーブの派遣した救助隊が潰された! その上彼らが精一杯残した成果までが、粉みじんになっているんだぞ! しかも、アマミキョと共にいたはずのフレイ・アルスターの手でっ」
横に控えるオーブ軍服の巨漢──レドニル・キサカがそっと胸元から携帯電話を取り出し、声を低くして通信をかわす。やがて、そっと走り書きをカガリに手渡そうとした。だがカガリは気づかず、怒りは止まらない。「アマミキョとティーダのブラックボックスについて、全て教えてもらう。オーブの志を継ぐ救助隊を、タロミとあの女がここまで破滅させたとなればっ」
相手がさらに宥めるように忠告したようだが、カガリは怒鳴るばかりだ。「そんなことは分かっている! 奴らの罠だろうが、これが吼えずにいられるか! アマミキョクルーは散り散りになって、サイは未だに──」
キサカに肩を叩かれ、そこで初めてカガリは手元のメモを見た。やっと彼女は押し黙る。少し口調を改め、咳払いをする。
「朗報だ。サイが目を覚ましたそうだ──
個人的に非常に抵抗はあるが、会わせてやる。勿論、回復状況によってだが……って、何をはしゃいでいるっ」
カガリの頭がまた沸騰する。キサカが無理もない、とばかりに軽くため息をついた。「言っておくが、当然私も同席だ。サイに何かしたらその場で射殺する。覚悟しろ」
それだけ言い放つと、カガリは思い切りガチャンと音を立てて受話器を叩きつけた。
執務室の電話は父の代からずっと、実に旧時代的なダイヤル式の、由緒正しき金色の受話器のついた電話機だ。最初見た時はは驚いたものだが、怒りを表現するにはちょうどいいツールだとカガリは思っている。その程度しか利点はないが、セキュリティ・レベル自体はどの国の官邸にも引けは取らないはずだ。
カガリはすぐに立ち上がる。「サイに会いに行くぞ。あいつには私が必要だろう、アマミキョ復活の為にも!」
だがキサカは首を縦には振らなかった。「駄目だ、今の彼に無茶をさせてはいけない。時期が来れば、彼の方から会いに来る。それまで──」
カガリは反論しようとしたが、逸る心を一旦止めた。
よく考えたら、ついさっき目を覚ましたばかりじゃないか。確かにキサカの言う通りだ──私もようやく、物事を冷静に考えられるようになったか。そういえば、あの野郎を一方的に怒鳴りつけられるようになるなんて、夢のようだしな。
「分かった。ただ、コンタクトを取りたいとだけ伝えておいてくれ」


「少し、落ち着いた?」ぜぇぜぇ息を弾ませながら病室に戻ったナオトを、ルナマリアはようやくベッドに座らせることに成功した。
先ほどのチュウザンの映像は、この子にとっては相当の衝撃だったに違いない。ただでさえ壊れる寸前の心に叩き込まれた、破壊と殺戮の洪水──そして、フレイ・アルスターの存在。ナオトは彼女と、その背後にいたモビルスーツを見た瞬間、痙攣を起こしかけていた。あの、真っ赤なモビルスーツ。シンの宿敵・ストライクフリーダムによく似た形状の、上から下まで血を浴びたような赤い機体。
ナオトはルナマリアの上着の裾をぎゅっと握りしめ、くいくいと軽く引っ張る。メモが欲しい時の仕草だ。スカートを引っ張るような馬鹿な真似はしないあたりが、可愛らしい。
ルナマリアがメモを手渡すと、ナオトは震える手でペンを握りしめ、書きつける。──サイさん、は、どこ。
瞬間、絶望と諦念がルナマリアの胸を駆け巡る。あぁ──ついにこの時が来てしまった。アマミキョが、乗員がどうなったか、私たちが何をしたか、私はまだ何も話していない!
──アマミキョ、は、どこ。
ルナマリアでなければ殆ど読めない文字で、ナオトは必死に問い続ける。──マユ、は?
「……ナオト、ごめん。よく聞いて」ルナマリアは彼の真正面に座り直したが、その先を続けられない。アマミキョは、私が、潰してしまったんだ。
何度もナオトのメモに出てきた、サイ、マユ、カズイ、オサキ、ヒスイなどの言葉。みんな、アマミキョで行動を共にした人たちなんだろう。その中にはフレイという単語も勿論あった。フレイやマユと一緒にナオトはアマミキョを離れ例のギガフロートに移り、そしてティーダの実験に使われた──ギガフロートで、ナオトは母親を失い、仲間を失った。そこまでは、ナオトのメモ経由の情報でルナマリアも理解している。
幸か不幸か、マユについての話をシン・アスカは全く耳にしていなかった。シンはナオトに殆ど触れようともしなかったし、ルナマリアもまた、今のシンにマユの話をするのはいささか危険な気もしていたからだ。
──サイさん、は。マユは。みんな、は?
ルナマリアの臍下あたりがぎゅっと縮こまる。戦闘でも、こんな思いをしたことはなかったのに。「ナオト。あのね……」
「言う必要ないぜ、ルナ」ひどい逡巡を続けるルナマリアの思考を、突如断ち切る声。いつの間に病室に入ってきたのか、シンが白い壁にもたれ、腕組みをしたまま突っ立っていた。
うっかり、ロックを忘れていた。慌ててルナマリアは立ち上がるが、シンの言葉の方が早かった。燃えたぎる紅い瞳。
「アマミキョは沈んだよ。俺が撃ったからな!」
一体全体、シンは何を言い出したのか。元々青白かったナオトの頬が、一気に蒼白を超えて灰色すら帯びてくる。大きな目が痛々しく見開かれる──白目に走る毛細血管から血が噴き出しそうだ。
シンはそんなナオトにつかつかと歩み寄り、ルナマリアまで見降ろしながらさらに言い放つ。「誰も言わないから、言ってやるよ。
お前の大事な船も、仲間も、全部俺が殺った。仕方ないだろ、戦争なんだからな!」
ルナマリアは何がなんだか分からない。これは本当にシンの言葉なのか? こんなことをシンが言うはずがない。シンが一番嫌うはずの言葉じゃないのか、「戦争だから、仕方ない」なんて!
「シン! いい加減にしてっ、何を言っているか分かってんの!?」
「分かってるさ。こいつに事実を教えてるんだ!
言っとくけどな、俺たちはアマミキョを最初から撃とうとしたわけじゃない。偽善だろうが民間船だ、撃てばお咎めは当然だからな。
むしろ守ろうとしたんだぜ? あの、フレイ・アルスターたちから!」
そう──シンもルナマリアも薄々気づいていた。またヨダカからの情報もあり、あの紅のストライクに乗っていたのは、ついさっきまで堂々と演説を行なっていたフレイ・アルスターであることは間違いない事実だった。
最初は大軍を率いてアマミキョに襲いかかり、途中から何故か船を守ろうとした、あの不可思議なモビルスーツ──その矛盾がシンの怒りを買い、ルナマリアを惑わせた。そしてレイ・ザ・バレルはほぼ全てを見抜いていた──あの後レイは言ったのだ。あの女は、フレイ・アルスターだと。何のことだか、その時のシンたちにはさっぱり分からなかったが。
「だがな、あんな戦闘中には何があったっておかしくない。しかもアマミキョは俺たちを攻撃してきた!
結局俺は、あの紅い機体と戦ってる最中に、船を撃った」
「シン!」違う、違う、違う。アマミキョを撃ったのはシンじゃない。アマミキョは反撃なんてしてない。
だがナオトを見ていると、どうしてもルナマリアの喉からその一言が出てこない。シンは彼女の声を叩きふせる。
「うるさい! 過去はさっさと忘れりゃいい、そうアスランだって言ってたじゃないか!
花が吹き飛ばされたら、また植えりゃいいんだろう!」
ルナマリアはようやく理解した。シン自身の傷が、全く癒えていないどころかさらに深くなっていたことを。
メサイヤ戦の後、シンはルナマリアを伴いアスラン、メイリンと再会した──オーブの、全てが破壊された浜辺で。
そこでシンはキラ・ヤマトと会った。シンが仇と信じていた、フリーダムのパイロット。ごくごく普通の、ちょっと内向的にも見える柔和な青年だった。
キラはシンに手を差し伸べ、言ったのだ──花が吹き飛ばされても、僕たちはまた植えると。
そしてシンはその手を取った。一緒に戦う、そう誓った。
──と、思っていたのに。
結局シンは、納得なんかしていなかった。キラの言葉も、アスランの想いも、シンには何も届いていないんだ。
何なのよ、何だったのよ、一体!
ルナマリアは叫ぼうとしたが、ずっと腕の中で震えていただけだったナオトが突如、彼女を振り払った。思いがけず突き飛ばされ、ルナマリアはベッドに倒されてしまう。
次の瞬間にはもうナオトはそこにはおらず──点滴スタンドを両手に槍の如く構え、真っ直ぐシンを睨みつけている小さな、包帯だらけの獣がいた。
眼球が飛出しかねないほど目を見開き、歯が剥かれる。恐ろしい歯ぎしりが叫びの代わりに漏れていく。
シンを噛み殺さんばかりの勢いで、ナオトの包帯の巻かれた細い両脚が床を蹴った。何も言葉を発さなくても、全身でナオトは叫んでいた。
許さない、許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!
溢れんばかりの憎悪が部屋中を満たし、一気にシン一人に襲いかかる。それでもシンはまっすぐに相手を見据えたまま動かない。紅の瞳はじっと、狂犬となったナオトを凝視したままだ。
一体、何を考えているの? ルナマリアにはさっぱり理解が出来なかった。


「ねぇ。あのフレイは、何?」
「ラクスさんも大概だけど、お前もお前だなだしぬけに……俺が聞きたいよ」
「タロミ・チャチャの第三王妃だなんて、君は知ってたの?」
「知るわけないだろ。俺は……」婚約まで復活させたのに、と言おうとしてサイは黙った。
衝撃の演説を見せられて数十分後、何とか薬で落ち着いたばかりのサイの病室に、キラはアスランを伴いやってきた。尤も、アスランはキラの背後で話を聞いているだけで、サイとは話そうともしていなかったが。そういや、ニコルたちの前で気絶して以来の再会だったな。何故か全く彼らのことを聞いてこないが。
「君はずっと、一緒にいたんだよね?」
キラの瞳に、全く感情らしきものがない。そんな彼に、アスランでさえも若干戸惑っているようだ。
「肝心なことは、何も聞けてない」ぶっきらぼうにそう言い放つと、サイは毛布を被った。畜生、何だって『王女』じゃなくて『王妃』なんだ。俺はまた婚約者をぶんどられたってのか。呑気に気絶している間に。
「サイ!」キラの手は無造作にサイの右腕をつかみ、毛布へ逃げ込まそうとしなかった。「僕はもう分かってるんだ。あのフレイはフレイじゃない、フレイを利用して何かしようとしてる、それは許せることじゃないよ」
許せない──か。ずっと一緒にいなかったから、お前はそう言えるんだろうな。
お前はただ一人、本当のフレイ・アルスターしか愛さない。俺みたいに、偽者にまで惚れてしまう方がどうかしてるんだろう。「お前はやっぱり、純粋なんだな。俺はもう誑かされちまったよ、結果このザマだ」
「話して」キラはぴくりとも笑わない。「知ってることを、全部話して。ラクスが……怯えてるんだ」


一撃、二撃、三撃。点滴スタンドの支柱部分が、棍棒となってシンの両肩を打つ。さらに打撃は続き、激しく振り回される点滴袋で左の頬が打たれた。
アスハやアスランに噛みつく俺って、こんなだったのかな。痛みに耐えながらシンは思う。
俺、一体何してんだ。自分の行動が分からない。
当たり前だが──あの浜辺での、キラ・ヤマトやアスランの言葉に納得したわけじゃない。するわけがない。
納得してしまうことは、傷ついたミネルバの皆、死んでいった家族、ステラ、レイ、艦長、議長、何より自分に対する裏切りだ。
あの時キラに手を差し出してしまった自分が、後から実に腹立たしかった。何であんな言葉に俺は──!
だから、ぶつけてみた。自分と同じ傷を持つ、小さな子供に。
見せつけたかったのかも知れない、あの時の自分に。同じ言葉を、仇と言える相手からぶつけられた時、本来はどういう態度になるのか。
結果として俺は──今、殴られるままになっている。キラやアスランをこういう目に遭わすべきだったのか、俺は? 思う存分に殴ればよかったのか?
そう思った瞬間、側頭部に鈍い一撃を喰らった。同時に腹に蹴り。さすがにモビルスーツである程度訓練されただけあって、今のは意外にキツい──しかし、シンは絶対に反撃をしなかった。
馬鹿なことを、と自分で思う。殴るだけ殴らせたって、こいつの恨みが消えるわけじゃなし。俺がそうだったように。
次いでまた、頬に何撃かを喰らう。いつの間にかキス出来る距離まで近づいてきたナオトに、ガーゼだらけの拳をこめかみに喰らう。充血した白目が見えた。大きく喉が開かれ、激しい擦過音らしきものが聞こえる。恐らく、声を出されていたならそれだけで俺の鼓膜は破壊されただろう。
襟ぐりを掴まれ、シンはそのまま壁ぞいにずるずると倒される。それでもシンは叫んだ。「忘れろって言ってんだよ! 恨みなんて、持ってるだけ損だっ」自分の言葉とも思えない単語が次から次へと出てくる。
こいつを傷つけて何をしたいんだ、俺は。八つ当たりなのか、結局──最低だろ、俺。
一旦そこでナオトは引き下がる。勿論攻撃を止めたわけじゃない、次の攻撃に備える為だ。
シンは倒れたまま身構える。点滴台を持ち上げるナオト。二つの点滴袋を支える五又の脚部、その先にある小さな車輪が、空中でカラカラ音を立てて回っている。多分、次に来るのはあの車輪の一撃──
その瞬間、シンのすぐ横から紅いものが飛び込んだ。叫びと共に。「ナオト、駄目ぇっ!」


「SEED?」初めて耳にする単語に、当事者であるキラもアスランも戸惑いを隠せない。
ラクスが恐怖を感じている──そんなキラの言葉と凄味に圧され、サイはフレイの狙いについて、可能な限り話した。尤も、さっきまでのラクスからは何の怯えも驚きも感じられなかったのだが。
フレイの狙いがキラ、アスラン、ラクスといったSEED保持者にあること。その為に彼女はサイに近づき、キラの情報を得ようとしていたこと。元々彼女はフレイ・アルスターとは何の関係もない少女で、何らかの理由でフレイと名乗っていたこと──彼女と遂に結ばれたことだけは伏せて、サイは淡々と語った。
「フレイだけじゃない。アスラン、君も会ったはずだろ? あの連中と」
「あの……連中?」サイはアマミキョとミネルバが激突し、アスランに銃を向けられさらにそこへニコルたちが現れた時のことを示唆したつもりだったが、アスランの反応はどうも芳しくない。あの時のことは思い出したくもないのか?
「アマミキョの船底でさ、俺、アスランに撃たれるところだったんだけどなー。色々ありすぎて覚えてないか、俺のことなんて。
でもさ、あいつらのことは忘れようったって忘れられないだろ?」
「あいつら? ……すまない、何のことだかさっぱり分からないんだが」
「おいおい、冗談もいい加減に……」サイは笑い飛ばそうとしてやめた。アスランが真顔すぎる。
「ミネルバがティーダを確保しようとして失敗したって話は聞いてたけど……」キラがアスランを気遣い、顔を覗き込む。「記憶も記録も、なくなったんだよね?」
まさか──ニコルたちのことは全て忘れたってのか? あまりのことにアスランを凝視してしまうサイから、彼はつい目を逸らす。「本当にすまないが、あの時のことは不自然なまでに何も覚えていない。一緒にいたシンも同じだ。戦闘ログも何もかも消失していたし、何が起こったのかは──情けないが、全く記憶がない」


ごっ、という平仮名二文字が相応しい鈍い音に続いて、点滴台が素晴らしい衝撃音で床に落ちる。
だがシンは何も打撃は受けていない。シンの代わりにダメージを喰らったのは──
「全く、あんたって奴は!」ルナマリアがシンとナオトの間に座り込み、じっと額を抑えていた。抑えた指の間から一筋、血が流れ出す。その血を見て──ナオトはようやく、暴れるのをやめた。
あまりのことに呆然として、二の句が継げないらしいナオト。尤も最初から言葉を継げないナオトではあったが、それはシンも同じだった。血が流れ続ける指の間から、ルナマリアの青い眼球がじろりとシンに向く。
低い声。「シン。だったら、あんたも忘れなさいよ」
まさか。嫌な予感に、シンは思わず顔を上げる。ナオトもルナマリアの血に余程ショックを受けたのか、その場にへなへなと座り込んでしまう。
そんな二人を見下ろしながら、ゆらりと立ち上がるルナマリア。血が白い床に二滴、したたり落ちる。
顔を抑えていない方の手には、桜色の何かが握られていた──殴られている間に飛び出したのか、シンの携帯電話が彼女の手にあった。
何より大事にしていた、家族の唯一の形見。俺に家があったことを示す、唯一のもの。──マユ・アスカのケータイ。
ルナマリアは思い切りそれを振り上げる。その眼からは涙が流れていた。「こんなものがあるから、おかしくなる!」
「やめろ、ルナ!」我に返ったシンは立ち上がろうとする。だがルナマリアの方が一瞬早かった。
衝撃音と共に、床に叩きつけられる携帯電話。シンが手を伸ばすより早く、ケータイはぱかりと自動的に開き、転がった。幸い、割れはしなかった──
明滅する画面。同時に、録音されていた声がケータイから流れ出す。<はーい、マユでーす>


「人を、いかようにでも操作できる技術──そんなものを、南チュウザンは開発したというのか」
サイの口から、ニコルたちアマクサ組の件をひと通り聞かされたアスランは、静かな怒りで拳を握りしめた。「人の命を弄ぶばかりか、思い出までも愚弄する行為だ!」
「記憶操作の技術なら、恐らく連合にもあったはずだ」スティングの件を思い出しながら、サイは語る。「だが俺の知る限り、南チュウザンにはかなり高度に完成されたクローン技術がある。それに情報収集力がとんでもない──フレイやニコルたちだけじゃない、あいつらのモビルスーツもオーブやザフト、連合の技術を巧みに盗んで改造された代物だ。あの紅いストライクフリーダムも。
次はアークエンジェルそっくりの戦艦が出てきたって、俺は驚かない」
「奴らに倫理を求めるのは無理だな」アスランはばっさり切り捨てる。
「しかも、まだ南チュウザンは僕たちみたいなSEED保持者を求めているんだよね……?」
サイは考え込む──気がついた時には、とんでもない力の中心にフレイがいた。俺たちやティーダ、アマミキョを踏み台にして。
この状況で、俺に出来ることは何だ。このままオーブに引きこもってフレイを野放しにする選択肢だけはありえないが、それ以外に俺に出来ることは──何がある?
2年前とは違う。俺にも出来ることが、絶対に何かあるはずだ。


流れてきたケータイの音声に、ナオトはびくりと肩を震わせる。
──マユだ。間違いない、マユの声だ!
あまりにも懐かしい、大好きな少女の肉声。ルナマリアが叩きつけたケータイから何故か流れ出している。
開いたままのケータイのメイン画面に映し出されていたのは、間違えようもない──マユ・アスカの笑顔。ナオトが知っている彼女よりも若干幼く見える。こちらに向けて、焼いたばかりのクッキーを差し出している。
だがナオトが反射的に手を伸ばすよりも先に、シンが脱兎の如く飛び出して、ケータイを奪い取った。
ルナマリアの声が、そんな彼の背中に襲いかかる。「何よ……ナオトに忘れろなんて言ってる癖に、一番忘れられてないのはあんたじゃない! 訳が分からないわよ!
あんた、アスランに言われたこと、ちっとも分かってないじゃない! いつアスランが過去は忘れろなんて言ったのよ? あの時、キラ・ヤマトと握手したのは何だったの? 一緒に戦おうって言われて、めそめそしながら頷いてたのは何だったのよ!」
ルナマリアの頬から、血と一緒に涙が飛び散った。爆発する感情と共に。「結局あんたは、前に進めないままじゃない……
なのに、家族のこともステラのことも全然忘れてない癖に、ナオトには忘れろって?
何でそういうこと言うの? どうしてそんな酷いこと言うのよ!!」
「──あいつらはそう言っただろ」注意して聞かなければ分からないほどの低い声で、シンは反論する。「憎しみに囚われたまま戦うのはやめろとか、やっぱり綺麗ごとばかりだった」
「言ってないわよ!」「言ったんだよ! 少なくとも俺にはそう聞こえた!」
シンはケータイを抱きしめ、ルナマリアたちに背中を向けたまま押し殺したように叫ぶ。「俺は認めない。絶対にあいつらを認めない──認めるもんか」最後は呪詛にも似た呟きとなり、殆ど聞こえなくなってしまった。
ルナマリアはナオトを振り返る。血が飛び散った白い額を拭きもせず、彼女はナオトを見つめた。震える唇から、紡ぎだされる言葉。
「ごめんね、ナオト。謝ることなんかないのよ。
だって私、貴方に殺されても仕方ないんだもの」
何? ルナさん──どういうこと?
恐ろしい予感に、ナオトは思わず首を振る。嫌だ、イヤだ。認めたくないのは僕だ、僕の方だ。何も言わないで。
何も聞きたくない、お願いだ! ルナさん、お願いだから何も言わないで……
「ルナ、やめろ! 言うな!」背中ごしながらもシンは叫ぶ。ケータイを、マユを抱きしめたまま。
まさか──イヤだよ、やめてよそんなの。ザフトの人たちともやっと、少しずつ話が出来るようになってきたのに。
やめて。当たらないでくれ、僕の予感。
「私、なのよ」仁王立ちになったままのルナマリアの両の拳がきつく握りしめられる。
やめて。そんなのってないよ。あるわけないよ。
ザフトで一番優しくしてくれたはずのルナさんが、そんな──
「アマミキョを撃ったのは、私なの。シンじゃない」
破損した点滴袋から薬液が床に流れ出し、ナオトの膝を汚す。針の外れた手首から血が流れ出す。だがその場の3人とも、全くそれには気づかなかった。ルナマリアは膝を折り、ナオトの前で頭を伏せた。やめて、そんなことしないで、ルナさん──
「それ以外は、シンの言ったことは本当よ。本当に私たちは、アマミキョを守ろうとしたの。
でも、どうしようもなかった。南チュウザンの大軍と連合軍との混戦になって、気がついたら、撃ってた」
──なんで。
「撃つつもりなんてなかったの! 弁解にしかならないけど、信じて。これだけは信じて。お願い!」
なんで、今、そんなことを言うの? ルナさん。
否定したい気持ちとはうらはらに、ナオトはルナマリアににじり寄っていた。胸倉を掴みそうな勢いで。なんで、撃ったの? なんで、撃たなきゃならなかったの? なんで貴方は、サイさんたちを!
「……私、射撃、てんでダメなのよ。
助けようとしていた船を、撃っちゃうくらいに」
ナオトから目を逸らしたルナマリアの唇には、いつしか自虐的な笑みが張りついていた。
「要は、間違えたのよ」
──間違えた。
まちがえ、た?
間違えて、サイさんたちを殺したってのか? 貴方は!
「いい加減にするのはお前だ、ルナ!」シンが思い切り壁を殴る。破壊せんばかりに。「殺るべくして殺りましたって言われた方が、まだマシなんだよ!
ミスで家族殺しましたなんて、間違ってステラ殺しましたなんて、んなこと言われたらどうしていいか分からないだろ、分かれよ!」
「だからって、本当のこと言わないなんて酷すぎるでしょ!」
「そりゃお前だけの理屈だ! 黙っているのがつらいからって、吐き出したってスッキリするのは自分だけだろ! ゲロ吐きかけられた方の身にもなれ!」
シンさんの言う通りだ。ルナさんは分かってない──アマミキョが反撃してきた、だからシンさんが撃った。最初からそんな話だったなら、まだ──まだ、シンさんを殴りたいだけ殴れば良かった。サイさんがそんな状況で反撃命令を出すとも思えないけど。
ナオトは、いつの間にか床に散らばっていたメモを拾い上げる。何度も話した言葉。何度も伝えた言葉──サイ、さん、は。
メモに書いたその言葉を、ナオトは震える手で指差した。意味を悟ったルナマリアは呟く。
「アマミキョからは、たくさん脱出艇が見えた。だから殆どの人は、逃げられたと思う。
だけどその人は──責任者だったんでしょう? 多分、最後まで残っていたはず。
ブリッジを確認した時に、見えたの。ナオトの言うその人と同じような……」
「ルナ!」
撃った時も? 貴方が撃った時も、サイさんはそこにいたの?
「私が見た時はもう、酷い怪我をしていたみたいだった。その時点で船も沈みかけてて……ブリッジにも火が回って……
だから、あそこから動けなかったと思う」
最後通牒のごときルナマリアの言葉を、ナオトはひたすら否定し続ける。嫌だ、ルナさんの勘違いであってくれ。せめて他の誰か──あの人とかあの人とか、あの意地悪な人の間違いであってくれ。
そう願いながらもナオトは、どこかで事実を認めざるを得ないことに気づいていた。みんなを逃がして最後までブリッジに残ろうとするなんて──あの人以外、ありえない。
じゃあ、本当にルナさんが、サイさんを……殺した? しかも、間違いで、殺した?
僕にずっと優しかったのは、もしかして罪滅ぼしの為だったの?
酷いよ、ルナさん。これじゃ僕は、ルナさんを──殴れないじゃないか。


「やっぱり戻った方がいいんじゃないかな、サイ」
「その台詞、そのままお前に返すよ。俺はもう大丈夫だ」
「俺だって……」
朝焼けが広がりつつある浜辺を、サイとカズイはたった二人で歩いていた。二つの影は砂浜へ長く伸びながら、ゆっくりと進んでいく。
まだサイの怪我は完全に回復したわけではないが、目覚めて以降リハビリを重ね、どうにか一人で歩けるレベルには治ってきている。骨折箇所があまりないのが幸いした。尤も、左腕はまだ吊ったままだし、頭の包帯も取れないが。
「先は長い。引き返すなら今だ、カズイ」ややびっこを引きつつも、サイは振り返りもせず歩く。そんなサイの荷物を半分ぐらい抱えながら、カズイも歩く。「俺は決めたんだ。今度こそサイと一緒にいるって」
サイの服は真新しい、濃いブラウンの背広にクリームイエローのワイシャツ、そしてアマミキョの制服のそれとよく似た色の、紅のネクタイだ。袖口でまるでお守りのように、ブルークリスタルのカフスボタンが光る。その服はどういうわけか、今朝目覚めた時点でサイの枕元に用意されていたものだった。
もう、サイには分かっていた──内緒で出ていくつもりだったんだが。明るくなりゆく空を見上げると、機械じかけのエメラルド・グリーンの鳥が風の中を舞っている。サイたちを導くように。
海風に乗って、微かに聴こえる歌声。少し進んでいくと、カズイがはっとして思わずサイの背後に隠れた。
朝陽を背にして、熊のように盛り上がっている岩。その上に──ふわりと長い髪を靡かせながら、少女が優雅に腰かけている。手元には大事そうにハロを2体、抱いている。子守唄のような「水の証」が、唇から流れていた。
鳥がゆっくりと舞い降りて、岩陰に止まる。そのすぐ下から、一人の青年が顔を出した。「やっぱり、行くんだね──サイ」
流れていた歌が止まり、少女の空色の瞳と、青年の紫水晶の瞳が同時にサイを見つめる。
「何もかもお見通しなんだろ。特にラクス様にはね」こうなるのは予測していた。サイはわざと皮肉を含めた言葉を、笑いながら投げつけてみる。「わざわざ服まで用意してくれて、感謝してますよ」
キラはそんな皮肉など全く意にも介さず、笑顔にもならなかった。「フレイに、会いに行くんだね?」
「あぁ」サイも笑みを顔から消した。「どういうことなのか、話を聞いてくる。アマミキョの皆をもう一度集めて、アマミキョを復活させて、フレイと話をする」
それが、サイがここ数日で考え出した結論だった。
死んでも変えるつもりはない。今自分に出来ること、自分にしか出来ないことを考えに考え抜いた結果だ。
「もし、君の望む答えが得られなかったら?」
「お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったな」サイは少しだけ首を傾げる。結果がどうなろうとまず行動するのが、良くも悪くもキラたちの行動特性じゃなかったか。「俺の望む答えなんてないさ。ただ、納得いくまで話をする──それだけだよ」
「僕たちも、力になるよ」キラが一歩進み出る。「あのフレイの狙いは僕だ。なら……」
「駄目だ」サイはキラの言葉を思い切り、否定でねじ伏せた。「チュウザンはフリーダムやアークエンジェルだけでどうにか出来るような場所じゃない。お前たちのやり方じゃ、オーブは守れてもチュウザンは混乱させるだけだ」
「だったらなおのこと、アマミキョだって無理じゃないの? サイだけじゃ、どう考えても無理だよ」
この無邪気な傲慢さは危険すぎる。何としてもここで止めなければ。「俺だけで何とかしようなんて、思ったこたないさ。勿論、使えるものは何だって使ってやる。
ただ──キラ。お前は絶対に手を出すな」
サイとキラの視線が、朝陽の中で静かに衝突する。「僕だって、真実を知る権利はある」
「その身勝手さで、自分がどれだけたくさんのものを壊してきたか分かってるのか?」
自分でも信じられないほどの低い声が、サイの喉から出た。多分、今の俺の眼には優しさなどかけらもない。
身勝手なのは俺だな。2年前も今も、キラに散々助けられたからこそ、俺は生きていられるのに。それを言わないのがキラの優しいところだ。
と、ラクスが岩から滑り降りて来てキラの横に立った。サイからキラを守るように。「キラの言うことは、間違ってはいませんわ。
私も、行きます。キラと共に」
サイの右拳が音もなく握りしめられる。満足に動けば左拳も握っていただろう。「チュウザンを、甘く見るな」
押し殺した、しかし憤怒を秘めた呟きがサイの唇から漏れる。「あそこへ行けば、キラも貴方も、アークエンジェルも壊される!」
「その根拠は、何でしょう?」ラクスの眼差しがサイを射る。凛とした姿勢に、サイは一瞬気圧された。
だが、俺はここで引くわけにはいかない。「貴方がたがどうやってオーブを守り、デュランダル議長に打ち勝ったかを知ったからです。同じやり方で、どうにかなる所じゃないんだ」
「私だから、行かねばならないのです」ラクスも引かない。あまりの強引さに、キラまでが思わず彼女を見つめた。「どれだけ危険であろうと、私は、行きます」
何が彼女をここまで頑なにさせるのか。あの夜サイに告げた言葉の意味も、さっぱり分からない。
だが、一度やると言い出したら絶対に引かない女性であることはサイも知っている。彼女の強さには、2年前も助けられた。
今ここでやり合っても、貴重な時間を喰らうだけだ──サイは敢えて、ふっと笑って態度を和らげた。「しょうがないなぁ……
じゃ、約束です。俺がフレイと話をしてから、ってことにしてもらえますか?」
ラクスも笑顔になる。サイの言葉にははっきりと答えないまま。「無理は、なさらないで下さいね」
「そっくりそのまま、その言葉、お返ししますよ」何とか分かってもらえそうだ。そう判断したサイは心の底から安心した──やっと、キラたちの前で本当の笑顔になれた。「あと、忠告です。
アークエンジェルにつけられた盗聴器の類は多分、まだ生きています。忘れないでください」



じゃあな、キラ。
うん、元気で。
そんな言葉を交わした後、二組の影は朝の光の中、離れていった。
そしてサイは、この時二人と刺し違えてでも止めるべきだったと──
後々、酷く後悔することになる。



「ねぇ、ラクス。どうしてそんなにチュウザンへ行きたいの?」
「不思議、ですか?」
「うん。それに、唐突だなと思って」
「キラは、フレイさんにお会いしたくないのですか?」
「あのフレイは、フレイじゃない。どうして僕のSEEDを狙うのか、理由は知りたいよ。でも……
サイも言ってたけど、やっぱり、危険だと思うんだ。いくらアークエンジェルやエターナルがあったって、今度は」
そこでキラは言葉を止めた。ラクスの、ハロを持つ手が小刻みに震えている。こんな彼女を見るのは初めてだ。
「ラクス? やっぱり君には──」
「分かっています。それでも私は、行きます。行かねばなりません、今すぐに」
「え? だって、サイには……」
戸惑うキラに、震えながらも精一杯笑ってみせるラクス。何かにひどく怯えながらもそれを必死で隠そうとする彼女なんて、見たことがない。「私、分かりました、とは言ってませんわ」
「だけど……」
「分かるのです。絶対に、私は行かねばならないと。あのフレイさんの背後にいるのは、恐らく──
私の、母です」


 

つづく
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