コロニーウーチバラ・リュウタン広場付近では、ジンを計2機撃破したソードカラミティがティーダを追い続けていた。
途中ウィンダムの空襲に遭遇しながらも、ソードカラミティパイロット=カイキ・マナベはティーダの方向に絶えず注意を払っていた。
あのクソレポーターに連れて行かれた妹はどうなった? しかもあろうことか、あの腐れガキは戦闘中に実況などという、常識では考えられない、戦場に対する侮辱に等しい行動をやってのけた。おそらくその為に、マユがティーダの操縦を代わっているのだろう。
襲い来るウィンダムと前方のハイマニューバ2型を注視しながら、カイキの鋭い歯がギリっと噛み締められた。マユの傷の状態が脳裏をよぎる。
「あれ以上、チグサを傷つけさせるか!」
カイキはソードカラミティを突進させた。まだパワーゲージは安全域だ。ティーダの真っ白な機体に、今まさに傷をつけようと斬機刀を振りかぶるハイマニューバ2型、その黒い鋼の巨人に向かって。

 

「ディアッカ、お前も港口に戻れ! 内部でオルトロスは危険すぎるっ」太陽光ブロックからコロニーに侵入したウィンダムを目で追いつつ、イザークは吼えた。
彼は破壊された太陽光ブロックではなく、外壁面の倉庫から突入する方法を選んだ。ウィンダムが向かったと思われる港口にできるだけ近い場所へ先回りし、迎え撃つ。しかし、内部へ通じるハッチはコロニー管制側に開かせるにしろ、太陽に向かって時計回りに回るコロニーに機体を合わせなければならず、その分時間のロスは激しい。イザークの苛々はつのる。
ウーチバラのようなシリンダ型のコロニーは、コロニーの回転による遠心力を利用して地上部分に擬似重力を発生させている。重力の影響が無視できるシリンダの軸部分に近い港口付近から突入すれば、ザクファントムでも内部での飛行が可能だ。勿論、今破壊された太陽光ブロックから直接突入する方法もあるが、ザクファントムの推力でコロニーの擬似重力を振り切ることが可能か、そして破壊されたブロック付近で巻き起こりつつある暴風を突破できるか、イザークには判断がつかなかった。
<いつものゲリラと思って甘く見たね、隊長>言葉は軽いが、ディアッカの口調は真剣だ。自分の至らなさを恥じ、イザークは呟く。「うるさいっ」 
と、そこへゲイツRのシホ・ハーネンフースから通信が入った。今回は待機のはずだったが…? イザークが眉をしかめつつモニターでシホのゲイツRを確認すると、彼女の機体がグゥル(MS支援空中機動飛翔体)に乗り、煌くコロニーを背景にしてザクファントムの横へ滑り込んでくるのが見えた。
<自分が直接追います、隊長は向こう側から迎撃を!>
「了解した、風に気をつけろっハーネンフース!」
破壊された太陽光ブロックからは既に、コロニー内部の泥土や建造物の残骸などが真空中に飛び出し始めている。空気が大量に漏れ出しているのだ。すぐにあそこは暴風域となり、侵入不能になる──しかしシホのゲイツRはグゥルの推力をうまくコントロールして風を読み、飛び込んでいく。
その間にも、外壁にとりついていた残りのウィンダムが襲いかかってくる。ディアッカがビーム突撃銃でザクファントムを守りつつ、どうにか応戦していた。


PHASE-03  太陽と開闢神



コロニー内部、リュウタン広場にて。
ナオトの視界の向こうにはハイマニューバ2型の黒い巨体が迫っていたが、そこへソードカラミティのエメラルドの機体がやっと追いついた。ソードカラミティはハイマニューバ2型の斬機刀に向けてパンツァーアイゼンを発射し、ワイヤーでハイマニューバ2型の刀を絡めとり動きを制止させる。しかしその力比べも何秒もつか──その間にも、マユは後部座席でキーボードを操りつつ、早口で何事かを呟き続ける。
「コード403より、753を同調。新たにアクセスコード10-5948-000取得、……コード承認。主要値101、102更新、確定。変数誤差、修正完了。サブプログラム展開後、第5回線よりメインで、ああっとそれからプランRでシステム起動。各プロシージャ、編集終了。No26モジュール、確認。パワーモード、切換完了。
システム、ブック・オブ・レヴェレイション、オンライン」
こんな早口は、レポーターのナオトでもそうそうできるものではない。
ナオトのコンソール・パネルのディスプレイに、滝のように大量の文字列が走り出す。外の景色を映し出しているモニターにフィルタがかかる。薄紅の紗が視界にかけられたような錯覚を、ナオトは覚えた。
「何をしたんだ、マユ!?」
「ナオト、協力して。今、そっちのOSを書き換えた。私とハロの言うとおりにして、アマミキョ行くにはそれしかない!」
ナオトは唇を強くかんだ。マユは微笑んだままだ。
「書き換えた? OSを? コーディネイター用に? できるわけないだろ、僕に!」
「半分なんでしょ、大丈夫だよ。マニュアル転送するから、その通りに入力してね。各フェイズ3秒以内に」
ナオトはディスプレイに映し出されたマニュアルを一瞥し──目を丸くした。こんな意味不明な操作ができるわけがない。



砲火とバイオリンの音色が交互に響くアマミキョブリッジでは、ナオトとの通信の件でカズイがサイに軽くつっかかっていた。
「いいのかよ、励ましたつもりなんだろうけどさ」
「ああ言わなきゃ、やられてる……回線35番どうなってますか? 不通? 参った、また電波干渉かっ」チャンネルを手早くいじるサイの顔から、笑みは見事に消えている。
「ごまかすな! あんな子供を戦わす気なのか」いつものおどおどした態度は何処へやら、カズイは妙に元気だ。アムルの視線があるからだろう。
「戦えなんて言ってない、ただ帰ってこいと言っただけだ」
「同じだよ、あの状況! お前はキラにしたのと全く同じことしたんだぞ……あの子をキラと同じにする気かよ」
「偽善だって言いたいのなら、言えよ。だけど俺は、間違ったことしたとは思わない。
放っとけるか、あの顔」
サイがナオトと通信していた最中、外では既にジンが隔壁を突き破り、宙港の外部へ飛び出していた。大爆発による衝撃が宙港全体を襲い避難民のパニックも拡大している。回線が3割ほど通信不能になっている。だが、まだバイオリンの音は流れていた。
港口の爆光が妖しく輝く宙へ飛び出したジンの脚部には、ミサイルポッドが装着されていた。M68パルデュス3連装短距離誘導弾発射筒入りの──
「D装備!? コロニーでかよ?」 ちゃっかり操舵席にとりつこうとしていたサキが叫んだ。
と同時に、またしても最大戦速でジンに攻撃をかけた機体があった。言うまでもなく、フレイ・アルスター搭乗のストライク・アフロディーテである。
ジンはよけきれず、外壁付近で巨大な翼を持つアフロディーテに組みつかれる。
鋼鉄同士が擦れ合う。大気中なら凄まじい音響が発生していたことだろう。そこへウィンダムが2機、待ってましたとばかりに攻撃をかけた。ビームライフルの閃光がアフロディーテとジンを狙い、両者の機体が流れ、2機ともコロニーの壁に激突した。アマミキョが微かに揺れる。
フレイが回線ごしに怒鳴るのが聞こえた。<管制! 聞こえたら避難民誘導区画データをよこせ、ジン自爆の危険がある! こいつを外へ弾き出すっ>


ディアッカのザクウォーリアが、フレイを狙ったウィンダムの一隊に追いつき、オルトロスでウィンダムの上半身を吹っ飛ばした。しかし残る1機のウィンダムがザクウォーリア、そしてアフロディーテへ火線を浴びせる。ゲイツRがそれを防ぎにかかった。
フレイもまた、ビームライフルを使いジンの脚部を切り落としにかかったが相手もさるもの、壁にとりつきながら腕でアフロディーテのライフルの砲口を逸らし、壁へと向ける。アフロディーテの蹴りがすかさずジンの脚関節部分に炸裂。何発かの強烈な蹴りの直後、接合部分がむき出しになったジンの右脚部が切断され、真空の宙に舞った。しかし左脚部のミサイルポッドはまだ残っている。
アフロディーテはさらに、ジンの胸部を狙って頭部バルカンを発射する。パイロットは相当の衝撃を受けているはずだが、まだ持ちこたえている。さすがは腐っても元ザフト野郎。
アフロディーテの力で壁を引きずられることにより激しい摩擦を起こし、ジンの機体が磨り減っていく。スパークで両機体が輝く。フレイは残弾数とエネルギーゲージを確認しつつ頭部バルカンを連射し、推力に任せてジンを港口から引き離そうとする。だがジンは壁にしっかりとくいついたまま離れない。
レールガンや対艦刀を派手に使えば中の人間に被害が及ぶ、ヘタをすれば弾薬庫が──「姑息な戦法を!」
数瞬後、ジンの胸部がアフロディーテの正面に傾きだした。フレイはその隙を逃さず、アフロの右手をジンから一旦離し、拳を作って力一杯コックピット部に叩きつける。ひときわ派手なスパークが散った。
 


気がつくとアムルが混乱に乗じて、サイのモニタを覗き見ていた。「お願い、やらせて」
あまりにも唐突かつ非常識な申し出に、サイは即答する。「駄目です」
しかしアムルはくいさがる。ナチュラルに屈することは彼女にとって最大の恥辱なのだろう──ブリッジでの挙動だけで既にサイにはそれが理解できた。「あの機体がいる処は私の母と彼がいるのっ、避けるように呼びかけて! 貴方ができないなら私がやるわ、オノゴロで動員された時やったことあるもの」
そんな彼女にカズイが加勢した。「サイ、彼女の気持ちぐらいは分かれよ」
アムルはサイの頭からインカムを取り上げようと、いきなり彼の肩に掴みかかった。しかしサイは直前で彼女の手を押し戻す。どうやら彼女の運動能力は恐れたほどではない。
サイは頭を振りながら、アムルとカズイにきっぱりと言い放つ。「絶対にダメだ」
生意気な子。アムルの口の中だけでの呟きが、サイにはしっかり聞こえてしまっていた。
サイは直感で気づいていた。彼女は母親と婚約者が心配のあまり自分につっかかったのではない。
むしろ逆だ。それどころか、アムルは出来うるならば──サイはその思考を無理やり振り払った。
だからこそ、サイは思う。
彼女の為にも、ジンよ、バイオリンの音色の源を撃つな。撃たないでくれ。
今ミヨシ・ホウナを撃てば、アムル・ホウナが母親から自立するチャンスは永久に来ない。
それに、気になるのは彼女の婚約者だ。彼女にとってあの誠実そうな男は、それほどまでに邪魔な存在なのだろうか。
かつて婚約者だったサイにとって、それは悲しいことだった。出来うるならば真実、アムルには彼らを想っていてほしい。
どんなに嫌な存在だったとしても、家族であり、家族になるはずの人間だろう。人間の心理は白黒では語れないと分かっているが、家族同士の想いだけは、真実であってほしい。フレイの、父親を失くしたあの瞬間の叫びこそが、真実であってほしい。
回線の状況を調査しつつ、サイはちらと横でうずくまるカズイを見る。こんなことをカズイに話せば、彼は間違いなく自分を殴るだろう。
そんな小さな騒動に気づいたサキが怒鳴った。「てめぇらガキの喧嘩してんじゃねーよっ、外の状況分かってんのか!」 
まだ生きているモニター内で、避難民が隔壁の揺れと轟音に恐怖している映像が明滅する。バイオリンが高鳴る。
 

フレイは送られてきた避難民区画のデータを素早く解析し──わずかに眉をひそめる。その時どうにかジンの機体は壁から離れだした。だがその直前、ジンのビームライフルが最後の火を噴いた。
その光が港壁面、崩壊しかかっていたブロックの間に走り、内部で炎が弾けだす。
「管制っ、 第23区画の人間を全員退避させろ、早く! アマミキョ、爆発が来るっ」


フレイの声が届くとほぼ同時に、サイはチャンネルを素早く切り替え船内オールで叫んだ。
「船内A-13から22区画それから医療ブロック、衝撃に備えて!」
サイがその台詞を最後まで言うか言わないかのうちに、一瞬ブリッジの照明が全て消え、非常灯の紅い光が満ちた。そして0.2秒後、巨大な揺れがブリッジ全体を襲う。
ジンのビームライフルの閃光が、港口ブロック内部のメインに近い場所を直撃したのだろう。サイたちクルーはすぐに体勢を立て直し、血のように紅いわずかな光の中で作業を継続させようと焦った。
やがて回線が回復し、メインモニターも3秒後には復活した。だが、さっきまで流れていたバイオリンの音色は、既にない。
「アムルさんっ! しっかりして」カズイの叫びがサイの耳を打った。振向くと、アムルがカズイの肩を破壊せんばかりに掴みつつ、茫然と座り込んでいた。その目はメインモニターを見上げてはいるが、実際は何も見ていない。
サイはディックと視線を交わしあい、手元のマルチモニターを次から次へと確認していったが、第26救助艇──つまりアムルの母親と婚約者がいた区画の映像はどうしても探し出せない。電波干渉の影響ではない。
「港湾第23区画、ロスト!」「映像も出ないかっ」「見たいかよ、三つ目なんか」「やめてよ、グロ!」「さっきのレポーター真似ただけだっつの」
港湾区画の状況を映し出しているCG上では、さきほどまでは緑の光のラインで描かれていた港湾区画のディテールが、今の衝撃での通信不能を示す赤い「LOST」「ERROR」表示により一角が大きく塗りつぶされていた。いくつもの「LOST」「ERROR」の点滅の重なり──第26救助艇も、その範囲内に位置している。途絶えたバイオリンの代わりに鳴り響くものは、パニックを増長させる警告音。
乱れたまま何とか映像を回復したメインモニターでは、大破して閃光と瓦礫を吐き続ける港口と、その手前を浮遊するジンが映し出されていた。さらに、ちぎれた細かい色紙のようなものが散見される──
それらが人の服の布地の一部であることが、既にサイには分かっていた。ノーマルスーツではなく、桜色のワンピースの切れ端や紅いストールなどの残骸。手元のモニターで思わず映像を拡大してしまったのだ。サイは唇を噛みつつ、誰にも聞こえないよう呟いた。「きっちり電波干渉しろよ、こんなもん見たくないのに!」
そっと横目でアムルを見る。彼女の頬を、一筋の涙が伝っていた。唇からは、小さな呻きが漏れている。
カズイはその意味をそのまま解釈し、カズイなりに彼女を支えようとしていた。
俺も、カズイのように受け止められれば──サイはまたしても自嘲する。カズイのように、アムルをまっすぐに信じたかった。
真実、彼女が母親と恋人を想っていると。いつから俺は、こんな嫌な人間になった。
その時、後席からリンドーの声が響いた。
「アマミキョ、発進シークエンス再開だ。これ以上予定を遅らせはせん!」
トニー隊長を含めた全員が、リンドー副隊長を振り返る。リンドーの横の社長が、唇に含み笑いを浮かべたままモニターを睨んでいた。「僕だって人間、ウーチバラを好きにされちゃたまらんよ。文句がある人金塊一本あげる、だから黙って作業してね」
この態度は、社長が本気で怒った証である。
一瞬、ブリッジ内の混乱が鎮まった。そして今までとは別の種類の緊張が、空気中を満たす。
サイはコンソールパネルのデータを確認した。数値は正常、いける。
トニー隊長が逡巡しながらも、指示を出す。「分かりました……サキ、悪いが臨時に操舵を頼む」
「やってる!」サキは既に操舵席にとりつき、機器のチェックを始めていた。その手つきは、大分慣れている。
ノイマン少尉ほどではないにしても、頼りになりそうだ。サイは思った。

 

浮遊したまま動かないジンの機体の脚部分を掴み、フレイのアフロディーテがなおも動く。アフロディーテの下からウィンダムが迫る。
「私と同じ戦法、貴様にやれるか!」
ウィンダムを見下げるその目は、あくまで冷たい。
 


サイはディック、マイティ、ミノル他ブリッジクルーと共に所定のマニュアルに沿い、素早く操作を始めていた。そのキーボードの操り方は、一見どこのコーディネイターかとすら思わせるものだ。「アマミキョ、発進シークエンススタート。非常事態につき、プロセスD40からR62までを省略します。主動力、オンライン。区画接続、確認終了。全チーム、スタンバイお願いします!」
「ゲートコントロール、オンライン」「生命維持システム、問題なし」「エンジン、異常なし」「気密隔壁、閉鎖」他のクルーも、次々と各データをチェックしていく。マルチモニターの隅で、ずっと静止状態だったアマミキョの船の状況を示すCGが、動き出す。アマミキョの船体にパワーが注入されていく様子がはっきりと分かる。出血多量で死にかけていた人間に、血液と魂が注入されていくように。
足もとに力が漲る感覚を、サイは覚えた。アマミキョの心臓に、灯が入った──サイは叫ぶ。「アマミキョ全システム、オンライン。発進準備完了!」
「主動力、コンタクト! いつでも来いっ」サキの元気は一番だ。



突進するウィンダムに向けて、ジンの巨体をアフロディーテが投げつける。ウィンダムの火線に対して、ジンがアフロディーテの盾となる形となった。
すかさずフレイは放り出したジンに向けてビームライフルを撃った。ジンの陰となったアフロディーテの動きにどうにか反応したウィンダムが素早く避けようとしたが、フレイの放った一筋の光はジンの脚部に残っていたミサイルポッドを直撃した。
光球がジンとウィンダムを包み、ウィンダムは凄まじき閃光の波に呑まれ、四散する。
露出した心臓を思わせる白い光球がさらに大きくなり、戦闘空域を満たす。フレイは最大戦速でその場から離れ、爆光を回避した。
 


清掃当番まで含め、アマミキョクルー全員の動きが慌しくなるのがブリッジでも分かった。「救助艇のワイヤーは!?」「全て繋いだ、避難民収容完了、ハッチ閉じて!」
本当に完了したのか──サイがマルチモニターを可能な限り開き確認していた最中だった。ウィンダムが撃沈され、アフロディーテからの光がモニター全体を照らし出したのは。
「フレイ!」あまりの光量に、思わずサイは叫んでしまっていた。モニターを見る、だが彼女のアフロディーテは無事だ。閃光の中を抜け、まっすぐにアマミキョへ向かってくる。
「シャッターを開くよう管制に伝えろ! カタパルト開け、アフロディーテを回収後すぐ発進だ」リンドーの声が轟いた。
「なんて女だよ」誰かが呆れて呟く声が聞こえたが、それはサイの心境そのものだった。アマミキョの発進口の何重ものシャッターがゆっくりと開いていく。既に、真空の闇からこちらを攻撃する者はない。
「カウントダウン開始、発進まで残り30秒」リンドー副隊長の、普段のドモリがちな呟きとは違う声が響く。「港湾開口部を抜けてコロニー内部へ進入、ティーダとソードカラミティを回収しつつ救助活動及び修復作業を行なう。場合によっては残存敵戦力の掃討、いいな!」
カタパルトが開き、誘導用のライトが点灯した。カタパルトの気圧の状態をチェックし、サイはアフロディーテへの回線を開く。
「フレイ・アルスター、こちら着艦準備オーケー。着艦直後に発進するから、姿勢制御に気をつけて」
<了解。着艦システムに問題はないが、まだノーマルスーツどもが見える。下がらせろ>無感情な返答が来ただけだった。
これが、かつての婚約者への言葉か。奇跡の再会後初めてかける言葉か。
形式的な応答を返しながら、サイは不満を拭い切れなかった。そんな彼を、カズイがアムルを支えつつそっと覗き込む。アムルはというと、茫然と前方を見つめながら涙を流れるままに任せている。
「カズイ、彼女頼むよ」微かな震動と共に着艦していくアフロディーテを横目に、サイはそっと呟いた。カズイは黙ってうなずき、発進に備える。
アマミキョのノズルが一斉に始動した。矢継ぎ早に指示が飛んでいく。コロニーへの隔壁が開いていく。
「本船はこれより発進します。全員、所定の位置についてください。繰り返します…」


「すごい」それが、ウィンダム撃沈を間近に見たディアッカの素直な感想だった。
もう少しで巻き込まれるところだった。怒りの波動をそのまま表現したような光を、彼は今までどんな戦闘においても見たことがなかった。
魂を焼かれるような純な怒り──それが、あの血の色のストライクから感じられたものだ。理屈ではない、心に直接怒りを見たのだ。怨恨や復讐心とも違う。
冗談じゃない。だいたい彼女はもういないはずだ。彼女の為に、ミリィは号泣していたんだ!
なのに一体何だ、この状況は。あの力は何だ。あの機体は何だ。あの戦い方は何だ。
「ミリィ……お前のダチ、とんでもないことになってるぞ」


「ちょっと待ってよ、今から発進?」スズミ女医の呟きはかき消されていく。
医療ブロックは大変な騒ぎになっていた。ようやく重力制御がかけられ物理的にはどうにか落ち着いたと思った途端、医療ブロック付近が強い衝撃に見舞われ、負傷者がわんさか運び込まれたのだ。サイの警告により、医療スタッフ全員が出来うる限りの衝撃対策を施したから良かったようなものの……
カーテンだけで何とか区切った部屋のあちこちから、医者とナースの怒号が聞こえる。負傷者をベッドに乗せる音が派手だ。「血算、生化学、血液型クロスマッチ6単位!」「いくわよしっかり持って、1・2・3!!」「吸引セットは! 切れてる!?」
混乱の中で収容された者はまだいい方で、大多数は区画外の廊下にまではみ出して治療を待っている状態だ。血が流れるまま、放っておかれている患者までいる。
そんな中を、看護師のネネは白いゴミ袋のような荷物を抱え、患者たちを踏まないよう気をつけながら走りまわっていた。
「スズミ先生ー、この腕どなたのですかー?」


「内部へだと?」アマミキョに収容され、アフロディーテのハッチを開いたフレイは、整備士にアマミキョの状況を聞いていた。
彼女はブリッジへの回線を素早く開く。「社長、敵によるおびき出しかも知れません。内部への進入は危険です」
だが、社長の答えは変わらない。<忘れた? アマミキョの目的。人を助けなきゃ>
「この状況でそれを言うか」フレイはカタパルト全体を見回し、皮肉たっぷりに呟く。アマミキョの発進前後の混乱により怪我をした整備士が何人も、医療ブロックにまで行けずにカタパルトにまで放りこまれているのだ。
その隅に待機していた作業艇・ハラジョウから、2人のノーマルスーツが飛び出してきた。まっすぐフレイの方へ飛んでくる。


「フェイズ1、オールグリーン」「フェイズ2に移行……ナオト!」ハロとマユが急かす。
攻撃されるティーダの中で、ナオトは言われるまま、座席横のキーボードをいじり始める。転送ずみのマニュアルに書いてある通りに、言語の意味は全く分からないものの、コリオリ係数の変更やらメタ運動野パラメータ更新やら制御モジュール直結やらの入力を行なっていく……が、どうしてもマユと同じようなキーボードの操作はできない。できるわけがない。
「駄目だ、フェイズ2失敗! 駄目だよ僕には!!」キーボードを思わず拳でぶっ叩く。
「そ。じゃあ、死ねばいいよ」
バックミラーで、マユがにっこり笑うのが見えた。
世界で最も残酷な言葉を、何故こうも簡単にこの娘は言えるのだ? しかもこんな笑顔で。
その間にも、上空からウィンダムが迫る。ビームライフルの攻撃が、まともにティーダに直撃した。コックピットが衝撃で軋み、エネルギーゲージがレッドゾーンを示す。
さらに、ハイマニューバ2型からの通信が轟く。<その機体は重要なんだ、子供の非常識で大人を困らせるもんじゃない>
「うるさい、大人の非常識で子供が迷惑こうむってるってのに!」ナオトに、もう敬語を使う余裕はなかった。
「ナオト早くしないと、システム自体起動できなくなる。パワーエクステンダーだって無限じゃないんだよ」
「何のシステムだよっ」「時間ない、とにかくやって。その指の人になっちゃうよ」
言葉だけは叱っているようだが、マユの笑顔はあくまで優しくみえる。口調も明るいままだ。「フェイズ2はちょっと多いね、3と5だけやればいい。落ち着いて」


再び、ウィンダムの火線がティーダと、そしてハイマニューバ2型までもを襲う。だが黒ジンは怯むことなく、爆撃の勢いも利用して自らを縛っていたワイヤーを斬機刀で断ち切った。黒ジンの狙いはあくまでティーダだ。ソードカラミティの攻撃をかわしウィンダムの攻撃すら跳ね除け、ハイマニューバ2型はティーダに突進するが、ソードカラミティそしてカイキも負けてはいない。黒ジンの刃をよけたカイキは思い切って対艦刀・シュベルトゲベールを出した。コロニー内部でこの15.78mのレーザー対艦刀を振り回すのは危険なのだが、マユを守ることを何よりも最優先とする男がカイキだ。
黒煙の燻る空気の中で、対艦刀と斬機刀が火花を散らす。


上空、コロニー内の擬似重力の届かぬ場所では、ウィンダム2機とシホのゲイツRが交戦状態に陥っていた。
ゲイツRはうまくグゥルを操りつつ、ウィンダムのビームライフルをかわす。ウィンダムのうち1機の動きは、シホを驚かせるほどのものだった。「ナチュラルで、これほどの空戦を!?」
しかし、ウィンダムは地上や上空への影響を全く考慮せず、とにかくゲイツRを落すことしか考えていないようだ。ここは地球や宇宙ではない。上空には太陽光ブロックがあり、居住部分を形成する大地は地球上とは比較にならないほど脆い。だからこそコロニー内でのビーム兵器使用は禁忌とされているのだが、ウィンダムは容赦なく使ってくる。
ウィンダムのビームは地上の建造物を直撃していた。おそらく地下シェルターへの被害もただ事ではなかろう。空薬莢一つの落下でも人が死ぬことがあるという現実を、奴らは知らないのか? 「こいつら、バカかっ!」
普段冷静なシホであっても、こんな戦い方をされては義憤にもかられるというものだ。シホは動きの鈍い方のウィンダムを狙い、複合防盾に装備されたビームサーベルを最小限の出力で出した。相手がナチュラルの兵士ならば、これでも十分だ。
ゲイツRはビームの雨をかいくぐり、グゥルを蹴るようにして空中に飛び出し、一息にウィンダムに斬りかかる。エンジン部には至らないよう、コックピットを狙い、斬りつけた。わずかな閃光と共にウィンダムの動きが止まり、機体が重力に引かれ落下していく。
同時にシホはグゥルを遠隔操作して、既に動かないウィンダムをグゥルに乗せた。これなら地上に機体が墜落することはない──そのままグゥルは地上にウィンダムを降ろしていくが、シホにそれを見届ける余裕はない。それほどに、もう一機のウィンダムの動きはただ事ではなかった。
グゥルという支えを失ったゲイツRを、ウィンダムはジェットストライカーの推力を最大限に使って攻撃してくる。シホは機体を重力に捕らえられぬよう、バーニアを噴かしつつ迎撃しながらも、地上への配慮を忘れなかった。特に、ザクファントムが何処から出現するか──



ウィンダムや黒ジンの注意が逸れてくれている。逃げた方がいいのか? ナオトの心に逡巡が生まれた。
<逃げろティーダ、アマミキョが来る!>
カイキからの通信だが、ナオトが応じる前にマユが答えた。「無理だよお兄ちゃん、その前にやられる! こっちがやらなきゃっ」
その会話により、ソードカラミティに隙が生まれた。ナオトたちの目の前で、ソードカラミティの対艦刀が斬機刀に弾き飛ばされる。その反動を利用して、黒ジンの刀がソードカラミティの左腕関節部を斬った。対艦刀を持っている方の腕だ。間一髪でよけ、どうにか切断を逃れたソードカラミティだが、既に左腕の機動は失われていた。カイキの舌うちが、ナオトたちにも聞こえた。
さらに黒ジンはソードカラミティにとどめの一撃を加えんと刀を振りかぶったが、その時黒ジンの左後方のビルの上から、閃光の刃が飛んできた。それは黒ジンの頭部を掠め、一瞬で白いトサカを叩き折っていく。
「これ以上ザフトの品位を汚すな、裏切り者がぁ!」 回線からではない、外部スピーカーを使用した興奮ぎみの声が流れてくる。
そこには、外壁からコロニー内部へ舞い降りたザクファントムの姿があった。ナオトの目には飛んできたように見えた刃は、実はスラッシュザクファントムの装備・ビームアックスによるものだった。その長い柄はしっかりザクファントムの手中にあり、勿論ビーム部分の出力は最小限にしてあるようだ。そのままザクファントムはアックスの反動を利用し、黒ジンに襲いかかる。
「これはこれは、ジュール元議員のご子息! 母上はお元気で?」 ヨダカの嫌味な声が、これまた外部スピーカーから響く。両者共、戦場の騒音にかき消されぬ声を持っていた。その挑発により、ザクファントムの機動がやや焦りがちになったように見えた。
「貴様ごときが、母上に触れるか!」今度はビームアックスと斬機刀がぶつかりあう。
後席のマユが、凄まじきスピードでキーボードを叩いている音を聞きながら、ナオトは汗だらけの指をもう一度、キーボード上で動かす。
震えている。しかも滑る。でも、やらなければ。
──僕だって、コーディネイターの血を引いているんだ。
「フェイズ2、オールグリーン! フェイズ3へ移行、4秒でいいよナオト!」
「OK、やりゃあいいんだろ、こん畜生!」
レポーターとしてはかなり悪い言葉遣いをしつつ、ナオトはキーボード入力を始めた。何回か入力をミスったが、どうにか制限時間内に操作が完了する。「フェイズ3、オールグリーン! フェイズ4へ移行…オールグリーン、攻撃準備!」ハロが目を点滅させる。
戦闘による衝撃で何度かコックピットが揺さぶられたが、ナオトは歯を食いしばって入力を続けた──
そして、「お兄ちゃん、遮光フィルタを!」マユが叫んだ。

 

炎の中でうずくまっていたはずの、ガンダム・ティーダの装甲表面が輝きだす。
単なるTP装甲による輝きではない。それは肉眼で見ればおそらく0.5秒で目が潰れるだろう光だった。
炎で熱せられていたコロニーの空気が、ティーダを中心に揺れていく。
白かった機体が、その名の通り、太陽のように焼けつく光を放った。

 

マユからの通信で間一髪、カイキはモニター全面にフィルタをかけることが出来た。コックピットが血の海に沈んだかのように暗くなる中、彼は叫ぶ。「あのバカ、作動させやがった!」

 

ティーダからの閃光に、イザークのザクファントムはただうろたえることしか出来なかった。何が起こったのかすら掴めず、光の波の前に圧倒されていくばかりだ。大地が震え、空気が猛烈な圧力の波動となってティーダの周囲のものを薙いでいく。
モニターからの光に目がくらみ、イザークはモニターそのものを切った。それでも光の波動はおさまらない。光だけではない。機体やヘルメットすらも通過して脳を打つノイズまで聞こえる。それは鐘の音にも似ていた。
数秒後にイザークは、自分の指が殆ど動かなくなっていることに気づいた。
指だけではない。腕も動かない、呼吸すらろくに出来ない!
一体何だ、という叫びすら出ない。
そんなザクファントムの眼前に、突然立ちはだかる巨大な影があった。イザークとザクファントムを光の波から守るように、空から舞い降り地響きを立て、両腕を大きく広げるモビルスーツ。
それがシホのゲイツRだと分かるまで、時間はかからなかった。ゲイツRの複合防盾がサブカメラを通じたモニターからわずかに見え、イザークを光から防護しているのが視認できた。光の嵐はまともにゲイツRを襲っている。「ハーネンフース!」
<撤退してください、隊長!>
「貴様もだ! この波動はパイロットを直接攻撃するっ!!」
イザークはやっとそれだけを叫んだ。
<隊長! 腕が……ああああああああっ!!>
神経を焼かれるシホの悲鳴が、イザークのコックピットに反響した。


ヨダカのハイマニューバ2型のコックピットも同じ状況だった。機体そのものに影響は現れてはいない、それは損傷度を示すモニターが特に目立った警告をしていないことからも分かる。光に目を潰されそうになり慌ててフィルタを作動させたが、神経が炙られていくような感覚は、消せない。
「卑劣な兵器だ」 両腕が動かなくなっていくのを感じながら、ヨダカは呟いた。「合点がいった、あいつを捕獲しなきゃならん理由!」
そして同時にヨダカの耳には、何人もの人々の悲鳴と絶叫が押し寄せてきた。鐘の音と共に聞こえてくる──というよりも、圧力となって押しつけられてくる声。それはニュートロンジャマーの影響すら軽く越え、戦場にいる者たち全ての脳髄を叩いていく。

 

コロニー内部へ入ったアマミキョを迎えたのは、クルー全員を圧倒する光だった。
リンドーの指示により回線が切断され、全モニターに遮光フィルタがかけられる。だが、電波干渉をも越えて届く神経への攻撃は、アマミキョのクルーまでもを襲った。
「ティーダの位置だ!」叫ぶとほぼ同時に、脳に直接轟く鐘の音をサイは聞いた。視界が一瞬血のように紅くなり、キーボードを操る指がうまく動かなくなる。強い嘔吐感を覚える中でサイは、バイオリンを見た。
星々を背景にして、真空中を砕けながら漂うバイオリンを。幻覚にしては、あまりにもはっきりとした光景だった。
半分は焼かれて壊れて無くなっており、弦は一本だけ残っている。その弦には、血のりが貼りついていた。
サイにははっきりと分かった。その映像が語っていた。幻覚ではありえない。圧倒的な質量をもって、それは事実としてサイの脳髄に押し寄せる。
アムル・ホウナの母親、ミヨシ・ホウナは死んだ。アムル・ホウナの婚約者と共に。
サイは思わず、発進の衝撃でうずくまったままのカズイと視線を合わせた。目で問いかける。今のを見たか? カズイ。
不思議なことに、音声を伴わないはずのその会話は通じた。
見た。俺も見た。これは、事実だ。彼女の母親と彼氏、もういないよ。
サイはどうにか首を動かし、クルーの様子を観察する。全員、何らかの形で似たような感覚を味わったらしく、不安げに天井やモニターを見つめている。さらにアムルを見ると、彼女は耳を塞いだままでうずくまり、何事かを呟いていた。涙を流しながらもその唇が笑っているように見えたのは、気のせいだろうか?
「消えた。私の縄、私の釘……全部、消えたのよ」
 


光の嵐が吹き荒れたのは、実時間にしてわずか10秒もない。しかしそれでも十分に、リュウタン広場付近の戦士たち全員を戦闘不能状態にさせる威力はあった。
空襲を続けていたウィンダムは錯乱のあまり、ビームライフルを滅茶苦茶に撃った挙句に上空の太陽光ブロックを破壊した。光から逃げるような機動をとっていたウィンダムは、そこで発生した宇宙への暴風に巻かれ、無数のゴミと共にコロニーから吸い出されていく。
黒ジンことジン・ハイマニューバ2型もまた、これ以上の戦闘は不可能と見て後退を始めた。機体の損傷はそれほどではないが、パイロットがパイロット自身をまともに動かせないのでは話にならない。ヨダカ・ヤナセは黒ジンの機体を、イザークのザクファントムがやってきた出入口に潜り込ませるのが精一杯だった。やがておさまっていく光の中に、うずくまるティーダが確認できたが、ヨダカにはなす術がなかった。
その機体に近づくな。近づけば、死あるのみ。
今の光による攻撃により、神経にその感覚が刻み込まれたような気すらした。
「歴戦の志士を自認していたはずだがな……精神攻撃ひとつでこのザマか」ヨダカは自嘲しつつ、自らの左腕を右拳で叩く。パイロットスーツの厚みを通しても、その拳の痛みは十分に伝わっていった。


「ナオト聞いた!? ウィンダムのパイロット、男の子だ! しかも私と同じだよっ、嬉しいな!!」
マユが狂ったように笑いながら叫んでいるのが聞こえたが、その意味はナオトには分からなかった。それよりも、この身体の痛みは何だ!?
マユが直前で遮光フィルタをかけたおかげで、ナオトたちは光そのものは見ずにすんだ。しかし、血管といい神経といい、身体の肉や組織を構成する糸全てが切断されていく感覚が、ナオトを襲っていた。
この激痛がおそらく、ティーダの機体が発動させた光によるものだろうということは、ナオトにも理解できた。下から突き上げる激しいコックピットの震動が、さらに痛みを増幅させていく。
顔の傷から血が噴き出したがそんなものはどうでもいい。心臓と胃がフォークで一緒にされてかき回される感覚は、到底耐え切れるものではなかった。ナオトは遂に、意味不明の絶叫をあげながらコンソールパネルの上に嘔吐した。フィルタのおかげで血のような闇に沈んだコックピットの中で、マユの笑い声とナオトの嘔吐の音が不協和音をあげる。
しかし突然、マユの笑いが止まった。ナオトがやっとの思いで振向くと、彼女は顔を笑いの形にしたまま、気を失っていた。眼球が裏返り、その白目の部分が赤い闇の中、異様に光って見えた。



 

 

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