半分がた意識を失ったサイが、医務室に運ばれた直後──
ミネルバJrブリッジで、早速アビーは仕事をすませていた。
それは勿論、全軍へのマイクロウェーブ照射情報の発信。
及び、国際救難チャンネルまで含め、同一の情報を北チュウザン周辺へ流す。
彼女の手早い作業を眺めながら、アーサーはほっと一息ついた。
前方のメインモニターに映るチュウザン方面の空は、どす黒い雲が異常な速さで流れている。明らかに暴風雨だった。
「これでとりあえず、最初の仕事は終わったか。
あとは友軍が、出来るだけ早く退避してくれることを祈るか……」
「住民共々、ですね。
……でも、本当によろしいのですか?」
「何が?
別に、進軍を取りやめてはいないよ。
敵前逃亡するわけじゃないんだから、問題ないだろう」
唇を尖らせるアーサーに、アビーは少しだけ表情を緩めた。
「正直、驚いています。
アーガイルさんを前にした時の艦長が、終始落ち着かれていたものですから」
「エェッ!?
私が冷静なのって、そこまで驚くことかい」
「えぇ、まぁ……あ、いえ。
ただ、感謝しているんです。私の話や、彼を信じていただけて」
彼女の穏やかな顔を前に、アーサーは多少恥ずかしげに鼻の頭をかいた。
「いやぁ、私はただ……
グラディス艦長ならどう判断するかと、考えただけだよ」
「え?」
「フレイ・アルスターの件についてそこそこ調べたのも、彼女なら間違いなくそうしているだろうと考えたからさ」
「そうなんですか……」
知っていれば、少しは協力したのに。そう言いたかったのを、アビーはこらえた。
「だから、だったんですね。
アーガイルさんがアークエンジェルに乗っていたと知っても、艦長だけが全く驚かれなかったのは」
「まぁ、そうだね」
私は、艦長が驚かなかったことが一番驚きでした。そう言いたいのも、またアビーはこらえた。
「少々突っ込んで調べてみたら、色々と信じられん情報も多かったがね。
かつてのクルーゼ隊に、一時的にフレイ・アルスターが身を寄せていたこともあったとか……」
「えぇっ?」
アビーは思わず、軽く驚きの声をあげてしまう。
一体何がどうなったら、そんな事態になるのか。
今はともかく、クルーゼ隊が活躍していた3年前は、彼女はただのナチュラルの少女だったのでは。
そんな娘が、どうしてザフト軍、しかもエリートばかりのクルーゼ隊にいたのか。
アビーの中でいくつも疑問が浮かぶ。そういえば、あのイザーク・ジュールもクルーゼ隊に在籍していたじゃないか。
だとすれば──
「艦長。もしかして、ジュール隊に話を聞きに……?」
「その通り。復興作業で超絶忙しい間を、無理矢理時間とってもらってね。
最初はジュール隊長もなかなか口を割ってくれなかったが、エルスマンからは面白い話が色々聞けたもんだよ」
「エルスマン? あぁ、ジュール隊長の相棒的な、彼ですか」
「そうそう。彼が話すと、隊長も次第に腹を割ってくれてねぇ。アレ、きっと弱みでも握られてるんじゃないかなぁ隊長。
あぁ、それと」
アーサーはそこでふと声を落とすと、バートやマリクといった他のブリッジメンバーに聞かれぬよう、そっとアビーに耳打ちした。
「医務班に連絡を忘れてた。
あの……アーガイル君と、連れの件なんだけど。
あまり大きな声じゃ言えないんだが」
「遺伝に関するメディカルチェックを失念しないよう、一応通知しておきました。
あくまで口頭質問による簡易なものですが、結果も出ています」
「え、あぁ、そうかい? ありがとう!」
アビーは手元のサブモニターに、サイとカズイの情報を示す。
その二つのデータには、生年月日・性別・血液型・身長体重などの数値と共に、こう表示されていた──
「ナチュラル」と。


現在の医療現場では、コーディネイターとナチュラルを混同し、コーディネイター用の薬剤をナチュラルに投与するというミスが頻発している。逆も同じだ。
コーディネイターとナチュラルを血液検査などで医学的に見分ける技術はあるものの、結果が出るまでにある程度の時間を要する為、緊急度の高い患者に対しては使えない。
その為、現場の医師は口頭で患者にコーディネイターか否かを質問するのが常となっている。
だから状況によっては、患者が自らの遺伝を偽ることもある。それが原因で現場が混乱することもよくあるのだが──


サイ・アーガイルはそういった事情を、よく把握しているらしい。
恐らく彼は、周りがコーディネイターだらけのザフトの艦に乗せられたこの状況下でも、臆することなく自分たちはナチュラルだと答えたのだろう。
それが自分たちの命を救うだけでなく、現場には何より重要なことだと分かっているから──
アーサーは溜息をつきつつ、ふと呟く。
「いい加減、こういう気遣いが必要ない世の中になってほしいもんだが」
その言葉は解釈の仕方によっては、ナチュラルかコーディネイター、どちらかがいなくなってほしいという意味にも取れる。
だが、今のアーサーの言葉には決してそのような意図が含まれているはずはないことも、アビーは何となく分かっていた。
「……お尋ねに、ならないんですね」
「何を?」
「あの……」
アビーはつい、口を噤む。これこそ、すんなり大声で話せることではない。
アビーの幼馴染がハーフムーンにいたことを、アーサーは彼女に一切問いただしてはいなかった。
あの土地がどういうものであるか、彼もある程度の情報は知っているはずなのに。
ハーフコーディネイターの子供らと、その保護者たちが追いやられた土地。
その者たちと馴染みだったというだけで、プラント内では色眼鏡で見られてもおかしくない。最悪、アビー自身がハーフコーディネイターと疑われかねない。
身体を若干強張らせた彼女を見ながら、アーサーは言う。
「恐らく君は、誰にも明かすつもりはなかったんだろう?
だが君は、敢えてみんなの前で、はっきり話してくれた。
あの客人たちのように、空中戦艦から飛び降りるのと同じぐらい無謀だが……
勇敢なことだと、私は思う」
その言葉に、アビーは久方ぶりに、自分の頬がはっきりと熱を持つのを感じた。
彼女の様子に気づかず、アーサーはさらに訥々と語り続ける。
「我々は今までの戦いで、あまりにも血を見過ぎた。
どうせ戦うならば、血を流すのではなく、助ける為の戦いをしたい。
その想いは、君や彼だけじゃない。私も一緒なんだ」
日頃の彼らしからぬ、落ち着いた言葉。
多少どもってはいるものの、それは本心からの言葉に間違いはなかった。
赤くなった横顔を見せないようにして、少し咳払いをしながら、アビーは話題を変える。
「しかし、デスティニーを失った今、やはりこのままの進軍は相応の危険を伴います。
カーペンタリアに援軍を要請するのが最適かと思われますが」
「ルナマリアの報告で、少し安心したがな。
シンが撃墜されたわけではないと分かって」
アビーは思わず溜息をつく。ちょっとカッコイイ面を見せたと思ったら、呑気なのは相変わらずか。
「それでも、デスティニーが不在であることには変わりません。
ティーダが新たに使用可能になりましたが、今の処ミネルバJr在籍のパイロットは、ルナマリアしかいない状態です」
「うーん……やはり、パイロットの補充を要請するべきか。
いやその前に、艦内から有望株を募ってみるとするか」




ミネルバJrに収容されて、数時間後。
医務室の隅の隅、薄いカーテンで仕切られただけの手狭な場所で。
サイとナオトは、急ごしらえのベッドに寝かされたカズイを、二人でじっと見守っていた。
先ほどまでの戦闘で、他にも山ほど負傷者が出たらしい。医務室は今も酷くごった返し、あちこちで悲鳴も上がっている。
アマミキョの医療ブロックが、常にそうだったように──
どうにか意識のあったサイの治療が後回しにされたのは、決してサイがナチュラルだからというわけではない。単に、他に優先すべき重傷者がいるだけだ。
一応薬を塗られ、包帯を巻き直されたサイの左腕。
意識が飛ぶほどの激痛は、それだけで随分楽になった。
血まみれのワイシャツの右袖にだけ腕を通し、左半分を無造作に肩から引っかけつつ、サイはナオトの話を聞いていた。
ギガフロートに到着してから、ナオトに何が起こったかを。


──実験台同然に、自分を扱おうとした母。
──チグサ・マナベ復活の依代として生み出された命。魂の入れ物とされた、マユ・アスカ。
──マユを助けようとしたナオトと、真っ向から対立したフレイとカイキ。
──セレブレイト・ウェイヴの試験的発動。
──最終的に、カイキもマスミ・シライシも死亡し、ナオトを助ける為に広瀬少尉も亡くなった。
──チグサに取り込まれたマユはどうなったのか、今も分からない。


全ての報告を聞き終わった後、サイは静かに告げた。
「ナオト。
アマミキョに戻ったら、今話したことをそっくりそのまま、山神隊にも報告するんだ」
「……分かっています」
「伊能大佐は、広瀬少尉が報告を完遂するものと、今も信じている。
お前が、少尉の報告書、その最後の一ページなんだ」
ナオトは袖でごしごしと乱暴に目元を拭きながら、大きくこくりと頷いた。
話の途中から既に、ナオトの眼からは涙が次々と溢れ出し──
おかげで今や瞼は大きく腫れ上がっていたが、彼は絶対に話をやめようとはしなかった。
隣との仕切りがカーテンだけということも考慮し、決してそこまでの大声は出さなかったが。
「……でも、良かった。
サイさんが、生きていてくれて。
ルナさんやミネルバが、サイさんを殺したわけじゃなくて──」
「ルナさん?」
「ミネルバJrに来てから、すごくお世話になった人なんです。
喋れなくなった僕に、いつも付き添ってくれて」
そこまでナオトが説明した時、ふと、カーテンが少しだけ開かれる。
遠慮がちにこちらを覗き込んでいたのは、ザフトの赤服を着た、赤い髪の少女。
前髪は癖っ毛なのか、いやに特徴的に跳ねている。
フレイや自分と、そこまで年齢的に開きがないように思える。
イザーク・ジュールと共にいたシホもそうだったが、こんな娘まで、ザフトでは普通に軍人をやっているのか──
それが、ルナマリアに対してサイが抱いた第一印象だった。
「あの……
お邪魔だったかしら」
彼女を見た途端、ナオトは喜び勇んで、サイにルナマリアを紹介しようとする。
「ルナさん!
サイさん、この人ですよ。ザフトに来た僕に、すごく優しくしてくれて、ずっと一緒にいて励ましてくれて……」
だが、そんな彼をルナマリアは静かに、手で制した。
「ナオト。せっかくだから、ゆっくり色々お話したいけど──
今すぐ来なさい。トライン艦長が呼んでる」
それを聞いて、ナオトの肩が若干竦んだ。
「え?
もしかして──やっぱり、ティーダの件ですか」
「多分ね。
ブリッジ横の第二ブリーフィングルーム。分からないだろうから、案内するわ」
「あ、はい……」
ナオトは一瞬サイの方を名残惜しげに見たが、サイはすぐに、さっさと行けとばかりに顎をしゃくった。
それに答えるように、慌ててナオトはルナマリアの後をついて出ていく。少しだけ首を傾げながら。
後には、静かに寝息をたてるカズイと、寄り添うサイだけが残された。




「あれ?
ルナさん、スカートどうしたんですか?」
「うん……まぁ、ね。
ちょっと、気分変えてみたくなっただけ」
ナオトを連れて通路を足早に歩きながら、ルナマリアはどんどん気持ちが沈んでいくのを感じていた。
いつものミニスカートから、通常の女子制服に変えた理由は、自分でも良く分からない。
シンがいなくなった今、スカートを履いている意味などないと感じたからだろうか──
そう自覚した時、自分で自分を、薄汚い女と感じた。
大した実力もない癖にミニスカートなど履いて、男を誘いに来たのか。
ザフト内で、たびたびそう陰口を叩かれていたのは、彼女自身も知っていた。
でも、自分でそれは違うと考えている限り、そんなものを気にする必要などないと思っていた。
ザフトは連合軍や既存の軍隊とは違う。実力さえあれば、制服をちょっと改造するぐらいは許される。
自分には力があり、そして自分で着たいから堂々と着ているだけだと、そう思っていた。
でも──
今、普通の赤服に着替えたのは、やはり自身のどこかに、そういった後ろ暗い部分があったからか。
最早、誘う男などいないから──
「あの、ルナさん?」
聞き慣れない少年の声が、随分と馴れ馴れしく自分を愛称で呼んでくる──
ほんの少し苛立ちを覚えて振り向くと、ナオトが不思議そうに自分を見上げていた。
──あぁ、そうか。
ナオトと私がこうして、言葉を交わして話をするのは、初めてだったっけ。
「いやぁ、嬉しいなぁ。
僕ずっと、ルナさんとこうしてまともにお話出来る時を待ってたんですよ〜!
本当にありがとうございます! 色々、僕のこと気遣ってくれて……」
恐らくそれは、全くの本心なのだろう。
無邪気な笑顔をルナマリアに向け、ナオトは喋る。
「サイさんもカズイさんも生きてたし、もう、ルナさんが気にすることなんか何もありませんよ!」
「何言ってるの。
私がアマミキョを撃った、それは事実よ。
あの人たち以外にも、大切な人がいたんじゃないの? 貴方には」
「それはそうですけど……
僕にとってはやっぱり、サイさんは特別だったんです。
本当に良かった。生きていてくれて。
あのねルナさん、サイさんってホント、凄い人なんですよ。
アマミキョに乗ったばかりの時、サイさんはちょっとした事故の冤罪おしつけられて、ほぼ全員から目の仇にされてたんです。すごく酷いこともされたし、大怪我もしたし……
それなのにサイさんは誰も恨まず、誠実に自分の仕事を続けて、命がけでメディカルチームの救出に行ったり──」


死んだと思っていた大切な存在を、失ったと思っていた自分の声と共に、奇跡的に取り戻すことが出来た。
それだけでナオトは、未だに興奮さめやらぬ様子で、かなりの早口で喋りつづけていた。
でも、何故だろう。これまでのナオトと、何かが全く違う気がするのは。
──違う?
そうじゃない。ずっと違っていたのは、私がこれまで知っていたナオトの方。
今、目の前で嬉しそうに一人で喋り続けている子供こそが、本当のナオトだ。
そう自覚した瞬間、脳裏をよぎったのは、シンの言葉。


──お前は傷ついた奴を見つけて慰めることで、自分を慰めてるだけだ。


そうか。
私、ペットが欲しかっただけなんだ。
私がナオトに求めていたのは、殆ど何の主張も出来ず、自分では何も出来ず──
ただ、こちらだけを拠り所にしてくれる、尻尾を振り続けて甘えてくる、犬のようなもの。
だから私は、可愛がったんだ。
今のナオトは、一人で立てる。一人で歩ける。一人でコミュニケーションが出来る。
私なんか、もう必要ない。
私はまた、置いて行かれるのか。メイリンの時と同じように。


「ルナさん?」
少し不安げなナオトの瞳が、再びルナマリアを見上げる。
「あ……すみません。僕ばかり喋っちゃって。
シンさん、やっぱり戻ってこないんですよね」
どうやらナオトは、ルナマリアの様子がおかしいのを、シンの不在によるものと解釈したらしい。それも、決して間違いではないのだが。
「え、えぇと、あの……
多分、大丈夫ですよ! シンさんなら!!」
自信のない言葉ではあるものの、精一杯ルナマリアに胸を張ってみせるナオト。
何とか彼女を励まそうとしているのだろう。
「どうしてそう思うの?」
「僕、何となく分かるんです。シンさんは無事だって。
あー、もったいないことしたなぁ。マユのこと、もう少し聞いておくべきだったかな……」
結局貴方も、マユのことばかりか。
そう言いそうになるのを、ルナマリアは喉元で押しとどめた。
「気にすることないわ。
多分、聞いてもそう簡単に答えなかっただろうし──あいつは」
言いながら、ルナマリアは改めて気づく。


──私だって、それほど深くシンを知っているわけじゃなかった。
妹のことについては、オーブで家族が殺されたという話を聞いただけ。
隣にいるのが当たり前だと思っていたのに、気が付いてみたら……
私はあいつのことを、何も知らなかった。
それは、レイもアスランも同じだった。妹のはずのメイリンですら。
私は誰のことも何ひとつ知らないままで、いつも一人だけ蚊帳の外で。
メイリンもアスランもいなくなって、私はシンを慰めようとして自分が慰められ。
今度はミネルバ自体もなくなって、レイもグラディス艦長も失って──
ナオトを拾って慰めていたつもりが、自分が慰められていた。


──だからみんな、私から離れていくのか。
手を差し出すふりをして、求めていたから……?


「あの……」
押し黙ったままのルナマリアを前に、ついナオトも黙ってしまう。
喋れないでいる間は、お互い手を取りながら必死でコミュニケーションしていたというのに、今、その手は全く触れ合わない。
ルナマリアはふと、先ほど会ったばかりの、眼鏡の青年を思い出す。
血まみれのワイシャツをそのまま肩からかけた、その姿を見て──
彼女は思い出した。
──沈没寸前のアマミキョ。
炎に包まれかかったあのブリッジで血みどろになっていた、彼だ。
あんな状態から、生還するとは。
ルナマリアの中で、それに付随する記憶が閃光のように蘇る。
──じゃああの時、彼にのしかかっていた女は、何者? 
明らかにあの女は、彼を殺そうとしていた。確か、長い金髪の──
まさか。




どれほど、時間が経過しただろうか。
いつの間にかサイはカズイのベッドのそばで、座ったまま眠り込んでいた。
ナオトに助け出され、トライン艦長にあのように言われたことで、自分は若干ほっとしてしまったのだろうか。
まだ、決して安心出来るような状況じゃないのに。
そう思いながらも、サイはぼんやりと頭を回す。
ミネルバJrの医務室は、先ほどまでより若干喧騒が落ち着いてきた気もする。今が真夜中だからか、少しばかり照明も落とされている。
先ほど洗面所で潮を落とし、ハンガーにかけたタキシードは、すっかり乾いていた。
──まさか、自分たちがザフトに助けられるとは、思ってもみなかった。
不可抗力とはいえティーダに乗ったことで、どういう処分になるのかは分からないが、少なくとも、アマミキョに危機を伝えることは出来そうだ。
あとは、フレイがどう動くかだが──
そこまで考えた時、ふとサイは、自分たちを隔てたカーテンの後ろに、人影が近づいてきたのに気づいた。
その人物は、全く無遠慮にカーテンをさっと開く。
「──あ」
思わず、そんな間抜けな声を上げてしまうサイ。
それはつい先ほど、怒りに任せてサイを殴り飛ばした、整備士の少年だった。
確か、ヴィーノって言ったっけ。
左腕を包帯で吊ったまま、右手に何かを構えている──
サイの背筋に、悪寒が走った。
彼が携えていたのは、長さが50センチはあろうかというレンチ。
整備士らしくそこそこ筋肉のついた右腕が、その柄をしっかりと握りしめている。
外からの照明を背にして、彼の表情はよく見えないものの、ものも言わずにサイを睨みつけているのだけははっきり分かる。
それだけで、サイはついさっきの、ヴィーノの憤怒を反射的に思い出してしまった。


──お前らのせいで、ヨウランは両腕失くしたんだ!!


あの時傷つけられた左肩が、じわりとまた痛む。
明らかに、身体が恐怖に震えていた。
レンチを手にしたまま、ゆらりとサイの前に立ちはだかるヴィーノ。
そこに何故か重なるのは──かつての、キラの姿。


──本気でケンカしたら、サイが僕にかなうはずないだろ。


なんてこった。俺はこの期に及んで、コーディネイターに恐怖を感じている。
キラに捻られた腕が、ハマーに砕かれた傷が、アムルに抉られた傷が、身体中に酷い警報を響かせている。
怖いのか。俺の中では、未だに、コーディネイターが?
自分ではもうすっかり、そんな蟠りは消えたと思っていたのに──
震えだす身体を抑えながら、サイはふと、横で眠っているカズイを見る。
駄目だ。ここで怯えては駄目だ。
──もし彼が俺をまだ殺る気なら、カズイだけは巻き込んじゃいけない。
カズイは何も関係ない。ただ、俺についてきただけだ。
そう思うとほぼ同時に、サイの身体は動いていた。
カズイを庇うように、サイはヴィーノの前に立ちはだかる。
「……やめてくれ」
精一杯絞り出したはずの声は、自分で聞いても情けなくなるほど、か細かった。
相手はじっとこちらを見下げ果てたまま、一切表情を崩さない。
「カズイは、関係ない。
俺ならいくら殴っても構わないから、こいつだけは──」
「…………」
そんなサイの懇願が聞こえているのか、いないのか。
ヴィーノは若干面倒そうにレンチを右肩の上に乗せ、ずいとサイに近づいてくる。
表情のない冷酷な眼差しが、まっすぐにサイを射抜いていた。
殴られる──
サイはすぐ後に来るであろう衝撃に備えるべく、全力で身構えた。
──が。


「……邪魔」


予想だにしなかった言葉が、サイの上から降ってきた。
「え?」
思わずぽかんと相手を凝視してしまったサイに、ヴィーノは呆れたようにわざとらしく溜息をつく。
「聞こえなかったのか?
そこ、邪魔だっての。医務室の電源の一部が壊れたっていうから、わざわざ来たってのに」
サイの中で、一気に緊張の糸が解れる。
そうだったのか。俺はてっきり──
「何? もしかして、また殴り殺しに来たと思った?
バカ言ってんじゃないよ。人手も足りないんだし、こっちだってあんたらに構ってる暇なんか、な・い・の。
さっさとどきなよ」
言われたとおり、サイは急いでベッド脇から飛び退いた。
カズイは全く何も知らず、まだ呑気にスヤスヤ眠っている──
サイの横をずかずか通り抜けたヴィーノは壁際のパネルを開き、床下から慣れた手つきで他の工具を引っ張り出すと、手早く作業を開始した。
サイには目もくれず、パネル内部のケーブルを調べ、器用に破損個所を次々と探り当てていくその横顔を見ながら──
サイは感じた。ナオトに、どこか似ていると。


恐らく彼は元々、気さくで明るいお調子者で、どこにでもいそうな少年だったのだろう。
多分、友人に起こった悲劇が、彼にあそこまで凄まじい表情をさせるに至った。
俺を殴った時のような、狂気の形相を。


サイのそんな思惑など知らず、彼がまるでそこにいないかのように、ただ黙々と片手を動かすヴィーノ。金属音だけが静かに響く。
気付くとサイは、ほぼ手持ち無沙汰のまま、ベッド脇に浅く腰かけていた。
──こういう時って、どう会話すればいいんだっけ。


サイはまた思い出す。
アスランや、ディアッカと最初に会話しようとした時もそうだった。
キラの友達だったり、味方になってくれた仲間ではあったけど、いざ会話をしようとすると、何を話していいのか分からなかった。
例えば、「今日のブリーフィングの内容、難しかったなぁ」「管制システムの仕様変更、山ほどありすぎて覚えられないなぁ」とかいう何気ない会話でも、アスランやディアッカは真顔で「何が?」「どこが?」と答えてきたものだから。
ディアッカはそれでも、少し時間が経過したらこちらに話を合わせてくれるようになった。
明らかに気を使っていると分かるほど、彼はごまかしが下手だったが。
そしてアスランは、いつまでもそういう態度を変えなかった。
敢えて変えようとしなかったのか、変えようとして変えられなかったかは分からない。
変えるという発想にすら至らなかった可能性もありうると、サイは思っている。
その点、キラとはそういうことを、あまり考えずに話をしていた気がする。
キラはコーディネイターだと意識するようなことが、ほぼなかったからだろうか。
──あいつがストライクに乗るまでは。
あいつはそれまでも、俺たちのようなナチュラルに、相当気を使っていたんだろうか。
ナオトが敢えて周囲に自分を偽っていたのと、同じように──


「……おい。
おいって!!」
少年の声が、思考に耽溺していたサイを強引に現実に引き戻す。
慌てて顔を上げると、目の前でヴィーノがふんぞり返っていた。
カズイの枕元で、さっきまで何をやっても点灯しなかったはずのライトが、静かに暖かい光をたたえている。
少しばかりサイの左肩に視線をやったかと思うと、慌てて顔を背けてヴィーノは呟いた。
「修理、終わったから……」
そんな彼に対し、思わずサイの口から出たのは、感謝の言葉。
「あ、ありがとう。早いね」
「え……? そ、そっか?」
紛れもなく本心から出た言葉だったのだが、それだけでヴィーノは少し頬を赤らめ、ちょっとばかり笑顔さえ見せた。
だがすぐにそんな自分に気づいたのか、我に返ってサイに怒鳴る。
「って、当たり前だろ!?
俺だって、一応ザフトなんだからな!!」
「そうだよな。ごめん」
サイがそう言って少し笑うと、ヴィーノはさらに真っ赤になって口を噤む。
じっとサイの、血まみれの左肩に落とされる、視線。
「……何で謝るんだよ。
謝らなきゃなんないのは──」
彼はそこで、ぎりっと歯を食いしばる。
思わず出そうになる言葉を、懸命に喉で押し込んでいるようにも見えた。
そこから続くであろう言葉を、サイも既に分かっているが──
ヴィーノを見ながら、サイはまた思い出す。


ハマーさんもこんな感じの顔、俺によくしていたな。
相手の言い分も聞かず、一方的に傷つけたと分かっていても──
彼らにとって、安易に謝罪することは、自分の憤怒が負けることだ。
それは、殺されたり傷つけられたりした家族や仲間を、裏切ることを意味する。
例えサイは無関係だったと分かっても、一旦振り下ろした拳を否定することは、そう易々と出来るものではない。頭では分かっても、心が許さない。
謝ることの出来ないヴィーノと、それをどうすることも出来ないサイの間で、再び緊張が走った。
そこから逃げるように、ヴィーノは慌ててレンチを手に背を向ける。
「じゃ、じゃあ……
またおかしくなったら、すぐ呼べよ」
言うが早いか、その場から立ち去ろうとするヴィーノ。
そんな彼の背中に、サイは声をかけた。
「あのさ……
ちょっと、気になってたことがあるんだけど」
ヴィーノはその声に、一旦立ち止まる。振り向きもしないまま。
「……なに?」
「カタパルトに墜落していた、南チュウザンのモビルスーツなんだけど。
もしコクピット開けて調べるつもりなら、気を付けた方がいい」
「……何で?」
「あいつらのモビルスーツって、機密保持のせいか、コクピット周りに自爆装置がつけられてることが多いんだ。
救助作業中に、コクピットを無理に開こうとして爆発して、大怪我したケースもあってね。
だから……」
サイの言葉に、ヴィーノは思わず振り向いて唇を尖らせる。
「わ、分かってるよ。そんなことぐらい常識だろ!? 
俺たちはちゃんとやってるから、あんたの心配なんか必要ないって」
「なら、いいんだけど」
「当たり前だよ。俺はあんたらみたいに、馬鹿なナチュラルどもとは……」
言ってしまってから、ヴィーノはハッとして口を噤む。
その言葉に、サイも心臓にチクリと針を刺されたような気がした。


──やっぱり、そうだよな。
あれだけの争いがあったんだ。数年程度で、ナチュラルとコーディネイター、お互いのこの蟠りが消えるはずがない。
特に彼のように、幼い頃からナチュラルは劣等種だと教えられたであろう世代にしてみれば、なおさらだ。


酷い沈黙が、場を支配する。
だが、数秒後にヴィーノの唇から、何やら呻きにも似た呟きが漏れた。
「でも……
…………がと」
「え?」
聞き取れずにサイが尋ね返すと、今度はヴィーノは耳まで真っ赤になった。
そして、非常につっけんどんながらも言い捨てる。
「あ、ありがとよ!」
彼の横顔を見ながら、サイは思わず噴きだしそうになる。
それを精一杯こらえつつ、彼は応えた。
「こちらこそ、ありがとう」
「別に礼なんか。
これ、俺の仕事だし」
「そうじゃないよ。
嬉しいんだ。気を使ってくれてるのが」
「……!!」
その言葉は紛れもなく、サイの本心でもあったのだが──
途端、ヴィーノは肩をいからせ、背中を向ける。
そしてさっさとその場から、逃げるように立ち去ってしまった。




「あ〜〜〜〜!! 
俺の、バカバカバカぁあああぁあああぁあ〜〜ッ!!!」
自室に戻った瞬間、ヴィーノはベッドにその身を投げ出し、右腕で枕を抱えてジタバタ悶絶し始めた。
病室に入る直前、看護師たちの噂話を偶然耳にして──
あいつがナチュラルだってことは知っていた。
──ナチュラル。
プラントのコーディネイターとは違い、醜悪な容姿と貧弱な肉体と粗末な頭脳しか持たず、群れなければ何も出来ず、物量に頼るしかない無能な奴ら。
優秀な俺たちに嫉妬するあまり、攻撃を仕掛けてきた愚かな奴ら。
ヴィーノたちはずっと、そう教えられてきた。
いつだったかヨウランも言ってたとおり、あんな奴ら、ユニウス落下で滅んでしまえば良かったんだ。
そうすれば、プラントがレクイエムを撃たれることもなかった──
カガリ・ユラ・アスハにあれだけ激昂されても、ヴィーノのその認識が変化することはなかった。
ただ、口に出さなくなっただけだ。
幾多の大人たちによって培われたその傲慢は、連合との戦いを経て憎悪まで加わり、さらに強烈になったと言ってもいい。
──なのに。
実際にサイと話してみて気づいたのは、ナチュラルと呼ばれる彼らが、自分たちと何も変わらないという事実。
しかもあいつは、俺を褒めてくれた。
仕事が早いなんて、今まで一度も言われたことはなかった。俺なんかいつも、ボサボサすんなとチーフや皆に怒鳴られてばかりだったのに。
俺たちはコーディネイター。しかもザフトの軍人なんだから、ナチュラルより仕事が早くて当たり前──
そう頭で思ってはみるものの、褒められて嬉しいという感情は隠せない。
おまけにあいつは、俺に出くわした時、逃げようとしなかった。
自分も怪我してるのに、仲間を守ろうと俺の前に立ちはだかった。その怪我を悪化させたのは、俺なのに。
俺に敵意がないと分かると、積極的に話しかけてもきた。
その上、俺たちにいらぬ心配までしやがってくれた。
コクピットに自爆装置という話そのものは、今では常識になりつつある為、勿論ミネルバJr整備班でも対策はしてある。常識になりつつある世の中の方がおかしいと、マッドは言っていたが。
──それでも、注意喚起をしてくれたことそのものが、ヴィーノにとっては驚きだった。
容姿も、俺たちと全然変わらない。
ってか、認めたくはないが、俺より若干モテそう。流石、今や世界を牛耳る勢いのフレイ・アルスターの婚約者ってだけのことはある。
アビーがあいつ庇ったのって、勿論ハーフムーンとやらの件もあるだろうけど、多少そういう側面もあったりしないか? 
「って、こんなこと言ったら、またアビーに殴られるか」
大きな溜息が、天井にまで虚しく響く。
ハーフコーディネイターたるナオトを知り、不器用ながらも少しずつ心を通わせ、自分の認識も知らぬ間に変わってきたのだろうか。
ナオトも、俺たちと殆ど変らなかった。喋れないという以外は。
元々、ティーダをそこそこ乗りこなすことが出来たという点から考えると、身体能力はもしかしたら、俺とどっこいどっこいかも知れない。
俺たちが思っているほど、コーディネイターとナチュラルの差なんて、大したことはないのかも知れない。
だとしたら──
「──なんで、謝れなかったんだ」
枕に顔を埋めながらふと呟いたその言葉に、ヴィーノは自分で自分に驚愕した。


──俺が、謝る? あのナチュラルに?
まぁ、普通なら、そうだろうな。常識的に考えれば。
確かにミネルバは、アークエンジェルに討たれた。
だけど俺たちだって、アマミキョを沈めたのに。
しかもあいつ、あのメサイア戦ではアークエンジェルにはいなかった。つまり、全くの無縁。
だから、ヨウランたちの仇ではない。むしろ、俺たちの方があいつにとっては仲間の仇だ。
なのに俺は、あいつの言い分など何も聞かず、あいつを傷つけた。
この状況で謝らないとか、クズもいいとこだ。
でも──


ヴィーノの脳裏をよぎるのは、炎に巻かれたミネルバハンガー。
目の前で、木の葉のように吹き飛んでいく仲間たち。
両腕を失い、ただベッドでチューブにつながれ、息をしているだけのヨウラン。


「あ、謝る必要なんかないだろ!
何言ってんだ、俺。そもそもこの戦争が起こったのは、ナチュラルのせいなんだから!」
大声で自分に言い聞かせるヴィーノ。
それでも、自らの中に潜む蟠りは、如何ともしがたい。
彼につけてしまったあの傷を目の前に、謝ることが出来ないもどかしさ。
反面、彼に謝ろうかと考えてしまう自分への憤怒。
二つの相反する感情が、ヴィーノの中でせめぎ合う。
──だからなのか。
あの時俺が、思わず礼の言葉を口にしてしまったのは。
謝ることが出来ないかわりに、一応の礼をしたのは。
ナチュラルなんかを相手に礼など言ってしまったのは──
心のバランスを、どうにか保つためなのか。
そんな自分に対し、ヴィーノは本日何十度目か分からない溜息をつく。
「ちっちぇーなぁ、俺……」
未だに疼く左腕の痛みに耐えつつ、彼はベッドで寝そべることしか出来なかった
──が、仕方なくヴィーノが灯りを消そうとした、ちょうどその時。
エアロック横に取り付けられた通信モニターが、突然反応した。
けたたましいわけではないが、安眠を阻害するだけの効果は十分持つその音に、彼はのろのろと起き上がる。
通信の向こうから聞こえてきたのは、整備班チーフ・マッドの、聞き慣れた低い声。
<ヴィーノ、すまない。
急いで来てくれないか>
多少困惑の混じったマッドの言葉に、ヴィーノは若干戸惑いつつも聞き返す。
「どうしたんスか?」
<ティーダのセキュリティに、また問題が発生した>
「え?
やっぱり、ナオトがまた乗っちまったから……なんですか」
その件に関しては、ヴィーノもかなり責任を感じてはいた。
最初は止めたものの、結果的にはあいつを乗せてしまったのは俺なんだ。
マッドが言っていた、ティーダの「呪い」。それにまた、ナオトが罹っちまったとしたら。
ヴィーノの歯噛みをよそに、マッドはさらに言葉をつぐ。
<それもあるが──問題は、それだけじゃなくてな>
「へ?」
<とにかく来てくれ。見てみるのが一番いい>




「本気ですか!?
ナオトを、ティーダにって……!」
ミネルバJr、ブリーフィングルームにて。
ナオトと共にアーサーに呼び出されたルナマリアは、思わず驚愕の叫びを上げていた。
その声色には明らかに、非難が混じっている。
そんな彼女たちに、アーサーは努めて冷静さを装いつつ告げた。
「仕方あるまい。
ブック・オブ・レヴェレイション。ティーダ最大の武装と言えるこの機密兵器を使用したことで、ナオト・シライシは再び、ティーダのパイロットとしてその指紋・虹彩・声紋データを登録されてしまったんだ。
この登録解除には膨大な時間がかかる。少なくとも、本作戦終了には間に合わんレベルの時間がな」
「そんな……!」
ルナマリアが唖然とする横で、ナオトは困ったように頭をかいている。
事態の大きさを掴めていないのか、呑気に笑顔まで見せて。
「あはは……僕、またやっちゃったみたいですね。
そんな気はしてたけど」
「ナオト!
笑ってる場合じゃないわよ、貴方これがどういう状況か分かってるの!?」
思わず肩をいからせ、ナオトを睨みつけるルナマリア。
それでもナオトは、のらくらした態度のままだ。
「大丈夫ですよ。
僕、前にも同じような感じでティーダに乗ったんです。
それでたくさんの人に迷惑もかけたし、酷いことも色々あったけど──」
「分かってるならまた、何故乗ろうとしたのよ。
どうして乗ったのよ!」
ヒステリックになりかかったルナマリアに、ナオトは言う。
「マユの声が、聞こえたんです」
「──え?」
「あの艦が近づいてきた時、僕はマユの──
いなくなったと思っていた、大切な女の子の声を聞きました。
その声を追っていたら、いつの間にかティーダの前に来ていた。
多分、ティーダを通してマユが、僕を呼んだんだと思います」
訳が分からないとばかりに、眉根を寄せるルナマリア。
しかしアーサーは、じっと興味深げにナオトの言葉を聞いていた。
「ティーダのセキュリティシステムに、君とそのパイロットの少女のパーソナルデータが、しつこく食い込んでいるという報告は受けていた。
それが原因で、ルナマリアのサブパイ登録が遅れたという話もね。
信じられんが、その影響か……」
ナオトはアーサーに対しても怖気づくことなく、淡々と言い放つ。
「でもそのおかげで、僕はティーダにもう一度乗れて──
今、サイさんたちを助けられた。後悔はしてません」
そんなナオトに、アーサーはあくまで冷徹だった。
「サイ・アーガイルら2名の救出という目的があったとはいえ──
ザフトの機密たるガンダム・ティーダZに、民間人の君は自発的に触れ、兵装を動かした。
連合ならば恐らく、銃殺刑に処されても文句は言えない行為だ」
その言葉に、さすがのナオトも思わず身を縮める。
だが、唇を尖らせて文句を言うのは忘れない。
「そんな。元々は、僕らの機体だったのに……」
ナオトのぼやきに、アーサーは即座に突っ込む。
「違うだろう。
ガンダム・ティーダはオーブと文具団が共同出資して造られたモビルスーツ。少なくとも、君の所有物ではなかったはずだ。
そして今、最新鋭のザフト機にそのシステムは移管され、ザフトの手でカスタマイズされている。最早ティーダは、ザフトの軍用機だ。
そんな機体に、君は勝手に乗ってしまったんだ」
「勝手はどっちだよ」
アーサーからあからさまに目を背け、ナオトは頬を膨らませる。
その横顔を見て──
ナオトがただの素直で明朗快活な少年ではなかったことを、ようやくルナマリアも理解した。
理不尽に思える大人に対してはここぞとばかりに抵抗を示す。目上だろうが何だろうが、関係なく。
思春期相応の態度なのかとルナマリアは思ったが、その割にナオトの膨れっ面はやたら強情で、酷く陰鬱な色さえ帯びている。激怒した時のシンにも似ていた。
それはそうだろう。
ただでさえハーフコーディネイターとして辛酸を舐めさせられながら生きてきたのに、その上ティーダによって運命を狂わされ、戦場に出され、仲間だと思っていたフレイに裏切られ、母親や大切な人たちを大勢失ってきた──
多かれ少なかれ歪まない方が、おかしいと言える。
そんなナオトの不機嫌を知ってか知らずか、アーサーはさらに続けた。
「だから君には、一時的に現地徴用兵として、ザフトの一員となってもらう。
そういうことにしておけば、上からのお咎めも免れるだろう」
ルナマリアは口を挟もうとしたが、それより先にナオトが反抗した。
「僕はオーブのレポーターです。
ザフトの軍人やるなんて、冗談じゃありません!」
憤るナオトに、アーサーはおどけつつ、わざとらしい笑顔まで見せる。
「いやー、参ったな。
ザフトは連合ほどお堅い連中ばかりじゃない、副業はOKということになってるからね。
なんと、プラントの議員をやりながらしっかり隊長やってる者もいたりする。
君だって、その気になれば出来るはずだよ。レポーターとパイロットの兼任!」
「そーいう問題じゃないです!!」
そんなナオトに、流石にアーサーも呆れたのか、若干口調が厳しくなった。
「では君は、ザフトの機体には乗ります。
でも、ザフトの軍人にはなりません。そう主張するつもりかい?」
「それの何が駄目なんですか!?」
その言葉で──
アーサーの眼光が、不意に氷のように鋭く変貌した。
「駄目も何も、それこそ一番身勝手じゃないのか」
これまでルナマリアすらも聞いたことのない、アーサーの低い声が響く。
「君はティーダに触れるに際して、再三警告は受けていたはず。
それでも君はティーダに乗り、黙示録を使う選択をした。
齎される結果がどういうものか、分かってもいい年頃だと思うがね」
そこまで言われて、ようやくナオトも口を噤んだ。
決して納得したというわけではないだろうが、アーサーの提案に乗る以外にどうしようもない状況であることぐらいは、理解出来たようだ。
ルナマリアも当然、何としてでも反論したかったが──
どれだけナオトの身を思っても、どうしようもない。
勝手には違いないが、ティーダは最早、ザフトのものなのだから。
そこで彼女は、別の切り口から質問をしてみた。
「しかし、艦長。
ミネルバJrに残されたモビルスーツは、ティーダとインパルス以外にないのが現状です。
その状況でもなお、民間人の少年だったナオトを、パイロットとしてティーダに乗せるつもりですか?」
「それについては心配ない。
その為に、ルナマリア。君をティーダのサブパイロットとして登録しておいたじゃないか」
「え?」
「メインパイロットとしてティーダを動かし、黙示録を起動させるにはナオト・シライシが必要になるが──
黙示録の起動以外ならば、サブパイロットでも操縦は可能だ。
つまり、君にはナオトのサポートとして、ティーダに乗ってもらうことになる。
補助とはいえ、ほぼ君が操縦することになるだろうな。特に戦闘時は」
それは、ルナマリアにとって願ってもないアーサーの言葉だった。
もとより、ナオトを戦場に出すのは絶対反対の彼女である。万が一そんな事態になるようであれば、ナオトを守る為に彼女は、可能なことは何でもするつもりだった。
彼のそばに付き添い、危なくなれば守ることが出来るならば、理想的じゃないか。
ただ一つの問題を除けば、の話だが。
「ならば、インパルスのパイロットはどうなりますか?
私だって、全力でナオトを守るつもりです。絶対に、戦闘に巻き込むつもりはありません。
しかし、私一人でインパルスとティーダのパイロットを務めるのは無理です」
即座に尋ねるルナマリアに、アーサーも困惑を隠せなかった。
質問は予想していたが、答えをどうしても用意出来なかった時の顔だ。
「そうなんだよなぁ。君の身体が二つあるわけじゃないしねぇ」
真面目に答えろとばかりに、ルナマリアはじっとアーサーを睨みつける。
「か・ん・ちょ・う?」
「い、いやいや、誤解するなよ!
今、艦内から志望者を募ろうと考えててね……あと、カーペンタリアにも応援を要請してる。
うまくいくか分からんが」
「間に合うんですか、それ?」
「いやぁ……どうかな」
「どうかなって……!」
言葉を濁して鼻を掻いてみせるアーサーだが、ルナマリアは当然納得出来ない。
そこへ、ナオトが割って入る。
「大丈夫ですよ、ルナさん!
僕、ちょっとぐらいなら戦えます。ルナさんに迷惑はかけませんから!」
しかし、彼女はその言葉をばっさり斬って捨てた。ナオトを見もせずに。
「冗談じゃないわ。
中途半端に戦ったせいで、貴方は声を失ったんじゃなかったの?
私がいる限り、貴方には絶対に、黙示録以外の武装は触らせないから。
出来れば、ティーダ自体に触ってほしくないけどね!」
そんなルナマリアの気迫に、ナオトも思わずたじろいだ。
何故彼女が怒っているのか、さっぱり分からないという顔だ。
黙りこくってしまったナオトとルナマリアを眺めながら、きまり悪げにアーサーは話を続けようとする。
「問題はまだある。
ティーダコクピットに乗ってしまった、アーガイル君らの扱いだが──」
「サイさんたちが、どうかしたんですか?」
訝しげに尋ねるナオト。そんな彼に、アーサーは淡々と語る。
「君がティーダで彼らを救出した時、アーガイル君らはコクピットに乗り込んだはずだ。
つまり、君と同じく、彼らもザフトの最高機密を覗いたわけだ」
「なっ……!?
だから、何で! どうしてそうなるんです!?」
アーサーの言わんとすることを何となく理解したナオトは、遂に耐えきれず絶叫する。
「どうして。サイさんを僕の機体で助けただけなのに、何故こんなことに?
まさか、サイさんたちまでザフト兵にするつもりですか!?」
「我々とてそうしたくはないが、如何ともしがたい状況だ。
もっとも、意識を失っていたカズイ・バスカークの方は、急を要する重傷者ということで何とかなるかも知れん。ただ、アーガイル君に関しては──
明らかに、コクピットの殆どを見ていた。音声データも残っている。
言い逃れは不可能だろう?」
「そんな──!!」
ナオトはさらにアーサーに喰ってかかろうとする。殴りかからんばかりの勢いで。
だがその瞬間、ブリーフィングルームの通信モニターから突然、軽いコール音が響き、彼らの会話は一時中断された。
アーサーが自ら通信に応じると、途端に室内に整備班チーフの低い声が轟く。
<艦長、すぐに来てくれ。緊急事態だ>
「どうした、チーフ……もしやまた、ティーダに何か?」
<何かどころじゃない。とにかく早く!>




アーサーを始めとして、ナオトやルナマリアといった面々がハンガーに呼び出されて数分後。
「大変、申し訳ありませんでした!!!」
サイは彼らや整備班の前で、再び土下座で誠心誠意、大声で謝り続けていた。鋼の床に頭を打ち付ける勢いで。
ただ、事情が事情だけに、誰一人としてサイを責められない。
ガンダム・ティーダZだけが、冷徹に彼らを見下ろしている──


サイの必死の謝罪理由というのは、勿論ティーダに起因したものだった。
ナオトがティーダZの黙示録──ブックオブレヴェレイション・オーバードライヴを起動させると共に、ナオトがティーダZのメインパイロットとして登録された事実は、既に彼ら全員が知る処だった。
だが解析の結果、ティーダに認識された声紋データにエラーが生じていたのである。
それは、黙示録起動の瞬間、ナオトの言葉に混じったサイの叫びが原因だった。
通常の話し声程度であれば何も問題はなかったはずだが、この時のサイは訳が分からないなりにナオトを止めるべく、必死に声を張り上げていたのだ。
その結果、サイの声紋データまでがティーダに記録され──
何とも皮肉なことに、ティーダの黙示録起動には、ナオトのみならずサイまでが必要という結果になってしまったのである。


「まぁ…… 既存のパイロット登録が上書きされなかったのが、不幸中の幸いだったかな。ハハハ」
平謝りに謝るサイを前に、アーサーは乾いた笑い声を響かせるしかない。
「ただ、ルナマリアと同じく、サブパイ登録処理が自動的にされちまってる……
参ったよなぁ」
ヴィーノも頭を掻きながら、困ったようにサイを見おろしている。しかしその声には、どこかサイに同情するような響きも含まれていた。
ナオトをティーダに乗せる直前、ヴィーノやマッドが最も懸念していたのが、ナオトが再びティーダに縛り付けられることであった。
マッドなどは普段滅多に使わない「呪い」などという言葉まで持ちだし、この事態を恐れていた。
その呪いは再び現実となった。彼らの願いも虚しく。
だが、その余波がナオトのみならず、サイにまで及んでいたなど、誰一人想像もしていなかった。
しかも音声データを聞く限り、サイはナオトを止めようとしていたのに。
当のナオトだけはまだこの状況を掴めていないらしく、恐る恐るヴィーノに尋ねる。
「えっと、つまり……
僕だけじゃなくて、サイさんも一緒にティーダに乗らなきゃならないってことですか?」
「そーいうこと」ヴィーノが状況を説明する。
「緊急でデータ削除を試してるけど、何度もエラー起こしててさ。
下手すると起動自体が不可能になるから、無理なことは出来ないんだよ。
あのデータ量だと多分あと、最低4日は必要に……」
「その間に、作戦が終わっちゃうわよ」
そんなルナマリアの突っ込みは、いつになく冷たい。
だが、アーサーはひとつ咳払いをすると、切り替えたように前を向いた。
「まぁ、なってしまったものは仕方あるまい!
サイ君。こうなったからには、君も我々に協力してもらうよ。少なくとも、作戦終了の間まではね」
「勿論、そのつもりです」額を床につけたまま、即答するサイ。
その言葉に、今度はナオトが激しく反応した。「だ、駄目ですよサイさん!
僕はしょうがないですけど、サイさんまで巻き込むわけにいきません!!
艦長が言ってるのは、サイさんもザフトで戦えってことですよ!?」
ナオトは完全に青ざめている。
サイを助ける為の行為が、まさかこんな事態に発展するなんて──
「仕方ないさ。
これは間違いなく、俺のミスだ」
そう言いながら、サイは初めてゆっくり顔を上げてナオトを見る。
「それに──
今まで俺は、誰かが戦うのを見ていることしか出来なかった。
キラの時も、お前の時も。
だから、こうなることでお前を守ることが出来るなら、俺は全然構わない」
今度はヴィーノが呆れたように突っ込む。「守れれば、な……」
そこで当然の疑問を呈したのは、ルナマリアだった。
「では、艦長。
ティーダのパイロットはどうなるんです?
まさか、彼ら二人……?」
彼女は若干の恐怖を隠せぬ視線で、サイとナオトを見下ろす。
まだ年端もいかない、気分がやたら不安定なハーフコーディネイターの子供。
そして、軍属経験があるとはいえ、左腕を負傷しているナチュラルの青年。羽織ったワイシャツの左半分は血染めだ。
この二人に、最新鋭のザフト機を任せるというのか──
冗談じゃない。戦場に出た瞬間、撃墜されるのが目に見えている。
青ざめてしまった彼女に、マッドが助け舟を出した。
「まぁ……そう心配するこたぁないよ。
このティーダZに乗せられるのは、二人だけじゃない。
最大三人、無理すりゃ四人は乗せられる。
補助シートぐらいはすぐにつけられるから、何ならルナマリアを入れて三人で乗ることも可能だ」
アーサーが手を叩く。「なるほど!
確かに、ティーダのコクピットは二人乗りだけあって、通常のモビルスーツよりも広いからな。
黙示録が必要になった時だけ、サイ君とナオト君にお出ましいただければいいというわけか」
そうそう必要にならないことを願いたいが。その場の誰もがそう思ったが、口には出さなかった。
代わりに、ヴィーノが手を挙げる。
「あの。俺、気になってたんですけど。
そうなると、インパルスがお留守になりますよね?
三人もティーダに乗っちゃったら、せっかくのインパルスが勿体ないですよ」
「うむ……
それは先ほど、ルナマリアたちとも話していたが、なかなか結論が出なくてな」
言い淀むアーサーに対し、ヴィーノは一切調子を変えずに続ける。
──が、口調に反し、その内容は驚くべきものだった。
「艦内からも、志望者はまだ出てきてないんですよね? 補充の見込みもないし。
なら、俺が乗ります」
「えぇっ!?」
この叫び声を上げてしまったのはアーサーだけでなく、ナオトもルナマリアもマッドも、ほぼ同時だった。
全員の視線がヴィーノに注がれたが、彼は至って落ち着いたものだった。
「俺がティーダとインパルス、両方のパイロット登録をします。
ティーダだったら、俺はハロを拾ってからずっとシステムに携わってきたし。
インパルスをシンやルナほど乗りこなすのは無理だけど、運ぶぐらいは出来ますから」
すると、このヴィーノの提案に、意外にもルナマリアが乗ってきた。
「なるほどね……
ティーダにインパルスを常に随行させる形で出撃させて、状況に応じてパイロットを変えるわけか。
悪くないかも知れないわ」
「だろ?
ルナがインパルスに乗らなきゃならなくなった時は、俺がティーダに乗り込んでナオトをサポートする。逆なら交替だ。
少なくとも、ド素人二人だけをティーダに乗せるよりは、よっぽどマシだと思うよ」
「し、しかしだな……そんな余裕が」
狼狽するアーサーの横から、マッドが怒鳴る。「ヴィーノ!
整備と実際の戦闘は全く別物だと、あれほど言ってるだろうが!!」
そんな彼にも、ヴィーノはしれっとしたものだった。
「知ってます。
だけどそれ以外に、方法ないでしょ?
ナオトをティーダに乗せちまったのは俺だし、それに──」
言いながら、ヴィーノはサイの左肩に視線を落とす。
冷たい床にぺたんと座ったまま、呆然とヴィーノを見上げているサイ。
夥しい出血が乾ききり濃い赤茶に染まっている、ワイシャツの左袖を。
「──ちょっとした借りもあるし」
最後は聞き取れないような小声で呟くヴィーノ。
彼はその真意を決してはっきり言おうとしなかったが、アーサーもルナマリアもマッドも、サイまでもが彼の心中を何となく察した。
何も分からなかったのはナオトだけで、彼はひたすら必死でヴィーノを止めようとする。
「駄目ですよ!
ヴィーノさんの怪我だって、まだ治ってないじゃないですか」
「お前ら二人だけをティーダに乗せるなんて地獄見るよりマシ。
ルナの負担ばかり、増やすわけにもいかないしな。
戦場で一人に何もかも背負わせて、そいつに何かあったらどうなるかぐらい、お前にも分かるだろ」
「でも……!」
その時、サイがナオトの背後から、ヴィーノに頭を下げてきた。
「俺が言うのも何だが、頼む。
やめてくれ」
「はぁ? あんたは黙ってなよ」
ヴィーノは突き放したが、サイは引き下がらない。「そんな形で、君が背負い込むことはないだろう?
同じようにして、俺のせいで命を落とした人を俺は知ってる。
だから──!」
「う、うっせぇな!!」
サイの言葉をねじ伏せるように、ヴィーノは叫んだ。
「俺が言ってるのは、インパルスとティーダの最も効率いい運用。当然だろ!
なのにナニ? 背負い込むって。妙な勘違いすんなよ」
そのままヴィーノは頬を膨らませ、ぷいとサイから視線を外す。
アーサーもマッドも、無茶苦茶とも言える彼の提案を受け入れざるを得ない状況であることは分かっていた。
オギヤカとの会戦により、友軍は殆どが損耗した挙句に撤退し、カーペンタリアからの援軍も見込めない。
艦内からの志願者がいるのなら、誰であろうと頼らねばならない。それが、パイロットとしてはまるで未知数な、若さより幼さの目立つ整備士であろうと。
そのレベルまで、ミネルバJrは切迫していた。
情けなさに歯噛みをしつつ、アーサーは尋ねる。
「しかし、ヴィーノ。
ナオトとルナマリア、それにアーガイル君が登録されてしまったティーダに、まだ君を登録できる余裕はあるかい?
上書きは当分無理だろうから、追加登録ということになるが」
そんなアーサーにも、ヴィーノは口元に笑みまで浮かべながら言ってのける。
「大丈夫ですよ。
ティーダZの黙示録は、少なく見積もっても40%以上はヨウランが弄ってたんだ。
他の奴ならともかく、俺を受け入れないなんてこと、ありえないです」
絶対的な自信に基づく微笑みまで見せながら、彼は目の前で右拳をぎゅっと握りしめてみせた。
状況にそぐわぬ奇妙な安堵が、一瞬だけその場を流れる。
だが、ちょうどその時──



サイとナオトはほぼ同時に、背筋に酷い寒気を感じた。
何かが、落ちてくる。
とてつもなくどうしようもない、何かが。
何が落ちてくるのか、それは全く分からない。
敢えてこの感覚を言葉で形容するならば、最も的確なのは、「空が落ちてくる」という訳の分からない表現だったろう。
ナオトなどは悪寒のみならず、思わず口を押さえて嗚咽まで始めてしまう。
そんな彼らに、慌ててルナマリアとヴィーノが駆け寄り支えようとしたが──



突然、アーサーが耳に着けていたインカムが反応した。
ナオトらを気にかけつつも、彼は素早く応答する。
「ん……アビーか。
話は一応終わったよ、すぐ戻る。
うん……ん? え? 
ちょ、おい、落ち着いてまとめてくれ」
インカムの向こうでアビーは彼女らしくもなく相当取り乱しているのか、アーサーも戸惑いつつ、彼女を落ち着かせようとする。
だが、報告を聞いた刹那──
アーサー・トライン艦長は、ハンガーの隅々まで朗々と響きわたる絶叫をあげていた。
「え……
え、え、え、えぇええぇええぇえええぇええっ!!!!?????」



それこそが──
コロニー・ウーチバラより地球上に向け、南チュウザン開発の戦略兵器セレブレイト・ウェイヴが発射された、最初の瞬間だった。



 

つづく
戻る