生い茂った木々を砕くようにして、ほぼ無理矢理着陸したインパルス。
それに少し遅れて、ティーダも地上へ降りていく。インパルスが粉砕した、樹木の跡へ。
「サイさん! 何処ですか!!」
黒い雨の降りしきる中、ナオトの大声だけが空へ響く。
ナオトの逸る心に連動するかのように、ティーダ・Zのエメラルドのカメラアイが何度も瞬いた。
インパルスのコクピットハッチを開きつつ、ルナマリアは前方を確認する。
見えたものは、ただひたすらに、天空を染め上げる紅い炎。
そこは、つい先ほどまで、灰色のチーズのような小さな建物があったはずの場所。
集落があった場所。
──ティーダが、人の命を感じていたはずの場所。



ナオトよりも先に、ルナマリアはハッチからワイヤーを伝い、直接地上へと降り立った。
生存者の救出の為に。
だが、建造物を完膚なきまでに破壊した、ダガーLの残骸と。
黒雲を舐めつくさんとばかりに燃えさかる、紅蓮の劫火と──
そして、その炎を前にしてひたすら立ち尽くすだけの、タキシード姿のサイの背中。
その全てが、状況は絶望的であることを教えていた。



──サイ。無事だったのね。



そんな言葉すらも、ルナマリアの喉からは出てこない。
あまりの戦闘と救出活動の連続に、さすがに自分も疲れ切ってしまったのだろうか。
ここに墜落したダガーLは、恐らくインパルスが撃ったものだということは、ルナマリア自身も分かっていた。
しかし、彼女の心にはどうしてか、何の感傷もわかない。



──おかしいな。
アマミキョを撃った時は、あれだけ後悔していたはずなのに。
私はよほど疲れているのか。
それとも、このおかしな黒い雨のせいか。



まるでそれを責めるかのように、サイはルナマリアに背を向けたまま、じっとその場から動かない。
「……仕方ないでしょう」
ようやく彼女の口から絞り出されたのは、そんな言葉。
「一人でみんなを助けようなんて、無理よ」
彼女の言葉に、サイの肩がやっとぴくりと反応する。
容赦なくぼたぼたと降り続ける灰混じりの雨が、彼のタキシードを真っ黒に染め上げていた。
最早、元のグレーの部分がどこだか分からないほどに。
泥だらけの顔を拭きもせず、サイはそのままルナマリアを振り返った。
彼女の言葉を肯定も否定もせず、彼は言う。
「君を責めるつもりはないよ。
戦場では、当たり前のこと──
君はそう言いたいんだろうし、それは事実だ」
髪の先からも、粘り気を伴った黒い雫が次々に落ちていく。
それを払いもしないサイ。眼鏡の奥の眼光が、酷い冷たさでルナマリアに突き刺さる。
その言い方に、彼女も反応せざるを得なかった。
「そりゃそうでしょう!
あぁしなきゃ、みんな死んでいたわよ! ナオトも、ヴィーノも、貴方も!!」
「責めるつもりはないって言ってるだろう。
だけど、一言ぐらい言いたくなった気持ちも、分かってほしい」



──何よ。
言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなの。
はっきりと、私を責めたらどうなの。
貴方が助けようとした人たちを殺したのは、私。
貴方の船を沈めたのも私よ。
ぶん殴るなり蹴飛ばすなり、いくらでもすればいいじゃない。



そう叫びそうになったルナマリアは、慌てて自制した。
サイはまだ、知らないはずだ。
アマミキョを沈めた張本人が、私だなんてことは。



サイはそのまま、ルナマリアの背後に視線を移す。
「ナオト、すまない。
残念だけど、ここはもう……」 ふと気が付くと、追いついてきたナオトが、二人を心配そうに眺めていた。
サイとルナマリアの間の不穏な空気を感じ取ったのか、さすがのナオトもろくに口を挟めない。
「サイさん! でも……」
「ここで無理に救出を続けても、犠牲を増やすだけだ。
せめて延焼を防ぎながら、周囲の生存者の捜索を続けよう」
ルナマリアを無視したまま、サイはすたすたとティーダZへと歩きだした。
髪から滴り落ちる重い雨を、拭おうともせずに。




 


PHASE-42 ラスト・レボリューション




 

そんな事件があってからも、サイたちは変わらず──
いや、それまでよりも一層精力的に、住民の救出活動を続行した。
負傷したヴィーノは勿論、ナオトもルナマリアも疲労の限界を迎えつつあったが、それでもサイは止まろうとしなかった。
雨の降りしきる夜空を、一筋の光となって滑空するティーダ・Z。
その掌に乗り、人々を先導するサイ。
ティーダの発光はさらに強まり、その光は雨をも銀色に染め、多くの人々の目印となった。
例え、肉眼であのデストロイの爆光が確認出来る場所であろうとも──
サイはひたすら、人々を助け続けた。
黒い雨で染まったタキシードは夜の闇と同化して鴉の翼の如くとなり、先ほどまでのような煌きを放つことはなかったが、それでも。
──まるで、自分で自分を責め続け、痛めつけるかのように。



そしてその間、サイとルナマリアは、必要以上に言葉を交わすことは、決してなく。
ナオトやヴィーノにも感じ取られるほどの不気味な緊張が、二人の間に漂い続けていた。
共にいたはずのアカツキとウィンダムは、侵攻するデストロイの迎撃に向かったのか、そのまま通信が途切れていた。





「何!? 
君たちもサイ君らを見たと?」
着のみ着のままの避難民たちでごった返す、アマミキョ右舷ハンガー。
隊長たるトニー、そして彼の助手としてつき従っていたヒスイは、彼らから予想外の話を耳にしていた。
「そうなんです。
洞窟の中で子供と震えてたら、ここは危険だからアマミキョに逃げろって……」
「港への安全なルートも教えて下さったんですよ」
「あの眼鏡のタキシードのお兄ちゃん、腰まで川に浸かってリズを助けてくれたんだよ!
ちょっとヘンだけど、超カッコ良かったー!」
「それにあのモビルスーツ、スゴかったよな!!
あんな雨の中でも、無茶苦茶ピカピカ光ってたんだぜ! 俺も乗りたかったー!!」
「あの光のおかげで、私たちも道を見失わなかったんです。あれだけ酷い嵐だったのに……」
安心感からか、やや興奮してまくしたてる住民たち。
それを聞きながら、トニーはヒスイと思わず顔を見合わせる。
「先ほども、同じような話を別ブロックの住民から聞きました。帰還したアストレイ隊からもです。
副隊長と……恐らく、ティーダで間違いないかと」
「サイ君が、既にこの地に到着して住民の救出を始めていると?
しかも、ティーダまで? まさか」
「ナオト君とマユちゃんが、一緒に乗っていると思いたいですが……」
「全く。ならば何故、連絡を寄越さん!
こちらがどれだけ心配したと思って」
「仕方ありませんよ、この緊急時では」
そう言いながら、ヒスイは乱れた前髪をピンで直しつつ、少しだけ寂しげな笑顔を見せた。
「副隊長はアマミキョとの合流よりも、まず先に人々の避難を優先したのでしょう。
オサキさんもよく言っていました。副隊長は自分がどうなっても、他人を優先してしまう人だからって……」
「我々は出来る限りのことをしつつ、待つしかないというわけか。
サイ君には今一度、説教しなきゃならんな」
トニーはひとつため息をつくと、自嘲するように呟いた。
「そういった行為は、得てして賞賛の的になるものだが……
私は最近、こうも思うんだよ。
自分すら守ろうと出来ない者が、他者を救えるのか──とね」
そんなトニーに、ヒスイは何も言えないまま、黙り込んでしまう。



──でも。
それでも、副隊長は……



そう反論しかけたヒスイ。
だがそんな彼女に気づかず、トニーは一時避難所と化しているハンガーの一角で、大声を上げて走り出した。
「おいコラそこー! 勝手に掲示板に落書きをするなぁああぁ!!!」
子供らを叱るその声が、かなり元気を取り戻している気がしたのは、決して気のせいではないと思いたい──
ヒスイはそう感じながら、トニーの背中を追いかけていった。





何時間とも知れぬ間、救助活動を続けていたサイたち。
彼らは北チュウザンのあらゆる場所へと飛びまわり、場合によっては海すら超え、離島まで飛んだ。
時には住民を掌で抱えながら飛び、時には黒ダガーLに襲われつつも何とか逃げおおせ、
そんなことを繰り返しているうちに──
いつの間にか彼ら一行は、北チュウザン首都ヤエセのすぐ南まで戻ってきていた。



コズミック・イラの時代よりはるか昔。
チュウザンがまだ、今よりずっと小さな島だった時代。
地形が大きく変わるより、さらに前の時代──
その時も、人間同士の酷い戦争があり、多くの血が流れたと言われている。
サイたちが偶然にも辿りついた場所には、今となっては誰も知らない時代の慰霊碑が、風雨に晒されながらも未だに残っていた。
「リンドーさんが言っていたよ。
昔の戦争でも、犠牲者の半数以上は住民だったって。
追い詰められた住民の多くが、ここで自ら崖から飛び降りて、命を落としたって」
やっとティーダZのコクピットに戻ってきたサイが、モニターを眺めながらぽつりと漏らした。
どれだけ雨にうたれようと、黒く染まったタキシードが元の色を取り戻すことはなく、乾ききらない布地は黒曜石のように鈍く光っていた。
全身で大きく息をし、目の下にはクマが出来ている。
顔色は青を通り越して真っ白で、明らかに疲労の限界だった。
そんなサイを心配そうに見やりながら、ナオトは周辺を確認する。
「崖って、このあたりのですか?
それらしきものは、何もないですけど……」
ティーダのモニターに映るものは、一面の黒い森と、相変わらず曇ったまま星も見えない夜空。
しかし雨はだいぶ小降りになっており、見通しも僅かに良くなりかけていた。
今、ティーダとインパルスの前にあるものは、森が途切れた場所に不意に現れた、名もなき湖。
隕石でも落ちた跡かのように不自然な円形に大地が削ぎ落され、そこに水が流れ込んで湖を形成し、周囲は鬱蒼と亜熱帯の森が繁っている。
補助シートに凭れて身体を拭きながら、サイは話す。
「地形が変わるまでは、ここは海だったそうだ。
チュウザンのあたりは元々地殻変動も多い場所で、それによって島が生まれたり消えたり、ほぼ同時に発生する領有権争いも絶えなくて──
再構築戦争の頃は、酷いことになっていたらしい」
「その延長で、今もチュウザンが二つに分かれているってことね」
ぶっきらぼうにルナマリアが言い放つ。
「そう、乱暴に片づけてほしくはないけどな……」
少し不満げに肩を竦めるサイ。
そんな彼に、ルナマリアは思わず怒鳴った。
「貴方も、僕らは大きな争いの隅で消えゆく塵の一つに過ぎない……とか、馬鹿なこと言うつもり?
そういうの、もうたくさんなの。
とにかく、ここで大休止よ」
そんなつもりじゃ……と言いかけるサイを無視し、ルナマリアはインパルスを見やった。
「ヴィーノの怪我も心配だし」
現在、ティーダのコクピットにはルナマリアとナオトが、インパルスにはヴィーノが乗っている。
ヴィーノの頭部の傷は、たびたび応急処置を施したおかげでどうにか再びインパルスを動かせるまでに回復したが、これ以上の無茶はさせられない。
彼からの通信が響く。
<……そうしてくれると、ありがたいなぁ。
今更思い出したけど、俺、結構、ヘタレな方だった。あはは>
久しぶりに聞くような気がする、ヴィーノの弱気な笑い声。
そういえばすっかり忘れていたけど、彼はどっちかといえば、ヨウランやシンに流されがちな、気弱な子だったっけ。
メサイアでの敗北でヨウランがああなって以降、ずっと張りつめた、怒りの表情しか見ていなかったような気がする。



──もしかして、シンも?
シンもずっと、オーブで家族を失ってから、本当の自分をも失くしていたのか。
ごくごくたまに見せてくれていた、ちょっと抜けた感じの、すっとぼけた表情。
あれが、シンの本来の姿だったのかも知れない。
私が突っ込んだ時、返答に詰まって唇を尖らせる、あの子供みたいな顔が。
私は、とても──



そこまで考えて、ルナマリアは頭を振る。
今は、そんなことを考えている時ではない。とにかく、自分たちが少しでも休息をとることを最優先に──
しかし、彼女が溜息をつきかけた瞬間だった。



アラートと同時に、ナオトの叫びが谺する。
「ルナさん!
所属不明の機体が、上空から来ます!! 数は2機!!
高速でこちらに真っ直ぐ接近中。数秒で到着する見込みです」
「えっ?」
ルナマリアもサイも同時に頭を上げ、モニターを覗き込む。
「所属不明? 南チュウザン軍ではないの?」
「違います、これは……ライブラリ照合中。
──っ!?」



モニターに現れた文字を確認した瞬間、ナオトは思わず息を飲んだ。
しかしそれでも、はっきりと明言する。
「ストライク・フリーダム……間違いありません!」
「!?」
まさかの事態に、思わず立ち上がりかかるサイ。
瞬きを忘れたかのように眼を見開きながら、その情報を確認する──
「そんな……キラが?」
彼らに比べるとルナマリアは若干冷静でいられたのか、すぐに尋ねた。
「ナオト。もう一機は?」
「分かりません、照合不能!
でも、これは……」
言いながら、ナオトは思わずシートから腰を浮かせていた。



「──嘘だ。
マユが、あそこに……?」



ぽつりと、呆けたように声を出すナオト。
その異様さに、サイもルナマリアもすぐに気付いた。
直前まで、腐ってもレポーターらしくしっかりと情報伝達をしていたのが嘘のように、ナオトの目は虚ろになり、視線は宙に浮いていた。
「ナオト! 
しっかりしなさい、どうしたの!?」
彼の腕をつかみ、揺さぶるルナマリア。
「多分、何かを感じたんだ。この2機に──」
サイは言いながら、敢然と上空を睨みつけた。



どういうことだ。
キラとマユが、ここに向かってくる?



その時にはもう、サイの肉眼でも確認出来るほど、2機はティーダZに接近していた。
黒く染まった空を駆け抜けてくる、二つの光。
そのフォルムは明らかに、翼にも似た特徴的な機動兵装を背負った、モビルスーツだった。
間違いない──
あの、青を基調としたフレーム。あれは、フリーダムのものだ。
しかし、フリーダムよりも明らかに砲の数は多く、関節部は金色に眩く輝いている。あの輝きは、フェイズシフトによるものだろうか。
恐らく、以前キラが少し話していた、フリーダムの強化版──ストライク・フリーダム。
サイもおぼろげながら、その機体を見た記憶がある。
確か、アマミキョが沈没した直後──
俺とカズイが漂流状態にあった時、あの機体が俺たちを助けてくれた。
意識は朦朧としていたものの、あのフォルムだけは、はっきりと覚えている。
あの時俺は、心底ほっとしたんだ。
キラが来てくれた。
もう大丈夫だ、俺たちは助かったって──



だが、今は何かが違う。
それは、ストライクフリーダムに追従するようにやってきた、もう1機のストライクフリーダムに起因するものか──
フリーダムの青い装甲部分を、全て血の紅に塗りつぶしたかのような──
それでいて、紅蓮と純白のコントラストが美しい機体。
あれは恐らく、オギヤカで見たものだ。
フレイの機体と共にいた、紅のストライクフリーダム。
サイが咄嗟に危険を感じたのは、その機体が同時に舞い降りてきた為でもあった。



そして、ナオトが思わず発した言葉──「マユ」。
しかし、サイは覚えている。オギヤカでの、レイラ・クルーの言葉を。



──彼女はマユ・アスカの姿をしていますが、マユ・アスカではありません。



あの前後の状況と、今ナオトが感じているマユ・アスカの感覚。
広瀬の報告書の内容とも照らし合わせて考えれば、紅のストライクフリーダムに乗っているのは、かつてのマユ・アスカ──
つまり、チグサ・マナベである可能性が高い。
サイやナオトたちの知るマユではなく、カイキ・マナベの妹として蘇った、元連合のエクステンデッド。
チグサとしての彼女の声を、サイはわずかしか聞いていなかったものの──
明らかに、以前のマユとは違っていた。以前のマユと似た部分もあったような気もするが、自分がそう思いたかっただけかも知れない。
いずれにせよ、警戒すべき相手であることに間違いはない。
俺をオギヤカに捕らえていたフレイ。その部下としてチグサが働いていた以上──
何のつもりだ。
今更、俺を捕らえに来たとでもいうのか──フレイは。



そんなサイの思惑を無視するかのように、蒼と紅のストライクフリーダムは、
悠々と、湖の上に舞い降りていく。
その合計4つのカメラアイは真っ直ぐに、ティーダZを見つめていた。







南国の夜空に、次々に放たれる爆光。
鬱蒼と生い茂る森林、そしてその奥に佇む集落に、今にも届こうとするその光を──
着弾の寸前、その機体の鏡面装甲で一斉に弾くアカツキ。
「ぐぅ……っ!!」
そのパイロットたるムウ・ラ・フラガは、酷い衝撃と目を潰さんばかりの光に耐えつつ、眼下の敵を見据えていた。
「いくらヤタノカガミったって、パイロットのダメージまでゼロってわけにゃいかんか。
あんなの、相手にしてりゃなぁ」
彼の目の前にいるのは──



連合の誇った、戦術兵器を超えた戦略兵器。
1機だけでも、わずか数時間でベルリンを灰にした、悪魔の兵器。
──デストロイガンダム。
それが、現在確認出来ただけでも、3機。



途中合流したはずの山神隊・時澤のウィンダムは、付近の生存者救出の為に前線を離れ。
アカツキはただ一機で、後方を守ることを強いられていた。
今はモビルアーマー形態となっているデストロイを睨みつつ、フラガは苦笑する。
「ステラたちを見捨てた罪としちゃ、まだまだ甘いか」
デストロイの背面フライトユニット、その円周に装着された20門のビーム砲──
熱プラズマ複合砲・ネフェルテム。
その砲口が、再び妖しく輝き始める。
フラガが見たところ、やはりこいつらはコピーにすぎないのか──
砲の数は半分ほどまで減っているし、威力も本来のものとは格段に落ちる。その上、エネルギーの充填にも時間がかかるようだ。
しかしそれでも十分に、こちらの量産機もろとも街を焼き尽くす力はあった。
何度も浴びれば、アカツキの鏡面装甲といえど、無事ではすむまい。
アカツキがこの最前線で奮闘に奮闘を重ね、デストロイのビームを反射し続け撃墜したことにより──
到着時にはおよそ10機以上もいたデストロイのコピーは、今ようやく、3機まで減っていた。
まだ動こうとする機体はあったものの、ビーム砲の殆どを使用不能にしている。
それでも既に、アカツキのバッテリーは限界に達しようとしていた。
オーブの虎の子の機体といえど、アカツキはバッテリー駆動のモビルスーツだ。ストライクフリーダムのように、無尽蔵に動けるわけではない。
珍しくメットの中を汗だくにしながら、フラガは眼前で蠢き続けるデストロイを睨みつける。その汗は、恐らく半分以上が冷や汗だったろう。
黒いモビルアーマーの砲口の奥で、目に痛い緑の蛍光色が明滅する。
本来、この光を目撃した時点で、そのパイロットは次の瞬間、モビルスーツごと爆散する運命だが──



──こちとら、何度も死にかけた男。
そう簡単には……!!



アカツキは再び金色の装甲を輝かせ、デストロイと背後の森の間へと飛びこむ。
直後、アカツキにまともに叩き付けられる、エメラルドの光の渦。
「ぐ……がぁっ!!」
さすがに連続でこの光を浴びれば、歴戦のフラガといえども、身体への衝撃は堪える。
バッテリーエンプティが目前に迫っている警報音はひっきりなしに鳴り続けていたが、そこへ──
鏡面装甲の限界を示すアラートもまた、けたたましく鳴りだした。



アカツキが反射したネフェルテムをまともに喰らい、大きく仰け反るデストロイ。
あと2機か──
フラガがほんの少し息をついた、その瞬間。



そんな彼を嘲笑うかのように。
仰け反った機体のすぐ背後から、もう1機のデストロイが、その鈍重な姿を現した。
デストロイの主砲とも言うべき、アウフプラール・ドライツェーン──
背部フライトユニットに2基装着された、2連装の高エネルギー砲。
その砲口を、まっすぐにアカツキに向けて。



「しま……っ!!」
かつて、ネオ・ロアノークでもあったフラガはよく知っている。
あの大出力ビーム砲が、艦隊一つを壊滅させるほどの威力であることを。
あれを今喰らったら、いかにアカツキといえども、無傷でいられるか──



フラガは折れよとばかりに歯噛みをしつつ、それでも後退も回避もせず、その場に留まり続けた。
ただひたすら、避難中の住民を──
そして、後方で待機しているはずのアークエンジェルを守る為に。



しかし、アウフプラールの砲口の奥にエネルギーの塊たる光がほんの少し見えかけた、その瞬間──
<何をしている! 死にたいのかっ!!>
高速で接近してくる友軍機を示すマークが、突然モニターに表示された。
ほぼ同時に響く、スピーカ越しの声。
そして、アカツキとデストロイの間に飛び込んでくる深紅。
その深紅は一瞬で高エネルギー砲ごとデストロイを蹴り飛ばすと、膝関節部から脚部先端にかけて装着されたビームブレイドで、砲口を切断した。
一瞬にしてぐらりと傾き、直後に爆発四散するアウフプラール──



その深紅のモビルスーツを眺めながら、フラガは苦笑しつつもほっと一息ついた。
「へへ……
遅いぞ、アスラン」
メインモニターに映し出されていたものは、
インフィニット・ジャスティス。
ラクス・クライン率いる「歌姫の騎士団」──ストライクフリーダムと並び、その象徴とされる機体。
翼部と脚部の純白が、さらにその紅を美しく彩っている。
<すまない。後方の南チュウザン軍に足止めされた>
「お前さんにしちゃ珍しいな。量産機、それも劣化コピーに手間取るたぁ」
<あの数ではな……それよりも!>
満身創痍となったデストロイに、ビームブレイドを伴う蹴りを叩き込みながら──
パイロットたるアスラン・ザラは、淡々とフラガに説明する。
<この地域の住民は、港湾施設への避難をほぼ完了したそうだ。
北チュウザン全域でも、港や地下への避難が9割がた終わっている。
だが、もう時間はない。デストロイを殲滅次第、アークエンジェルに戻れ!>



それを聞いて、フラガはふっと笑った。
実際に住民がどこまで逃げられたかも分からず、そもそも、南チュウザンのマイクロウェーブが避難先を直撃しないとも限らない。
それでも、何故か住民たちがこれだけスムーズに移動出来たのは──
そして、その避難にどういうわけか、根拠不明の安心感があるのは──
やはり、アマミキョとサイ・アーガイルの力なのか。
「よく成長したもんだな、あの眼鏡坊主君も」



だが、フラガが一人呟いた瞬間。
彼の脳天から背筋にかけて、稲妻のように何かが閃いた。
「──!?」
天性の勘というには鋭利に過ぎる、フラガのこの感覚。
「空間認識能力」とも呼ばれる、この時代においても未だに科学的には解明されていないこの力によって、フラガ自身何度も危機を脱してきた。
それが今、痛いほど鋭敏に、彼の大脳を直接刺激する。
「これは……まさか!!」



そんな彼の異変に、アスランも気づいた。
フラガのこの能力には、アスランも覚えがある──
同じような力を持つ者を、何人か見知ってもいる。
それ故、アスランは分かっていた。彼らのこの力を、ただの勘だと侮ってはならないことを。
「どうした?
まさか、もうマイクロウェーブが……!?」
それに対し、いつもより若干くぐもった感じのフラガの答え。
しかしそれは、アスランを完全に絶句させるものだった。
<いや……違う。違うが……
これは……キラだ>
「!?」



期待と嬉しさと安堵。
そして、若干の不安が入り混じった複雑な感情が、アスランの中に満ちる。
なんだってあいつが、今、こんな場所に。
キラの行動は時々突飛極まる。機体名と同様に──
予測不可能なその行動に助けられたことも多かったが、面食らったこともそれ以上に多かった気がする。
ずっと行方をくらましていたのに、今、突然? 
もしや、デストロイを蹴散らしながら、俺たちに合流してきたのか。
ラクスはどうしたのか。
それとも──



しかし何故か、通信ごしのフラガの声には、安堵も歓喜も微塵もない。
それどころか、警戒感が一層増していた。
<だが、気をつけろ。
とんでもないモンを連れてきているぞ、あの坊主>







ティーダZを目の前にして、静かにカメラアイを二、三度瞬かせるストライクフリーダム。
その傍を、まるで兄に寄り添うかのように、紅のストライクフリーダムが守っている。
「さ、サイさん……
国際救難チャンネルで、通信が入ってます。
『降りてきてほしい』って……キラさんから」
ルージュの出現に惑いながらも、どうにか冷静さを取り戻そうとするナオトは、必死で手元の通信を取りついだ。



──やはり、キラなのか。
俺はあれだけ、チュウザンの争いには手を出すなと言ったのに。
しかし何故、どうして、あの紅の機体と一緒に?



状況からすれば、キラが自分たちを助けにきてくれた──
と素直に考えても自然なはずだ。
それでもサイは疑念を隠しきれず、その場から動くのを躊躇う。
横で、ルナマリアが小さく吐き捨てた。
「冗談じゃないわよ……
敵か味方も分からない機体の前で、降りろって?」
彼女の言葉も、至極尤もな話だ。
ルナマリアたちザフト側にしてみれば、ストライクフリーダムはディスティニープランを巡る一連の戦いで、コテンパンに叩きのめされた相手。
そう簡単に、信用出来るはずがない。
「いくら、キラ・ヤマトだって……」
彼女自身も、ある程度キラのことは知っているらしい。
可能な限りパイロットの命を奪わず、武装だけを破壊するキラの戦い方は、ザフトでも有名なのだろう。
だが、相手の心を読めずに躊躇するサイたちの前で、さらに状況は変化する。



沈黙を保っていたストライクフリーダム。
その両腕部が静かに線対称に動き、胸部装甲の手前で、掌部分を上に向ける形で合わされる。
まるで、空から降る雨を掬おうとでもするように。
さらに驚くべきことに──



何もなかったはずのその掌に、光が生まれていた。
いや──光を纏った、人間の少女が。
霧雨を光の粒に変化させ、その粒が集まって人の形が作られた──
ように、サイには思えた。
その不可思議な光景に、ナオトは動揺を抑えきれず、呟く。
「何故?
どうして、マユと一緒に──
キラさんと、ラクス・クラインが?」



見間違えるはずもない。
光を纏ってどこからともなく現れたその少女は、サイもよく知る、ラクス・クラインその人。
エターナルに乗り込んでいた時と同様の、陣羽織にも似た衣装を身に着け──
後ろでまとめられ、優雅に背に流した桜色の髪は、この雨の中でもどういうわけか、濡れることなくよく靡いている。
その額の髪留めは、サイたちの知る重ねられた三日月ではなく、何故か満月の形をしていた。



「ラクス……さん?」
モニターを食い入るように見つめながら、サイも戸惑いを隠せない。
思い出すのは、最後に別れる直前の、彼女の言葉。
チュウザンに手を出すなと言った俺に、彼女はただ微笑んだだけだった。
自らの主張を、一切変えることのないままに。



──私だから、行かねばならないのです。
──どれだけ危険だろうと、私は、行きます。



その言葉通りに、ラクスはここに来てしまった。
しかも、キラを伴って。
彼女をそこまで頑なにさせる理由を、あの時、俺はちゃんと聞かないままだったな。
尤も、俺が聞いたところで、おいそれと教えてくれるような人じゃないけど。



ストライクフリーダムの掌で──
ラクスは雨を気にもせず、ただ静かに微笑みながら、真っ直ぐにティーダZを見つめている。
僅かに光を帯びた桜色の髪は、まるで重力の存在を知らないかのように、ふわふわ空気中に浮いているようにすら見えた。
そして、ストライクフリーダムのスピーカごしに聞こえる、彼女の声。
<──私は、ラクス・クラインです。
このような形で再生したティーダを見られて、嬉しいですわ。
どうか、降りてきてくださいな。皆さま>
そう語りかけるラクスの髪は、何故か、かつてのものより異様に長いように思える。
というよりも、紅の混じったその銀色の髪は、サイたちの眼前で今もなお伸び続けていた。
まるで、植物の成長を高速再生するかのように。
その異様さに動けないサイたちに、さらに呼びかける声。



<サイ──そこにいるのは分かってる。
僕たちは、戦いに来たわけじゃない。
少し、話をしたいんだ。
お願いだから、出てきてくれないか>



「やはりお前か──キラ」
彼らの目的が掴めないまま、サイは唾を飲みこむ。
今のキラの声。あくまで穏やかではあるが、感情の読めない声だった。
元々、キラの感情は読みづらい時がよくあり、俺だけじゃなく、トールやミリアリアもたまに振り回されていたような気がする。
ラクスと一緒にいるようになってからは、そこに全てを悟りきったような世捨て人のような態度が加わり。
オーブ軍の中にも、キラの──
恐らく無意識であろう朴訥とした性格や発言を、上から目線な姿勢と捉える兵士たちもいるらしいと、ミリアリアから聞いた。
ただでさえそのような態度だったのに、今は──
穏やかさの中に、言い知れぬ冷たさが籠められている。
相手に敵意はないはずなのに、何故か複相ビーム砲にロックオンされているような感覚が、サイを襲っていた。



──降りなければ、やられるかも知れない。
そんな思考に至った自分にサイは驚いたが、そう感じさせるほどの緊張が、ストライクフリーダムのカメラアイから感じられた。
──キラが、俺を撃つ? あのキラが?
──あんなにボロボロになっても、友達を裏切っても、俺たちを守ってきたキラが?
何を考えているんだ、俺は。
必死で頭を横に振りながら、サイは決心したように腰を上げた。
「俺、行くよ」
その言葉に驚いたルナマリアは、慌ててサイを押しとどめる。
「駄目!
のこのこ出ていって、何されたって知らないわよ!」
確かにここは、第三者たるルナマリアの意見を聞き入れたほうが良いかも知れない。
ろくな武装もせず、敵味方も分からないモビルスーツの前に降りろなどと──
だがサイは敢えて笑顔を見せながら、彼女を説得する。
自分の中の不安を押し隠すように。
「ここで行かないと、どのみち俺たちはやられるよ。
大丈夫。ラクスさんは信用できるし、それに──
キラは俺の、友達なんだ」
その言葉に、ルナマリアも反論出来ない。
いくらティーダZとはいえ、2機のストライクフリーダムを相手にして勝てるとも思えない。黙示録など、恐らく発動の前に撃たれてしまうだろう。
「……仕方ないわね。
じゃあ、私もついていくわ。何かあるといけないから」
「ぼ、僕も行きます!」
ナオトがそこに食らいついてくる。「マユがどうなっているのか、知りたいんです!」
だがルナマリアは、そんな彼の言葉を一刀両断した。「それは駄目」
「何でですか!?」
「ティーダがガラ空きになるでしょ。
あいつら相手に、丸腰のサイを貴方が守り切れるとも思えない。
ナオトはここで待機してて。何かあったらすぐに動けるように!」
かなり強めの彼女の口調に、ナオトも引き下がらざるを得なかった。



霧雨の降る湖上で、じっと相対するティーダZとストライクフリーダム。
ストライクフリーダムのラクスよりやや遅れて、サイはハンドガンを手にしたルナマリアを伴いながら、コクピットハッチからティーダの右掌部に飛び移る。
眼前のラクス・クラインは、何故か全身がほのかに輝いていた。
特にその髪から発せられる光は強く、サイは一瞬、ビームの一種かとすら感じた。
眩しげに自分を見つめるサイとルナマリアを眺めながら、彼女は優雅に微笑む。
しかし、その唇から静かに発された言葉は、一瞬にしてサイとルナマリアを戦慄させた。



<フレイの心を惑わす者。
キラを動揺させる者。
私からフレイを、奪おうとする者よ。
今の私に必要なものは、ティーダです。
キラと、フレイと、ラクス・クライン──
私の愛する者たち、全ての為に>



まるで電子音声のように、抑揚が感じられないラクスの声。
──違う。
これは、ラクス・クラインじゃない。
何を言っているのか、まるで理解が出来ないが──
少なくとも彼女は、このような物言いをする人ではなかったはず。



「何、これ……本当にラクス・クラインなの?
もしかして、ホログラフィー?」
違和感に気づいたのか、ルナマリアも怪訝そうに状況を見つめる。
少し前にデュランダル議長による偽者騒動があったのだから、疑うのも当然だろう。
しかし──



サイとルナマリアを完全に無視し、ラクスの視線はティーダZのカメラアイにじっと注がれる。
その視線に沿うように、彼女はすうっと右手を眼前まで上げた。
同時に、彼女の光る髪が──
まるで一本一本が生き物であるかのように、ざわっと蠢いた。
「!?」
それが一瞬、海底のイソギンチャクのように空中に浮かんだと思うと──
毛先がまるでビーム状の光の束となり、一息にサイたちに向かってくる。



撃たれる──と錯覚したのは、ほんの一瞬。
「え……っ!!?」
ルナマリアの悲鳴と同時に、サイもルナマリアも、その身体を光の束に包まれた。
それも丁寧に、一人一人別々に。
ティーダZの手の上で、ラクス・クラインの髪に絡め取られるサイとルナマリア。
どうやらこれはただの光ではなく、超軽量だがある程度の質量を伴った、透明の細い糸であるらしく──
それが幾千本もの柔らかな束となって、サイたちの身体に無遠慮に触れてくる。
まるで拘束するかのように、一瞬で彼らに巻きつく、ラクスの髪。
人間の本来の髪の量からすればありえないほど長く伸び、さらに間断なく次々とラクスの身体から生み出され、二人に襲いかかる。



──惑わされるな。
ここにラクス・クラインはいない。こいつは擬似映像にすぎない。



そう確信し、サイは眼前の彼女をしっかり見据えようとしたが──
身体が光の束に触れた個所から、酷い熱を伴いつつ、軽い痛みと痺れが神経を突き刺した。
同様に拘束されかかったルナマリアが叫ぶ。
「サイ、気をつけて!
この光、普通じゃないわよ! う、あぁっ……」



その間にも、ラクスの声は虚空に響く。
<私は、ラクス・クラインです。
地上と宇宙に住む、全ての人々よ。
あるべき道を失い、未来が闇に閉ざされた、黙示録の時代の今──
絶望の中から、光を生む為に。
今こそ、『種』を持つ、新たなる人類が必要とされる時。
やりましょう、キラ──
誰も血を流さぬ新たな時代への、最後の革命を!!>



光の束はサイたちを包みこむのみならず、さらに彼らを強く縛りつける。
やはりただの光ではない。それも、微細だがかなり強力な糸のような──
そこまでサイが考えた時、突然、意識が朦朧とし始めた。
よく見ると、タキシードに触れた光はそのまま濡れた布地を侵食し、直接彼の肌にまで到達しているようだ。
「まさかこの光は、神経を……!?
ルナマリア!」
サイは慌てて彼女を振り返る。
しかし既に時遅く、ルナマリアの全身はラクスの髪に絡みつかれ、四肢の自由を奪われ──
そのさまは、まるで桜色の巨大な繭だった。
僅かに頭だけがまだ自由だったが、熱さと痛みに耐えかねてか、その頬はほんのり紅に染まっている。
だが、サイ自身はもっと酷い状態だろう──
ある程度丈夫なパイロットスーツでも、いとも簡単に貫通しているこの光。自分のタキシードでは、それ以上に早く侵食が進むのは当然だ。
現にもう、皮膚だけでなく血管にまで影響が及んでいるのか、袖と革手袋の間から僅かに覗いた手首が、奇妙にむくみ始めていた。
全身を襲う痺れはさらに進み、手足どころか指先を動かすのすら危うくなっている。
サイが何とか立っていられたのは、全身に吸い付いた大量の糸で支えられていたからに過ぎない。



──この感じ。
あの時と、一緒だ。



捕らえられた収容所で、狂った男に一方的に暴行された時の記憶を、何故かサイは思い出した。
汚水を頭からぶち撒けられ、さんざん殴られて動けなくなったところを、身体じゅうに泥を塗り込められた。
濡れた服の上から、身体を弄ってきた太い指。
傷つき出血した腕を、無遠慮に舐め回した汚い舌。
奴と一緒にいたあの軍人は、奴を止めもせず、俺を冷酷に見下げていた。
何も知らずに戦争に参加した、無知の罪だとばかりに──



状況はまるで違うものの、あの時と全く同じ感覚を、サイはこの光の糸に感じた。
心を、身体を、土足で踏みにじられる恐怖と屈辱を。
恐らくサイの服の中まで達しているだろうその毛先は、暴力と同じ無邪気さを伴って彼の腹のすぐ下や、胸の中心やらを撫で回している。
だが、いよいよ意識が混濁しかけたその瞬間──



「サイさん!
サイさん、ルナさん、しっかりしてください!!」
響き渡ったものは、ナオトの叫び。
まさかと全力で振り返ると──
ティーダZのハッチを完全に開き、生身でコクピットから身体を乗り出しているナオトが見えた。
声帯まで痺れかけてはいたものの、サイは全身全霊で叫ぶ。
「馬鹿! 今すぐ戻れ!!」



──今ここで、ナオトまで囚われてはいけない。



そう直感しての、サイの絶叫。
しかしその時、溢れんばかりの光の向こうで、ラクス・クラインの幻が、
満足げににっこり微笑んだ──気がした。
その柔和な青い瞳は、真っ直ぐにナオトを、ティーダZを見つめている。
まるで、彼を誘うように。



「何してるの、ナオト!
早く、ハッチ閉めなさ……あぁっ!!」
サイと同じ危険を感じたのか、ルナマリアも必死で叫ぼうとあがく。
しかし、無数の光の糸に絡め取られ、さすがの彼女も最早、満足に動くことも声を出すことも出来なかった。
そんな彼らの眼前で、ラクスを抱いたままのストライクフリーダムのカメラアイが、無機質に光る。



その瞬間──
サイの予感を全く裏切ることなく、ラクスの髪がまるで光の矢のように伸び、
ティーダZのコクピットを──
ナオトを目がけて、飛んだ。
「!?」
あまりに素早いその動きに、何が起こったのかすらナオトが理解出来ないまま、輝く糸は襲いかかっていく。



──何故だ。
どうして、キラとラクスさんが、こんな風にナオトを……?
それに、あの赤いストライクフリーダムは、何だ?



<てめぇら、何しやがる!?
畜生っ……!>
ティーダZにつき従っていたインパルスから、ヴィーノの叫びが響いたが──
サイもルナマリアも、ナオトまでも囚われてしまった以上、闇雲に手を出すわけにもいかず、インパルスはライフルを構えたまま棒立ちになるしかなかった。
その間にも、ナオトを取り込もうとする糸は一気にその嵩を増し、何も出来ないサイたちの前で、ティーダZのコクピットごとナオトを包み込んでいく。
ラクスの発する光の前に、ナオトは全くの無力で──
得意の大声の一つすら出せず、飲みこまれていくばかりだ。
<ルナ! ナオト! バカメガネ!!
返事してくれよ、おい!!>
インパルスから、ヴィーノの声だけが虚しく響く。



だが最早、今のサイにはどうすることも出来ず──
ヴィーノの必死の叫びすら、やがて聞こえなくなっていく。
この光が脳までを侵食している、とサイが理解したとほぼ同時に、
彼の意識は、すうっと遠くなった。


 

 

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