そのモビルスーツがモニターに映し出された時、ブリッジで通信中のサイは呟いてしまっていた。
「似てる。ストライクに」
羊水の中の如きコロニー内を飛翔する、原色で彩られたモビルスーツ──しかしあれには勿論、かつての友は乗っていない。
鳴りひびく警告音に喧騒から、それがザフトのものであることは判明していた。
相変わらずブリッジ後方で構えるリンドー副隊長が、鈍重に指示を出す。「電波状況を伝えろ!」
「コロニー外部より、ニュートロンジャマー撒布を確認。接近中のザフト艦2隻からです」
サイが答えると、操舵席でオサキが一振り、首を大きく回した。橙の髪がふわりと揺れる。「攻撃ってことか!」
アムルがすぐに反駁する。「中立よ! 私たちも、ここも」
「相手はそう思ってないっ」避難民の誘導指示が飛び交う中、サイは冷静にアムルの甘さを切り捨てた。「避難民用居住ブロック、未だ19、20、32区画が収容完了していませんが」
「全ブロックドッキング中にとは、まずったな」唾をくちゅりと鳴らしつつ、副隊長はいつものように愚痴る。救出作業が一段落したと見て、アマミキョは避難民を一旦ミントン2に輸送する為に医療ブロック他数ブロックを収容しつつあったのだが、その最中のザフトの急襲だった。
「ドッキング作業は一時停止。地上の避難民は可能な限り居住ブロックへ収容」


既にアマミキョコアブロック(ブリッジ・カタパルトを含む船の基本部分)にドッキングしていた医療ブロックでも、また混乱が発生し、「合体中に攻撃なんて、反則よ!」ネネが叫んでいた。スラムから脱出してきた避難民の治療で、ブロック全体がひどい腐臭に包まれている。
走り回るネネたち看護師、そしてスズミら医師の様子から、ブロック奥で待機していたシホは既に状況を把握していた。
「チャンス到来……か?」 はだけたままのパイロットスーツの胸元を、静かに引き寄せる。


一方で、地上。
ノーマルスーツで食糧運搬を手伝いつつ、大勢の避難民にどやされていたカズイのもとに、トニー隊長の怒号が飛んだ。
「ザフトの襲撃だ、総員第一種警戒態勢、コード401! 避難民の誘導を最優先!」
とはいえ、1分前まで光を避けつつゼリーパックを難民に配っていたのだ。軍属経験があるとはいえ、カズイはそれほど早くは動けない。パニックに陥る人々にあっという間に巻き込まれ、カズイは食糧担当の少女たちや避難民ともども、狭い居住ブロック内部へ押し込められることになった。
「上空だけじゃない……港から、地上からも来る」カズイはそれを誰にも言えず、呟くのが精一杯だった。


カズイの不安を、モビルスーツデッキのフレイはとっくに関知していた。
慌しくなったカタパルト。整備士が走り回る中、発進口が大きく開いていく。熱と蒸気を含んだ強風が、気圧調整されていたカタパルト内部に吹き込んでいく。
「突風に気をつけろ! 靴のマグネットは必須だ」フレイは整備士たちに命じつつ、鳴りひびく警報の中でメットを被り、アフロディーテのコクピットに飛び乗った。その指示で、整備士たちはノーマルスーツの踵のマグネットを作動させる。本来は無重力下の作業用であるが、瞬間最大風速30mを超える風の中では、こうでもしなければ動くことすらままならなかった。
「カイキはソードカラミティで出ろ。後から援護する」フレイは指示を飛ばしつつバイザーを閉じ、素早くアフロディーテのOSを起動させる。「また試験か。母上も、仕方のない人だ」
その時、最後方で待機していたティーダから通信が入った。既にパイロットスーツを着けたマユだ。
<フレイ! ティーダはどうするの?>
フレイは左手でOSの調整をしつつ、彼女にしてはかなり長いこと(但し、1秒あるかないかの時間)思索し──答えた。「港口から侵入してくる。ナオトと共に地上へ降りろ、但し──」


「分かった。ナオト、出撃だよ!」マユは朗らかな顔で後席のナオトを振り返る。
「出動って言ってよ」ナオトは慣れないバイザーの蒸れを気にしつつ、カメラとスピーカの調整を忘れなかった。「敵だって決まったわけじゃないのに」
「敵だよ! あれ見てっ」
モニターに映るは、コロニーの軸線上──アマミキョより200mほど上空に当たる──から急降下してくるモビルスーツ。鳥のようにアマミキョ後方、居住ブロック付近に接近しつつ、ビームライフルでけん制をかける。


それを見て、アフロディーテのフレイが満足げに微笑む。「待っていたぞ。インパルス──もう一人のキラ・ヤマト」
ブリッジから、女性の通信が流れる。<アフロディーテ、発進、どうぞ>
フレイはその無感情な声に、軽く唇の内側を噛む。アムル・ホウナだったか、あのド素人は?
だが、それも一瞬の間。「ストライク・アフロディーテ、フレイ・アルスター、出るぞ!」
突風吹きすさぶ発進口から血の色に染め上げられた空へ、同じ血の色のストライクが発進していく。


続いて、カイキのソードカラミティが出撃していった。大嵐吹きすさぶカタパルトの中で、ハマーはその鋼鉄の戦士たちの背中に向かって──主にフレイに向けて──口笛と投げキスを送った。
そして次の瞬間、彼は未だに準備の整わないティーダに怒声を浴びせる。「何モタついてる! メットも被れねぇのかクソガキ」
「分かってますよ!」ナオトは思い切り頬を膨らませ返事を投げつけ、前席のマユの方へ身体を乗り出した。「行こう。フレイさんの援護を」
「ダーメ」「何で!」こんな時に、マユは強情だ。彼女とナオトの間にちょこんと待機している黒ハロも、動こうとしない。
「フレイが、駄目だって。私の本当のお兄ちゃんがいるから、フレイの所は駄目だって」
ナオトの瞳が、困惑と驚愕に見開かれる。「分からないよ! カイキさんじゃないの、君の兄貴は?」
マユはにっこり笑ったままだ。「関係ないじゃん、そんなこと」


一方、フォースインパルスのコクピットでも、怒声が響いていた。ルナマリアからだ。
<シン! コロニーでビームはやめなさい、目的はあくまで船とモビルスーツの確保でしょ!>
「分かってる! シャフトに当てる馬鹿はしないっ」
現在のシンの位置はコロニー軸からそう離れてはいない。つまり、ほぼ無重力に近い状態で戦闘が可能だった。自分たちがいつもやっている演習どおりにやれば──しかし。
一体何なのだ、このコロニーは。
この、温かい血を詰めたが如き、巨大な宇宙のガラス瓶は。
それにこの大地──元は市街地らしかったが、シンの眼下に広がるものは泥の海にしか見えない。しかし、そこではまだ人が蠢いている。
と、突然警告音が響きわたった。
船の周囲をうろついていたら、いつの間にか死角に潜り込まれていたらしい。畜生、カタパルトを確認しておくのだった。
下から襲い来る、血の色のモビルスーツ。空と同じ色だ──視認した瞬間には、既にシンのインパルスは足もとから攻撃を喰らっていた。どす黒い翼を持つ、真っ赤な機体。機動力が、このインパルスと同等だと?
<分離機構も使いこなせていないようだな、シン・アスカ!>
衝撃と共に響く、女の声。俺を笑っている。
「何故、俺の名を!?」
動揺をつかれ、シンの操作が僅かに鈍った。その間に血の機体はインパルスのビームライフルを潜り抜け、その股関節から背面をがっちり、空中で掴む。
空中では足もとが留守になりがちとは、教官から何度も覚えこまされた。だのに、何たる不覚!
まるでインパルスに喰らいつくかのように、血の機体は離れない。シンの、若さゆえの激情が燃え上がる。
だがその激しさが、インパルスにさらなる隙を与えた。インパルスはすかさず対装甲ナイフを出して相手をえぐろうとしたが、何せ背後から掴まれている為にインパルスの肘関節部が伸びず、相手の装甲まで届かない。何とか胸部まで届いても、弾かれた。TP装甲だ、畜生。
そうしている間に、インパルスと血の機体──ストライク・アフロディーテは、コロニーの重力に捉えられる。地表へ落下していく両者。
と、アフロディーテの蹴りがインパルスの脚部関節にダメージを与えた。
ただの蹴りではない。モビルスーツの膝関節部が通常ではありえない方向──つまり「前方に」大きく曲がり、アフロディーテのつま先がインパルスの腰部にまで損傷を与えていたのだ。ヴァリアブルフェイズシフトに護られているとはいえ、それはコクピット部分に近く──
無視できない振動が、シンの精神まで動揺させていた。「俺で遊ぶな、この女ァ!」


アマミキョブリッジでは、さらに港口よりの侵入者が確認されていた。新たに視認されたのは、ザフトのザクウォーリアとザクファントム──ジュール隊の機体と同型のものだ。
「避難民は」副隊長の声が飛ぶ。サイがすかさず答える。「無事です、今の処避難所や市街地への攻撃はありません」
アムルが唇を噛んだ。「目的は、やっぱり……」
「アタシらかよ!」オサキはもう少しで舵をへし折りそうな勢いだ。
その瞬間、ブリッジに衝撃が走った。空中戦を繰り広げていたインパルスのビームライフルが、船体の一部を掠めたのだ。
「居住ブロック、第12貯蔵庫付近に被弾!」


「すごい夕陽……」廃墟と化したビルの陰に姿を隠しつつ、ルナマリアのザクウォーリアがジャングルの河の如き泥海を進む。
<外気温は摂氏39度。冷却システムを修復したおかげで少しはよくなったらしい>先を進むレイのザクファントムから、いつも通り冷静な通信が響いた。
「彼らが救難活動をしてるってこと?」ルナマリアはふと、市街地を見た。配水管、運河、排水溝にも修復の跡が見られ、資料で見せられたミントン1の状況からは若干回復しているように見える。それに、しっかり避難所も港口に設置されていた。泥まみれの難民に食糧を運んでいたあの男の子──
「本当にテロリスト?」ルナマリアの迷いを、即座にレイが打ち消す。<議長の言なら、そうだ>
「分かった」いつも、あんたはそう。レイよりヨダカ隊長に問いただしたいのは山々だが、現在ヨダカはコロニー外壁を移動中だ。「にしても、シンったら……勝手なことばかりするから!」
はるか上空でシンが苦戦していることは、ルナマリアも気づいていた。


<そんなにインパルスを泣かせたいか、坊や!>
女の笑い声が、機体と共にシンを揺らす。
「ツギハギ量産機のくせに!」シンはインパルスの分離機構を使おうと試みたが、がっちり接合部分に取りつかれている為、ろくに機能しない。ビームライフルまで使ったのに。しかも、船に当たってしまった──
インパルスとアフロディーテは、組み合いながらコロニーの重力に捉えられ、落下していく。急激にかかる重力がシンの身体から魂を奪いかかったが、それを肉体にとどめておく訓練ぐらい、シンは山ほど積んでいた。
そのまま2機は泥の運河に激突。したようにも見えたが、どちらも寸前で墜落を回避していた。
寸前でアフロディーテはインパルスを解放し、自らはIWSPの機動力を最大に使って離脱した。インパルスも、地表ギリギリで一旦分離、分かれたパーツを空中で再度合体させて体勢を立て直そうとする。レッグフライヤーの一部が思い切り泥を被った──
しかしその隙を狙い、廃墟の影から姿を現したエメラルドのモビルスーツがあった。


「へへ、ドンピシャ!」
ソードカラミティのカイキは、決してそのチャンスを逃さなかった。目の前に立つは、トリコロールのモビルスーツ。ニコルの情報によれば、ザフト最新鋭機・インパルスガンダムだそうだ。「情けねぇ。これがマユの実兄かよ!」
緑がかった黒のパイロットスーツに身を包んだカイキは、機体両腕のロケットアンカーを作動させた。二対の牙が腕から飛び出し、鋼鉄のワイヤーを伴って合体直後のインパルスに襲いかかる。インパルスは機動防盾でうち一つは防いだが、下半身を狙ったもう一つは防げなかった。
<わたしがお前たちの中から、正しい者も悪い者も切り捨てるために、わたしの剣は鞘を離れ、南から北まで、すべての生ける者に向かう。その時、生ける者は皆、主なるわたしが剣を鞘から抜いたことを知るようになる。剣は二度と鞘には戻らない>
フレイのアフロディーテが、エゼキエル書21章9-10節を暗唱しつつインパルスに迫る。


アマミキョブリッジには、ミントン管制経由のザフト艦からの通信が入っていた。
ディックがかなり上ずった声で内容を伝える。「即時のアマミキョ乗員、避難民の解放を要求しています。並びに船内及び乗員の調査……」
副隊長が鼻をこすりつつ、笑う。「要は、テロリストがいると見做されとるのさ」
ブリッジに、動揺が走った。俺たちがテロリストだと? どうして?
アムルが思わず叫ぶ。「正々堂々調べられればいいじゃない! 私たち、何もしてないのよ」
「アマクサ組のせいかよ」オペレータの一人が言ったが、副隊長は即、否定した。「彼らは仕事をやっとるだけさ。分からんのはザフトの方だ……あんな連中に捕まってみろ。中立とはいえナチュラルが大多数のこの船、何をされるか分からんよ。要求は呑めん、ひとつたりともだ」 
その一声で、全員が黙る。オーブ出身の人間たちで構成されているシュリ隊だったが、ザフトというのは未だ天上の存在である──彼らは、同じ星の上に住んでいない。その違和感は、地球に慣れた者たちにとっては消せない。
サイは拳を軽く握り締めた。ザフト側の要求には、ジュール隊の解放までが含められている。
運のいいことに、シホは現在医療ブロックにいる。ここと繋がっている。なおかつ──
イザークらの捕らわれている瞑想室も、既にコアブロックと繋がっていた。
と、サイの手元にティーダからの通信が入った。


「僕が行きます! 僕らは無実だって言えばいいんでしょ!!」
叫んでいるのは勿論ナオトだ。突然のテロリスト呼ばわりに、少年は動揺を隠すことが出来なかった。
「言われなくても、準備OKだよー」前席のマユが呑気にバイザーを閉じる。
<うまく行くと思うな。あくまで地上部隊の足止めが優先だ、まずいと思ったらすぐに引け>サイの声と共に、ティーダに火が入る──
ブリッジからの通信が続いて響いた。アムルの声だ。<ティーダ、発進どうぞ>
「了解。ティーダ、ナオト・シライシ、並びにマユ……」「やだっ!」
マユが突然、傲慢にも腕を組んでみせた。一瞬、彼女が初めて怒ったのかとナオトは勘違いしたが、ミラーで見ると頬を膨らませながらも可愛く笑っている。
「おばちゃんの指示じゃ、発進できませーん」


「何を言うの」小娘のありえない返答に、アムルは怒鳴るより先に唇を噛まずにはいられなかった。
茫然とさせられた直後に彼女を襲ったものは、激しい羞恥心と、激昂。必死でアムルは身体の中にその感情を抑えこんでいたが、隣席のサイにはすぐに怒りが伝わった。
25歳のコーディネイター──女性。未婚。出産経験なし。これだけで、年齢を指摘される言葉に異様な反応をしてしまうだろうことぐらいは、サイには容易に想像がついた。ナチュラルで言えば、彼女は30過ぎの独身だ。
しかも後ろでは、副隊長がなるほどというようにうなずいている。「気持ちは分かる。死ぬかも知れん時に無感情に送り出されたのでは、たまらんな。
今度の講義でやる予定だったが、通信担当は伝達内容をオウム返しに伝えるだけではいかん。兵が動かんでな。
そもそも、何故通信士に女性兵士が使われるかというとだ──」
アムルはこの時、業務を忘れて下を向いていた。ブリッジ全員の前で自分の無能を暴露された恥ずかしさ。マユの幼さへの怒り。副隊長の嫌味。おそらくお世辞の一つでも言えということであろう。自分は、どうやっても、女──
仕事にならない。サイはすかさず、アムルを押しのけて通信に割り込んだ。「ナオト、何やってる!」<すいませんっ、今すぐ……>
だが、マユはさらに子供らしい理不尽な要求を突きつける。<ね、サイがやってよ! サイがやってくれれば、私頑張れる!>
時間がない。咄嗟のことだったが、サイは仕方なくお姫様に従った。このような時、確かミリィは──サイは肺がいっぱいにならない程度に、息を吸い込んだ。わずかに口元を和らげるよう、努力する。
「ティーダ、発進、どうぞ!」
<了解! ナオト・シライシ、マユ・アスカ、行きます!>
血の色に光る空に、一筋の輝きが生まれる。それは、元気に噴くティーダのバーニアだった。


襲い来るアフロディーテに対し、インパルスはソードカラミティのワイヤーに絡め取られたまま何とかビームライフルを発砲した。黒い翼を翻し相手がよける隙に、インパルスは再び跳躍する。ソードカラミティがアーマーシュナイダーで襲いかかるが、シンの動きの方が早かった。
飛ぶ。再度分離、ワイヤーを引きちぎる。なおも追撃してくるアフロディーテの頭部バルカンをかわし、再合体。目指すは上空、アマミキョ。無傷で確保だ──
そのシンの目の前で、血の海を切り裂くように船から生まれた白い光があった。
「あれは……白いブリッツ!」インパルスは即、反応した。しかしまだ機体に切れたワイヤーが絡む。思うように機動しない。
それを見越したように、アフロディーテが空へ向かうインパルスの進路をさえぎった。早い!
<チグサのもとへは、行かせん!>
「うるさいよ!」まだ遠いか。白いブリッツに向けて、インパルスはビームライフルを放つ。船へのけん制射撃も兼ねてだったが──またも、シンの激情は勘を鈍らせた。


「すみません、出すぎた真似を」サイは、通信を続けながらも隣席のアムルを見やる。彼女はずっと俯いていたが、やがて顔を上げ、ゆっくりサイを振向いた。信じられないほどの、優しい笑顔だった。
「いいのよ。ゆっくり学習していかなきゃね」
その時だった。インパルスのビームが、アマミキョの船体後方を直撃したのは。


またも、シンはミスを犯した。確保すべき船を二度も損傷させた。
しかも今、捕らえるべき目標を目の前で逃がした──それはいい。おそらくルナマリアとレイがやってくれる。
問題なのは、自分が、この得体の知れないモビルスーツ2機に、いいように遊ばれていることだ。戦法から判断する限り、相手に殺意は感じられない。こちらを撃破しようという意思が感じられないのだ。
それは、シンという戦士にとって最高の屈辱だった。殺意を抱くまでもない相手ということか、俺は!
インパルスのビームライフルが、遂に激昂にまかせて火を噴いた。アフロディーテの黒い翼に向けて。
そんな青臭い少年の感情を、アフロディーテのフレイはとっくに察知していた。ギリギリでかわし、アマミキョに当たりそうなものは9.1m対艦刀で防いでいく。


「医療ブロック、第24区画に被弾!」
衝撃に揺れるブリッジに、ディックの悲鳴が響く。激震に耐えながら、サイの脳裏で何かが閃いた。
今だ──今しかない。ザフトの新型ストライクに感謝だ。
サイは腹を決め、コンソールパネルをいじり始める。「医療ブロックの被害は微小。ただ、19、30区画、それから居住ブロックの通信回線が損傷しています」
「瞑想室もかよ?」オサキは言いながら、慎重にインパルスの動きを見ながら必死の舵取りをしていた。サイはすかさず立ち上がる。「確認してきます!」
「ブリッジ組が、持ち場を離れる気?」アムルがサイを怪訝そうに見たが、サイの答えは決まっていた。「船内無線は傍受されるし、人の足がこういう時は一番役に立つ。ですよね、副隊長?」
「講義の成果は上々か!」チラリとサイを見下げつつ、副隊長は鼻毛をつまんだ。「いいだろう、どうせ隊長は役に立たん。但し制限時間は3分だ」


地上の廃墟では、ルナマリアのザクウォーリアがアマミキョに向け、信号弾を次々と撃っていた。アマミキョへの通信内容とほぼ同じ信号だ。血で濡れた空を、白と青の光が裂いていく。
<コロニーは囲まれている。奴らが逃げることはできない>レイの通信が響いた──その時。
「やめて下さい! 僕らは中立の救援部隊です!」
少年の大声が鳴りひびくと同時にルナマリアの目に映ったものは、真っ白に輝くモビルスーツ。
真っ赤な空を背景に、声と共に降ってきた白い雪。それが、あっという間にルナマリアのザクウォーリアの目の前に堂々と降り立ったかと思うと、正面から飛びついてきた。
「その声……子供!?」
今のは外部スピーカから響いた、パイロットの声だろう。にしても、何という大声。ザフトの技術なら、これを武器にすることだって可能じゃないの? そんなルナマリアの思考に、レイの叫びが割り込む。
<動じるな、その機体を確保しろ! 白きブリッツだっ>
レイのザクファントムがすかさず、ビーム突撃銃で白いブリッツに火線を浴びせる。どちらも真っ白い機体。燃えるような紅の空気に、この2機は異様に映えた。
相手は右腕の盾──トリケロスで素早く防御し、もう片方の手でルナマリア機を押さえにかかる。


ザフト機2機と堂々と渡り合えるほどの技術は、勿論マユのものだ。ティーダはトリケロスでビームを振り払いつつ、この複合防盾の先端からビームサーベルを突き出した。ナオトは後席で、ひたすら外部スピーカにがなる。
「僕たちはテロリストでも何でもない! 僕はオーブのSunTVレポーター、ナオト・シライシです!」
ルナマリア機の動きがほんの少し鈍る。接触回線から、相手の声が直接響いた。<やっぱり子供なのね。貴方、利用されてるんじゃないの?>
「違いますよ!」
マユはそんな問答は聞いちゃいない。ザクファントムに向けてトリケロスを突き出したまま、ティーダは驚くべき動作に移った。一旦ルナマリア機を振り払い、一気にレイのザクファントムに走り出す。神速だ。
ティーダは右腕の盾から、貫徹弾・ランサーダートを一発発射する。ザクファントムはそれを回避──
瞬間、ティーダは左腕で、盾からもう一本のランサーダートを抜き放った。刀がわりに、真横からザクファントムを殴りつける。
「これ以上の戦闘はやめてください、ウーチバラだけでたくさんだ! せっかくみんなを助けたのにっ」


「だったら、暴れるのをやめなさい!」
ルナマリアの眼前で、レイのザクファントムが組み伏せられた。あの、少年の声が聞こえるはずのモビルスーツから。
その機体はさらにザクファントムの腰部から手榴弾を奪い、盾のある方の腕で頭部に叩きつけようとしていた。
<データバンクでは、これほどの戦闘能力は……>倒された機体から、レイの──彼にしては珍しく必死な声が響く。
<僕たちはこの暑さの中で、精一杯人を助けたんです。脅されたわけでもなんでもない、僕たちは>
と少年の声で言いながら、そのモビルスーツは二度、三度と、ザクファントムの頭部、肩部を殴りつける。それも、ピアサーロックの大きな牙を持つ、左腕でだ。フェイズシフトを持たぬザクファントムの白い装甲が、ルナマリアの目前で傷つけられていく。
<構うな、ルナマリア! 撃てっ>レイの声。
言われなくたって、やる。ルナマリア機がビーム突撃銃を構えた。
<マユ、やめてよ! やめるんだっ><やーだよっ>
少年の声と一緒に、こちらを馬鹿にしているとしか思えない小娘の笑い声が聞こえた。それは、ルナマリアの激怒を誘う声。
子供の遊び場じゃないってのよ。頭の血管が熱くたぎる。メットを被っていなければ、いつものクセっ毛が1本から5本に増えていただろう。
「こぉの、言行不一致ヤロー!」
ルナマリア機が突進を開始。と同時に、ザクファントムが相手の手榴弾を突撃銃の銃身で叩き落す。同時にザクファントムは、ブレイズウィザードから誘導ミサイル(ファイヤビー)を一斉に発射する。殺しはしない、弾幕がわりだ。
付近の建造物を全て薙ぎ払うが如き、大爆発が起こった。黒煙の間を抜け、飛び出す一筋の輝き。
ザクファントムではなかった。捕獲すべきモビルスーツ──白のブリッツ。


アマミキョ・医療ブロック。
「被弾箇所付近で5m飛ばされた! 頭、右胸、右肩に外傷、血圧100の60脈拍15! そっちは血圧90の50、脈拍60で微弱っ」
戦闘でまたも発生した震動で、患者が泣き喚き、医者・看護師全員がいつも以上に右往左往する中、シホはじっとベッドに座っていた。
人間のみの脱出ならなんとかなる。実際、隊長もそれを望んでいるだろう。
しかし、みすみす相手に機体を奪われたまま逃げるなど、シホのプライドが許さない。何より、ジュール隊長にどんな裁きが下されるか分からない。ザフト最新鋭の機体を、中立とはいえこの連中に奪われたとあっては──
そんな時だった。サイ・アーガイルが、騒乱の最中彼女の前に現れたのは。


白い獣が飛びかかってきた──そうルナマリアが感じたのは、一瞬。
<私のお姉ちゃんになるには、弱すぎだなー>あの少女の声。目の前のモニターに大うつしになっている、敵の頭部。
赤服ともあろう者が、こうも簡単に懐に飛び込まれるとは。こんな状態になれば、次の瞬間に待っているものは明白だ。
「何を言ってるの」大丈夫。声帯までは、怯えていない。ザクウォーリアはビーム突撃銃でのゼロ距離射撃を試みたが、あの巨大な盾──トリケロスで払い落とされた。<可愛い色〜。ちょっともらってもいいでしょ?>
と、恐るべき震動がルナマリアの身体を揺さぶった。右から左から警報音が鳴りひびき、コクピットが警告の光で紅く明滅した。モニターを見ると、脚部と腰部を繋ぐパイプ、そしてエンジン部に近い装甲が、致命的損傷を受けている──
なんてこと。パイプを剥き出しにした機体は危険だって、ヨウランたちにもっと言っておくんだった。目の前の白い機体は、ルナマリア機の紅の装甲の一部とパイプを剥ぎ取り引きちぎり、どことなく嬉しそうに見えて──
<やめて! マユ、お願い、やめてくれ!!>あの少年の悲鳴はまだ響く。


居住ブロック奥の瞑想室は、被弾の影響を著しく受けていた。直撃こそ逃れたものの、室内の壁が崩壊して何名かが船体の外壁部分へ落下していき、うち何名かは外壁に空けられた穴から空中へ放り出されていく。
しかし大多数の違反者はこれをチャンスと捉え、一目散に崩壊部分から逃げ出していた。そして勿論、イザークとディアッカがこのチャンスを逃そうはずもなかった。
ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる男どもの中から、どうにか通路へと脱出した二人。そこへ混乱をかき分けかき分け、サイとシホが到着した。
「ここは危険だ、すぐに38区画に移動して! 被弾箇所には絶対に近寄るな、風がひどい!」サイは大声と身振り手振りで必死に違反者たちを誘導しつつ、ディアッカへ目配せする。
一瞬でその意志を汲んだディアッカは、さらにイザークを振向く。イザークはシホに目で確認する。
言葉はなくとも、十分に伝わった。 


<さよなら、偽のお姉ちゃん>
ルナマリアの抵抗も虚しく、明るい少女の声と共に相手の拳が振り上げられた。
さっきレイの機体を激しくぶん殴った、あのピアサーロックの牙。コロニーの光のおかげで、血塗られた牙に見える。
この機体にフェイズシフトはない。あれでもしコクピット付近を殴られたら──いや、通常はそうする。軍人なら。
しかし相手は声からして、まだ少年と少女だ。それが、ルナマリアの判断を狂わせる。
相手を知ってしまうと動けない。ルナマリアは未だ、普通の少女だった。だが今そんなことを言っている時ではない。相手の牙は、一瞬で彼女のコクピットを、彼女の血と内臓と眼球と共に撃破し──
<馬鹿者! その声も罠だっ>
ルナマリアの子宮と胃に激震が走った。これは、外壁からの地下ハッチが開く時特有の震動。
と思った時には、彼女の前から牙は突き飛ばされ、代わりに漆黒のモビルスーツが立ちはだかっていた。
「ヨダカ隊長!」コロニー外壁からようやくのお出まし、ジンハイマニューバ2型。ルナマリアの声が、弾んだ。


同時刻。ジュール隊はサイの誘導でアマミキョ内壁、通風口を這いずっていた。
「直接カタパルトに行けるのは、ここしかない」暗く狭い管の中、塵で真っ黒になりながら進むサイ。
「監視は?」ディアッカはかれこれ6番目かの梯子を下りつつ、周囲を見渡す。サイは管の中を探った手で思わず顔の汗を拭き、制服も顔も汚していた。「さすがにないはずだ」
シホも、沈黙を護りながらそれに倣う。外からはまだ戦闘の震えが伝わってくる。イザークはサイの様子を注意深く睨みながら、一言だけ呟いた。「借りは必ず返す」 


シンは船を一旦諦めざるを得なかった。あまりにこのモビルスーツの防御は固い。
もとより、自分の役割は陽動──深追いする必要はない。
しかし、先ほどのモビルスーツは何処だ? 地上の様子からすると、恐らくルナマリアとレイがそいつと交戦しているはずだ。既にヨダカも潜入している時刻。
シンはインパルスを反転させ、一気に地上へと向かう。だが。
<チグサに会うにはまだ早いのだ、貴様は!>女──アフロディーテは、執拗に迫ってくる。インパルスに追いついたと思うと機体ごと回転し、蹴りを入れてきた。


アマミキョ・モビルスーツデッキに、ようやくサイたちはたどり着いた。発進口からの強風が渦を巻き、全てを血の空に飛ばさんばかりの勢いだ。しかもひどい悪臭までが漂っている。バイザーをつけた整備士には分からないだろうが。
丁度アマミキョは、ミントンの人工湖──つまり、汚泥の詰まった池の直上へとさしかかっていた。
ジュール隊は既に台車の上の荷物に化けさせられている。サイは風の中を必死で走り回りつつ、叫ぶ。眼鏡が吹っ飛ばされそうだ。「第24区画の外壁が被弾した! このままじゃカタパルトも危ない、動けるクルーは修復作業に向かうか避難して!」
「貴様の命令なぞ、誰が聞くか!」予想通りのハマーの返答が投げつけられたが、サイは負けずに怒声を投げ返す。「フレイの命令だよ!」半分はヤケだ。「さっきの衝撃を感じなかったのか!? 船自体が危ないんだ!」
ハマーは暴風の中でいやに響く舌打ちをしつつ、整備士たちを怒鳴りつけながら走り去る。ミゲルやラスティの姿はない。好都合だ。
その隙に、ジュール隊は動いた。
積荷から飛び出し、予め案内されていた通りにデッキ上部へ移動。固定されていたゲイツR、ザクウォーリア、ザクファントムに素早く乗り込んでいく。アマミキョ用のメットを使用しているから、万一目撃されてもすぐにはバレないはずだ。
サイは必死でカタパルトを横切る。彼の靴にもマグネットはついていたが、ノーマルスーツのものほど強力ではない。結果、制服のままだったサイは強風と熱気に煽られ、発進口付近の手動発進用パネルにたどりつくのもやっとだった。
備え付けの紅の信号灯を取り出し、壁を這いずるようにしてジュール隊に向き直る。


「何て風だよ」ザクウォーリアのコクピットで風速を計算しながら、最後列のディアッカは不安げに下のサイを見守った。この、血のコロニーの圧力が一気に押し込まれてきたが如き重い風の中で、サイはネクタイが無茶苦茶な方向へ翻るのも構わずパネルの操作を始めている。その姿は、やたらと小さく見えた。
<それに、この熱さ…>シホもまた、計器を確認しつつ眉をひそめる。
イザークはコクピットからサイを見つつ、届かないと知りながら叫ばずにはいられなかった。「貴様は戻れ! このままマニュアル発進できる、早くっ」


しかしサイは熱さと暴風と悪臭の中、どうにかパネルの操作に成功した。発進口へ、ゲイツRがまず移動を開始する。「この高さと重力じゃ、モビルスーツが墜落する! 俺がいなきゃっ」
サイがしがみつく壁から空中まで、5mもない。今壁の手すりから離れれば、50mは下の汚泥へ自分が墜落──それでもサイは、何とか信号灯を振った。
まずゲイツRが発進していく。目の先ほんの10mもないあたりを、深いエメラルドのゲイツRの脚部が通り抜ける。サイは壁に叩きつけられ、次に足を空に取られそうになった。まずい、マグネットがろくに効かない。
続いてイザークのザクファントムが発進位置へ。特徴的な単眼がわずかにサイに向き、2、3度瞬いた。おそらく警告だろうが、サイにはイザークの声はもう聞こえない。
信号灯を剣のように、大きく振りかぶる。ザクファントム、発進。耳と服が破れるかと思うほどの重い空気がサイの全身を殴りつける。


ブリッジでは当然、その異変はキャッチされていた。
「ザフト機2機──発進?!」アムルが金切り声をあげる。副隊長が、すべてを見透かしたように大きなため息をついた。「案の定、てか……」
「まさか、あの子が?」アムルは呟いた。その一言は、ブリッジほぼ全員の心境を代弁していた。


ようやく、3機目が発進位置についた。ディアッカのザクウォーリアだ。
2機が発進したおかげで、カタパルト内部の乱気流がひどくなっている。でも大丈夫、これで終わりだ。サイは顎からの汗を払いつつ、3度目の信号灯を振り──
途端、怒声がカタパルト中に反響した。「おい土下座! 銃殺されたいか!」
言うまでもなくハマーだ。よりにもよってこんなタイミングで!
サイが舌打ちするより先に、レンチが飛んできた。同時に、ザクウォーリアのバーニアに火が入り、カタパルトを滑降し始める。
何とかレンチをよけたサイだが、その代償に壁にとりつくタイミングを逸した。
結果、次の瞬間にはサイの身体は弾き飛ばされていた。カタパルトの床に上半身を叩きつけ、0.5秒後、彼はザクウォーリアやレンチと共に、紅に満ちた空中へ弾き飛ばされた。
「ち……レンチが無駄になっちまったぜ」ハマーの呟きを聞く者は、いない。


「しまった!」ディアッカが気づいた時には、遅かった。サイは既に木の葉のように、熱い血で煮えたぎる空へ放り出されていた。その真下は、泥水の池。いくら水面とはいえ、この高さで人間が落ちれば──
反射的に、ディアッカは機体を反転させていた。ザクウォーリアに大気圏飛行能力はないぐらい承知している、しかし水面に叩きつけられる前に何とかしなければ「ミリィが泣くぜ!」
<ディアッカ!>イザークの通信が入るが、同時にディアッカは叫んでいた。「バカが落ちた、先に行け!」


「面倒だなぁ。行くよ、ナオト!」
「行くって、まさか!?」
「これだけ囲まれちゃったら、カタつけるにはこれしかないでしょ!」完全にザフト機に包囲されたティーダ。そのコクピットでは、マユがまたもキーボードを操っていた。既にハロはマユとナオトの真ん中で、目を明滅させながら「ジュンビカンリョウ、ブックオブレヴェレイション、オンライン」を連呼している。
「一度起動してるから、簡単だよ。初体験と一緒!」
「何を言ってるんだ君は! あんなのをもう一度?」ナオトは、あれのおかげでコクピットで失禁した恥を、忘れてはいなかった。
しかし、「殺したくないんでしょ?」マユに笑顔で言われると、うなずかざるを得ないナオトだった。「分かったよ……」
あんな戦闘方法を取るマユをもう見たくはないというのが、ナオトの本音だった。彼もまた、マユとハロの指示通りに、キーボードを操り始める。あの、黒いジンにやられる前に!


ティーダが、永遠の血の夕闇の中、再び閃光を放った。
コロニー外のミネルバ、ボルテールもこの光を目撃した。ミネルバではアーサーが驚愕の声を上げる。ややオレンジに染められたコロニー、その端で、白色の小爆発が起こっている。


ティーダの光を背景に、ザクウォーリアは決死の降下を続けていた。マニピュレータを伸ばす、その先には落ちていくサイの身体があった。既に気を失っているらしい。
「間に合え!」ディアッカは落下速度をうまく調節できるよう、機体を制御する。黒に近い泥の水面が迫る。ティーダの光はさらに強くなったが、ディアッカは未だに気づいていなかった。
次の瞬間、盛大な泥しぶきと共にザクウォーリアは水面に激突する。


ルナマリアもレイもヨダカも、さらにシン、カイキ、そしてフレイも全員が、光を目撃した。
<通常の遮光フィルタは効かん、モニターを切れ!>ヨダカの通信が響くが、ルナマリアの神経はそれより先にティーダにやられていた。何しろ、目と鼻の先に機体があったのだ。
「何これ……身体の中に入ってくる!」退け。撤退しろ。その機体に手を出すな。
強迫観念に近いものが、彼女の脳を蝕んでいく。それはレイも同じのようだ。<退け、ルナマリア! こちらもこれ以上の戦闘は不可能だっ>
そんな彼らの前に、不意に降り立った2機のザフト機があった。ザクファントムに、ゲイツR。
<やめないか貴様ら! ザフトがあの船を襲う理由はない!>


「誰だ……何か感じる、これは……」
ティーダの光を受けたインパルスは、遂にアフロディーテの手で地上に叩き落されていた。幸い、致命的な損傷は受けていない。
本来のシンならば、この仕打ちに異常なほどの怒りと屈辱を感じていたはずだった。しかし、光を見た彼は、光の向こうに感じた。
もう、感じるはずのないものを。もう、永遠にその手から離れたはずのものを。
悠々と上空へ帰っていくアフロディーテを追うことすら出来ないまま、シンはその感触に慟哭せずにはいられない。
「マユ……似てる、マユなのか!? そこにいるのは!」

 

 

つづく
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