ユニウスセブン落下まで、残り10時間。
ティーダコクピットで調整中のナオトの声が、パネルを殴る音と共にブリッジへ叩きつけられる。<どういうことです! どうして動くんだよ、あんなものっ>
まるでフレイたちが動かしたとでも言いたげなナオトの言動だったが、サイが諌める。「今は原因を探るより結果に対応するんだ」
<よくもまぁ冷静でいられますねサイさん! オーブがどうなってもいいんですかっ>
「パニクってヒスって状況が変わるならずっと怒鳴ってろ!」サイもいい加減疲れが出ていた。
そんな狂騒を横目に、フレイは呟く。「どうして、ではない。誰が、だ」
リンドー副隊長は、その言葉を聞き逃さなかった。「今犯人探しをした処で始まらんよ。どうするねアルスター隊長、大気圏突入はおじゃんかな」
「無理に決まってる! それより、どうにかして軌道変わらねーのかっ」操舵士オサキが怒鳴り散らす。監視モニターで船内を見ると、各所で騒ぎが発生していた。いまやオーブ、チュウザンは勿論、地上の全域が危機に晒されているのだ。地球育ちの者が大半の船内、冷静になれる者がいようはずもなかった。
「いや」フレイは腕を組みなおし、もう一度モニターを真正面から見つめた。視線だけで画面のユニウスセブンを破壊しようかというように。「今からではオーブや連合艦隊がどれだけ出たところで、奴の軌道は変わらん」
「だったらどうしたらいいのよ! このまま破滅を待てっていうの?」アムルもまた、フレイの静かな言葉への反駁を隠せなかった。だが、フレイは彼女の存在を全く意に介さない。
「このまま、大気圏突入は敢行する」ブリッジの人間全てを叩きのめすかのようなフレイの一言が響いた。
そんな馬鹿な。隕石が降りそそぐやも知れぬこの状況で突入シークエンスに入るというのか? あまりのことにかえって静まりかえったブリッジに、フレイの声はただ響く。
「ザフトの艦隊が破砕作業に入っているとの情報を得た。あのようなデカブツでも、小さく砕けば大気圏内で燃やすことも可能だ」
「あんな大きなもの、砕き切れるはずないでしょ」アムルのヒステリックな声は相変わらず、ブリッジの苛々をかき立てる効果があった。だが彼女が言い終わらぬうちに、フレイは断言する。
「砕き切るんだ」
強固な意志を言葉の裏に感じ取り、サイは思わず呟いた。「俺たちが、か」
PHASE-08 プラント崩落
きっちり10時間後、アマミキョはチュウザン上空の軌道に達した。本来ならここから大気圏突入コースのはずだったのだが、当然ながら手順は変更されている。
ユニウスセブンの落下コースを出来うる限り正確に把握し、チュウザン付近へ落ちる軌道のものを集中的に叩く──それが、フレイの作戦だった。また、チュウザンを襲うであろう残骸を叩くことは即ち、その先のコースにあるオーブ北端を守ることにもなった。残念ながら、その他の地域に関わっている余裕はない。オーブ国土の直接の被害は微小という予測は既に出ており、それがクルーたちに冷静さを取り戻させていた。
「視認できました! あれですっ」オペレータ・ディックの声が響くと同時に、フレイはブリッジから飛び出した。「出来る限り接近しろ、全機出撃位置へ!」
モニターに映し出されたユニウスセブン。ザフト艦はかなり奮闘してくれたものと見え、真ん中から水色のクッキーのように大きく二つに割れ、さらにその破片が次々と真空へ舞い散っている。
「それでもまだ、あんなに大きいのか」眼前に迫ったプラントの残骸。サイは改めて、その絶望的な威容を呪わずにはいられない。本体はアマミキョからはまだまだ遠いが、そこから離れた断片一つですらも、落ちれば都市ひとつを壊滅させる威力はあるだろう。
そのような破片が今、無数に星に降りそそごうとしている。アマミキョはそのデブリ群の眼前に立ちはだかることになった。
今度ばかりは、誰もこの作戦に異議を唱える者はいなかった。プラント落下からチュウザンを、地上を守る──それは救助隊アマミキョの前に立ちはだかった、かつてない巨大プロジェクトである。
ウーチバラ襲撃のショックから立ち直り、救助隊としての自覚を取り戻し始めたアマミキョクルーの心が湧き立たぬはずはなかった。
「あそこでユニウス条約が締結されて、まだ2年も経っていないのにっ」既にナオトはティーダコクピットに待機していた。マユは今回は後席である。前席は戦闘担当である為本来はマユが乗るべきだったが、怒りに燃えたナオトは聞かなかったのだ。また──
「100年は安定軌道を保障されていたものが、いきなり変わるわけないよねー」このマユの発言も、ナオトの感情を暴走させていた。じゃあ、人為的になされた行為だというのか! これが!
重力の境界ギリギリの宇宙へ、M1アストレイ7機が全機出動していく。本来作業用でビーム兵器の類は持っていないアマミキョのアストレイ隊だが、その代わり彼らは手榴弾を機体に山ほどくくりつけていた。「こんな大仕事、感謝するぜ」「ポイントまるもうけだ」「馬鹿? あれを砕くのは、救助隊の使命よっ」威勢のいいパイロットたちの声が、ナオトのコクピットにも響いた。
アマクサ組はカイキのカラミティが先鋒だ。勿論砲撃戦装備である。続いてティーダが宇宙へ飛び出した。
「人間相手じゃないから、盛大にぶっ放しますよ!」胸元のフーアのお守りを握り締め、ナオトは叫ぶ。出撃時のGは早くも慣れたナオトだった。「前席、ホントに大丈夫?」出てしまってからマユが聞いてきたが、ナオトは余裕でバイザーまで上げ笑ってみせた。「訓練の成果を見せてあげるよ」
<重力には気をつけろ、危ないと思ったらすぐ戻れ>サイの声が聞こえてくる。アマミキョの砲門が開かれる。ヘルダート──本来、アマミキョコアブロック防御目的でのみ造られた対空機関砲。あれで撃つのだ、ユニウスセブンを。
「サイさんたちも気をつけて!」ナオトが言うより早く、砲火が放たれた。リンドー副隊長の「ヘルダート、撃てーっ」の声と共に。普段のボソボソ副隊長からは想像もつかぬほど轟く声だった。昔ザフトの白服だったという噂は、本当だったのだ。
ティーダ、カラミティ、アストレイの眼前に迫っていた巨大なビルの構造物が、一瞬で破壊される。ウーチバラを出て初めて、アマミキョの砲がその威力を発揮した瞬間だった。
そしてフレイが、アフロディーテで出動した。あっという間にカイキのカラミティに追いついたかと思うと、またも例の光の帯の技を披露する。全砲門を開きっぱなしにしたカラミティを、アフロディーテがIWSPの推力のみを利用して投げる──デブリ清掃にはもってこいの戦法だった。カラミティの射線にアストレイやティーダがいなければの話だが。
<どけっ、ティーダ!>いつになく必死なフレイの声が響いたとほぼ同時に、彗星のようになったカラミティがナオトの目の前をすっとんでいく。シュラーク、トーデスブロック、スキュラ──カラミティの光が、ユニウスセブンの構造物を一瞬にして炎の華にしていく。だが、破壊してもその破片はまだ大きかった。
アフロディーテはカラミティを投げ飛ばしてすぐにバーニアを噴かし、等速でデブリの海を突っ切るカラミティに追いつくが早いかもう一度カラミティを掴んだ。
ナオトが唖然としている間に、再度フレイの警告。<そこのアストレイ、邪魔だ!>
そしてまたもカラミティが投げられ、閃光のカーテンが闇に展開される。慌てて射線から退避したアストレイだが、危うく脚部をもがれる処だった。
目の前の残骸どころか、地球まで破壊するかのようなフレイの勢いだった。
カタパルトではそのフレイの戦い方に慌てふためいた整備士たちが、大急ぎでエネルギーパックを用意していた。ミゲルは舌打ちを禁じえない。「やばいぞフレイ、それじゃエネルギーパックがいくらあっても!」
スカイグラスパーにはラスティが乗り込んでいる。「俺が補充役に回る。フレイと一緒に出るよ、エネルギーが切れたらIWSPだけ外して俺が持って帰る、IWSPの予備バッテリーにエネルギー流し込んでフレイの処へ持ってけばいい」
「それなら、フレイが戻る手間は省けるが……うまくいくか?」ミゲルは不安げだが、ラスティは構わずエンジンを始動させた。「こんな時に、スカイグラスパーを使わないって手はないだろ」
「嬢ちゃんの為だ。効率3倍上げ、やるぜ!」ハマーもフレイの戦いに喚起され、整備士を威勢よく怒鳴り散らしていた。
ブリッジではオサキが、操舵に四苦八苦していた。「ザフトの役立たず野郎、もうちょい小さく砕いとけってんだっ」砲撃を繰り返しながらも、巨大デブリをよけるので精一杯なアマミキョだった。サイもアムルも、破片の位置の特定に必死だった。大気圏突入を間近にして損傷が発生すれば、船にどんな影響が出るか分からない。
既に外では、5枚目の光の織物が拡がっている。そこへ、その場にそぐわぬ声が流れてきた。
<星が終わる光景を、自分は見たくありません。この破片が落下すれば、チュウザンは勿論、東アジア共和国、ユーラシア連邦、大西洋連邦の国々に多大な損害が出るばかりでなく>
ナオトだ。こんな時にも実況にこだわる執念に、サイは呆れを超えて感心した。その間にも、ティーダは目の前の岩盤を次々と撃っていく。住宅の建築材だろうか、あれは?
<長期的観点からの影響は避けられないでしょう。大地が落ちる時、燃えた土が巻き上がり、太陽を遮り、川は汚れ、作物は枯れていく。そして落下の衝撃により、海底火山など地底への影響も考えられます>
「ナオト、すごいっ」マユに褒められながらも、ナオトは喋りと射撃をやめない。「黙って! この光景を焼きつける……かつてプラントの悲しみの象徴であり、平和を約束された地であるユニウスセブンが今、何故大地に降りそそぐのでしょうか!」
ティーダは撃つ。未だに収容されていない遺体の腕が爆砕されるのが見え、ナオトは一瞬だけ平静さを取り戻した。
人がいたんだ、ここは。オーブや、ウーチバラと同じに。そして何も知らない人が、何も知らずに死んでいった。フーアさんやアイムさんと同じに。
「人類に対する神の業火なのかは分かりませんが、これが落ちれば、ここで亡くなった24万3721名の魂は、地球を滅ぼす火になります! それでは報われませんっ、あまりにも」
ナオト、撃つ。「学校の教室でしょうか──黒板と机の残骸のようなものが、何かの布切れと一緒に飛び散っていきます」そこでナオトは、一旦マイクを切った。
「ごめんなさい」一言謝罪しながら、「誰かを殺す前に、貴方たちを燃やします。その方がいいでしょ」
ティーダのレーザーライフルが、また火を噴いた。「今度撃ったのはオフィスでしょうか、大量の書類が紙吹雪のように真空中を舞っていきます」
その背後ではM1アストレイが紅白に彩られた機体から、手榴弾を次々に投げつけていく。そして作業用ドリルで破片を砕く。<チーズケーキ丸ごと、いっただき!>ひときわ大きな建造物を破壊してのけたアストレイから、女性パイロットの高笑いが響いた。ポイントが次々に手に入るとは、それだけ豪勢な食事が約束されるということだ。
ブリッジにも、ナオトの実況はそのまま流されていた。
「この余裕のない時に、あの馬鹿!」オサキが舵を切りながら怒鳴ったが、リンドー副隊長は微笑んでいた。「こんな時だからさ。歴史的実況になるぞ」
サイはモビルスーツ、そしてアマミキョの位置確認に追われていた。「もうすぐ重力に引かれるっ」
と、その時フレイの怒声が響いた。<抽象的言語を使うな、時間が残っている限りやる!>
エネルギーの切れたアフロディーテが帰還してきたのだ。
<どけっ、ノーマルスーツ!>
凄まじい声と共にアフロディーテが突っ込んできた。カタパルト内に浮遊していた整備士たちが慌てて散っていく。フレイとハマーの怒鳴り声がなければ機体に激突していた者が出ただろう。
フレイはハッチを開いて顔を出すや否や、矢継ぎ早に各部へエネルギーパック充填命令を下していく。「20秒しか待てん、急げ!」
それに伴い、ハマーの声も大きくなった。「ぼさっとしてるクソたれは、全員ユニウスと一緒にデブリになってもらうぞ、アホンダラ!」
あながち冗談ではない。何しろハマーは1ヶ月ほど前、ヘマをした整備士を船体の外の宇宙へ、ワイヤー一本しかつながっていない状態で放り出すという仕打ちを、実際にやってのけたのだ。一瞬で整備士たちがアフロディーテにとりついた。
その間にミゲルがフレイに耳打ちし、フレイはスカイグラスパーのラスティに視線を送り、無言でうなずいた。アマクサ組の意思疎通は、それだけで十分だった。
きっちり20秒後、アフロディーテはスカイグラスパーと共に飛び出した。
再出動したアフロディーテが、IWSPからデブリに向けて砲撃しつつ、ティーダに近づいていく。フレイの声が、ティーダのコクピットにも響いた。
<耳ある者は、聞け。
捕らわれるべき者は、
捕らわれていく。
剣で殺されるべき者は、
剣で殺される。
ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である>
「フレイさん? また聖書か」
「ヨハネの黙示録の第13章9-10節だよ。よほど怒った時しか読まないけどね」
「今日という今日は、僕もフレイさんの気持ち分かるよ」
ナオトが言った瞬間、フレイの映像がモニターに現れた。<マユ、私を投げ飛ばせ。カラミティへだ>
「オーケー! あれだねっ」
「あれって?」ナオトが聞くのも構わず、マユは意気揚々とパネルをいじり出す。フレイの通信は続いていた。<マユの技術では、推力の調整が問題だな。
ティーダ、アマミキョ外壁に移動しろ。アマミキョ、聞こえるか! 重力場を外壁8番区画へ展開!>
「何だって?」いきなりの命令に、ナオトのみならずブリッジのサイも動揺を隠せない。だが、フレイは有無を言わせなかった。
<見ていれば分かる、急げっ>
「了解」今までの経験から、戦闘に関してはフレイにミスはない。サイは回線を船内へ繋いだ。「外壁区画8番付近の人に警告します、外壁方向へ重力をかける! 衝撃に備えてっ」
居住ブロックと医療ブロックの間をリフトグリップで移動していたカズイとトニー隊長他数十名は、サイの警告が終わらぬうちに一気に床へ叩きつけられた。しこたま腰をうったカズイの上に乗っかりながら、トニー隊長は情けなく怒鳴る。「何なのだ、今度は!」
そんなトニー隊長の上から、さらに2、3人の男の身体が降って来る。カズイは素早く隊長の下から抜け出たが、トニー隊長は数人分の体重を一気に喰らうハメになった。
続いて床の下から来た軽い衝撃に、カズイは気づいた。すぐ外に、モビルスーツが着地したんだ──
ティーダがアマミキョ外壁に着地してすぐ、アフロディーテが追いついてきた。ティーダはそのままアフロディーテの両の脚部を掴むと、左脚を軸にして大回転を始める。アマミキョの重力場と、外壁の堅固さに頼った戦法だった。
「壁に穴空いちゃったら、ごめんね〜!」マユは笑いながら、ティーダと一緒にアフロディーテをそのままぐるぐる回す。その機動に慣れていないナオトはあっという間に目を回してしまった。
勿論フレイは平気な顔である。ジャイアントスイングの要領で大きく回され続けるアフロディーテのIWSP──115ミリレールガンとガトリング機関砲から、一気に火線が飛び出した。勿論、手持ちのビームライフルも全開だ。
アマミキョを中心に、光の向日葵が咲く。その花びらを生んでいるのはアフロディーテであり、中心にいるのはティーダだった。5回、6回、7回と生みだされた炎の向日葵は、アマミキョ周囲の岩盤を一瞬にして突き崩していく。
フレイとマユの恐るべき機動はそれだけに留まらない。さらにティーダは10回目の回転の後、遥かデブリの向こうのカラミティに向けて、アフロディーテを投げ飛ばしたのだ。
無数の小さな破片など、アフロディーテのTP装甲はものともせずに弾いていく。一気にカラミティのもとへ到達したアフロディーテは、そのままカラミティを掴んで再び投げ飛ばした。勿論、カラミティの砲門は絶好調のままで。
丁度10度目の砲火がアマミキョから放たれたが、必死の努力にも関わらず破片はまだまだ大きかった。
何しろ、24万からの人間が住んでいた場所である。戦艦を撃沈するのとは訳が違う。
サイはアマミキョとデブリ、そしてユニウスセブン本体の位置と軌道確認に必死で、すぐ後ろにリンドー副隊長がのそりと近づいていたのに気づかなかった。
「破砕作業に、ジュール隊が参加してるそうだ」耳元でいきなり呟かれ、サイは思わず立ち上がる処だった。だがすぐに、モニターで拡大されているユニウスセブンを振り返る。
あそこに、ジュール隊がいる?
大きく割れたユニウスセブン本体の周りを取り囲む、数隻のザフト艦。それらの船やジュール隊にサイは感謝したかったが、同時に呪いたい気持ちにもかられた。
エルスマン。君たちはもうちょっとやれるはずだろ!
外ではフレイがまたしてもカラミティを投げ、光の華で岩石を破壊し続けている。いい加減エネルギーが切れたカラミティは丁度アマミキョの前方で姿勢を制御し直し、カタパルトへ帰還していく。
そしてラスティのスカイグラスパーもまた、キャノン砲で散らばるデブリを破壊していた。
アフロディーテのエネルギーが早くも尽きかけているのを見て取ったのか、スカイグラスパーは機敏にアフロディーテに接近する。と、アフロディーテが背中のIWSPを切り離し、スカイグラスパーは慣れた機動でそれを受け取った。
これでアフロディーテは素のダガーLに戻ったことになるが、それでもフレイはビームライフルのみでユニウスセブンの破片を撃破し続ける。スカイグラスパーは即刻アマミキョに帰還し、IWSPの予備バッテリーにエネルギーを充填し、着艦から10秒で再出動していく。ザフト軍だろうと十二分に通用しそうな速さだ。スカイグラスパーからIWSPを受け取り、再びアフロディーテは翼を取り戻す。
この光景を見ながら、サイは歯噛みせずにはいられなかった。
何をやっている、ジュール隊は。ヤキン戦において、核の脅威からプラントを守り、ジェネシスの猛攻撃からアークエンジェルを守り抜いたあの、イザークとディアッカは何処へ行った。
フレイたちがこれほどまでに頑張っているのに、君たちは何をやっていたんだ、あそこで!
──残念ながらこの時のサイには、ジュール隊がサトーらテロリストの攻撃を受け破砕作業を妨害されたことまでは、知らされていなかった。また、かつて自分たちを襲ったミネルバ隊とファントムペインがユニウスセブンの上で激突したということも、サイは勿論アマミキョクルーは誰一人として知らなかった。そして当然、あのアスラン・ザラがミネルバ隊と共に破砕作業に参加していたということも。
所詮ザフトは、プラントを根城にするコーディネイターたちは、地球に住むナチュラルなどどうでもいいというのか──サイの心に僅かな疑念が走った。
その間にカラミティがエネルギー充填を終え、再出動していく。その先には、アフロディーテが待っていた。
<やるか、フレイ!>意気込んで叫ぶカイキのメットの中では、既に汗が滝のように流れ出している。にも関わらず、彼はフレイの無言の命令に従った。
ティーダの代わりにアマミキョ外壁重力場に立ったアフロディーテは、先ほどティーダが自分にやったのと全く同じ要領で、カラミティを掴みそのままぶん回し始めた。
先ほどよりひときわ激しく光る火球が、宇宙に出現した。アマミキョを中心として拡がっていく、幾筋もの光条──ティーダもアストレイ隊もスカイグラスパーも、よけるのが精一杯だ。
その光のおかげで、サイは我に帰った。自らの心をよぎった闇に気づき、急いでそれを打ち消す。
アークエンジェルに乗っていた俺が、未だにその考えに囚われてどうする。キラも、ラクス嬢も、アスラン・ザラも、カガリ代表も皆、そんな闇を超えた高みにいるんだ。
そして、今俺の目の前で戦い続けるフレイも。あれだけコーディネイターを嫌っていたフレイが、コーディネイターと自ら名乗り、自らの手で戦っている。
キラに見せたい。今のフレイの姿を。キラ──フレイはお前なんか蹴飛ばしちまうくらい強くなって、帰ってきたぞ。
サイは同時に気づいた。ジュール隊を責めてはならないことに。
何を馬鹿なことを考えていたんだ、俺は。あのエルスマンが、ミリアリアがいるであろう地上が危ないという時に、手を抜くなどということがあり得るものか。
それだけ、フレイの戦い方が鬼神だというだけの話だ。
見ると、またもフレイはカラミティを投げていた。重力場に引かれない方向、しかもアマミキョやアストレイやティーダが射線にいない方向を一瞬で探り当てて正確に機体を投げる──
何故、そこまでして戦える、フレイ?
アフロディーテの死角、つまりアマミキョ船体の反対側に位置していたスカイグラスパーがアフロディーテのエネルギー切れを見越して回り込み、再び切り離されたIWSPをキャッチする。そしてまた、スカイグラスパーはアマミキョへとって返す。またスカイグラスパーがIWSPにエネルギーを充填して戻ってくる間に、アフロディーテはビームライフルで縦横無尽に岩盤の間を動き回る。
サイが耳を澄まして通信をよく聞くと、アフロディーテから切れ切れながらもフレイの声がキャッチ出来た。
──いや、声じゃない。これは、息切れか?
<死ぬな、死ぬでない。絶対に死なさぬ、皆の者!>
確かにフレイは、呟いていた。戻ってきたスカイグラスパーからIWSPを受け取る間に。
その時サイの手元のモニターが、警告を発する。アマミキョが重力に捉えられるまで、残り200秒もなかった。
フレイの消耗は、ティーダで動き続けるナオトも気づいていた。尤もナオトも、マユの凄まじき機動に振り回され限界に来ていたが。
考えられない。モニターに異常がなければ、確かにさっき見たフレイは汗をかいていた。しかも、息切れまでしていた。
「人間だったんだ、あの人も」そう呟くナオトの前で、フレイは再びカラミティを投げる。今度は、ひときわ大きな岩盤に向けて一直線にカラミティが飛んでいく。
「危ない!」思わずナオトが叫んだが、マユは平気な顔だった。兄が、岩盤に激突するというのに──
「トランスフェイズをなめんじゃねぇ!」ナオトの声に刺激され、カイキはカラミティの中で叫んでいた。そのままカラミティは速度を全く変えず、かつて農地であったのか、ひときわぶ厚い土の塊を含んだ構造物に突っ込んでいく。その大きさは、カラミティの20倍はあったが──
かつてデブリに衝突して爆砕された幾多の魂が、この瞬間泣いたことであろう。カラミティに施されたフェイズシフトの威力は、機体より先に岩の方を粉砕していた。
勿論、この時パイロットのカイキが被った衝撃も尋常なものではありえず、カイキはコンソールにメットを打ちつけてバイザーを割り、額から相当の出血をするハメになった。
それでもカイキは、笑っていた。「チグサ、見てるか。俺はやるぜ、お前の為にな」
サイには分からなかった。フレイもカイキも、何故そこまでして戦う?
ブリッジからでも、フレイの消耗は見て取れた。それにあの言葉は何だ?
「皆の者」とは、誰のことだ。アマミキョクルーに向けての言葉とも解釈できるが、フレイは遥か眼下の大地──地上に向けて言い放ったようにも思える。チュウザンへ向けて。
だが、サイがそれに思いを馳せている暇はなかった。モニターからの警告がさらに大きく鳴り響く。
重力に引かれるまで、残り──サイは叫んでいた。「フレイ、ナオト、カイキ、ラスティ、アストレイ隊、皆戻れ! あと150秒っ、もう危険だ!」
「突入シークエンスに入る、砲門閉じろ!」リンドー副隊長が命令を下し、操舵手オサキが舵を握りつぶさんばかりに身構えた。
外ではまたもや、アマミキョの重力場を利用したティーダが光を放つアフロディーテを投げ、その先でアフロディーテがカラミティをキャッチし、アフロディーテが砲門全開状態のカラミティを投げるといった、神をも恐れぬ連携プレイがなされていた。
<ティーダは戻れ、貴様らの動きでは重力に捉えられる!>
フレイの怒声がコクピットに反響したが、ナオトは強情だった。
「まだ大丈夫、いけます!」丁度ティーダは今、フレイやカイキとの連携を成功させたばかりで調子が良かった。アマミキョから離れると、さらに前方の岩盤のあたりまで突っ込んでいく。
重力の衝撃を、ナオトの身体も感じ始めていた。心臓も胃も脳みそも血管も、あの蒼い星へ引きつけられていく。
「ナオト、戻ろ。フレイとお兄ちゃんの命令だよ」「ティーダ、モドレ。ティーダ、モドレ」マユとハロが同時に警告を発したが、ナオトはそれでも破砕作業から退こうとはしなかった。
これは、大気圏突入の恐ろしさを知らぬ少年の、幼さと浅はかさ以外の何物でもない。
ブリッジからは、サイの声が何度も響いている。<何してる、ナオト! あと120秒切ったんだぞ、重力圏突入までっ>
「まだ大きすぎるじゃないか、どの破片も!」ナオトはそれでもティーダのレーザーライフルを撃ち続ける。「その為のバリュートとTP装甲強化でしょ、サイさん! 感謝しますよ」
それを言われ、回線向こうのサイは一瞬口ごもる。畳みかけるようにナオトは怒鳴った。「僕だってね、半分コーディネイターなんですよ!」
細かく砕かれたかつての大地は、やがて紅に染まり炎となっていく。既にはるか遠方では、砕ききれなかった構造物が燃えさかる車となって地上に落ちようとしている。あそこでは、もう間に合わない──その手前では、M1アストレイ隊がアマミキョへ次々と帰還していた。どの機体も、炎熱で磨耗している。カタパルトでハッチから飛び出すや、半分気絶しかかるパイロットもいた。
しかし未だにアフロディーテとカラミティ、そしてティーダは重力の境を蠢いていた。ラスティのスカイグラスパーも、それに伴い7回目のアマミキョ、アフロディーテ間の往復をするハメになっていた。
<フレイ、ダガーLじゃ突入は危険だ! ティーダも戻れよっ>
<何を言うか、コクピット部分はTP装甲があるっ>
<あんたがここで死んだら、俺たちどうなるんだよ! アスラン・ザラは、キラ・ヤマトは……いや、そんな問題じゃ>
<喋りすぎだぞ、ラスティ!>
フレイの紅の機体も、摩擦熱を大分帯びてきているのが視認出来た。ラスティとフレイの会話を聞きながら、ナオトもまたティーダコクピットで、衝撃に備える。内臓どころか、身体中の全ての水分が引き寄せられていく。
<戻れなくなるぞ、せめてバリュートを開けっ!>サイの声はしつこかったが、ナオトは反抗的に言葉を投げ返した。「そんな事したら、破砕作業が出来なくなるでしょ! いい加減にしないと、切りますよっ」
<いい加減にするのはどっちだ、突っ込みすぎてるんだぞ>
「カラミティは岩石を壊したんだ、僕だって」ナオトはサイの言葉を無視し、胃からわきあがる吐き気に耐える。
説得を諦めて帰還していくスカイグラスパーが、モニター横を流れていった。その時──
「ねぇ、ナオト! トランスフェイズシステムがおかしい」いつもの能天気さを感じられないマユの声が、後席からナオトの背を打った。
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