松野家三男が生保営業を始めました。序

 

ほぼ衝動的に書いてしまった、某業界内情暴露の体を借りたチョロ松SSです。
※エロはありません。
※おそ松さん第11話までのキャライメージをもとに作成したため、それ以降のキャライメージと大きく相違していても当方一切責任は持てません。
※作中のネタは第11話までのものを大量使用しているため、TV版未見のかたは意味不明な点が多々あると思われます。
※一部鬱展開、グロ表現あり。
※名無しですが女性オリキャラが登場します。
※作者当人が10年以上も前に半年ほど在籍していた某国内生保における実体験を元にしたSSとなっております。
当時から若干年数が経過しているため、現状とは相違している可能性があります。
以上を踏まえた上でお読みいただければ幸いです。

 

 

「フッ、出来たぜマイブラザー。これでいいか?」「カラ松・・・・・・頼むからさ、名前の前後に十字架書くのだけはやめてくれない? あと、GREAT☆って何。絶対いらない、やり直し!」
「・・・・・・書けた」「契約者印欄に肉球を押すな一松。何度も言うけど、こんな契約書出されたら笑われるの俺だからね!?」
「できたよー! チョロ松兄さん、これでオーケー!?」「名前は漢字で書けと言ったろ十四松ゥ!! 契約書に楔形文字で名前書くヤツなんて聞いたことない!!」
「あーもー、面倒くさくて死にそー!!」「長男に至っては契約書真っ白なままかよ!!」
「ねぇチョロ松ゥ。どーせならさぁ、全部お前が書けば? お前が提案してお前に無理矢理入らされるんだから」「ダメ」
「はぁ!? だって面倒くさいよこんな契約書だの告知書だの意向確認だの、なんでこんなにたくさん名前書かなきゃいけないの! やっぱ代わりに書いて♪」「絶対にダメ。名前は契約者自身の手で書くのが鉄則だからね、兄弟全員の筆跡一致の上、募集人と契約者の筆跡まで一致とかありえないから!! そうなったら査定部門から怒られるの俺だからね!!」
「えぇ〜、バレるわけないじゃんそんなの、微妙に筆跡変えて書けばだいじょぶじゃ」「バレるんだよ! 査定担当の眼力甘く見るな!!」
僕ら6つ子は今、チョロ松兄さんの命令でとある契約書を書かされていた。いつも履歴書を書いているのと全く同じ騒動を繰り返しながら。
「ふぅ。まともなのはトッティだけか」そう言いながら、チョロ松兄さんは腕組みしながら僕の前にどっかと座りこむ。「ねぇチョロ松兄さん、ちょっとお願いしていい?」
「何」
「いい加減その、トッティってやめてくんないかな?」
「え? だってお前、トッティだろ」
「涼しい顔してよく言えるねぇ! 言われるたびにいちいち臓腑えぐられるこっちの身にもなってくれる?!」
「そうか。うん、そりゃ悪かった・・・・・・えっと、
・・・・・・トド松」
「今明らかに名前欄見ながら言ったよね!? そのちっこい黒目、明らかに弟の本名再確認してたよね!? なんでぇ!!??」
「なーチョロ松ぅ」早速書き損じた契約書を破り捨てながら、おそ松兄さんがうーんと伸びをする。「俺ら全員に保険金かけて、保険金殺人とかたくらんでないよね?」
「するわけないだろ、どっかの長男じゃあるまいし。
そもそもこれは死亡保険金がそれほど大きくない医療保障タイプの保険なんだから、俺以外の全員死んだところで大した金にはならないんだって。説明しただろ?」
「その死亡保険金とか医療保障とかだって、みんな理解できたか怪しいけどね・・・・・・特に十四松兄さん」
「だいじょーぶ、俺分かるよー! ケガした時にお金が出るんでしょー!?」
「そう。つまりクソ松を殴り続ければ自動で金が入るって寸法だ」「えっ? ちょ・・・・・・」
青くなるカラ松兄さんを尻目に、チョロ松兄さんが突っ込む。「おい一松! 断じてそんな目的で俺はお前らに保険をすすめたわけじゃないからな!! そんなんバレたら一家全員ブラックリスト入りで」
分かったからもう青筋引っ込めろよクソダサ兄さん。「だけどそもそもチョロ松兄さんだって、内容分かって売ってるの? こんなややこしい設計書、父さん母さんはともかく僕以外の兄弟に理解できると思えないんだけど!!」
「さりげなく兄を下げるなこのドライモンスターが。こっちはこれでも、ちゃんと1カ月勉強したんだぞ」



ことの起こりは、ほぼ1か月前にさかのぼる。
いつものヘの字口を珍しく逆ヘの字にしたウキウキ笑顔でハロワから帰ってきたチョロ松兄さんは、開口一番に僕らに就職決定を告げた。それが何と、超大手生命保険会社のセクロス生命!
ニートの6つ子から、まさかのチョロ松兄さんイチ抜け。しかも超大手の会社。
一体どういうコネを使ったのか、僕らはみんな不思議だった。だけどよくよく聞いてみると・・・・・・
「ハロワ帰りに女二人組に呼び止められたぁあ!?」
「マジで!? それだけぇ!?」
僕らがチョロ松兄さんを取り囲んで口々に尋問したところ、兄さんはすぐに吐いた。
「いい人たちだったよ。こっちの話もよく聞いてくれたし、立ち話もなんだからって、お茶御馳走になっちゃったし・・・・・・仕事を探してるって言ったら、事務やってみないかって。普通は女の人をスカウトするんだけど、貴方はいつも頑張ってるみたいだから特別サービスだって。やっぱり見る人は見てるもんだな、へへ」
ぽっと頬を染めるチョロいポンコツ松を前に、おそ松兄さんが頭をかかえる。「ど、どう考えたってクソ童貞が女に騙されるパターンなのにぃ!?」「実は超巨大企業だったなんて、びっくりだねー」
そういえば、ハロワの近くでうろうろしている女の人たちを時々見かけたことがあった。「エウリアンかと思って近づかなかったんだけど、まさか保険会社の人だったとはねぇ」
「ねぇトッティ、エウリアンって何?」
「クソな絵をクソな高値で売りつける奴らだよ十四松兄さん。この前カラ松兄さんが見事引っかかったでしょ」
「それは違うぞトッティ! 美しい女性から購入した美しい鳥の絵だ、まさにこの俺に相応しい。お前には分からないかあの黒と白にまばゆく輝く羽の光沢と純度100%の高貴なる眼球、極めつけは帝王の冠の如く光り輝く」
「ただのペンギンの絵にどーしてそこまで入れこめるの、ワケ分かんないよクソ松兄さん!!」
「ともかく、そーいうのとは違うからな!」チョロ松兄さんが半ギレで立ち上がる。「あの人たちはちゃんとした企業の人たちなんだから。
保険のことなんて何の知識もないしって、俺も一度は断ったよ。でも1カ月研修がちゃんとあって、その後で試験に受かれば立派にやっていけるって言ってくれたんだ。信用しないわけにいかないだろ」
そこまで言われると、末弟としてはどうしようもない。思わず長男の方へ視線が向いてしまう。「ねぇ、おそ松兄さん。どう思う?」
でもおそ松兄さんの答えは非常に簡潔だった。「ま、いいんじゃないっ? 大丈夫だよ、チョロ松なら」
「え?」
兄さんの笑顔はいつもと全く変わらない。マジで無責任極まりない。「それよりさ、今夜は三男の就職を祝って! さぁ早速飲みにいこー!!!」
「結局そーなるのぉお!?」



そして1か月後の今、見事試験に合格したチョロ松兄さんに命じられ、僕ら6つ子は何故か生命保険の契約申込書を書かされているというわけで・・・・・・わけで?
「ねぇチョロ松兄さん」
「ん?」「確か兄さんの仕事、事務って話だったよね」「うん」
「何で僕らが、命の契約書書かされてるわけ!? これ完全に営業の仕事だよね!?」
「そりゃお前・・・・・・生命保険会社の社員になるからには、まずは自分と家族を入れなきゃ駄目だろ。事務か営業かに関係なく」
「そーなの? 事務でもそんなことしなきゃいけないの? アヤしい」
「研修で言われたんだよ。自分と家族に保険を売ることができなきゃ、それ以外のヤツに売れるはずがないって」
「それって完全に営業の研修だよねぇ!!?? 女でポンコツになるのもいい加減にしよ、騙されてるでしょ!!」
「おいトッティ」僕がまくしたてた途端、このクール童貞三男は突如胸倉を掴んできた。「黄ばんだパンツ扱いの兄貴に先越されたのがそんなに悔しいか? 嫉妬か? 見苦しいぞぉ?」
見苦しいのはどっちだなんて言えるわけない。暗黒の怒気を帯びたチョロ松兄さんの白目が迫る。蘇るはスタバァでの忌まわしき記憶。確かこのツラで、僕は熱々のコーヒーをぶちまけられたんだ。「い、いやあのその、その節は大変申し訳ございませんでした・・・・・・」
「いい加減にするのはどっちかはっきり教えてやるよこのニート末弟。悔しかったらお前も、ハロワの前で女の子つかまえてみればぁ?」
「ちょ、調子乗っちゃってるよこのクソダサ兄さん」「あぁ!? 何だって!?」
思わず僕はおそ松兄さんに視線で助けを求めるも、この無責任長男は鼻をほじりながら漫画を読みふけるばかり。「やめとけってトッティ。こうなったらチョロ松は止められないって」
「そーいうわけだ。世界有数の生命保険会社であるセクロス生命に俺は認められて、晴れて試験に合格して入社を果たした! それに比べたらスタバァのたかがバイトなんぞ、ケツ毛も飛ばない程度の価値しかないわ!! 残念だったなトッティ、カースト最下層からのイチ抜けはこの俺だ!!」
そんなクール童貞の高笑いが響いたが、僕のほかはおそ松兄さんを含め全員どこ吹く風だ。カラ松兄さんは鏡、一松兄さんは猫に夢中。十四松兄さんに至っては50枚以上にもなる書き損じの契約書を両手両足でお手玉にして遊んでいた。そして案の定・・・・・・
「そんだけヒマならさっさと契約書のひとつも書きやがれこのクズニート共おぉおおおおおおおお!!!!!」
元クズニート童貞・三男の怒声が松野家に響き渡った。



******



全く、何を嫉妬にとち狂っているんだかあの末っ子は。
大企業の正職員として働けるばかりか、勉強までちゃんとさせてもらえる上に研修には豪華な昼食までついてきた。試験は目茶目茶簡単で、研修ちゃんと聞いてりゃ目をつぶっても合格点が取れるレベル。しかも就職においては最難関と思ってた面接だって、形式だけの1回きりで済んでしまった。いつかのブラック工場とは天と地、いや月とスッポン、いやいや女神の柔肌と年増ブスの無駄ネイルぐらいの差だ。あのドライモンスターめ、これを疑うなんてお門違いも甚だしい。
やっぱり神様はちゃんと見てるんだよ、地味だろうが何だろうが努力を続けてきたヤツが最後には勝利を・・・・・・
「松野さん、こちらです♪」
「ふぁっ!? ふぁいぃっっ!!!」
今その女神、即ちこの会社に導いてくださった女上司様が僕を手招いている。あぁ、ようやくこれで僕も長きにわたったニート生活を脱出し、全方位ツッコミを強いられた挙句あのクソ生意気な末弟からゴミ扱いされる日々からもおさらばできる!!
そして・・・・・・夢にまで見た巨大企業のオフィスの扉が遂に開いた!!!
清潔な空気に専門用語の飛び交うホワイトボードに、一人一人に与えられたPCに余裕たっぷりの机、これぞエリートの仕事場とばかりに計算され尽くしたオフィススペースが目の前に
「・・・・・・って、え?」
長男ばりのスキップまでしかけて室内に招かれた僕を待っていたものは──
決して想像とかけ離れているわけではなかった。ほんのちょっと、考えていたものと雰囲気が違ったというか。確かにオフィスの構造そのものは想像とそんなに違ってはいなかったのだ──が。
まるで学園祭にでも迷い込んだかのような、天井から飾られた色とりどりの派手な造花や装飾の数々。そこに書かれた文字は「必勝!全員実働」だの「施策達成まであと9件!! ガ・ン・バ・レ!!」だのの応援メッセージめいた何か。果ては正面の壁には真っ赤な巨大な筆文字で「喝!!」のFAXが貼り出されて・・・・・・何だこりゃ、中学の部活?
ホワイトボードにはウチの五男でも意味が分かるだろうというレベルに分かりやすい棒グラフが貼られ、その下にデカデカと社員の名前が掲示されている。これはアレか、よくドラマで見る営業成績というヤツか。
社員は営業で殆どが出払っているらしいが、何人かは残ってのんびり化粧やネイルいじりに精を出している。話には聞いていたけど、営業職員の殆どが女性らしい。っていうか・・・・・・よく長男が飲んでるのと同じカップ酒が机の上に堂々と置かれているのはどういうわけだ? 目の錯覚か?
それにホワイトボードに書かれている言葉。「成立 ○件 修正S○○万円」「証券確認 ○件」という言葉の下に・・・・・・「採用活動 ○件」って、何だ?
──そんな疑問がわくかわかないかのうちに。
「松野君、ちょっといいかしら?」女神様、もとい上司様がにっこり微笑んで僕をさらに奥の部屋に招く。



「このリストに、貴方のお友達や親戚の名前を出来る限り書き出してほしいの。そうね・・・・・・とりあえず、ざっと50件ほどでいいかしら」
「え? 何でです?」
「あら、説明しなかったかしら? そのリストの人たちに営業をかけるのよ」
「へ? この間ウチの親と兄弟の契約全部取ってきて、それで終わりじゃなかったんですか? それだって確か事務作業を覚えるためっていう話だったんじゃ」
「でも貴方は、これからも営業活動をしなくてはならないでしょ? あれだけで終わっていては、この先続けられないわよ」
「え、え、え、営業活動・・・・・・ですか?! でででも僕は、事務として雇ってもらったわけで営業なんて、えぇえ!?!?」
狼狽する僕に、上司様はしてやったりとばかりににっこり微笑んだ。「言わなかったかしら? 貴方は『営業事務』として採用されたのよ。なら当然、営業だってやってもらうことになるわね」
目の前に突きつけられる雇用契約書。そこには確かに「営業事務」の文言が入っていた。
「え、ええぇ・・・・・・僕はてっきり、営業さんの補助的な事務をする仕事かと思って」
僕が聞いたのは確か、大企業の正職員として働けるチャンスで、職場の雰囲気も良くて、社会とつながることで自分も成長できるし育成システムもちゃんとしてるとか・・・・・・成果に応じて給料も高額になるとか。確かに営業だとは聞いていなかったけど──
そういえば、営業じゃないとも言われてはいない。
「っていうか、ぼぼぼ僕には無理ですよ!! だって性格診断テストで分かってるでしょ、僕はその、女性の付き合い、じゃなくて人付き合いが非常に不得手でしてそのせいで今までも面接で落とされまくってますし、兄弟がアレなもんで口は悪い、いやあの口下手ですし! 僕には営業なんて絶対無理ですって!!」
そうだよ、だったらどうして入社前に性格診断テストなんかやったんだ。営業に向かないヤツをさっさと振り落とすもんじゃないのかアレ!?
と思ってたら、またもや上司様はふふっと微笑んだ。「ここに来る人って、そういうこと言う人ホント多いのよ。でもそういう人がね、実は営業に向いていたりするの」
「へ?」
「口下手だと自覚している人って、お客様の前では慎重に言葉を選ぶでしょう? そしてよくお客様の言葉に耳を傾けることができる。
営業ってお喋りで押しの強い人が勝つって思われがちだけど、そうじゃない。お客様の希望をちゃんと把握できる、相手の話をよく聞ける人が、生保営業で勝てる人なの。
松野君。貴方にはそういう力があると思うな」
「えぇ!? ぼぼぼ僕に、ですか?」
頬がかっと熱くなる。女神様の微笑み。ぷるぷるの唇に、胸元が大きく開いたブラウス、その間からちょっとだけ見え隠れする、深い魅惑的な谷間。こんなに(主におっぱい的な意味で)魅力たっぷりの大人の女性に、僕はここまで期待されている。
うん、もう営業だろうが事務だろうがどっちでもいいや!!
「そう。だから・・・・・・頑張ってね♪」



******



「ねぇおそ松兄さん」
「あん?」「チョロ松兄さん、やっぱり変だよ」
相変わらず、堕落を絵に描いたらこんな感じという調子で、寝そべって漫画を読みふける長男。だけど僕は思い切って相談してみた。チョロ松兄さんがああなっちゃった今、この状況を打開できるのは末弟の僕しかいないのが情けないけど。「だってさ、僕たちだけじゃなく中学高校の友達にまで保険売っちゃってるみたいなんだよ」
「ふーん。あいつに友達なんかいたんだぁ」
「いや、鼻ほじってないでちゃんと聞いてよぉ! 多分チョロ松兄さんが一方的に友達って思ってるレベルのただの同級生だと思うけど、でもさ、それってどー考えても事務じゃなくて営業でしょ!?」
「あ、それだったら俺も見た」隅っこで猫を抱いていた一松兄さんが不意に呟く。「この前、どっかのアイドルの握手会でそれっぽいもん売ってた」
「えぇ!? それで、どうしたの」
「出禁になってた」「あ、当たり前だよね・・・・・・つか、ドルオタ連中にまで売ってるってどういうこと?」
「ハイハハーイ! 僕も見たよー!」十四松兄さんが元気に叫ぶ。「カラ松兄さんと公園で歌ってたらちょうどチョロ松兄さんが来たんだよ!」
「えぇ!?」てか、同じ顔の成人男性が真昼間から二人で歌う公園。ホラーだよ!
「隠れて見てたら、来る人来る人に話しかけてたよ。なんかカバンからスッゲーのーとぱそこん?っぽいの出してた!!」
「何やら非常に重そうなカバンも持っていたな。おそらく俺の推測では・・・・・・
パントマイムか!!」
顎に指を当てる例のポーズで無駄にキメたカラ松兄さんをガン無視して、一松兄さんがぼそりと呟く。「そういや、確か女の人と一緒だった」
「え、女の人?!」っておそ松兄さん、反応するのそこぉ!?
「ただし年増。胸はデカかったけど個人的には範疇外」恐ろしく抑揚のない一松兄さんの言葉に、長男はすぐゲンナリしてまた寝ころぶ。「あんだよ、BBAかよー」クズが。
「でもキレイな人だったよー、色々教わってたみたいだった」
「十四松兄さんも見たの? それってやっぱり」完全に、先輩に営業を教えられてる後輩の構図じゃないか。
「別にいいだろトッティ」ハエでも追っ払うようにおそ松兄さんは手を振る。「チョロ松が楽しそうに仕事してるなら、それでいいんじゃない? 営業だろうが事務だろうがさ、あーもーつまんねぇ!!」
・・・・・・なんか、おそ松兄さんがいつもより不機嫌な気がするのは気のせいかな?
「ねぇカラ松兄さん。チョロ松兄さんは、楽しそうに仕事してた?」
「・・・・・・フ、俺という男は決して手出しはせずただ見守るのみ。真に俺の助けが必要になった時のみ俺は」
「分かった。楽しそうじゃなかったってことだけは分かった」



******



もう日が暮れようとしている公園。
全く、何の因果でこいつにまで売らなきゃいけないハメになってるんだろう。そう思いながら、僕は噴水で行水中の出っ歯のバカに声をかけていた。
一応ひと通りの話だけはしようと考えて切り出したところ、いきなり例の絶叫を喰らった。
「シエェエエエエエエエエ!!!!??? チ、チミまさか、生保営業なんてものに手を出したザンスか!?」
「んだよ!? 話ぐらいは聞けよイヤミ!!」
「冗談じゃないザンス! ミーも色々金もうけに手を出してきたザンスが、金輪際生命保険なんてヤ○ザな商売にだきゃ関わり合いになりたくないザンス!! 一体何でチミが」
「え? イヤミ、生保営業やったことあるの?」
「一度だけ生保レディやったザンス」「生保レディて!!」
まぁ、こいつならありうる話か。それ以上突っ込むのはやめておいたところ、イヤミはじろじろとこちらを眺めてくる。「ははん。チミ、ミーの所にまで来たということは、どうやら持ち弾尽きたザンスね?」
「え」
「残念ながらミーは、どっかの6つ子ちゃんたちのおかげでこの通り家なしザンスから、生命保険にゃ入れない、つまりチミのエサにはなれないザンス!」
「持ち弾とかエサとか・・・・・・そーいう言い方するな!」
「ただ、アドバイスをしてさしあげることは出来るザンスよ♪ 生保レディの先輩として、1回1000円で♪♪」
「いらねーよ、誰が聞くかんなもん!」こんなのに話しかけた僕がバカだった。さっさと帰って明日の準備でもしよう。
「あ、ちょいと待つザンス!」イヤミは腰を振りながら僕の前に踊りでる。「商品の知識もろくにないまま営業にほっぽり出されたザンショ? そんなド新人に生保を売らすなんて、世間のメーワクもいいとこザンス」
「いや、俺はちゃんと1カ月勉強して!」
「かー、たかだか1カ月で生保の全てが分かると思ったら大間違いザンス。例えばチミ、リビングニーズ特約の意味を説明できるザンスか」
「え・・・・・・」
リビングニーズ? 確かいつも設計書で打ち出している商品に、そんな特約があったような気がするが。
「って、くわーーーーーーーやっぱりそんなレベルザンスねぇ〜、リビングニーズってのは生前給付特約のことで、余命6か月と診断されたら保険金を請求できる特約のことザンス。個人的に必要性を感じないザンスが、無料なんでつけておいて損はないって程度の特約ザンスね。
って、こんな基本中の基本も知らずに高額な生命保険を売り歩く営業マンがいるとは、か〜〜世間は恐ろしいザンス〜!! いいザンスか、生命保険ってのはマイホームや車に匹敵する買い物で」
「わ、分かったよ! 研修じゃ生命保険の基本を習っただけだから、商品のことはちゃんとこれから勉強するから!」
「勉強したところでチミの場合、たかが知れてると思うザンスがね」
「んだと!?」
「書かされたザンショ、リストに親戚知人の名前を。それがチミの持ち弾ザンス。
チミのことだからそんなにたくさんの名前は書けなかったと思うザンスが」
「自分のこと棚に上げて何言ってやがるこの出っ歯!!」
「いいから聞くザンス!」
出っ歯をギラリと輝かせ、イヤミは言い知れぬ迫力で僕ににじり寄る。「持ち弾がなくなる、つまりリストの人間に保険を売り切ったら、チミはそこで用済みザンス」
「え?」
用済み? どういうことだ、意味が分からない。
「用済みってのは、つまりクビってことザンス」
「いや、その、おいイヤミ? 言ってることが全然分からないんだけど!?」
「もの分かりの悪いヤツザンスね。
どうせ社会の役に立つ仕事を通じて成長できるだの、成果に応じて高額な報酬がもらえるだの、大企業の職員として働けるだのの甘言にまんまと乗せられたんザンショ?」
「えっ」甘言ってのは引っかかるけどそれは事実。
「そして豪華な弁当まで出てくる研修に一生懸命出席したザンスねぇ?」
「えっ?」何で分かる?
「ついでに言うと、『営業事務』とか『営業補助の事務』とかいう言葉に釣られたザンスね?」
「え? えぇ?!」どうして分かる!?
「そんなものは全て罠ザンス。
奴らのやってるのは、チミのようなチョロい人間を釣り上げては、そのわずかな人間関係を利用して保険を売らせて、そのゴミのような人脈がなくなったらとっとと切り捨てる、そーいうヤ○ザ以下の商売ザンスー♪♪」
「そんなわけない!!」お前に何が分かる。お前なんかに大企業の何が分かるってんだ!!
「そんなわけないわけないザンス。それが証拠に、営業成績のところに『採用活動』とかいう言葉がなかったザンスか?」
「!」
そういえば、あの言葉の意味も聞いてなかった。成立した契約が何件とか、成績がウン百万とか書かれているその下に書かれていた、「採用実績 ○人」とかいうのって・・・・・・まさか。
「そのまさかザーンス! つまりチミを採用した実績も、立派にチミの上司の成績になるザンスよ。チミらは何と言っても6つ子ザンスから、チミの親と合わせて即8人分の契約が取れる可能性大ザンス、会社にしてみりゃこんな上等なカモを逃がす手はないザンス〜」
「違う! 俺はカモなんかじゃない!!」
「はぁ? 青筋立てまくって、まだ抵抗する気ザンスか!?」
「いつだったかお前に騙されたブラック工場と一緒にするな! 日本じゃ誰もが知ってる超有名な大企業だぞ、そんなバカげた商売をするはずがないだろ!!」
「ハン! じゃあコレは何ザンスかっ」カエルの如く跳躍したかと思うと、イヤミは思い切り僕のカバンに飛び蹴りをかました。見事にカバンは宙を舞い地面に放り出され、中身が爆発四散する。
「てんめぇえ!! 何しやが」「思った通りザンスねぇ」
散らばったカバンの中身。保険設計書やノートパソコンや資料のほかに、大量の飴やらチラシやら造花やら。畜生、大事なものなのに!!「何すんだよ! お客さんに配らなきゃならないものなんだぞ!!」
「総重量約10キロ、ってとこザンスか。見込みもない客への無駄なノベルティまで大量に買わされて持ち歩いて毎日毎日配り歩いて営業、全くお疲れさんザンス。どうせ客先への行き帰りの交通費も含めて、全部自腹なんザンショ」
「!!」
「そのツラ、どーやらビンゴザンスねぇ。
ちっとはそのちっこい脳みそで考えるザンス。チミのようなクズニート、使い捨て目的以外にそうそう大企業様がお声をかけて下さるはずがないザンスよ。全部自腹のノベルティに交通費がその証拠ザンス」
「何言ってやがる! 俺はセクロス生命の正社員として認められて」
「だーれが正社員ザンスか?! 勘違いも甚だしいザンス。
チミはセクロス生命の、ただの営業職員であって間違っても正社員じゃないザンス!!」
「え?」
「チミは多分事務にでもうまいこと潜り込んだつもりでいるだしょーが、そんな場所に正社員で入れる男はごくごく限られた、東大レベルの新卒エリート様ぐらいザンス!! チミのような万年ニートなんぞ、100回生まれ変わっても無理ザンスよ」
「えぇ? そそ、そんなバカなこと!」
雷にでも打たれたような衝撃が身体を走る。勿論イヤミなんぞの言うことを本気にするつもりはないけど、でも、でも・・・・・・いちいち思い当たるところが多いのはなんでだ?
「チミら営業職員は会社に所属していることにはなってるザンスが、個人事業主として会社に雇われているだけザンス。その証拠にチミ、雇用保険に入ってないザンショ? 大企業の正社員様なら当然入れるはずの雇用保険にぃ♪」
そうだ・・・・・・確かにそれは気になってたんだ。社会保険を確認したら雇用保険に入ってなくて、どうしてって思ってた。
「そりゃチミが使い捨てのコマだからザンス。片っぱしから雇って用済みになったら即捨てられるヤツらにいちいちお金を出してたら、国の財政が破たんするザンス」
「でも!」僕はそれでも反論する。せっかく見つけた仕事なんだ、こんなところで引き下がってたまるか!「ずっと長く働いている人たちだっているじゃないか。本当に会社が営業の人たちを使い捨てにするつもりなら、長く働けるわけがないよ!」
「そりゃ、そーいう過酷な環境でもしぶとく生き残り続ける人間はいるザンスよ。持ち弾がべらぼうに多い上に驚異的な速さで人脈を広げていける能力をお持ちの方々、早い話が大阪のオバチャンザンスね。悪いけどチミにそんな能力があるとはとても思えないザンス。それと・・・・・・」
「何だよ」
「不思議には思わなかったザンスか?
営業職員の中に、やたらと露出のたか〜い服を着ている女性が結構いること。
ろくに出勤もしてこない、してきても出かけることなく資料を作るでもなく、のんびり化粧をしている女性がいること。それでもかなり高い成績を取ってきて長く続けられているこ・と♪」
「何だよ! 何が言いたい、お前!?」
イライラのあまり僕は叫びまくる。何故って・・・・・・
イヤミの言うことは、いちいち的確すぎたから。ろくに仕事もしないで煙草を吸いにいったり缶チューハイ飲んだり、なのに何故か成績が伸びている人たちは確かにいた。そしてそういう女性たちは大概おっぱいとかおみ足とか、うわわわ以下略っ!
「ナニ真っ赤になってるザンス? ともかく、そーいう方々は・・・・・・」
イヤミの声がひときわ低くなる。出っ歯が耳に近づく。「副業をやっていることがあるザンス」
「何それ。コンビニバイトでもしてるの?」
「バカも休み休み言えザンス! ミーの言ってるのは、夜の副業のことザンスよ」
「!?」
頭から思い切り血の気が引いていくのを感じた。まさか、あの人たち──
「これ以上はミーの口から説明させないでチョーよ。チミの頭で考えるザンス」
脚ががくがく震えだす。そんなはずない、そんなはずない・・・・・・曲がりなりにも一緒に働いてるあの人たちが、まさか。
でもそれなら説明がついてしまうんだ。あの服の理由も、昼働かない理由も、長く続けられている理由も!
「そ・れ・と!」イヤミは不意に、散らばった設計書の一つを取り上げた。「やっぱりろくでもない保険つくってるザンスねぇ〜、この年齢の客にこんなにたくさんの特約ベタベタくっつける必要はどこにもないザンス!」
「なな、何言ってんだよ! パソコンで算出したモデル設計だぞ、これこそが理想的な・・・・・・」
「そう、理想的な保険ザンス。会社にとってはねぇ」
「どーいう意味だよ」
「どーせこれもチミ、言われるままにガンガン特約付けたザンショ? この特約もあの特約もこーんな特約もこの客にはいらんザンス! そのノートPC貸すザンス、ホレここをこうしてこうしてこうしてチョチョいのチョイっと」
「ちょ、ちょっと待て! そんなことしたら特約ほぼなくなっちゃうじゃないか!」
「なくなっても問題ない特約ばっかりザンス、保険金支払の条件をよく読んでチョーよ、とんでもなく厳しい条件ザンス!!」
「支払の条件?」僕が戸惑っている間にも、イヤミはさっさとPCを操ってしまっていた。「チィっ。やっぱりろくでもねぇ会社ザンスね、これ以下の金額で設計が出来ないザンス」
「って、入院給付10円だけの保険なんて設計できるわけねーだろぉお!!」
「チミにはお似合いの保険ザンスがね」「って俺のかよ! もういいよ、返せ!!」
強引にイヤミからノートPCをぶんどると、僕は立ち上がった。
今のイヤミの話、全てが嘘だと思いたい。だけど嘘だと思えない。会社に入ってからずっと引っかかっていた色々なことが、イヤミの言葉が真実だと証明している。
いや、それでも。例えこいつの話が全て本当だとしても。だとしても!!
「俺はやめないよ」
「へ?」
「上司が言ってくれたんだ。貴方には力があるって、俺を励ましてくれたんだよ。
彼女が嘘を言ってるなんて、俺には思えない」
「彼女、ザンスか。ハァ」
呆れ顔のイヤミに、僕は言ってのけた。「お前の言うところの、持ち弾がなくなってるのは事実だよ。でもそれなら、どんどん飛び込み営業していって新しくお客さんを見つければいいだけの話だ。一日100件でも200件でも飛び込んで、そのうちの1件が当たればいいじゃないか。そうやって続けている人だって結構いるんだよ」
「それも、チミの女上司が言ったザンスか?」
思い切り図星をつかれ、また顔が赤くなった。「悪いか!!」
「チミは6つ子ちゃんたちの中でも特にチョロいザンスからねぇ〜、名は体を表すとはよく言ったものザンス」
「お前、本当にいい加減にしろよ」思わず僕はイヤミの胸倉をつかまえる。「あれだけデカい会社なんだぞ、そんなヤ○ザな商売で成り立つわけがない!」
「おやおや、ヤ○ザよりタチが悪いから手に負えないんザンスよ〜? さすがチェリー松様は言うことが違うザンスねぇ♪ チェリーと言えば思い出すザンス、チミがミーの前でまんまと騙されてパンツ一枚になった姿は実にケッサク・・・・・・ぐぼはぁっ!!??」
イヤミの言葉を皆まで聞かず、気が付けば僕はヤツの身体を空の彼方まで殴り飛ばしていた。





「ごめんね、ヤな役やらせちゃって。
俺たち兄弟誰も業界の裏事情なんて分からないし、どーしよーもなくてさ」
「お〜イテテテ・・・・・・礼は高くつくザンスよ」
「へへ、次競馬当てたらちょっとはおごってやる」
「ともかくミーはこれにてお役御免、あとはチミらで何とかするザンス」
「分かってる。一応俺、長男だしね」





初めて僕の給料が入ったその日──
松野家では当然の如く、夜を徹して大宴会が開かれた。
初任給がそこそこ出たのは嬉しい。嬉しいけど、客先への交通費やノベルティグッズ代、ついでに言うとチラシ作成時のコピー代も全て自腹だから、手元に残っているのは実質どの程度かというと。
「ヴあ”〜、がんがえだぐない・・・・・・グエェップ」
トイレでしこたま戻した後、僕は誰もいない廊下で尻だけ突き出して情けなくもうつぶせになっていた。頬に当たる冷たい床の感触。暗い廊下の先では、まだみんなやんやと盛り上がっている。どーせ、飲んで歌って騒げるなら理由は何でもいい奴らだ。
「こっちがどんな苦労してるかも知らないで・・・・・・うー」
飲みすぎて吐きすぎて頭が痛い。目が回る。天井がぐるぐる回る。同時に回るのはイヤミの言葉。上司の言葉とおっぱい。
──チミはセクロス生命の、ただの営業職員であって間違っても正社員じゃないザンス!!
──リストの人間に保険を売り切ったら、チミはそこで用済みザンス。
──ヤ○ザよりタチが悪いから手に負えないんザンスよ〜?
──松野君、貴方にはそういう力があると思うな。だから、頑張ってね!
何を迷っている。信じるものは決まっている、勿論おっぱ・・・・・・
じゃなくて、上司様の言葉だ!!
「って、うぉえっぷ! さすがに、飲みすぎた」
猛烈な吐気を再び催して慌てて立ち上がろうとするが、手足が完全にふにゃふにゃになって立ち上がれない。こんなに飲んだのって、久しぶりじゃないか?
「──だいじょぶ?」
呑気な声にふと顔を上げると、自分と同じ顔の赤パーカーの馬鹿がしゃがみこんで、じっと僕を見下げていた。
「・・・・・・おそ松兄さん?」
「主役の癖になかなか戻ってこないから、心配しちゃったよ。
困ったことがあったらさ、何でも言っていいんだよ? チョロ松ぅ」
?? 何を言ってるんだ、この長男? 僕が何を言ったところでお前にはどうしようもない、つーかどうする気もない癖に。
全く何も考えずに僕を眺めてくる目を見てると無性に腹が立つ。腹が立つが、何故かいつもみたいに怒鳴れない。
「べ、別に困ったことなんて、ないから」その妙な迫力に耐えきれず、僕は思わず目を逸らした。
「ふーん。良かった、やっぱ大丈夫みたいだな。
ってことで・・・・・・」おそ松兄さんは思い切り笑顔になる。
そして次の瞬間、その笑顔は一気に紫になった。「だずげでチョロ松うー!! 俺も、俺も飲みずぎだあ”あ”うげろおげろげええええ」
「おおおいお前もかい!!!! やめろぉここで吐くなここで!!! ったく、もぉおおおおお!!!!」
「あ〜やっぱりチョロ松の膝枕は気持ちイイなぁ〜〜うげろろろろ」
「ひ、ギャアアアア!!! 頼むから俺の膝で吐くな、すぐそこにトイレあるからせめてそこまで我慢しろよ! あーもう、何でこんなに飲んじゃってんだよー!?」
廊下で二人してのたうち回りながら、ふと思った──この長男が吐くまで飲んだのって、いつ以来だっけ?



数週間後。
僕はいつもの如く、そこらのビルやら店やらマンションやら、ところ構わず手当り次第に飛び込み営業をかけていた。
保険を売れるほどの友達や知人なんて、もはや全然いない。いても生命保険と聞いただけでものすごい目で睨まれ、それきりその人間関係は中断してしまう始末。
だったら会社へ営業に回ってみるのを勧められたけど、ほとんどの企業は話すら聞いてもらえず出入り禁止。何とか出入りが出来てもチラシ配りぐらいがやっとで、商品の話など誰も聞いてはくれない。もっとも僕みたいな知識の浅い新人の話など、聞けるはずもないのが当然か。
いつまでたってもノルマ達成どころか契約の一つも取れない僕に、最初はちやほやしてくれていた上司も同僚もどんどん冷たくなっていった。しかも入社から3か月ほどたった時から、やたらとムサいヤローが今までのおっぱ・・・・・・じゃない、女上司のかわりにトレーナーにつきやがって、朝8時からの営業所での雑務、そして夜8時すぎまでの飛び込み営業を強要してきた。
朝から晩まで怒鳴り散らされ社歌を大声で歌わされ時には殴られ蹴られ、心身共に限界は近づいていた。イヤミの言葉を事実と認めざるを得ないほどに。
そんな時だった──彼女に出会ったのは。



「いいですよ? 私もちょうど、ずっと前に親に入れてもらってた保険を見直そうと思っていたところなんです」
破れかぶれで突撃し、何とか出入りOKの許可を貰った会社で──僕はついに、夢にまで見たこの言葉を頂戴することが出来た! しかも、超絶魅力的なOLの女の子!!
服装こそそんなに露出はないし派手でもないけど、胸が、おっぱいが服の上からでもはっきり分かるほど素晴らしい! きっちり着込んだブラウスがはちきれんばかりになっている。どう低めに見積もってもE以上・・・・・・いやそれよりも!!
顔! 顔が、顔が、にゃーちゃんそっくりぃいいいいいいいい!!!! にゃーちゃんが変装したって言われても納得するレベル!!
「いつも一生懸命昼休みにこのあたり回ってますよね。すごく熱心な営業さんだなって思ってて」
「あ、あ、あ、ありがとうございますっ! じゃ、じゃ、じゃあ早速、このアンケートにお名前と生年月日をちょ、ちょ、頂戴できますでしょうか!?」
緊張のあまり声が裏返りまくりの僕にも、彼女は優しかった。「いいですよ♪ はい、これでOKですか?」
「ありがとうございます! それではですね、現在の保険と比較しつつお客様に最適な保険をおすすめしたいので、今ご加入の保険の確認をしたいんです。大変お手数ですが保険証券のコピーをお持ちいただくことは可能でしょうか?」
何度も何度も研修で練習した言葉で切り出してみる。緊張が走る──さて、彼女の回答は?
「大丈夫ですよ」や・・・・・・やったぁああああ!!!
待ちに待ったこの瞬間。僕は何度も何度もお辞儀をしながら礼を言っていた。
「いやホント、ありがとうございます! これ、今日のチラシとお菓子です、お仕事のお供にどーぞぉ!!」
「えへへ、いただきます♪  うっ、ゲホ、コホッ」
「わわっ?」どうしたんだろう、風邪でも引いてるのかな?「す、すみません。大丈夫ですか?」
「ううん、気にしないで。よく旦那も心配してくれるんですけどね」
は? へ? 旦那?
「あ、旦那と言っても式はまだなんですけど」
幸せいっぱいの笑顔で微笑む彼女。ちょっと恥ずかしげに差し出されたその左手薬指には、燦然と輝く婚約指輪がはまっていた。
「保険を変えようと思ったのも、結婚がきっかけなんですよ。えへへ」



「出会った瞬間に失恋かい! クソが」
石ころを思い切り蹴り飛ばしながら、僕は帰り道一人毒づきまくっていた。そーだよな、あんな可愛くて気立ても良さそうで、しかもおっぱいまででっかい娘、冷静に考えてフリーでいられるわきゃないんだけどさぁ!!!
だけどさ、あんな幸せそーに見せびらかさなくても良くない!? 臓腑えぐられるんですけど! てか、スカートの下にスパッツ的な何か履くのやめろよ、ガード固すぎ! 
クソ、これだから女ってヤツは。にゃーちゃんとトト子ちゃん以外にロクなのがいねぇ!!!
──すごく熱心な営業さんだな、と思ってて。
それでもふと彼女の言葉が思い出され、足が止まる。
・・・・・・それでも。
一応、僕のことをちゃんと見ててくれた人なんだよな。
僕に初めてちゃんと答えてくれて、証券まで見せてくれるって言ってくれた人。
ふとカバンから設計書を取り出し、じっと内容を眺めてみる。イヤミの嫌味な言葉が何故か蘇ってくる。
──いいザンスか、生命保険ってのはマイホームや車に匹敵する買い物で!
──どーせこれもチミ、言われるままにガンガン特約付けたザンショ?
あいつの言葉をそのまま信じる気はない、気はないけど。
「もう少し真面目に、勉強してみるか」








次回、〜松野家三男が生保営業を始めました。破〜へ つづく


 


 

 

 

まだまだジャブといった感じの暴露話となっております。
既にこの段階でチョロ松のチョロさがマジヤバイ。ヤバすぎてめちゃめちゃ可愛い。驚異的な速度でのドツボハマリっぷりがもう。
ホント声を大にして言いたい。私しゃ決して業界暴露ネタしたくてチョロ松使ったわけじゃない、チョロ松の可愛さ書きたくて書きたくてたまらなくて生保ネタ使っただけだ!!


また、あくまでこの話はおそ松さんSSであるため、生保関連の専門用語などは出来る限り使用を避けたり、詳細を書かず敢えてぼかしている部分もありますのでその点ご了承願います・・・・・・って注意点多すぎだろこのSS。

そして、作中で書いた生保ネタは全て事実に基づくものではありますが、一部誤解があるといけないので若干補足しておきます。

Q.オール無職の6つ子って保険に入れるの?
A.会社や商品によります。
ちなみに去年までいた某外資系は、無職成人男性は一発アウトでしたw
資産などで勘案されることがなくもないですが、厳しいと考えていいかと。

Q.チョロ松みたいな男性に対しても、こういう生保営業職員への勧誘ってあるの?
A.ないとは言い切れませんが、女性に比べると圧倒的に少ないのは確か。じゃあ何でチョロ松が勧誘されたかというと、話の都合以外の何物でもございませんw 
作中ではハロワのそばでチョロ松が勧誘されていましたが(これも普通にある)、普通に求人雑誌などに情報が掲載されたりもしています。「営業事務」と書かれていることも多く、私の場合そこから研修→入社の流れでした。

Q.どうせ営業やらされるのなら、性格診断テストとか意味あるの?
A.私が聞きたい。

Q.チョロ松が使用していたノートPCって何?
A.営業職員専用のPCで、保険の設計や提案がその場でできる。でも私がいた当時はかなり重量があり、持ち運びという点ではあまり実用的ではありませんでした。それでなくともノベルティとかチラシとかアンケートやらで重いのにな・・・・・・勿論保険の設計提案以外のこと(エクセルとかワードとかネットとか)はほぼ何も出来ないと考えてよかった。
今はかなりデジタル化が進んでPCも軽量になり、設計提案だけでなく電子署名を使ってその場での申込手続が可能になっている会社もあったり。だから冒頭でおそ松兄さんが指摘していた面倒さは若干解消していることもあります。去年までいた某外資系のことですがw

Q.生保事務に潜り込めるのってホントに東大レベルじゃないとダメ?
A.国内生保か外資系かによっても、男性か女性かによっても違うかと(生保事務なら国内生保かどうかにかかわらず女性の派遣さんも多い)
外資系なら結構門戸は広いですが、国内生保かつ男性となるとやっぱり新卒+相応の学歴がないとキツイと思われます。ちなみにイヤミの東大レベルエリート云々は私が実際に某生保で面接受けた時に言われたもの。末端の事務ならともかく、商品開発とか数理部門とかになるとこれは真実。

Q.マジで生保営業職員に雇用保険てないんですか?
A.どこに行っても絶対にないということはありません。会社によりけりと思われますのでいざとなれば確認してみると良いかと。
国の財政云々はイヤミの一意見ということでw

Q.イヤミの言う「夜の副業」とはいわゆる枕営業のことでしょうか?
A.会社が副業黙認する形で、お昼は生保を売り夜はお店でホステスなどをしつつ人脈を広げていく方は少なからずおられたと思います。が、枕営業まであったかどうかは不明。このあたりは本当に分かりませんとしか言いようがない。
チョロ松は目茶目茶拒否反応起こしてますがまぁ・・・・・・彼のチョロい脳なら即、枕を想像しても仕方がなかろうということでw 




 

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