松野家三男が生保営業を始めました。Q

 

ほぼ衝動的に書いてしまった、某業界内情暴露の体を借りたチョロ松SS完結編。ここからの続き。
※エロなしです。
※おそ松さん第11話までのキャライメージをもとに作成したため、それ以降のキャライメージと大きく相違していても当方一切責任は持てません。
※作中のネタは第11話までのものを大量使用しているため、TV版未見のかたは意味不明な点が多々あると思われますのでご注意ください。
※一部鬱展開、グロ表現あり。
※名無しですが女性オリキャラが登場します。
※作者当人が10年以上も前に半年ほど在籍していた某国内生保における実体験を元にしたSSとなっております。
当時から若干年数が経過しているため、現状とは相違している可能性があります。
以上を踏まえた上でお読みいただければ幸いです。

 

 

「死んだと思ったー!? タイトルがタイトルだから14年後に飛んでるかもと思ったー!? バンザーイ引っかかったー、僕は生きてまーすマッスルマッスルー!!♪♪♪」
「まぁ、だよね・・・・・・そうなるよね・・・・・・だけどナニこの展開」
病院のベッドの上で、十四松兄さんは超元気に両腕を触手にして振り回していた。周りの入院患者が何事かと僕らを眺めている。そりゃそうだろう、これほどうるさい患者いないよ。
というわけで──
あの後すぐに十四松兄さんは病院に運ばれ、なんやかんやどうにかなった。
おそらく、本当にヤバイところでチョロ松兄さんが正気に戻り、ギリギリで急所直撃を避けられたのだろう。そしてその正気を取り戻させたのは──
間違いなくあの、おそ松兄さんの声。
「あのねぇトッティ、何言っちゃってんの? 急所直撃ギリギリ避けたとかそーいうのマジいらね。俺ら6つ子は生まれながらの戦闘民族だよ? 窒息死してもバラバラ死体になっても石臼直撃されても数分後にはケロッと蘇るんだよ? ちょっとこめかみ殴られたくらいでどーにかなるわけないじゃん」
そのおそ松兄さんは、呑気な顔で十四松兄さん用の食事に超絶ナチュラルに手を出していた。「うわ、何このバナナクッソまずぅ」
「でもさ、じゃー何で十四松兄さん入院してんの? 前回のあの鬱オチ何だったの!? 僕らがめっちゃ喧嘩慣れしてたとか、いつもはみんな無意識に急所を外してたから全然平気だったとか、そういうもっと具体的な説明いらないのぉー!?!」
「いらないいらない! あのねぇ、このクソみたいな二次だって一応おそ松さん二次だからね? 魔法6つ子おそ松マギカじゃないからね!? はいはい鬱展開終了終了! これ以上ソウルジェム黒くするのはお兄ちゃん許しませんよ!」
「ええ〜・・・・・・」
「それはそうとさ!」十四松兄さんは運ばれてきたカレーを皿ごと持ち上げて、ぱかりと開いた大きな口へじゃぶじゃぶ注ぎ込みながら聞く。「この入院でチョロ松兄さんの保険、おりるのかなぁ? って、マッズー!!!!」「ふぉわぁっ!!??」
十四松兄さんがこれまた盛大に噴き出したカレーが、枕元に付き添っていたカラ松兄さんを直撃する。そんないつもの光景を横目で眺めつつ、おそ松兄さんは言った。「身内のケンカって保険おりるの? しかも殴ったの募集人なんだけど?」
「分からないけど、何かの調査が入ってもおかしくはないよね・・・・・・そういえば、チョロ松兄さんは?」
十四松兄さんの無事を確認したと同時に、チョロ松兄さんは一人でふらっとどこかへ消えてしまっていた。一松兄さんはといえば、ニャンコを抱えたまま病室の隅でじっとうずくまっている。
そんな兄さんに、僕は聞いてみた。
「一松兄さん。どうしてあんなにチョロ松兄さんを追いこんだの」
「別に」
「別にじゃないでしょ!? 悪いのはチョロ松兄さんだけどさ、きっかけ作ったのは一松兄さんだからね!?」
「反省してる」「いや、その超絶どーでもよさげな表情で言われてもね・・・・・・」
一松兄さんは僕を完全無視したまま、黙ってニャンコの頭に手を乗せる。すると、ニャンコがいきなり喋りだした。<チョロ松がどっか行っちゃったみたいだった。さびしかった>
「え?」
えっと、これは、一松兄さんの本心? 
「あぁそっか。やっぱり一松も寂しかったんだなー、チョロ松が就職しちゃったの」おそ松兄さんが楽しげに鼻の下をこする。
って、ニャンコに心読まれたにしては一松兄さん、全然動揺してないし?
「十四松があそこで飛び込むなんて、想定外だったし」一松兄さんがそう喋る一方で、さらにニャンコも喋る。<でも、チョロ松と久々にガチ喧嘩できて楽しかった>
「は?」
「さすがにやりすぎたと思ってる」言いながらさらにニャンコを撫でる一松兄さん。喋るニャンコ。<なかなかオモシレーよな、あのツラ。やみつきになりそ〜>
「はぁ!?」
「悪かったよ」撫でられるニャンコ。<打てば響く反応超サイコー!! ケケケケケ>
「はぁあ!?! 何言ってんの、闇松兄さん!?」
「こ、こいつ完全にニャンコの使い方把握してやがる!?」
「フ、さすがは俺の弟の名に恥じぬ危険な男。魅力的だぜそのクレイジーサイコマルチパーソナリティ!!」
十四松兄さんより遥かに酷い包帯姿になりながらそれでもイタくキメるカラ松兄さんに、即座に一松兄さん&ニャンコから回答が返ってくる。
<「黙ってろクソ松」>
「それにしてもチョロ松兄さん、どこ行っちゃったのかな?」十四松兄さんがふと尋ねる。
「もういいよ。そのうち帰ってくるだろ」
「ちょっと、猫じゃないんだから・・・・・・心配じゃないの? おそ松兄さん」
「う〜ん」長男はしばらく考え込む。その視線はすっかり暗くなった窓の外に向いた。
「やっぱこーいうの、一人でケジメつけなきゃあ。俺ら一応、子供じゃないし」
「え?」何今の。イマイチ意味分からないんだけどおそ松兄さん・・・・・・
と思ってたら、兄さんはいきなり立ち上がった。「そうだ!!」
「え? 探しに行くの!?」
「母さんから梨貰ったんだ! 剥いてあるから好きに喰っていいって!!」
言うが早いかおそ松兄さんは背後から大皿をぼんとベッドの上に放り出した。そこには素晴らしく甘そうで水気たっぷりの梨が山のように・・・・・・
この瞬間、羽より軽い僕らの理性は梨の魅力で見事にすっとんだ。
「「「「うわぁ〜、梨だぁ〜〜♪♪♪♪」」」」
その時、ちょうどつけっぱなしにしていたテレビが臨時ニュースを始めた。僕らの眼も自然にそっちに向いて──
──100年に一度の超大型台風が、日本列島に接近しています。観測史上例を見ない超巨大台風で勢力も強く、一部では風速100メートルを超えるとも・・・・・・周辺地域の皆さまは警戒を怠らぬよう注意を・・・・・・交通網に多大な影響が・・・・・・
「何このワルプルギスの夜?!」「世紀末伝説!!?」「セカイのオワリ・・・・・・」「うわスッゲー何コレ何コレー!?」「って、テンション上がりすぎでしょこのクズ兄ども」
というわけで──
その時には無事、僕らの頭からどっかのクール童貞のことなんぞはすっかり消えていた。



******



「で、おいらのトコに逃げてきたってわけかよ? てやんでぇバーロィ」
「・・・・・・」
「どーせあいつらのことだ、今頃はすっかりお前のことなんざ忘れてやがるだろうよ。
おめーが十四松ぶん殴ったこと込みでな」
「だと、ありがたいけどね・・・・・・」「ありがたいって何だ。こっちが悲しくなるからよせやい」
その夜。最早帰る場所すらも失った僕は、情けなくもチビ太の屋台にかけこむしかなかった。ひたすら飲んで突っ伏すばかりの僕に、チビ太が怒鳴る。
「いい加減飲みすぎだ! 店の酒もうねぇぞ!!
そうじゃなくとも台風が来るってんだ、こちとら早めに片づけてぇんだよ!!」
関係ない。世界の終わりだろうが何だろうが、もう何だって来いってんだ。つか、終わってしまえこんな世界。
「・・・・・・ねぇチビ太。一松の言ったこと、どう思う。
俺のやったこと、どう思う」
「またそれか。おいらはお前らの悩み相談室じゃねぇぞ」
もう駄目だ。僕はチビ太にまで見捨てられた、馬鹿でクズでダメでゴミで空気ツッコミでクソ童貞のクール童貞のチェリー松の・・・・・・「あーもーいい加減にしやがれ!! 愚痴でおでんが腐る!!」
チビ太はいらついてテーブルをぶっ叩き、腕組みした。「一松の言ったことは、確かに一理ある。必要悪ってやつだな。
だけどまぁ、一理あるってだけの話だ」
「え?」
「お前のやってることもそりゃ、確かに偽善だぜ? ウザいとか思われても仕方ねぇレベルのな。
だけどそーいう偽善も、世間にゃ必要なんじゃねぇかと思う時があるんだ」
「チビ太、それってどういう?」
「考えてみろ。一松の論理がまかり通ったら、この世はヤ○ザの天下だぜ。
汚ねぇ真似しなきゃ生きていけないような会社や人間ばっかりがのさばったら、それこそ世紀末じゃねぇか」
僕はどうにか顔を上げて、何とはなしに目の前のおでんを眺めた。そういえば酒ばっかり飲んで、おでんには一つも口をつけていなかった。
チビ太はさらに語る。「そこでストッパーになれるのが、お前みたいなヤツなんじゃねぇの。会社や組織を滅茶苦茶にしない為の最後の防波堤になれりゃいい、それが偽善かどうかなんて関係ねぇよ。お前がいつも家でやってることじゃねぇか」
「・・・・・・」
「もっとも、お前みたいな正義ヅラした奴らばかりがデケぇツラしたら、それはそれで超絶息苦しい世の中が出来上がっちまう。その時は一松みたいなのがお前のストッパーになるんだ。そういうバランス取って意外とうまく出来てるもんだぜ、世の中ってのは」
「んだよ・・・・・・悟った風で好き放題言いやがってぇ」
「んだとぉ!? どう思うって聞かれたから答えたまでだぞコンチクショー!!」
おでんを眺めてチビ太の説教を聞きながら、それでも僕の心は次第に落ち着いてきた。
でも、じゃあ、僕はこれからどうすればいいんだ? 
会社には見限られた。家にもいられなくなった。お客さんである彼女も陥れてしまった。
「ナニ勘違いしてんだ、チョロ松」
「え?」
「おめぇも一松も、一番大事なこと忘れちゃいねぇか?
最終的に商品を選ぶのは客なんだぜ」
「それって・・・・・・」
「おめーらの話にゃ肝心の、彼女が何をどう選ぶかってのが抜けてんだよ!
自分が正しい、自分こそが正義、自分が自分が。おめーらの誰も客なんて見ちゃいねぇ」
「それは違う!」僕は思わず立ち上がる。「僕は彼女の為、会社優先じゃない最適な保険を!!」
「そいつを選ぶかどうかは客次第だろうが。いいか、こっちのハンペンはマズいからこっちのコンニャクにしろ今日一番うめーぞなんておいらがおめーの口に無理矢理ぶちこんだら、おめーは間違いなくおいらを殴るだろ!? 本当にうまいかどうか関係なく!」
「そ、そりゃそーだけど!」
「同じだよ。会社優先の保険を選ぶか、おめーの偽善的な保険を選ぶか。
もっと言うなら、告知をするしないも客の勝手だ。法令違反を犯すかどうかも客の勝手、解約どうこうも客の勝手、自己責任ってヤツだ。おめーはそれに振り回されてオタオタしてるだけだ」
冗談じゃない。何もかもが客の勝手だったらどうなるんだ! おでんならいざ知らず、保険ってのは目に見えない上デカい買い物なんだぞ!!
「何言ってんだよ! それじゃ彼女は何をどう選べばいいのかすら分からないだろ!! 
どんな保険があって、どんな選択肢があって、告知をしなければどうなるか、したらどうなるか、今の無保険状態がどういうものか!
その情報がちゃんと分からなきゃ、彼女は何も選べないだろうが!!」
チビ太は一瞬ぽかんと目を丸くしてそんな僕を見ていたが、やがてぐいと頬をこすった。「てやんでぇ。何だよおめー、とっくに答え出てんじゃねぇか」
「へ?」
「まだぐだぐだ言うようだったら、ハタチ過ぎの大人なんだからいい加減てめぇの頭で考えやがれって叩き出すつもりだったけどな」
? もしかして。
もしかして、今僕自身が思わず叫んだことが、正解なのか?
「ついでに言うと、その子もバカだよなぁ」
「は?!」
「大して確認もせずに今までの保険解約しちまうなんざぁ、自己防衛意識に欠けてるぜ。
おめーが何もしなくとも、どっかで誰かに騙されただろうよ」
「おいてめぇ! 何にゃーちゃん悪く言ってやがんだオルァア!!」
「いやだからおめーの客はにゃーちゃんじゃ・・・・・・ってオイやめろ離せコラ、え、ちょ待っ、オイ、やめて、おいらが悪かっ・・・・・・ギャアアアアアアアアア!!!!!」





その翌日。
僕は上司に連れられるがままに、例の社長出席の総決起大会に強制参加させられていた。社長がこの地方に来るのは超久しぶりらしく、営業職員は誰彼構わずこの日の為に胃から汗が出るほどの営業活動を強要されていた。なのに、いよいよ社長が直々に降臨される総決起集会が始まるとなると全員、その営業活動を中断させられ、豪華なホールを借り切って社長のご降臨を祝うことになる。
しかも僕の周りでそれを疑問に思う者は誰もいなかった。おいおい待てよ、この豪華ホールやその準備の為の金も全部、元は顧客の保険料から出てるんだろ!? 何だこの狂った空間!!
それに今日は──面接士によって彼女が告知を行なう大事な日なのに!
「言ったでしょう? あのお客様は今日、面接士との面談。貴方が同行する必要はない。
例の持病の件はちゃんと貴方がお客様に話してあるはずだから、大丈夫だと思うけど?」
僕の焦りを見抜いたかのように、上司が語りかけてくる。
面接士というのは、生命保険会社が実施している告知の方法の一つ。生命保険には告知書だけで入れるものと、医師の診断が必要になるものと、面接士による面談が必要になるものがある。彼女の契約の場合、面接士方式を利用した告知が必要となっていた。
面接士といっても医師ではない。だが、一定基準の業界試験に合格しなければその資格を取得することは出来ないから当然、それなりの知識はある。当たり前だが、僕が合格した最初の試験なんかとは比較にならないほどレベルの高い試験だ。
その面接士に彼女はこれから会い、告知を行なうことになっている──そんな大事な時に、僕は一体何をしているんだ。
「気に病むことないわ。そもそも面接士による面談の際に、募集人の同席は禁じられている。彼女のセンシティブ情報を、貴方に漏らすわけにはいかないでしょう」
「でも、面談直前まで同行するぐらいは・・・・・・」
「普通はそうよ。だけど、この時間帯でなければ面接士の予約が出来なかった貴方の責任でしょ。始まるわよ」上司は冷たく僕の意見を無視し、ホールの中央を見つめる。クソ、僕が行くとロクなことをしないからってのか!
歓迎のバイオリンとラッパが盛大に鳴りはじめる──って何だこの、脳細胞が破壊されかねないほどの大音量かつ調子っぱずれのバイオリン!? 耳が、耳が腐る、腐って溶け落ちるうぅう!!!
周りを見ると全員、どこ吹く風という調子でこの狂騒曲を聴きつつホールの中央を見ている。ご立派な営業職員になるにはこんなことまで我慢しなきゃいけないのか畜生が!!
頭が割れそうなほどの大音響を必死で耐えつつ、ホールの中央舞台を見る。すると──
『ダ・ヨ〜〜〜〜ン♪』
「・・・・・・は?」
何コレ。
何コレ、何コレ、何だこれぇえええええ!!
舞台にせり上がってきたのは、異常な容積の頬と大口を誇る、頭髪真ん中分けの中年男。これ、コレ、こいつ、間違いなく・・・・・・!!
「ダヨーン社長よ。知らなかったの?」相変わらずの涼しい横顔で上司は言う。って、ダヨーン?社長?って何?もう全然意味分かんない!!
「面白いお話をする方だから、聞いておくといいわ」いやあの、話がどうとかそれ以前に何だこのサイコな状況!!
そんな僕の動揺も知らず、ホールのド真ん中でダヨーン社長?はマイクを取る。
『お前たち、ヴァカなのか、よ〜ん♪』
いきなりそんな挨拶で始まったダヨーン社長の話。バカにされているはずなのに、周りは全員ふんふんと話を聞き始める。バカにされてるはずなのに!!!
『こんな集会なんてやってないで、さっさとお客様のトコに行った方がいい、よ〜ん♪』
・・・・・・え?
『そして、たくさんたくさんお客様の意向を聞いてくるがいい、よ〜ん♪』
え? え?
『だからこんな集会、保険料の無駄だ、よ〜〜ん♪♪』
何この人。狂いまくった空間の中心なのに唯一マトモなこと言ってるよ!?
『お前たちの行くべきは、ここじゃなく、お客様のトコだ・よよよ〜〜〜ん♪♪♪』
僕は恐る恐る周りを見渡してみる。みんな相変わらずじっとお行儀よく社長の話を聞いている。いやあの、この時点でみんな社長命令に逆らってない!?
だけどそんな僕のツッコミも虚しく、社長の話はどんどん続いた──
聞けば聞くほど、ダヨーン社長の話はまともだった。
一番大切にすべきはお客様の意向だ。
そして、お客様には可能な限りの選択肢を提示する必要がある。
会社のパソコンでそのまま出てくるようなモデル設計だけでなく、本当に必要な保障かをきちんと考えて保険を提案する営業が、最終的には勝利する──そんな、非常にまともな内容。
聞いているうちに、彼女の笑顔が浮かんできた。にゃーちゃんにそっくりなあの笑顔。そしておっぱい。
──例え、その笑顔もおっぱいも、決して僕のものにはならなくとも。
彼女と彼女の家族を、経済的な面だけでも守る役に立てたら。それが僕の願いだった。
告知義務違反を命じられた時。そして彼女に不告知教唆をした時、そのわずかな願いすらも完全に叩き潰されたと思った。
でも、その状況をどう捉えてどう選ぶかなんて──確かに彼女の勝手だよな。
──どんな保険があって、どんな選択肢があって、告知をしなければどうなるか、したらどうなるか、今の無保険状態がどういうものか! その情報がちゃんと分からなきゃ、彼女は何も選べないだろうが!!
昨夜チビ太に叫んだ自分の言葉が蘇る。そう、僕の答えはもう決まっている。やるべきことは決まっている。
彼女にまず土下座すること。そして、自分の持つ情報を洗いざらい、分かりやすく伝えることだ。それも、面接士による面談が終了、つまり告知が完了してしまう前に!!
腕時計を確認する。彼女の面談開始予定時刻まで、あと2時間。面談場所は確か、彼女のマンション。電車を使えばまだ余裕で間に合うはずだ!
僕は立ち上がった。もう迷うことはない、何故ならこれは──社長命令でもあるからだ!!
「ちょっと・・・・・・松野君!? 待ちなさい、どこへ行くの!?」
上司の制止も聞かず、まだ響くダヨーン社長の声に背中を押されるようにして、僕は席を蹴っ飛ばしてホールの外へ飛び出した。大丈夫、まだ間に合う、まだ!!
だがわずか数分後──僕はさらなる絶望に打ちのめされることになる。





「え・・・・・・ええええええぇえええええええ!!!????」
ごうごうと吹き荒ぶ風雨の中で、僕は立ち尽くしてしまった。
昨日チビ太が言っていた台風のことを、完全に忘れていた。行く手に渦巻いているものは、ドス黒く巨大な竜の形をした雲。どんどん勢いを増して、雲の中には雷さえ見える。
傘なんかまるで役に立たず、ものの10秒で吹っ飛ばされてしまった。
電車は全てことごとくストップし、道路は動けない車で溢れてバスもタクシーも用をなさない。いっそのこと自転車をどっかでかっぱらおうかと思ったが、あまりの突風と渋滞で役に立ちそうにない。彼女に電話を試みるも、回線が混乱しているのか全くつながらない。畜生、これも罰だっていうのかよ!
昼間だというのに夜のように空が真っ暗になっていく。雨は最早シャワーみたいになって降りそそいでくる。
「・・・・・・いや」まだ手はある。諦めるのはまだ早い。
とっくに役立たずになった傘を投げ捨てて、僕は軽い屈伸運動を始めた。
ここから彼女の家まで、直線距離でおよそ50キロ。残り時間は約2時間。やってやれない距離じゃない、他の人間ならいざ知らず松野家の6つ子なら!!
身体がなまって随分立つし、十四松のあの脚力にはもう叶うわけがないが、それでも。
「──松野チョロ松。
この名の神髄・・・・・・見せてやらぁああああああああぁああ!!!!」
絶叫と同時に、僕は弾丸の如く走り出した。今やごうごうと音を立てて迫ってくる黒雲に向かって。





走った。走った。走った。
渋滞中の車の間を走りに走り、時には車の上まで飛び乗ってクラクションに追われながら走り抜け、何度も泥だまりに足を取られてすっ転びつつも、あまりの突風に吹っ飛ばされそうになりながらも、飛んでくる岩石ゴム靴タライ自転車バットなどなどなどの直撃を顔やら腹やらに喰らいながらも、それでも僕は走った。最初に飛び出した瞬間のペースを殆ど崩すことなく。
そして30分後。





「ぜぇ、はぁ、はぁ、ぜぇ・・・・・・そうだよなぁ。
河ぐらい、あるよね、途中に・・・・・・ああああ、もぉおおおお、俺のバカああぁぁああああああああ!!!!」
眼前に広がっていたのは、インド象みたいに膨れ上がり氾濫した河。そこにあったはずの大きな橋はもうどこにも見えない。水かさが橋の上まで達したのか、それとも橋自体が流されたのか。別の橋を探して迂回するには時間がかかりすぎる上、そっちの橋も使用可能かどうか非常に怪しい。
どちらにせよ、彼女のもとに制限時間内に辿りつくのは最早絶望的と言えた。あと1時間半・・・・・・真っ黒な空の下、濁流がごうごうとはっきり音をたてて渦巻く。
「畜生。十四松さえいればこんな河・・・・・・」
ふと声に出してしまった自分の呟きに、僕は思わず首を振った。
ダメだ、何をやっているんだ僕は。大怪我を負わせてしまった弟に頼るとは、常識人の風上にも置けない!
誰の助けも借りない。一人でやるしかない。
思い切り息を吸い込むと、自分でも意味不明の雄叫びをあげつつ跳躍し、勢いよく河に飛び込んだ。途端、凄まじい重量の水が身体に激突する。内臓が全部口から飛び出すかという衝撃と共に、息が止まりかけた。
この勢いの水だ。とにかく速さで突破するしかないと思ったが──そんな浅はかな僕の考えをあざ笑うように、濁流は一気に僕から力を奪う。
「ヤッバ・・・・・・マジマズイよ、死んじゃうよこれぇえ!! 誰かぁあ!!!」
──なら、死ねば。
意識を失いかける僕の脳裏に響いたのは、一松の言葉。
さらに浮かび上がるのは、自分と同じ顔の5人の悪魔の姿。
──マズイんじゃねぇの? 今の状況で上司命令に逆らったら、どう考えてもクビだよ? んなことも分からないの? ヴァーカ!
──俺を養うことすら出来ない役立たず、ギルティ・・・・・・頭痛が痛いぜ。
──寄るな偽善者。童貞臭が移る。
──えーチョロ松兄さんクビー? まーどーでもいーや、野球行ってきマッスルマッスルー!
──ホンット、ダッサいねぇ。彼女に何を伝えたところで、彼女が振り向いてくれるわけないじゃないか。いきなり人妻とかレベル高すぎ、このクール童貞!
・・・・・・うん、そうだよな。
お前らって、そーいう奴らだよな。とっくに分かってたよ。
人がさんざ苦労してる時に、仲間として助けに来て敵をなぎ倒していってくれるなんて、こいつらの場合マジありえねーから! 5人の仲間なんかじゃねぇ、まさに5人の敵だよ!!! 
フツーやってもいいと思うだろ、十四松が俺のかわりに河泳いでくれるとかさぁ! 一松が虎召喚して俺乗せてってくれるとかさぁ! 颯爽と現れたカラ松が飛んでくる看板をロケットランチャーでぶっ飛ばしてくれるとかさぁ! トッティが俺を遠投してくれるとかさぁ! そーいうのありえねーから、こいつら!!
濁流でもみくちゃになりながらも、自分の額に青筋が浮いていくのが分かる──そして。
「てめぇら・・・・・・
三男なめてんじゃねぇぞゴルアァアアアアアアア!!!!」
思わずいつもの如くアッパーを繰り出そうとしたその瞬間──
振り上げた拳に、何やら確かな手ごたえを感じた。





「え・・・・・・あ、あれ?」
手に触れた何かを無我夢中で掴もうとしていたら、僕はいつの間にか対岸へ流れ着いていた。
幸いそれほど長い距離を流されてはおらず、当初の予想していたルートからそれほど外れてはいない。時間を確認する──よし、まだ大丈夫。
水を吸いまくって石のようにクソ重くなった身体を起こしながら、僕はもう一度走り出した。
彼女のあの笑顔(とおっぱい)、それだけが最早僕を支えている全てだった。
──僕は彼女に、伝えなければいけないことがある。





そして──
氾濫する河を超えること3回。
車に跳ねられること11回。うち、10メートル以上吹っ飛んだ回数6回。
竜巻にぶっ飛ばされること5回。うち、高度50メートル以上まで吹っ飛ばされた回数3回。
雷の直撃を喰らうこと10回。
吹っ飛んできた看板の激突13回。うち、角部分の直撃5回。
意味不明の銃撃戦に巻き込まれること6回。
謎の小隕石落下に巻き込まれること3回。
地割れに落ちること5回。
電車に跳ねられること2回。
通行人の濡れ透けブラウスから見えるおっぱいで鼻血を噴くこと39回。
空から降ってきた聖澤庄之助の直撃を喰らうこと1回。





その結果──
遂に、ようやく、やっとのことで、僕は目的地に到着しようとしていた。
とっくに靴は両方ともどこかに投げ捨てた。ゾンビ同然の状態になりながら僕は何とか歩みを進める。服がどうにか営業マンに見えるレベルにそこそこ無事だったのは不幸中の幸いだった。彼女のところへ全裸に近い状態で行くことになってたら、それこそ僕は死んでしまう。
行く手に、彼女のマンションがやっと見えてきた。時計を確認し、最後の力を振り絞って走り出そうと──
した、まさにその瞬間。
背後から猛スピードで突っ走ってきた大型トラックが、僕の背中に思い切り激突した。
叫び声をあげる余裕もないまま30メートル以上は吹っ飛ばされ、2回、3回と僕の身体は水飛沫をあげてゴムボールみたいに勢いよくバウンドを繰り返す。
身体と一緒に意識が飛んでいる間、僕は何故かおそ松兄さんとの会話を思い出していた。



「ねぇチョロ松。
俺ら赤塚キャラはね、基本的に死なない。
LP、つまり生命力が100あって、しかも常に蘇生術リヴァイヴァがかかってる。だから、致命傷を受けてもすぐに立て直せるんだ。1回につき1LP消費することでね。
しかも適当に休めばすぐにLPは満タンまで回復する。俺らってスゲー♪」
「何そのサガシリーズ!? そんな設定初耳なんだけど!」
「でもさ、欠点もあるんだ。
短時間に集中して致命傷を受けると、回復力が弱まってきて・・・・・・」
「え? おいちょっと、そこで黙るなよ!? まさか」
「冗談」
「あ”?!」
「んなことあるわけないじゃん。何オタワード出してんの、だっさ」
「リヴァイヴァだのLPだの先に出したのそっちだろうが!!」



──何で今、こんなこと思い出したんだろう。
地面に投げ出されたまま、僕はぼんやりと目を開ける。彼女のマンションまではあとほんの50メートルもないだろう。もう、もうゴールは目の前だ!
そう思って身を起こそうとしたその瞬間。
「んがぁっ!? あ、あ・・・・・・」
左足から脳天まで突き抜けるとんでもない激痛に、僕は思わず悲鳴を上げた。慌てて自分の左足を確認する──「え。何、コレ」
左のふくらはぎが、真ん中あたりからほぼ直角に、ありえない方向へ折れ曲がっていた。勿論骨は真ん中から見事にばっきり折れている。畜生、これじゃ歩くどころか這いずることも出来ない!!
それに──いつもなら、こんなのすぐに治っているはずなのに。治りが遅いというか、治る気配がない。
「まさか・・・・・・おそ松兄さん!」
──短時間に集中して致命傷を受けると、回復力が弱まってきて・・・・・・
身体中を戦慄が駆け抜ける。まさか・・・・・・本当に、死・・・・・・
「じょ、冗談じゃない!」
とは言ってみたものの、折れ曲がった足をどうすることも出来ないまま、僕はじっと雨に打たれるばかりだった。
腕時計を見る。予定の時間まで、まだあと10分残っていた。
──僕は彼女に、伝えなければいけないことがある。
そんな言葉を呪文のように唱えながら、うずくまりつつゆっくりと左の膝を持ち上げる。クソ、これだけで鬼のように痛い。
おかしな方向へ曲がったままのふくらはぎ下半分を強引に掴むと、力まかせに元の位置へ戻そうと試みた。普段であればのたうち回っているだろうレベルの痛みが全身を貫く。
──謝らなきゃいけないんだ、僕は。
痛みでがくがく震える両手に力をこめる。喉からは泣き声にも似た悲鳴が漏れた。
──何も知らない彼女に、ウソをつくように教えてしまったことを。
何かがメリメリ砕ける嫌な音がする。雨と一緒に全身を滝のような冷や汗が流れる。ええいあと何分だこん畜生、時間がもったいない!!
「がぁあぁああああぁあああああああああぁあ!!!!」
もう耐えられず、一気にふくらはぎの骨を押し戻す。気絶しかねないほどの痛みがまた脳天からつま先までを貫いた。
──偽善と言われたっていい。ウザイとかいくらでも言うがいい。
──ナルシストで・・・・・・何が悪いっ!!
多少元の位置からはずれて足首が変な方向に向いたが、これで何とか歩くことぐらいは出来そうだ。
震えが止まらないままの手でズボンの裾を引きちぎり、そいつでふくらはぎを固定した。立ち上がってみる──左足に重心を乗せてみる。何とか引きずりながらでも歩くことは可能だった、重心移動のたびに来る激痛に気絶しなければの話だが。
痛みのせいか、全身が熱を帯び始めていた。多分足以外の骨や内臓もどこかしらやられたんだろう、でも大丈夫、もうちょっと、もうちょっとで・・・・・・
──彼女に、あるだけの情報を提示するために。
彼女が、自らの手による選択を可能にするために。
彼女が、彼女自身と彼女の大事な人を守れるようにするために。
その為に、僕は死んでも彼女のもとに辿りつかなきゃいけない。





玄関ホールに入った時、彼女はちょうど面接士さんと会っていたところだった。
時間はちょうどぴったり。突然ふらふらと入ってきた僕を見て──
彼女は仰天し、慌ててこちらに駆け寄ってきた。着込んだブラウスの下で揺れまくるおっぱい、これだけでもここに来た価値があるというもの・・・・・・じゃなくて。
「セクロスさん!? 一体どうしたんですか、こんな酷い天気なのに」
やめてくれ、その呼び名だけで僕が死ぬ。
「松野さん!」面接士さんがきっぱりと僕を止める。「これから彼女は面談です。募集人の同席は禁じられていますので、お引き取りください」
その言葉を聞くか聞かないかのうちに──
僕は土下座していた。身内以外で僕と唯一契約してくれた顧客である、彼女の前で。





面接士さんには一旦席を外していただき──僕は、全てを話した。
事実とは違う告知をするよう指示した、つまり不告知教唆をしてしまったこと。
正確に告知をしなければ告知義務違反となり、契約解除もしくは保険金が下りなくなる可能性があること。
逆に、彼女の病気を正確に告知すれば契約不可の可能性があること。
契約不可となれば、彼女は完全に無保険状態となり、万一の時に経済的に困窮する可能性があること。
そして、彼女が現在のような無保険状態になるのを僕の手で防ぐことが出来なかったことを。
声を限りに謝りながら、いつかのトッティのように床に頭をドカドカ激突させながら、それら全てを話した。





「あの、セクロスさん。
それじゃ私、どうすればいいんですか?
いきなりそういうことをお話されても、私、困ります」
「申し訳ありません。これが、僕に出来る全てなんです。
身勝手な話ですが、最終的に決断するのは貴女です。
僕は可能な限りの情報を提示するため、告知が終わってしまう前にここに来ました。その情報をもとに契約を、告知をどうするかは、貴女にかかっています。
どうか、お願いします。真剣に考えて下さい。
貴女自身と貴女の大事な人を守るために、今、貴女がどうするべきなのかを!」





そして、彼女は約束してくれた。
自分で判断して、自分で決めることを。
その表情にもう迷いはなかったが──笑顔もなかった。





全てが終わり、マンションを出た時には雨はようやくその勢いを弱めてきた。
何とか、どうにか、やるべきことを果たした。その満足感に浸る余裕もなく──
見覚えのある車が目の前で急ブレーキをかけながら止まる。黒い傘をさしつつ中から出てきた人物は。
「松野君。やっぱりここにいたのね」
それは勿論、さっきまでダヨーン社長の話にうんうん頷いていた女上司。
僕を車に乗せるでもなく、傘を僕に差し出そうともせず、冷たく見下げてくるだけだ。クソ、こっちは立っているのさえ精一杯だってのに。「話しなさい。彼女に何を言ったの」
「告知と解約に関する件について、謝罪しました。
そして彼女に今一度、正確な告知をお願いしました」
見るからに酷い姿になった僕を上から下まで眺めまわすその視線には、最早侮蔑の感情以外の何もない。「なるほど。面接士による告知が完了する前に、自分の過ちを修正したかったわけね」
軽いため息をつくと、彼女は僕に最後の宣告をした。「松野君。貴方、明日以降出社しなくていいから。今後についてはまた後ほど連絡します」
いいさ。これももう、とっくのとうに覚悟の上だ。
会社が推してくる保険ではなく、自分なりの設計をした保険を売る。
長所のみならず欠点も洗いざらい話して、最終的に顧客の判断に委ねる。自分の成績なんて関係ない。
そう決めた時点で、いずれこうなることは分かっていたんだ。
「残念だけど、貴方に生命保険は一生売れない」
そうだろう。僕は営業マンとしての道は外してるかも知れないが、人としての道は外したくない。サヨナラだ、ケツ毛の年増。おっぱいだけは覚えといてやるよ。
「・・・・・・それ、褒め言葉です」
上司の眉がはっきりと吊り上がった。いいさ、平手打ちぐらい今更怖くはない、来いよ!!
「貴方に今更教えても仕方のないことだけど」
そんな風に僕が構えている前で、彼女は突然髪をかきあげる。その唇から漏れた言葉は──
平手打ちなんぞよりもよほど強烈に、僕を打ちのめした。
「追加告知っていうシステム、覚えてるかしら。覚えているわけないわね、そんな風になるまで無茶しでかしたんだもの」
「え?」
「お客様が告知の誤りや漏れに気づいた場合は、契約が成立した後でも告知の内容を追加・訂正することが出来るようになっているのよ」
「え? え?」
「追加で告知をすることによって条件付の契約になる可能性もあるけれど、告知義務違反を敢えて隠すといった悪質性は低いと見なされて、契約解除に至る可能性は少なくなる」
「え? えと・・・・・・それじゃ、もしかして・・・・・・」
声が震えだす。やめろ、やめてくれ、お願いだ。
「恐らく貴方は、告知が完了してしまうと間に合わないと思い込んでここまで無茶をしたのでしょうけど、そんなことをする必要はどこにもなかった。どうしても彼女に告知を考え直してもらいたいなら、今日でなくても後でいくらでもチャンスはあったのよ。
むしろ追加告知なら、彼女にとって物事が有利に運ぶ可能性すらあった」
何も──何も、反論が出来ない。何だこの悲劇。何この惨劇。いや、もう喜劇というべきか。
痛みをこらえていた足から一気に力が抜ける。僕はその場で水たまりに情けなくもぺたんと座り込んでしまった。折れ曲がった左足からまた痛みが突き抜ける。
それでも、上司の傘が僕に差し出されることは、決してなかった。
「お客様が間違えた時のために、会社は様々なフォローのシステムを用意しているものよ。それはこの業界に限らず、世間一般の組織の殆どに言えること。
私たちの仕事を軽蔑するのは勝手だけど、貴方はその前に世間の常識を覚える必要があったんじゃないかしら」





上司は僕をその場に放り出したまま、さっさと車で走り去ってしまった。
車が盛大に跳ね飛ばした泥飛沫を、へたりこんだままだった僕は全くよけることも出来ず、まともに頭から浴びていた。
涙も出ない。
笑いも出ない。
怒りの欠片すらも、浮かび上がってこない。
とてつもない自分の浅はかさを、反省する気にもなれない。
蘇ってくるのは、全身を走る激烈な痛みだけ。
河のように水が流れる道路のド真ん中で、もはや上半身の痛みにすら耐えきることが出来ずに僕は、仰向けになって大の字に寝転がった。
──僕にはもう、何もない。
仕事も、金も、帰る家も、プライドも、常識も、何も。
ついでに今ので、心までぶっ潰されたみたいだ。
多分、このままだと──おそらく、命も。
雨がひたすら落ちてくる真っ黒い空。口をアホみたいに半開きにしたまま頭を傾けると、ちらりと彼女のマンションが視界に入ってくる。彼女が、旦那と一緒にいるはずのマンション。
「最後ぐらい、松野さんって・・・・・・呼んでほしかったよなぁ」
一体何をやっていたんだ、僕は。
上司の口車にまんまと乗せられて、ニート脱出した気になって。
気が付いたら営業やらされてて、知り合い全部失って。
そうしたら彼女に出会って、出会った瞬間失恋して、それでも初めてちゃんとしようと思って。そんな自分が嬉しくて、得意になって、舞い上がって。
でも、中途半端な知識で大ポカやらかして、彼女にまで迷惑かけて。給料までマイナスになって。
一松に詰られて、十四松を傷つけて、家にもいられなくなって。
結局、クズが就職したって、クズのままだった。
せめて彼女にだけは、ちゃんと伝えるべきことを伝えたいと思った。それなのに、それすらも全部徒労だった。
どうせなら伝えるべきことじゃなくて、伝えたいことを伝えれば良かったのかな。ただ単純に、好きだとか言えば良かったのかな。
好きだって言ってれば、何か変わったのかな。せめてセクロスさんと呼ぶのはやめてくれたんだろうか。
・・・・・・無理だよな。帰り際、僕を見たあの目つきを見ればそんなのすぐ分かる。
どうせ、童貞の力なんて、こんなモンか。













どのくらい、そうしていただろうか。
雨の音はまだやまないのに、何故か頬に雨が当たる感触がなくなった。
ぼんやりと目を開くと、視界が赤、青、紫、黄色、ピンクの5色に染まっている。
よくよく見ると、それは5つの大きな傘。
そしてその傘と同じ色のパーカーの、僕と同じ顔の奴らが5人。
全員しゃがみこみながら、じっと僕の顔を眺めている。5色の傘はひとかたまりになって、まだ強めの雨から僕を守っていた。
「・・・・・・何しに来たの」
僕の真上、一番近い位置からじっと僕を覗き込む赤パーカーに向かって、僕は呟く。そうしたらあろうことかこう言いやがった、この長男。
「お前を笑いに来た。そう言えば、お前の気が済むのだろう?」
「・・・・・・おい。クソつまんないパロディやめろって、あれほど言ってるのに」
それを皮切りに、次から次へと僕に声をかけていく悪魔ども。
「よ〜く頑張ったね♪ チョロ松兄さん」「トッティ、何その意趣返し。面白くない」
「あのねー!! みんなでワルプルギス見に来たー!! ヘーイティロフィナーレ、ドルアアアアアア!!!」「十四松、意味分からない。傘で高速回転しないで」
「・・・・・・・・・・・・」「今こそ、今だからこそ何か言えよ一松」
「もう少し遅かったら、デリバリーコントを始めるところだった。胸を張るがいい。俺はお前を・・・・・・誇りに思う」「笑えない上に一部大幅に間違ってるパロディやめてカラ松」
駄目だ、ツッコミにさえ力がまるで入らない。同じことを感じたのか、長男以外の4人が困ったように顔を見合わせた。
情けなさのあまり、僕は5人から目を逸らすことしか出来ない。
気まずい沈黙が場を支配する。雨の音だけが響く──そんな中、再び口火を切ったのは長男だった。「ねぇ、チョロ松」
「なに」
「お前さ。童貞臭・・・・・・少しだけ薄くなった?」
「は!?」
「もっとも、カルピス原液をさらに濃縮して6000%にしましたってレベルのものがやっと5999%になりました、って程度だけどさ!」
言いながら、おそ松兄さんはいつもの如く指で鼻の下をこすってみせる。全くこの長男はどうして毎度毎度こう・・・・・・
「何、その6000%って。数字の意味全然分からない。それもう液体ですらなくない?
つか、お前らさ、こんな時まで、何、言って・・・・・・」
声が震える。喉が詰まる。何も言えなくなる。視界が滲む。傘の色がどんどん滲んでくる。
両目から何やら熱いものが流れ出した。「何、言ってんだよ・・・・・・おそ松兄さん!」
そんな僕を見ながら、長男はそれでも笑顔だった。
「あはは、もう大丈夫だな! おかえり、チョロ松!!」
この言葉を聞いた瞬間──
死にかけていた僕の感情は、一気に爆発した。
まだ雨の降る黒い道路の上に咲いた、5色の傘。その傘の下で──
僕は恥も外聞も投げ捨てて、全身から声を振り絞り喉が破れるほど絶叫し、赤ん坊のようにいつまでも号泣していた。





******





それから数日後。
何か月か前と同じように、僕ら6つ子はみんなでオール無職という、カースト最底辺の生活に戻っていた──にも関わらず。
「チョロ松兄さんの顔、最近妙に晴れやかじゃない? 
相変わらず就活中のフリ続けてるみたいだけどー。てか、今日も僕ら置いてさっさとハロワ行っちゃったけどー」
「例の彼女の契約が条件付だけど成立したって聞いたよ。正直に全部告知しての結果だって」と一松兄さん。っていうか一松兄さんちゃんと話したんだな、チョロ松兄さんと。
「うおーやったねー!!! おめで特大ホーーーーームランっっ!!!」十四松兄さんがバット構えたまま高速回転を始める。
「フ、やはりそうか。光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が敗北することなど・・・・・・」
「いやカラ松兄さん、僕らそもそも一歩たりとも進もうとしてないからね? 一松兄さんなんかむしろ闇に一直線だからね? そして同作品パロディ連発やめてくんない!?」
でも・・・・・・そうか。
あの通り、クズでクソでバカなことばかりしでかした常識人かぶれクール童貞クソダサなチョロ松兄さんでも──
ほんの少し、本当にほんの少しだけど、誰かに影響を与えることが出来たのか。そうなのか・・・・・・
そんな僕の思考をよそに、おそ松兄さんはそっと耳打ちした。「へへへトッティ。だから言ったろ、チョロ松なら大丈夫だって。必ず『こっち』に戻ってくるって!!」
「え」仰天した。すると一番最初の時、おそ松兄さんが大丈夫って言ってたのって・・・・・・
「大丈夫ってそーいう意味だったのぉ!!?? 必ずカースト最底辺に戻ってくるってことだったのぉ!!??」いくら何でも酷いよ、何この赤い悪魔!
「へへへ〜。さぁ〜ね、どっちでしょー!?」
おそ松兄さんは鼻をこすりながら答えをはぐらかす。どういうことなんだろうか・・・・・・って、この前と比べて超絶機嫌いいなぁこの長男。
とか思ってたら、兄さんはぽんと手を叩いた。「お!? あの契約が成立したってことは、その分のあいつの給料がまだ入るはずだな! よーし早速今晩飲みにいこー!!」
「え、ちょっと兄さん!?」「いいんだよ、三男の失職祝いってことで!!」
「結局飲みたいだけでしょー!? また怒られるよ全くもう!」
「ただいまー」玄関先からチョロ松兄さんの声が響く。
「あ、噂をすれば! ねぇねぇチョロ松ぅ、お願いがあるんだけど〜今夜ちょっとさぁお前の失職祝いを〜、ついでにパチンコ代も〜♪」言いながら玄関先へスキップしていくおそ松兄さん。その後についていってみると、案の定ブチキレているチョロ松兄さんがいた。
「あのねぇ! なんで俺がわざわざそんな屈辱的な場を設定されなきゃいけないの!?」「え、何言ってんの? 設定するのお前だよ?」「ふざけるなこのキングオブクズが」「いいじゃんいいじゃ〜ん。あとちょっとお馬さんの件で相談も」「競馬代貸してくれって素直に土下座して言えよクズ長男! 貸さないけど!!」「えぇ〜、ダメなのぉ〜」「ダメなもんはダメー!!」
「ねぇ、チョロ松兄さん」ぎゃんぎゃん騒ぐ二人の後ろから、僕は声をかけてみた。
「何? トッティ」
「この前僕が兄さんに無理矢理入らされた保険さ。ちょっと見直してみたいと思ったんだけど・・・・・・」
「・・・・・・」
「あ、別に無理にってわけじゃないんだけどね」
「・・・・・・」
「え? あれ? ・・・・・・あの、チョロ松兄さん?」
「・・・・・・いいよ、トド松。
設計書とかは勿論もう出せないけど、僕で良ければ相談に乗る」
「そ、そう? あ、ありがと」
「ついでに後ろの3人もね」
「え!?」慌てて振り向くと、僕の背後でカラ松兄さんに一松兄さん、十四松兄さんが扉から顔だけ出してこちらを見ていた。
「抜け駆けは良くないぜ、トッティ」「見直すっていうか、どうせなら全部解約しちゃえば? 全員一気に解約すりゃ、あのクソ会社にも相応のダメージが」「そーだそーだ! かーいやく! かーいやく♪♪」
「いやそれ僕らだって損するからね? 最悪他社に情報流れて色々調べられて、新しい保険に入れなくなるかも知れないからね!?」
慌てて皆を宥めようとするチョロ松兄さんを尻目に、長男は敢然と立ちあがった。
「いや! ここはやっぱりあの会社に一泡吹かせようぜ!」
「え、ちょ、おそ松兄さん!?」
「だって悔しくないの? あんだけ一方的にコテンパンにやられてお前悔しくないの!? ちったぁ男見せろ、ヴァーカ!!」
「バカって・・・・・・いや、俺はそんなこと一つも望んでないから!! ちょっともー騒ぐのやめろよ、もー!!」
ギャースカ騒ぎ始めたクズ兄弟を、いつものようにチョロ松兄さんは宥めようとしてさらに騒ぎは収拾がつかなくなる。
本当に、本当にまた、呆れるくらいいつも通りに続いていくクズな日常。
でも僕はさっき確かに見た──兄さんのいつものへの字口が、僕らの前では珍しく、本当に珍しく、ほんの少しだけ逆への字気味になった瞬間を。







おしまい!


 


 

 

 

Qで終わりです。シンはありませんw お粗末さまでした!! いやー楽しくて楽しくてしょーがなかった!!!
見事にノンフィクションぶりが消えた結末でありました。社長ご出席総決起集会の理不尽さぐらいか。あのバイオリンは今思い出しても地獄だ・・・・・・
そしてハタ坊を出すのを忘れたことに気づいたのは全部終わってからだった。いや、話の全てをひっくり返しかねないキャラだから出さなくて正解だったのかもだけど。トト子ちゃんはデリコンで無理矢理ぶちこんだんだけどな。デカパン博士は一応エスニャン関連で出てきたってことでw
やたらと健気可愛いチョロ松書いちゃったけど、一体いつこのイメージがアニメで大爆破くらうかと思うと楽しみでたまらない(え)
早くアニメでチョロ松には大暴れしてほしいもんです。7話程度じゃまだ足りない。大事な面接直前に満員電車で腹痛起こして以下略ぐらいのことは覚悟しているんだこっちは!!


最後に、このSS書く上で参考にしたサイトをいくつか挙げておきます。
保険クリニック裏病棟←営業で悩んでいた当時から色々お世話になったサイト。生保営業についてもっと詳しく知りたい方は一読をおすすめします。
本日の営業日報←生保レディの方のブログ。「生保のコトバ」が参考になります。
三大疾病保険は要注意!必ず知っておくべき支払要件と必要性
医療保険には入るな!
生命保険の「無保険状態」とはどういうことですか?
生命保険の見直しをする時に注意しなければいけない3つのポイント
日系生保と外資系生保の比較
告知の漏れを申告する「追加告知」
元職員が語る生命保険の裏話
実は役に立たない保険の特約四天王
「生保業界からクレームがあったのでは?」 TBSマツコ新番組、突然の休止に憶測出回る  

当時より少しは現場の状況が好転していることを祈らずにはいられない。特に告知関連。
去年まで在籍していた某外資系の査定部門は、断固として告知義務違反は許さないっていうか、話しても俄かには信じてもらえないかもレベルでありえない犯罪という姿勢でした。お酒の席であってもそんなこと言おうものなら血界4話ばりの即席尋問大会が始まりそうな勢いで。査定部門なんだから当たり前だけど。だから外資系なら大丈夫と思いたいんだけどなー・・・・・・
 

【2/6追記】本サイトweb拍手経由にて、国内生保の現場に勤務中の方からコメントをいただきました!
法令違反全般に関しては国内生保でも相当厳しくなっているとのことです。上司から勧められる可能性もありえないとのことでした。あー良かった良かった悩みまくって十四松をぶん殴るチョロ松は(今は)いないんだぁあああ!!(嬉泣)




 

back