雪原での交渉でどうにか資金をためて装備を整え──
遂にホークたちはジュエルビースト洞窟最深部で、睡眠中ジュエルビーストと対面。直後に戦闘に突入した。
いつもどおりエルマンが算盤でダメージ計算をしつつ、その間にジャミルが全員にウェポンブレスとアーマーブレスをかける。そして巨獣がいよいよ目覚める寸前となり、攻撃役にリヴァイヴァがかかった後、聖杯役のジャミルがシムラクラムを自分にかけて雪だるまに・・・
シムラクラムを自分に・・・
シムラクラムを・・・
「あの・・・ジャミル兄さん?
この場合でのシムラクラムってのは、ご自分にかけるものですよ?」
「・・・・・・・・・。
いやー、ハハハハ。知らなかったぜ!!! シムラクラムって他の奴にもかけられるんだなぁ!! アッハッハ( ゚∀゚)」
「アッハッハじゃありませんよぉ!! 一体どーすんですか、ホークさんにかけちまってぇ!!」
エルマンの言うとおり、覚醒寸前のジュエビの正面で──リーダーたるキャプテン・ホークは見事に可愛らしい雪だるまになっていた。
「・・・・・・・・・!?!?!!!」ジタバタジタバタ(←ホーク(雪だるま))
「仕方ねぇだろうが! 俺ァいっつも攻撃役なんだよ、雪だるま役なんて慣れねぇことさすんじゃねぇ!!」
「あぁ・・・姐さん、事件です・・・また事件ですよぉ・・・( TДT)」
「バカ、泣くんじゃねぇ! ホーク、今すぐ元に戻れ!!」
「・・・・・・・・・・・・!!!」ジタバタジタバタジタバタジ(←ホーク(雪だるま))
「ジャミルさん、キャプテンはこう仰っています・・・適当なLP消費技がない為すぐには無理だと」
「それに、却って幸運かも知れん」ダークはいささかも動じていなかった。「雪だるまのステータスは今の俺たちより格段に高い。ホークをそのままにしておいてロペラで乱れ突きをさせれば、かなりのダメージが期待できる」
「で、でも今のままじゃジャミル兄さんが雪だるまになれませんよ! BP大幅消費しちまいましたし、このままでジュエビが目覚めちまったら、真っ先にやられちまうのは兄さんです!」
「それは致し方ない・・・ジャミル、もう一度聖杯を使ってBP回復を」
「いえ、待ってください」ゲラハは懐から薬を取り出した。「このようなこともあるかと思い、持っておりました。交渉で集めた薬草を使用して出来たものです」
「えぇ? ・・・こ、これは!? こりゃ技術強化の妙薬じゃないですか!」
「こいつはありがてぇ! これさえありゃ、聖杯なしでもBP回復出来るぜ!」
「さすがゲラハさんです! 聖杯を無駄にせずに済みましたし、何とか仕切り直して行きましょ!!」
ゲラハが妙薬でジャミルのBPを回復させた後、ジャミルは再びシムラクラムを唱えて今度は確実に自らが雪だるまとなる。エルマンはひとまずほっと胸をなでおろした。
「先にかけたリヴァイヴァが解けないかが心配ですが・・・」
「どのみちジュエルビーストは短期決戦。時間経過でリヴァイヴァが切れる心配などする前に殺るか殺られるか・・・そうだろう?」
ダークが呟いたの直後に巨獣は目覚め、雄叫びをあげた。同時にエルマンたちのオーヴァドライブ祭が始まる。
作戦としては、唯一フランシスカ持ちのダークがフライバイ⇒かかと切りの一人5連携。
エルマンは、+2まで強化した古刀を使用し逆風の太刀5連発。
ホークはロペラで乱れ突き5連発・・・の予定だったが事故で雪だるまになってしまったため乱れ突き単発で攻撃。
そしてゲラハは、前回エルマンから教えられたとおり、大地の剣で衝突剣とかすみ二段を組み合わせた5連の攻撃を繰り出していた。
「ゲラハさん、LP切れだけは気をつけてくださいよ! ていうか、もうちょっと良い手を考えようって私言ったじゃないですか!」 「いえ、エルマンさん。今考えられる限りではこれが最善手です」
「しかしですねぇ・・・ええぃもう!!」エルマンは苛々しつつもオーヴァドライブを発動させ、再び逆風の太刀5連発を炸裂させる。連携こそしないものの、攻撃力がある上に素早さも下げられる──フランシスカがろくにない今、この技はパーティにとっての命綱だった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・どうなることやらと思いましたが、意外とスムーズに運んでますねぇ。ホークさん(雪だるま)の乱れ突きも結構な大ダメージですし」
うまいことオーヴァドライブで先手を取り続け、巨獣の動きを封じていた一行だったが──
「油断は禁物です、来ます!」ゲラハの叫びと同時にジュエルビーストの両目が光った。光術に風術に幻術に土術が、そして水術も火術もとち狂ったように連携までして暴風となってパーティを襲う。
巨獣に少しでも行動を許せば、その瞬間に全ては終わる──エルマンたちが前周までに心に刻んだ教訓は全くその通りで、パーティは一気に体力を大幅に削られた。そして、極限まで肥大化したスターライトFSの光の弾がエルマンとゲラハに襲いかかろうとする。
「う、うぎゃああああ! お、終わりですうぅ!!」「仕方ありません、こうなればリヴァイヴァをもう一度・・・」「・・・駄目だ、間に合うわけがない・・・グフッ」
糸目をさらにきつく閉じてしまうエルマンに、諦めずにリヴァイヴァの詠唱に入るゲラハ。ダークは既に倒れている。
だがそんな彼らの前に、雪だるまが敢然と立ちはだかった。
「・・・・・・・・・・・!!!」
「ほ、ホークさん!?」「キャプテン!?」彼らの目の前で、光の弾をまともに喰らった雪だるまは当然、その場で爆砕した。だがその結果──
「へ、丁度良かったぜ。俺様が復帰しねぇと駄目だと思ってたところだ!!」
雪だるまが塵も残さず爆発した後に堂々と立っていたのは勿論、キャプテン・ホークその人。
「ジャミル! 後で落とし前はつけてもらうからなァ!」
「・・・・・!?」ワタワタ(←雪だるま(ジャミル))
言うが早いかホークは巨獣に向かって全力のダッシュをかけ、オーヴァドライブを発動し──見事な乱れ突き5連発を決めてみせる。そこへエルマンの古刀とゲラハの大地の剣が無茶苦茶な勢いで叩き付けられ──
遂に、ジュエルビーストは粉砕された。
「いや〜今回は正直柱戦の方がキツかったですねぇ!! こんなにも簡単に御本尊を倒しちまうなんて、資金繰りで苦労した甲斐があったってもんですよ!!」
大破したジュエビの殻の上に乗っかりながら、エルマンははしゃぎまくる。その手にはちゃっかりジュエルリングが握られていた。
「全く、途中あんだけ大慌てした癖しやがって。あの時は一旦引き返そうって言い出しかねなかったぞ」
「おいジャミル! その原因作ったのはお前だろうが、そこへ正座しろ!」指をパキポキ鳴らしながらホークがジャミルをひと睨みする。「い、いやオッサン、そこは許してくれよ〜。結果的にオッサンが雪だるま化してたことでエルマンもゲラハも無事だったんだからさ」
「・・・戦闘が長引いたのは事実だ。だからこそジュエルビーストに暴れる隙が生まれた・・・」
「そうそう、ダークさんの言う通りですよ兄さん! 全く、ゲラハさんの妙薬がなけりゃどうなってたか」
「いえ、エルマンさん。貴方から薬草の知識を教わらなければ、あの妙薬を私が持っているなどということはありえませんでした」
「もう、ゲラハさんもなかなかお世辞がお上手で! 今回の殊勲賞はやっぱりゲラハさんですよ、このジュエルリングはゲラハさんに差し上げます!」
エルマンはぴょんとジュエビの殻から飛び降りると、素早くゲラハの手にリングを握らせる。ゲッコの青年はほぼ無理矢理握らされたリングをしばらく眺めていた──が。「私は何もしていません。やはり逆風の太刀による攻撃を考案したエルマンさんが持っていらっしゃるか、もしくは壁と攻撃役をこなしていただいたキャプテンがお持ちになるのが妥当かと」
「とはいえゲラハ、俺はもうガーディアンリングがあるから要らねぇんだが・・・」
「私も一応ダイアモンドを装備しておりますので不要ですねぇ」
「・・・それでは」
少し考えた後、ゲッコの青年はふとジャミルに恭しくリングを差し出した。「ジャミルさん。これは貴方に」
「え、俺!? 今回の俺なんか殊勲賞どころか珍プレー賞だろうが」
「だからです」ゲラハは全く笑みも見せずに真面目な口調で言った。「今後このようなミスがないよう、注意力をアップしていただく為です。貴方は術法士として、今後もパーティの要となっていただかなければ困りますので」
「・・・・・・あ、ありがとよ」
「ではキャプテン。私は帰りの馬の準備をしてきます」
それだけ言うと、ゲラハはスタスタとその場から去って行った。ジャミルはしばらく呆然とジュエルリングを眺めていたが、やがてヘナヘナとその場にへたりこむ。「・・・・・・なぁエルマン。ヘタに嫌味言われるよりよっぽどこたえるんだが(泣)」
「確かにそうですね。私も皮肉はやめておきます、これ以上は兄さんが可哀想ですし」
「一発ぶっ飛ばそうと思っていたが、やらなくてすんだみてぇだな・・・さすがゲラハだ」
数日後、メルビルパブにて。
「さーて、めでたくジュエルビーストを倒したその勢いで、ついにブッチャーを叩きのめしたぜぇ!!」
パブの隅で盛大に祝杯を挙げるホーク。の横で、ジャミルとエルマンがぶつくさ呟く。
「おい。ホーク編最大のイベントが、1行で終わったぞ・・・」
「アイスデビルには相当苦戦させられたんですがねぇ。ホークさんが海賊船に乗り込むムービー、カッコイイんですが何度もやり直すと正直ウェイクビンの長話並みに面倒・・・って、ゲフン」
「キャプテン。ところで、海賊のアジトの通報はおすみですか」ホークに酒をつぎつつ、ゲラハが尋ねる。「当たり前よぅ。でなきゃパイレーツコーストにも戻れない上、あのお方をお迎えすることも出来ねぇからな!」
「あのお方? って、聞くだけ野暮か」
「少し私、お酒を追加注文してきます」ゲラハは空いた食器を慣れた手つきで抱えつつ、席を立った。
その背中を心なしか安心したように眺めつつ、エルマンが言った。「ともかく、エリザベス宮殿でそこそこの武器も結構ゲットできましたし、お金もだいぶ余裕が出てきましたし、あとは・・・・・・」
そこまで言って突然口ごもるエルマン。ホークを上目使い(のつもりの糸目)でチラリと見つつ、彼は両手の人差し指をつつき合わせながら聞いた。「ホークさん。やっぱり今回も私、サルーイン戦まで参加しなきゃ駄目でしょうか?」
「当たり前よぅ」ホークはぐいと酒を飲み干す。「お前らの話を聞く限り、真サル戦で最もモノを言うのはLPとBPだ。特に、術具でオーヴァドライブなんて無茶が出来るお前を手放すわけにゃ行かねぇよ。どんなに最初のステータスがヘボかろうとな」
「げぇっ!? じゃ今度も私、ウコムの鉾でオーヴァドライブですかい!?」
「っていうかやっぱり行くのかよ、真サルーイン!?」
「エルマン、逃げるなよ」ホークは赤ら顔と三つ編みヒゲを思い切りエルマンに寄せつつ脅した。「もし逃げようってんなら──
ゲラハにバラすぞ。お前のあの時の涙は大嘘でしたってな」
「ちょ、ちょ、ちょっとぉ!!」一気にホーク以上に真っ赤になったエルマンは思わず両手でバンバンテーブルを叩いてしまう。「んなことしたら、ゲラハさん二度とこのパーティに戻ってこなくなるでしょ! 私の努力を無駄にせんで下さいよ!」
「ま、嘘でしたってのが嘘なんだから脅しにも取引にもならんなぁ、ハッハ」「・・・・・・ホークさん? また殴られたいですか、偽ろば骨で」
「じゃぁこうしようぜ? お前の涙が嘘だったってお前が俺たちに言ったのは事実なんだから、その事実だけをバラす」「ジャミル兄さんまで・・・そんなにパーティを混乱させたいんですかい」
「確かに、こいつをネタにエルマンを強請るのは良く考えたらあまり得策じゃねぇな」ホークはふとエルマンの帽子に手をやり、勢いよくぽんぽん叩く。「うわぁ痛い痛い! 突然何ですかいホークさんってば」
「大丈夫だ。大した報酬はやれねぇがその代わり、無限ループを脱出した暁には復活レイディラックにいつでもタダで乗せるぐらいのことはしてやるよ! バーバラにも言っときな、7つの海をまたにかける芸人集団にしてやるぜってな!」
「そ、それは嬉しいですが・・・」帽子を直しながら、ふとエルマンは周囲を見回した。「あれ? そういえばダークさんは?」
「そういえば、メルビル襲撃解決してから見ねぇな。どうしたんだ?」
「先ほど、少しばかり風に当たっていくと仰ってましたよ」戻ってきたゲラハが報告する。それを聞いて、ホークはぐいと杯を飲み干した。
「あいつには近いうち外れてもらわにゃならんし、一応その話もつけてあるが・・・・・・ただ、いずれは何とかしねぇとな」
「またダークの剣ですかい? ホークさんもなかなかゲンキンですねぇ」「てめぇに言われたかねぇや。ただ・・・どうにかして、あいつの記憶を分けて安定させる方法はねぇもんかな」
「記憶を、分ける?」
「そういえば──」ジャミルが呟く。「俺も何回かアイツの記憶を蘇らせたから覚えてるんだが、アイツの身体には、ミルザの時代の魔道士の魂とアサシンギルドのボスの魂が同居してるらしいな。そいつを何とか分けられないかって話か?」
「今のままじゃ、あいつは記憶が蘇ってはまたその記憶を失いの繰り返しだ。ヘタすりゃ同時に二つの記憶が蘇っちまうことにもなりかねん。どうにか魔道士のほうを分離させて、蘇らすことはできんもんかなと思ってよ」
「確かに、アルドラ──だったっけ? あいつが煉獄で目覚めた時の荒れようは見ちゃいられなかったぜ。あの身体にいること自体がもう耐えられないっぽかったしなぁ。アルドラとして完全再生させられりゃ、俺たちは強力な仲間と同時に美人もゲットできて一石二鳥なのに」
「美人だと何故分かるのですか? ジャミルさん」「あったりまえだろ! あのミルザの仲間だぜ、美人に決まってんだろゲラハ」 「いや・・・・・・」しばらく黙っていたエルマンがふと呟く。「そりゃ無理です。皆さん」
「何でだよ?」「アルドラさんは遥か昔、ミルザの時代に亡くなられた方。魂は未だにダークさんの身体に残っている状態ではありますが、肉体はとうの昔に消滅しているはずです。
そいつを、どうやって再生するっていうんです?」
エルマンの声はいつになく静かで、抑揚がない。「な、何怒ってんだよエルマン? そんなもん、エロールか誰かに頼めば・・・」 「ダークさんもアルドラさんも、何回かサルーイン撃破に参加された功労者。しかもアルドラさんは戦神ミルザのお仲間ですよ。彼女の完全な復活が出来るならとっくにエロール神はやってると思いますが──そもそも、この時間の牢獄すらどうにもできない神様にそんな芸当が可能だとも思えませんねぇ」
エルマンは酒場の隅っこで静かにギターを奏でる詩人を横目で睨む。「というかね。一つの肉体に二つの魂が入っている現状が、まず世界の原則に反しているんです。一人の人間が一度に10人分の財産を得てしまったら大概の場合その人生は大きく狂ってしまいますが、そんなものよりよほど酷い反則です」
「エルマン。今は金の話はしてねぇぞ、人の魂の話で・・・」
「同じことです。ダークさんはいわば、この世に存在するはずのない、この世に存在してはいけない大金を所持している状態です。つまり・・・」
「だから何だってんだよ?」ジャミルは苛々して思わず怒鳴ってしまう──が。「簡単なこっちゃねぇか、ダークからアルドラの魂取り出して別の身体に・・・っ!?」
そこで初めてジャミルは自分が何を言っているか気づいた。エルマンはその動揺を見逃さない。「別の身体、ですか。そいつは誰の身体なんですかね、兄さん? バーバラ姐さんですか、ナタリーですか、アイシャさんですか、それともクローディアさんかミリアムさんかコンスタンツさん? ファラさんという選択肢もありえますねぇ」
「てめぇ!」頭に血が昇ったジャミルは思わずエルマンの胸倉を掴む。両足が床から浮き上がったが、それでも彼は顔色を変えなかった。「それがお嫌なら、どなたか見知らぬ方を引っ張ってきてお願いしますかね? 何をどうお願いするかは知りませんが」
ジャミルは二の句がつげず黙りこくるしかない。眼を開いてもいないのに、今のエルマンの台詞には奇妙な凄味があった。
「・・・そういうことです、兄さん。世界の原則に反したものを無理矢理この世に残そうとすれば、必ず別の歪みが生じる」
「肉体が消滅している以上、何も解決されないどころかダークみたいなのがもう一人生まれちまうってわけか」
「どうしても覆せない、この世の道理ってものはあるんですよ」エルマンはジャミルの手をよけると、皿を片づけつつ席を立つ。「対価を払わずに、何かを得ることはできません。何もせずに転がり込んでくるものがあるとしたら、そんなものにろくな価値はないか、後から必ず利子つきでの対価を払わされます。アメジストの件も似たようなものでしょ」
「そいつは分かってるけどな」ホークはエルマンの背中を見ながらまた一杯引っかけた。「世界の原則とやらに反してるってなら──エルマン。俺らの巻き込まれたこの時間の牢獄こそが、最高に最悪の反則なんじゃねぇか? 俺らは一体ナニをしたらこうなるんでぇ」
「・・・・・・」
「俺たちが何かろくでもないブツを得たかとんでもない悪事をやったか──それが原因でこのろくでもない無限ループに付き合わされてるってんなら、俺たちゃもう十分すぎるほど対価を支払ってると俺は思うがな。特にエルマン、お前さんはよぅ」
エルマンはそれに対して、振り向きもせずに呟いた。
「ホークさん。努力の割に報酬が見合わんって、よくあるでしょ。同じことですよ」
そしてまた数日後。シルバーの洞窟にて。
「あんた、感謝するよ。やっとデスティニーストーンから解放されたよ・・・・・・
って、またアンタらなの?」
デスティニーストーン・オパールの間で、うら若い少女へと驚愕の変化を遂げたシルバードラゴンを前に──
エルマンはいつもの揉み手、ジャミルは面倒そうに鼻をほじり、ゲラハはとりあえず直立不動といった態度だった。「親分、お久しぶりッス・・・ヘヘヘ」「あーもう面倒くせぇからここで仲間になっちまえよ」「ご無沙汰しています、親分」
「お前ら何言ってやがる! せっかくの伝説の大海賊・シルバー親分の復活だぞ、盛大にお出迎えをだなぁ・・・」失礼にもほどがある彼らの態度を叱りつけるホークだったが。
「とはいえですねぇ、ホークさん」「さすがに10何回目ともなると、ドラゴンが幼女になってもその幼女が海賊シルバーだったとしても、驚きもクソもねぇよなぁ」
「おっお前らぁああ!!」怒鳴りつけようとするホークを、笑みさえ浮かべながらシルバーがとりなす。「まぁまぁいいってことだよホーク。こっちだって見飽きたんだからさ、特にあの変な黄色い帽子のヤツと変な耳したヤツ。ホントによく来るよねーこのメモカでは」
「親分、貴方まで今更メタネタですかい・・・」
「それよりさ、今度こそあたしを連れてってくれるんだろ? あのクソ野郎をぶっ倒しに!」
嬉しそうに八重歯を光らせてシルバーはホークに尋ねる。彼は分厚い胸板を叩きつつ、豪快に答えた。「あったりまえよ! あのクズ野郎を倒す為には親分、アンタが必要だ! 力になってもらうぜぇ」
「やったぁ! 今度こそぶん殴りたいと思ってたんだ、あの野郎! あいつをシメる権利、あたしにはじゅーぶんあるはずなんだからね!」
「・・・・・・親分。まさかと思いますけど、エロール神殴ろうとかいうんじゃないでしょうね?」
「え? 違うの?」
「まぁ確かに気持ちは分かるし権利もあるとは思うがなぁ」
「え? え? じゃあ・・・」
「親分、すまないが殴る相手はエロール神じゃねぇ。俺も正直ヤツは殴りたくてたまらないがな。
俺たちがぶっ飛ばす相手は・・・」
「真サルーイン、か。
生半可な相手じゃなさそうだね」パイレーツコーストのパブにて。
無言で去っていくダークの後ろ姿を見ながら、海賊シルバーは呟いた。「相手にとっちゃ不足はないけどさ」
「その為に親分が長いこと護ってきたオパールを捧げちまうのは、悪いと思ってる」
「ですが、そうしなければこの繰り返す時間を抜けられないのは、親分も同じです」
ホークとゲラハが口々に彼女を説得する。思いのほか、シルバーの物分りは早かった。「せっかく人間になれたと思ったのに、すぐにドラゴンに戻されてを繰り返すの、もうカンベンだからねー。そんな馬鹿みたいな運命から解放してくれるってんなら、オパールでも何でも捧げてやるよ。
だけどさ、勝算はあるの?」
エルマンがおずおずと切り出した。「そ、それは私のウコムの鉾オーヴァドライブで・・・」
「そりゃさっき聞いたよ。正直危険すぎると思うけどね、あたしだったらそんな真似2回やったら終わるし」
「勝算、か」ホークは腕組みしたまま堂々と言い放つ。「そんなものはねぇよ」
「えぇ!? ホークさん、勝算もなしに真サルーインとか言ってたんですかい!?」
「勝てない現場はとっとと逃げる、これ泥棒の鉄則なんだがなぁ・・・」
「違ぁう!! 真サルーインには勝つさ、こりゃ当然だ。
だが、それでこの無限ループを抜けられるか──それは誰にも分からねェだろ」
ホークの言葉で、エルマンもジャミルも黙り込む。彼らを眺めながらホークは続けた。「真サルーインを倒しても俺たちが元の時間に戻っちまった理由──俺は、真サルーインの倒し方に問題があったんじゃねぇかと思ってる。
特にあのオーヴァドライブだ──時間まで操作しちまうあの術は、いくら邪神相手とはいえ禁忌だったんじゃねぇかと思ってな」
「えぇえぇえっ!?」エルマンが飛び上がるほど驚いてテーブルを叩く。「てことはホークさん、あんな圧倒的な真サルーイン相手に、オーヴァドライブなしで挑むってんですか!? 無茶苦茶もいいところですよ!」
「そうだよ、それに言ってることがワケ分かんねぇぞ!」ジャミルもテーブルに飛び上がってホークの襟ぐりを掴んだ。「エルマンにウコムの鉾オーヴァドライブさせるって言ったその口でオーヴァドライブは真サル戦ではやらねぇとかどういうことだぁ!!」
「えーいうるさいうるさい!! 誰もオーヴァドライブは無しだなんて言ってねぇだろうが!」
「どういうことでしょう、キャプテン?」エルマンとジャミルを抑えながら、ゲラハが尋ねた。よくぞ聞いてくれたとばかりにホークが言ってのける。「オーヴァドライブの人数を減らす。前回は3人だったから今回は2人だ。
さすがに全く無しじゃ、勝てるわけもねぇからな。かといって一人だけでも正直厳しい。
というわけで──ジャミル、エルマン。頼むぜ」
「り・・・理由は分かった。けどよ・・・」ジャミルは口を噤んで思わずエルマンを見る。ゲラハも同様だ。「エルマンさんの負担が倍加してしまいます、キャプテン。時間を操る術をある程度禁じるというのは一理ありますが正直、賛成は出来ません」
「そそ、そうですよぉ! 毎回言ってますけど皆さん、一体私のLPを何だと思ってるんですかい!?」
「術用だろ、術具試し撃ち用だろ、体術用だろ、それから何と言っても逃げる用。ホント便利だよなお前、もうヤミツキだぜ」
「ほ・ぉ・く・さ・ん?(ビキビキ」
「ちょっとエルマン! こんなトコでろば骨出すんじゃないよっ」
「冗談だよ・・・ともかくオーヴァドライブ要員が減る分、全員の攻撃力を何とか強化しないといけねぇ。まずは連携の研究だな」
「それだけでどうにかなるとも思えないなぁ」海賊シルバーはしばらく思案にくれ──ふと気づいた。「ねぇホーク。お宝の地図は? 一応海賊のあんたなんだから、お宝の地図の一枚ぐらい持ってるだろ?」
「いや、・・・・・・親分、悪ぃ。それがその・・・・・・」
「全く、まさかお宝の地図が一枚もないとはね。キャプテンが聞いて呆れるね、今までナニをしてたのやら」
ベイル高原で宝を探しながら、シルバーはひたすら愚痴を続けていた。その後に侍らされるのは大の男4人組。
「こればっかりゃ運頼みなんだから仕方ねぇだろうが!」「ジュエルビースト討伐まではどうしたって戦闘を控えなきゃなりませんからねぇ。宝の地図が出ないってこともよくあることで・・・」「だけどさ、一枚ぐらいはあったっていいじゃない! 一枚もなきゃ、リサイクルも出来ないじゃないか・・・っとぉ!」
シルバーはふと立ち止まる。鼻をくんくん鳴らしたと思うとダッとそばの茂みに飛び込み、次の瞬間にはもうその手に一本の衝槍が握られていた。「やったぁ、スコーピオン2本目だよホーク!」
「なぁ親分・・・・・・レア武器を次々に発掘してくれるのはありがたいが」
「ヴォーパルアクスが2本にクレーンプリンセス、それから今のスコーピオン2本目・・・・・・しかもさっきのゲリュオンから冥界毒爪までゲットしちまいましたし・・・・・・強化には時間もお金もかかるんですよねぇ」
「せっかく強化したバトルフォークとグレートアクスが完全に無駄になっちまったしなぁ」
「適材で強化すれば確かに武器の攻撃力は凄まじいことになりますが・・・正直、攻撃力が無駄になりすぎです。その分強度が著しく落ちますし」
「みんな、ぶつくさ言ってんじゃないよ!」シルバーは腰に両手を当てて男たちを鼓舞する。「そんなに真サル戦で死にたいワケ? ちゃんと使いこんで正しい強化をすれば、いくらでも使えるようになるんだから。
今までのあんたらの武器強化はまだまだ甘いよ、最終段階まで強化しただけで喜んでちゃ駄目だ。ゲラハの言う通り、それだけじゃいくら攻撃力があっても実戦で使い物にならない。だから、ガーラルと樹精結晶使って最後の強化をして強度を上げる!」
「はぁ・・・・・・一体どの程度お金がかかるんでしょうねぇ」
「エルマンもいちいち文句言わないでよね! アンタだってどうせ命を削るなら、あの両手大剣の一人連携、好きにぶちかましたいだろ? 前みたいに1回やったら壊れましたなんて、それこそ勿体ないよ」
「皆さんお忘れのようですが私、武器を持つの自体がイヤなんですからね? 私しゃしがない一介の会計係ですぜ?」
そんなエルマンの文句を聞いている者はもはや誰もいない。「うーん・・・・・・世界中を回って魔物をシメてみたけど、なかなかお宝の地図が出ないねぇ。やっぱりあそこしかないか」
「さーてショータイムね。結晶体どもをシメて、一枚でもお宝の地図をゲットするよ!」
「・・・・・・親分、ここ最終試練なんですけど」
呆れたようにエルマンが呟くと、ホークが笑い出した。「参ったなぁ。神の最終試練が、親分にかかればただの地図発掘場か、ハッハ」
「とはいえ俺らのレベルになると、ここにある武器なんざはっきり言ってゴミ同然だし、お宝の地図狩りに勤しんだ方が効率的ってのは分かる」
「伝説の神の武器ともなると、どこ行っても買取不可ですしねぇ。荷物を圧迫するだけなんで出来れば取りたくもないのですが、取らないのも何だか損な気がしますし・・・ブツブツ」
「ジャミルさん、エルマンさん・・・めったなことを仰らない方が身のためかと」
神のおひざ元で神をも恐れぬ台詞を延々吐き続け、立ちはだかる強力な魔物どもをついでになぎ倒していく一行。神に対して唯一何も無礼を働いていないと言えるのは、皮肉にも邪神から生み出されたゲッコ族の青年ゲラハ、ただ一人だけであった。
「ねぇエロール。何かあたしに言うことないの?」「・・・・・・・・・」
「あたしとの約束反故にしてさ、ドラゴンに戻してあんな暗い場所でオパール護らせてたのはどういうワケ?」
最終試練の最上階、神の間にて。ホークとのやりとりが終わるや否や、シルバーはいきなりエロールに噛みついた。「・・・人には、自分の運命を自分で決める権利がある。デスティニィストーンを護るか、デスティニィストーンを護れずにサルーインに屈するか、どちらでも自由に・・・・・・」
「あのなエロール。いつも思うけどそれ、自由って言わねぇからな」ジャミルが絶妙のタイミングで突っ込んだ。エルマンも加勢する。「そうですよねぇ。3択もあるように言われますけど結局サルーインを倒すの一択しかないんですから」
「エロール神。ぶしつけですが、私もお尋ねしたいことがあります」ゲラハだけは礼を失わずに恭しく進み出た。「ゲッコ族の村では、海賊シルバーはかつてオパールをあの洞窟へ隠す際、手下を皆殺しにしたという噂が流れておりました。それは真実なのですか?」
「えぇえぇっ!!!???」エロールが答えるよりもずっと早く飛び上がったのはシルバーだった。「何それゲラハ!? 確かにあの時、あいつらの気配を殆ど感じなくなったと思ったんだけど・・・」
シルバーは今度こそ本気の殺意をこめてエロール神を睨みつけた。爬虫類特有の縦長の瞳が、憎悪で燃え上がる。「エロール。あんた、まさか・・・・・・!」
「ゲッコ族の青年ただ一人だけが生き残り、その話を村の者に伝えたといいます。何故彼だけが生き残ったのか・・・その理由を突き詰めていくと、ある結論にたどりつきます。非常に申しあげにくい結論ですが」
「ゲッコ族はエロールじゃなく、サルーインを崇める種族。だから邪神の力で護られたってわけか」ホークが納得したように頷くと、指をパキポキ鳴らし始める。
「つまりその・・・まさか、エロール神? 貴方は親分との約束を破ってあの洞窟に閉じ込めた上、親分の仲間を皆殺しにしたってことですかい!? そんなことって」
「しかもその罪を親分にかぶせてな。神さまもなかなかいい性格してんじゃねぇか」
「・・・・・・あいつら、みんな死んだのかよ」シルバーは両の拳を血の出るほど握りしめ、小さな肩をぶるぶる震わせる。「あたしだけならまだしも・・・・・・許さない。許さないよ、絶対!」
「・・・・・・オパールを護る為には、仕方のないことだった」エロールは静かにギターの弦に手を触れる。「それだけ、デスティニィストーンの力は強大なのだ。シルバー、貴方ほどの力を持つ者であれば分かるはず」
「この・・・! 人の命を何とも思っちゃいないことに関しちゃ、あんたもサルーインと変わらないよ。本当にこの世界を愛してるってんなら、ミルザとかあたしらとか使わずに、あんたがサルーインを倒してみせろ!」
「神々が直接戦ったことで、この世界が崩壊したことは貴方も知っているだろう」
「・・・・・・!!」遂に頭に血が昇ったシルバーは体術の構えに入る。それを見たホークとエルマンが慌てて彼女を取り押さえた。「だっだっ駄目ですよ親分! 羅刹掌と明王九印と三龍旋の連発は危険すぎますって!」「エルマンうるさい! ホーク、今だけでいいからあたしにオーヴァドライブやらせてよ! こいつには最強の体術連携叩き込まないと気が済まないんだよ!」「馬鹿野郎! んなことしたら親分、あんたが死ぬじゃねぇか!!」
暴れ狂うシルバーを取り押さえる二人を見ながら、ジャミルは笑う。「ヤロー二人が幼女を取り押さえるの図。世が世なら通報間違いなしだな」「あのねぇ兄さん、こんな時に空気読めない冗談やめて下さいよ!! とにかく親分を落ち着かせて・・・」
「キャプテン、これを」ゲラハが素早くホークに薬を手渡した。その中身を確認すると、ホークはためらうことなくシルバーの口にその薬を詰め込む。「悪ぃ、親分。ちょっと寝ててくれ!」
「あ、あんたらぁ〜っ!! う・・・う・・・zzz」
「悪かったよ、親分。あそこでヘタうったら、あんたが危なかったしな」「・・・・・・」
最終試練から帰還し、ガレサステップの太陽の祭壇に戻ってきたホークたちは、ひたすらシルバーに謝り続けていた。彼女はというと、ずっと彼らに背を向けたまま、祭壇の上に突っ立って夕日を眺めている。
「親分、申し訳ありませんでした。たまたま技術強化の劇薬を所持していたものですから」「でもホント、危なかったですよぉ〜。私ならともかく、親分さんにあの体術連携はキツすぎますからねぇ」「武器じゃなくて拳で決着つけたいってのは分かるが、アンタのLP7だからな。良くて瀕死、ヘタすりゃ自殺同然だろ。あんなふざけた神相手に、あんたの命散らすこたぁねぇよ」「ホークの言う通りだぜ。どうせやるならお得意の刀でズバっとやっちまえば良かったのによぉ」
祭壇の下から、ホークたちは必死で弁解する。反省度合いではゲラハが一番だ。「私ももう少し考えるべきでした。エロール神にお会いする前に親分にお伝えしておけばよかったものを」
「いいんだよ、ゲラハ」シルバーは背を向けたまま呟く。「どうせいずれ分かることだった。それに、これだけ時間が経てばもうあいつら、放っておいても今は寿命で死んでただろうしね。短いんだろ、人間の寿命は」
「そりゃそうだが・・・・・・」ホークはかけるべき言葉が見つからず、頭をかく。そのかわりにジャミルが言った。
「親分、口封じなんてのは賊の常套手段だ。もし、親分の手下の誰かがうっかりオパールの場所を漏らしちまってたら──海賊やら帝国軍やらがうじゃうじゃ総動員で押しかけて、それこそ血で血を洗う抗争が始まっていたぜ。あんたの目の前でな」
「確かに、隠れ住むゲッコ族にのみ伝わる話で良かったのかも知れません。デスティニィストーンは下手をすれば、国一つを滅ぼしてしまうほどのシロモノですから」
「そうそう! それを考えると、親分のお仲間さんをエロール神が殺したって話もどこまで本当やら分かりませんよ。オパールと親分に誰も近づけない為に、エロール神がわざと話を膨らまして伝えたのかも! 商売敵の客を減らす為にわざと妙な噂を流す、これ悪い商売人の常套手段ですよぉ。お行儀良くないので私しゃあまりやりませんがね」
口々に彼女を慰めようとする4人。シルバーはやがて静かに口を開いた。
「ありがとう、みんな。
分かってる。分かってるんだ・・・」シルバーは夕日を見ながら、片腕でぐいと顔を拭う。「でもね。
いい奴らだったんだよ。今のあんたらと同じくらい」
それだけ言うと、シルバーはふっと振り返って祭壇から飛び降りた。「さて! 1枚だけどめでたくお宝の地図も手に入れたことだし、次は四天王でもシメにいこうかな? それともオールドキャッスル?」
ホークの元に降り立ったシルバーは、八重歯まで覗かせて満面の笑顔だ。「もう絶対に、あたしの子分を死なせるようなことはしないよ。相手がエロールだろうが真サルーインだろうがね!」
「おうよ。立ち直りが早くて安心したぜ、親分!」
「あったりまえだろ? あたしは伝説の大親分だよ!」彼女は腕組みをしてみせると、ふとエルマンを振りかえった。その笑顔は無邪気な少女の笑顔から、あくどい盗賊の顔になっている。「それから、エルマン──すっごくいいこと思いついちゃった。ホークにゲラハが薬飲ましてくれたおかげでね」
「ほえ? な、何ですかい」
「とぼけんじゃないよ、あんたのウコムの鉾オーヴァドライブのことさ。
あんただって立派なあたしの子分だ、そう簡単に死なせやしない。一応あたし、バーバラにもあんたにも恩があるからね」
「はー、やっと手に入れたぁ! これだよこれ!」
メルビルにて。やたらと奇妙な臭いの発する瓶を嬉々として抱えつつ、シルバーは薬局から宿屋へと急いでいた。彼女からかなり離れて、男4人がこわごわついてきている。全員鼻をつまみながら。
「うぅ〜・・・・・・毎度のことですが酷い臭いですねぇ」
「エスタミル下水道の一番奥のゾンビ部屋が宮殿に思えるぜ。こりゃ魔物も寄りつかねぇぞ」「元はそうでもなかったにも関わらず、薬にしただけでこれほどの臭いとは・・・・・・ゲッコ族はカビや苔には慣れていますが、それでも強烈です」
「さすがは元竜族。こういう臭いには慣れていらっしゃるんですかね、親分さんは」
「親分、さっさと売っ払っちまおうぜ・・・・・・それ。ていうか、あの薬局でそのまま売っちまえよ」
「そうはいかないよ、ホーク」通行人が仰天して一目散に逃げていくのも構わず、シルバーは笑顔だ。「このミイラの薬はエルマンの命の素。つまり、真サルーイン戦での勝利のカギなんだからね」
「え」あまりのことに、一瞬エルマンの糸目が点目になった。「ま、まさか・・・・・・」
ジャミルが噴き出す。「そ、そ、それエルマンに飲ましてLP回復とか? うまいこと考えたなぁ親分も」
「わわわわ笑いごとじゃありませんよ兄さん! こんなもん飲まされたらLP回復どころか半減しちまいますぅ!!」
「あんたを死なさない為だよ! 文句言うんじゃないっ」「い、イヤですぅ〜!!」
エルマンに覆いかぶさるようにして薬の瓶を思い切り押し付けるシルバーに、ジタバタ両腕を振り回しながら猛抗議するエルマン。さすがに見かねたゲラハが助け舟を出した。「親分。装備を強化するために資金が必要な今、そのミイラの薬を持ち歩くのは得策ではありません。出来れば売りに出した方が」
「駄目だよゲラハ〜。ミイラの薬は超貴重なんだからね!」
「イヤです無理です、カンベンしてくださいっ! そんなん飲んだら私化け物になっちまいますってば」
「化け物なんか遥かに超えたヤツと戦うんだ、それぐらいは覚悟しろよ!」
「おい、ちょっと待て!」ホークがシルバーの肩を掴んで引き戻す。「俺ぁこいつらの誰も、化けモンにさすつもりはねぇぞ。親分、勿論あんたもだ」
「ホーク、甘いこと言っちゃダメだ」シルバーは歯をむき出して猛然と反論した。「真の力に覚醒しちまった神を倒すんだ。何の代償もなしに倒そうなんて、虫が良すぎるんだよ!」
彼女が叫んだ瞬間、エルマンの肩がびくんと痙攣のように揺れた──ホークの表情が怒りに染まる。そして彼は思い切りシルバーの頬をつねり上げた。
「痛い痛いイタタタタ! ホーク離せお前、子分の癖に!」
「子分も親分も関係ねぇ!」ホークはシルバーを放り出すと、その手からミイラの薬を奪い取った。
「エルマン、シルバー。後で薬屋の前に来い、こいつはキャプテン命令だ」
メルビル薬局の前。港町全体の景色と一緒に星空も見える、絶好の景観を誇るこの場所で。
ホークは腕組みをしながら夜景を見ていた。シルバーを連れてやってきたエルマンが恐る恐る声をかける。
「ホークさん、あのぅ・・・」
ホークは答えない。シルバーも不機嫌なまま、口をきこうとしない。エルマンはそんな二人を見ながら、ぺこりと頭を下げつつ切り出した。「ホークさん、親分さん。わがまま言って申し訳ありませんでした。
大丈夫です。私、ウコムの鉾オーヴァドライブもやりますしミイラの薬だって飲みますよ。せっかく親分さんが私の為に用意してくだすったんです、正直イヤではありますけどね」
「そうだよホーク、エルマンだって納得したんだ。何怒ってんだよ、男らしくもない」
「・・・・・・薬なら売っちまったぜ。さっき俺がな」
「えぇ!?」エルマンとシルバーは同時に絶叫する。但しエルマンは歓喜の叫び、シルバーは悲鳴にも似た叫びを。
「良かったなエルマン。これで当分は金に困らんぜ、俺の食事をもうちょっと豪華にしてくれよ」
「そ、それは結構ですが・・・」エルマンはほっとしながらも、恐る恐る横のシルバーを見る。案の定、彼女の肩は怒りで猛然と震えていた。
「ホーク! あんたなんてことしてくれたんだよ、あれがなくてどうやってエルマンの命持たせる気だ!?」
「ホークさん。今からでもあれを買い戻していただけませんかね?」エルマンは騒ぐシルバーを横目に、頭をかきつつ心ばかりの愛想笑いを浮かべる。「いやぁ、お恥ずかしいこってす。
この年になりゃいい加減分かってますよ、何かを得るには代償が必要ってことぐらい。この間堂々とホークさんがたの前でご説明したばっかりでしたのに、カッコ悪いですねぇ。さすがにあの臭いが我慢しきれなくて」
「そうか? エルマン、俺はこの年になっても分かんねぇぜ。だから海賊なんざやってるのかもな」
ホークは背を向けたまま言ってのける。その背中の迫力にエルマンは黙らざるをえないが、シルバーはそれでも噛みついた。「ホークあんたね! 自分が何をしようとしてるか分かってんの?
神と戦うんだよ、人間が! 人間捨ててでも・・・」
「親分。あんたがそれを言うのかい?
寿命が縮むと分かっていても人間になりたい、そう願ったあんたが」
シルバーはその言葉にはっと息を飲む。ホークはさらに続けた。「俺は海賊だからな。無理を通してでも欲しいもんは手に入れる。
だから真サルーインも倒すし、この無限ループもぶち破るし、その暁にレイディラックも復活させる。エルマンも親分もみんな人間のままな。
世界の道理なんざくそくらえだ」
ホークは言いながら振り返る。そこには穏やかな男の笑みがあった。「エルマン。お前のこと、ちょっと前からおかしいとは思ってたんだよ。
今みたく、しおらしく薬飲みますってのもな。いつものお前さんなら、即座に法外な金額俺らに請求してるとこだろ」
「そりゃホークさん、私だってボーナスつきの報酬たっぷりいただきたいですけどね? 今の財政状況じゃ無理でしょ。レイディラックに一座全員タダで乗せていただくってことで、そこは納得してますよ」
「まぁ、そいつは結構。だがな・・・
お前さん、諦めてやしねぇか? どうせ今度もダメだとか」
「エルマン、そうなの?」シルバーが少しだけ怒りをおさえ、ふと糸目の会計係を見つめる。
「・・・・・・そりゃ、そうですよ」エルマンは俯き、ぼそぼそと呟いた。「これだけ痛い目にあうのを何回も繰り返して、どうにもならねぇんです。諦めたくもなりますよ、せっかく稼いだ金も全てゼロに戻っちまいますからねぇ。
ここまできて諦めたら大損だって思って、どうにか踏ん張っちゃいますけどね。でも時々・・・」
「時々?」
「私らはずっと、ここから抜けられないんじゃないかと思う時があります。
抜けられるとしても、それにはとんでもない代償が必要なんじゃないかと」
エルマンはすっかり俯いてしまい、聞き取れないほど小さな声になっていく。「例えば・・・・・・」
大きく膨らんだ黄色い帽子、その両側の房がふるふると震える。「すいません、これ以上は言わせんで下さい。口に出したら現実になりそうですし」
「・・・なるほど。商売人らしい考え方だぜ」ホークはそれ以上の追求をしなかった。シルバーも同様だったが──
「エルマン! しっかりしなよ」小さな会計係の肩を、シルバーがぽんと叩いた。「分かった。もう心配するな、あたしが悪かったよ。
化物になってでもなんて、確かにあたしの言うことじゃなかったね」
シルバーはそのままエルマンの両肩をむんずと掴み、正面から彼を見据える。「あたしはあんたらを化物なんかに絶対しない。あんたらを絶対死なせない。でも、真サルーインは倒してみせる。
この3つは約束する。この約束が守れないようなら、あたしは何回だって同じ時間を繰り返させてもらうよ。どんなにあんたらが嫌がろうとね」
「親分・・・」その言葉で彼はやっと顔を上げる。いつの間にか、エルマンの糸目からは涙がこぼれていた。
「そんな顔するなよ、面白い顔がもっと面白くなっちゃうじゃん。
全部終わったらみんなでホークに、レイディラックに乗っけてもらお、ね?」
笑顔で振り返ったシルバーの上目使いの視線に、勢いよくホークは胸を叩いて答えた。
「世界は全て等価交換たぁ、よく言われるよな。
だが俺たちゃ海賊だ、そんな道理はぶっ飛ばす!」
「そうそう! 不条理には無理で対抗する、それがあたしら海賊だからね!」
「へへ・・・商売相手としちゃ最悪な方々ですねぇ」エルマンはやっと笑顔になり、袖で涙をゴシゴシ拭う。「ところでホークさん。ミイラの薬売っちまったそうですが・・・何か他に代替手段があるんですかい?」
「あ、そうだった」シルバーが我に返る。「何だかいつの間にやらイイ話になっちゃってるけど、具体的にどうすんの?」
「へ、そう来ると思ったぜ」ホークは堂々と言ってのけた。「そういやサルーインの根城の奥に、ミイラの薬スーパーってのがあったのを思い出してな。
そいつなら効果はさっきのミイラの薬の倍だそうだ!」
「うっわ、すご〜い! さっすが腐ってもキャプテンだね!」
「・・・・・・いや、ちょっと待ってくださいホークさん・・・・・・スーパーて」
「ちなみにさっき、ゲラハが読んでた薬の本をこっそり覗いてみたんだが、どうやらミイラの薬で俺ら人間が化物になっちまうなんてこたぁないらしい! だから心配せずにどんどん飲んで大丈夫だぞエルマン!」
「うわー良かった! だったら牛乳みたいにゴクゴク飲んじゃいなよ、そのちっこい背も伸びるかもよ!?」
「・・・・・・それは結構なんですが、その本にゃ臭いのことは書かれてなかったんですかい」
「おうよ。当然、臭いも倍、ヘタしたら3倍だそうだ!!」
「キャプテン、おはようございます・・・・・・どうされましたか? そのタンコブは」
「ゆうべエルマンに、例の偽ろば骨の痛打を喰らってな・・・・・・イテテテ、今日は一日休みだ」
「親分、おはよ〜・・・ってどうしたんだ、腰でも打ったのか?」
「ゆうべエルマンに、例の偽ろば骨の痛打を喰らったんだよ。乙女の大事なところになんてことしやがる・・・イテテ、今日は休み〜」
ろくに動けずゴロゴロ寝っころがるばかりの海賊の頭領二人を目の前に、呆然とするジャミルとゲラハ。
そこへ台所から、エルマンの罵声が飛んできた。「親分さん、あらぬ誤解を招くような言い方はやめてくださいよ! 私しゃただお尻を叩いただけっすからね!!」
「そ、そうだけどさ〜・・・何もあそこまで激しくすることはないじゃないかぁ、イテテテ」
「お・や・ぶ・ん・さん? そんなに食事減らされたいっすか」
「わ、分かったよ・・・」
聞きながら、ジャミルは軽く吹き出しつつ胸をなで下ろした。「ぷ・・・エルマンの奴、少しは元気になったみたいだな」「そうですね。実は私も不安ではありましたが」
二人が笑っているところへ、エルマンは荷物を抱えてドタドタ騒々しくやってくる。「ちょっとホークさん、親分! 今日はダークの剣ゲットのためにアサシンギルドへ行く予定でしょ!? さっさと起きてくださいよ!!」
「てめぇ今日は休みだって言ったろうが、一人で行ってこいや!・・・って、イテテテ」
「あんたね、誰に命令してんだよ! ・・・って、イテテテテ」
「全くもう・・・それじゃしょーがないです。ホークさんが話をつけられている以上、前よりも交渉はスムーズに行くはずですのでね・・・
兄さん、ゲラハさん、万一の場合は護衛お願いしますよ!」「了解です」「へいへい・・・」
言うが早いか、エルマンは二人を引き連れてとっとと宿屋を出ていく。その背中を、ホークとシルバーの二人はゴロンと寝転がりながら眺めていた。
「エルマン、元気になったはいいけどさ・・・やっぱり薬、飲んでくれないかぁ」
「昨日の様子じゃ無理だろうな。金の話もせずにいきなりぶん殴ってくるたぁ、よっぽど嫌だったんだろあの臭い」
「まぁいいさ」シルバーは腰をさすりながらもホークに顔を寄せ、八重歯を見せてニヤリと笑った。「あたしに考えがある。どんなヤツだって、あたしのこの技を拒否は出来ないさ。覚悟してなよ、エルマン」
真サルーイン決着編〜あたしがお前をかみかみ砕く!!〜へ つづく。
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