「あの、ホークさん」
「何だエルマン」
「毎度のことですけど、これってイジメですよねぇ」
「そーだよな〜。何だか、かわいそうになってくるぜ」
イスマス地下──サルーインの居城、通称ラストダンジョンにて。
ホーク一行の目の前には、完膚なきまでにズタボロのボロにされたミニオン・ワイルが惨めに転がっていた。
「ジャミル何言ってやがる、こっちだって今回は誰もディステニィストーンつけてないんだぜ? 正々堂々とした勝負だったろうが」
「ですがキャプテン、5人全員でシャインインパクト連発はさすがにやりすぎかと。同じサルーインから生み出された者としては、心が痛みます」
「やっぱりゲラハさんはお優しいですねぇ。でもね、そういう優しい言葉って却って相手を傷つけてしまうこともありますから気を付けた方がいいですよ。特にこーいう、無駄にプライドだけ高いヤツは面倒でねぇ」
「エルマンさん、ごもっともですが・・・倒れた相手の懐をまさぐりながら言う台詞ではないと思います」
「貴様ぁ・・・その手をどけろぉ・・・覚えましたよ、その糸目・・・」
「私の顔のことでしたら、覚えられん方が馬鹿ですがね。って、やれやれ・・・お金もお宝もろくにありゃしませんねぇ」
必死でエルマンを振り払おうともがくワイルだったが、その頭はジャミルに簡単に押さえつけられた。片足で。
「む、むぅおぉおおお貴様らぁあああ・・・・・・むぎゅう」
「そもそも、どうしてこんなトコでミニオン倒す必要があるんだよ? いつもはどいつもこいつもスルーだったじゃねぇか、しかもヘタすると技を覚えられて・・・」
「シャインインパクトぐらい覚えられたってどうってこたぁねぇよ、どうせサルーイン戦では使わねぇ。必要なのはここだけだ」ホークはワイルがいた場所、その向こうの扉に目をやる。扉は既に開いていた。「何せ、ここの奥には・・・」
「ホーク〜! あったよー!!」扉の向こうから、海賊シルバーの喜びの声が高らかに響く。意気揚々と飛び出してきた彼女が差し出したモノは──
「こ、こ、これ・・・缶詰?ですかい」
「らしいが、何やら異様にまぁるく膨れてやがるな・・・」
「密封されてなお禍々しい邪気を感じますが、まさかこれが、あの」
「そう! これが真サル戦勝利のカギ、ミイラの薬スーパーだよ!!」シルバーは腰に両手をあて、得意げに胸を張る。「さて、とりあえずこいつを開けて・・・」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいぃ!!!」
缶詰らしきブツに向かって刀を構えるシルバーを、慌ててエルマンが止めた。「ミイラの薬でアレだったんです、スーパーともなったらどうなるやら!!」
「そうだよ親分、開けるならいざとなったらにしようぜ」「3倍らしいからな・・・」
「今開けるのは得策ではありません、親分」
口々に止める子分どもを、彼女はジロリと見渡した。その爬虫類特有の縦長の瞳が、やがてエルマンを睨む。「いいかエルマン。オーヴァドライブするのはあんたとジャミルだけ。しかもあんたはウコムの鉾経由オーヴァドライブ。それは分かってるよね」
「は、はいぃ」
「あんたのオーヴァドライブ一回で叩き出せるダメージは? 最大で」
「13000程度かと・・・」
「そしてウコムの鉾オーヴァドライブ、あんたは何回耐えられる?」
「6回・・・いえ、5回です」
「13000×5回で、真サルーインは倒せるの?」
「・・・いえ、無理かと」「でしょ? しかもそれ、柱が全然ない時だよね。柱が全部立ってたら、せいぜい5000がいいとこじゃない?」
「おい親分。攻撃するのはエルマンだけじゃないぞ、俺や親分だって・・・」
「真サルのヤバさを考えたら、エルマンだけと思っておいたほうがいいよ。ジャミルやゲラハは回復に回ってもらうしね。
それを考えたら、LPの補充なしじゃエルマンの命はもたない。
エルマン──約束したんだ。何があったって、あたしはあんたを死なさない。絶対にこれを飲んでもらう!」
真剣な彼女の言葉に、エルマンはふと顔を上げた。そこには得体のしれない缶詰に向かって思い切り刀を振りかぶる少女の姿が。
「というわけで──
少しでも臭いに慣れとく為に、とっとと開けちゃおう!!」
「「「「う、うわああああああああ!!!」」」」
「えぇい、くっそー・・・なんて臭いだよ、普通のミイラの薬の時は平気だったのに」
強烈な毒ガス臭が充満したサルーインの居城。その中を、必死で鼻をつまみつつシルバーは歩いていく。
「開けたのは親分さん、貴方ですよぅ・・・ううう、鼻が痛いぃ」
「3倍どころの話じゃねぇぞこりゃ・・・涙まで出てきやがった」
「おいホーク、シルバーマスク出してくれよ・・・アレって毒は防げるんだろ」
「こいつは毒なんかじゃねぇ、悪夢と呪いと気絶耐性が必要だぜ」
「キャプテン、見てください。モンスターが!」ゲラハが鼻孔いっぱいに薬草を詰めながら辺りを指し示す。ホークたちの周りからはモンスターが完全に消失しているか、いても口から泡を吹いて気絶していた。
「一応あの缶詰、薬草使って再度密封したはずなんですがねぇ。それでもここまでとは・・・」
「いい加減緊張感を持て、お前ら! あとちょっとでサル様の御前まで・・・って、うん?」
サルーインの間に至る直前、最後の部屋にて。ホークたちの目の前で、ボロボロになった赤いローブを被った何かが、息もたえだえながらも必死で立ち上がろうとしていた。「わ、私はサルーイン様一の僕・・・ワイル・・・さぁ、ディステニィストーンを・・・」
「あんたさー、ホント無理はしないほうがいいよ?」
「石ならもうすぐ全部捧げる予定なんでね、ちょっとどいてて頂けます? 時間がもったいないスよ」
「大怪我をされているうえにこの悪臭です・・・少しどこかでお休みになられた方が」
「あんだけボロ負けしたってのになお食らいついてくるとはな。敵ながらホント、あっぱれだぜ」
「ホレ、上薬草だ。引くのも勇気だぞ、とっとと逃げな」ホークが慈愛に満ちた表情でワイルの鼻先に薬草を差し出す。「ば、馬鹿にするな、私は犬ではない! ・・・も、モンスターの圧倒的力で・・・騎士団ともども、エスタミルを・・・」
「分かった、分かったよ。これだけ言っても聞かねぇ奴にはお仕置きだな。
おい親分。花摘みがてらちょっとコイツぶん投げてくるから、先に宝石の間に行っててくれるか」
「おっけ〜」
ホークは軽々とワイルを抱き上げると、一旦来た道を戻って角を曲がり姿を消した──そして。
「こ、この屈辱!! インペリウムさえあれば貴様らなどっ・・・・・・ぐあぁ!?」
「ないモンは仕方ねぇだろ、諦めろって!! 多分他の二人はとっとと逃げたぞ、あの臭いで」
「うおあああああああああ信じられぬーーーーー!!!!!!」
──こうしてミニオン・ワイルは、あまりの凌辱と絶望の中、ラストダンジョンの露と消えた。
そしてホークたちは何事もなく、ディステニィストーン10個を捧げ──
遂に、真サルーインとの決戦の火蓋が切られた。
作戦は以下の通り、ごく単純なもので。
まず、ゲッコの騎士から城塞騎士にクラスチェンジしたゲラハは最前列で皆を護る。第二形態になったらリヴァイヴァ役。
ローザリア重装兵であるホークはグランドスラムを叩き込む。
シルバーはトリックモードにしたクレーンプリンセスでひたすら攻撃。
オーヴァドライブ役その1であるジャミルは回復及び聖杯及びリヴァイヴァ役。
そしてオーヴァドライブ役その2、エルマンはモーグレイ及びダークの剣で攻撃。
誰かが倒れたら、ゲラハが水竜剣、エルマンがウコムの鉾で即時回復に回る。それでうまく行くはずだった──少なくとも机上の計算では。
だが、そうそう神がこちらの思惑通りに動いてくれるはずもなく。
開始早々サルーインの空閃が3連発、ゲラハに向かって飛んできた──悲しいかな、城塞騎士になったばかりのゲラハは怒涛の攻撃を防ぐことが出来ず、あえなく倒れてしまう。「ここ・・・まで・・・か」
「げ、ゲラハさん!?」開幕からのこの惨劇に、エルマンは目を剥いて動揺してしまう。「落ち着けエルマン! こういう時こそお前のウコムの鉾だ、早く──!?」
だがホークの指示よりもエルマンの術発動よりも早く、サルーインの究極の邪術が飛んできた。アニメート──倒れた者を邪神の意のままに操り死ぬまで離さない、まさに邪神の為の術。それがまんまとゲッコの青年を襲った。
ふらふらと立ち上がるゲラハ──もうその目には何の光も見えない。
「畜生! ウコムの鉾経由の水術でも間に合わねェってか!?」吼えるジャミル。
その言葉どおり、アニメートより一歩だけ遅れてエルマンの水術が発動した。それも癒しの水ではなく、オーヴァドライブが。
「ば、馬鹿! 何やってんだよ、ここは普通に癒しの水で良かったじゃん!!」
「大丈夫です親分、オーヴァドライブなら発動後でも色々と作戦変更も可能ですから!」
「親分、落ち着け。癒しの水なんかやってたら、操られたゲラハを回復することになっちまうからな・・・仕方ねぇよ」
「そうじゃないよ、エルマンの命が!」
エルマンはシルバーの悲鳴も聞かずにダークの剣で変幻自在5連発を叩き込む。舌打ちしつつもシルバーは払車剣を、続いてホークがロペラの変幻自在を炸裂させた。ジャミルがオーヴァドライブしてリヴァイヴァをゲラハ以外の全員にかけていく。
それでもサルーインの猛攻は止まらず、オブシダンソードがぶっ続けでパーティに叩き付けられる。その上、通常時のオブシダンソードの威力を遥かに上回る神威・無窮自在がシルバーを直撃した。「お、親分!」「か・・・かっこわるー・・・」
無情そのものの神の打撃をまともに喰らい、呆気なくシルバーは倒れてしまった。それを見たエルマンはウコムの鉾を構え、すぐにオーヴァドライブの体勢に入る。ゲラハが操られ、通常の素早さが最も高いシルバーが倒れた今、最速で回復可能なのは彼のウコムの鉾しかなかった。「今度こそ──早く動いてくださいよ!」
その祈りが通じたか。邪神の操術よりもほんの少し早くエルマンの水術が発動した──彼の生命力を大量に喰らって。
さらにエルマンはゲラハ以外の4人を回復させた後、再度オーヴァドライブの詠唱に入る。
「馬鹿野郎! オーヴァドライブ中に再度オーヴァドライブなんざ・・・やめるんだ!」ホークが制止するが、エルマンは耳を貸さない。「まだオーヴァドライブできるBPはあるんです、ここで攻撃に回らなきゃもったいないでしょ!」
「アホ、いくらBPがあったって! このままじゃ、第一形態中にお前のLPが持たねぇ!」ジャミルも叫んだが、それより先にエルマンの時間停止の水術が発動し──再び、変幻自在5連発が炸裂する。
何とか起き上がったシルバーは、そんな状況を歯ぎしりしながら見ていることしか出来なかった。最早エルマンの生命力は半分を切っている。「こ・・・これじゃ!!」
だがその時、どこかで柱が壊れる音が響き──シルバーは閃いた。
「今だ! ヤツが第二形態に移行しかかっている今しかない!!」彼女は脱兎の如くエルマンの元へ駆けだす。その手には例の悪臭の元・・・ミイラの薬スーパーが握られていた。
「エルマン、口開きな!!」「は、はぁ!? 親分!?」シルバーは呆気にとられているエルマンに飛びかかる。彼女の右掌では、薬草による封を破られたミイラの薬スーパーが、どろりとした灰色の液体となってうねうね踊っていた。勿論周囲に毒ガス級の悪臭をまき散らしながら。彼女の目的を理解した瞬間、エルマンは思い切りその出っ歯ごと口を閉じてしまった。
「ひひひひひはへふはんへんひへふだはいぃいいいい!!!(訳:いいいい嫌です勘弁してくださいい!!!)」
「今更わがまま言うな、いいから口開けってんだ! 押し込めないだろ!!」
「ひ、ひあはああああ!!」(訳:い、嫌ああぁああ!!)
エルマンに覆いかぶさり床に組み伏せるシルバーだが、彼はぶんぶん首を振りながら涙目で必死で口を閉じる。それを見て──
「しょうがないなぁ! この野郎っ・・・」シルバーは右手に握られた灰色の粘液の塊を、呼吸を殺しながら自らの口いっぱいに押し込んだ。そして一旦首をぶぅんと振り上げて・・・
「お、親分!?」「な、何を・・・まさか、ありゃあの伝説の一人連携・・・」
この時ホークは思い出していた。メルビルでの彼女の一言を。
──どんなヤツだって、あたしのこの技を拒否はできないさ。
彼女は両手で力任せに無理矢理エルマンの口をこじ開ける。そのまま思い切り自分の大口を開き、中の液体が垂れないうちに彼の口めがけてかぶりついた。
それはまさしく、シルバードラゴン時代の彼女の必殺連携技、「かみかみ砕く」そのもの。
決戦の舞台が一息に地下から天上までせりあがり、邪神の復活の舞台が整ったその瞬間に、
海賊シルバーの口腔からエルマンの身体に、思い切り生命の素が押し込まれていく。
「お、お、おいホーク・・・これって・・・いわゆるその」
「いや、違ぇぜジャミル・・・アレがこんな色気の一つもないモノであってたまるかってんでぃ」
エルマンはといえば、あまりの状況に完全にその両目を見開いてしまい、最早シルバーのなされるがままになっていた。
しかしやがて、ごくんとその喉が鳴る。時間にして10秒もそうしていただろうか──
「げぼはぁああっ! お、お、親分、い、息があぁああ!!」
生命の素たるミイラの薬スーパーを流し込まれたエルマンは、思い切り飛び起きる。お互いの頭をぶつけそうになりながらもシルバーは素早くよけて、口から垂れる液体を袖で拭いつつ早速尋ねてみた。
「ふぅ、はぁ・・・ど、どう? 元気になった?」
「げほげほ・・・・・・親分さん、貴方なんつーことを」「あん? ちゃんと答えなよ、LP全快したんだよね?」
「・・・ま、まぁ、おかげさまでそこそこは回復したみたいですが」
「何? そこそこ・・・だと?」ホークが二人の間に割って入る。「全回復ってワケじゃねぇってか!?」
「どうやら、そうみたいですね」エルマンは自分の心臓のあたりに手を当てながら言った。「体感ですが、恐らく消費したLPの半分程度が回復しただけかと」
「う、うそ・・・何だよ、あれだけすっげー臭いしといて!!」一瞬呆然とした後、シルバーは思わず床を拳で殴ってしまう。
「お前ら、油断すんな! 来るぞっ」ジャミルの叫びが響く。彼の言う通り、既にサルーインは第二形態に移行を完了し、今まさに神の連撃をパーティに食らわそうとしていた。
「ちょうどいい、こっちだってとりあえず回復したんだ! さぁて柱壊しと行こうか!」「全快ではないにせよ私も何とか回復しましたし、まだ行けますよ!」「仕方ないね、こうなったら全力で行くよ!!」
だが──それほど早くパーティの立ち直りを許すほど、邪神は甘くなく。
「よし、俺がオーヴァドライブしてリヴァイヴァを全員に・・・って、え?」
神の巨大な拳──ゴッドハンドが飛んできて、一瞬でジャミルを握りつぶす。「に、兄さ・・・うぎゃあぁぁっ!?」「ちくしょう! 何だ、何なんだよこれ! 卑怯だぞ!!」慌てて回復を行なおうとしたエルマンも、怒り狂ったシルバーも全く同様に拳の犠牲となった。
文字通り、あっと言う暇もない、たった3行でのパーティの壊滅。この事態に──ホークは敢然と腹を決め、ロペラを構えた。
「へ、どいつもこいつも情けねぇな。こうなりゃ・・・
キャプテン・ホークの生き様、見せつけてやるぜぇええええ!!!」
「それで?」「いやまぁ、気持ちがいいほどの完敗だったさ・・・ざまあねぇな、バーバラ」
気が付いた時には、ホークはいつか訪れた最終試練にも似た場所にいた。シルバーやゲラハ、ジャミル、そしてエルマンも一緒に。 月は高くのぼり、天界には星が輝く──まさに天空の城とも言うべきその場所には、何故かバーバラとナタリーまでもがおり、さらに奥の神殿のそばでは詩人が静かにギターを奏でている。
「な、ナタリー許してくださいよぉ、ありゃ不可抗力で・・・」「エルマンが素直にお薬飲まないからでしょ! 全くもう」
ホークのすぐ後ろでは、両頬にきれいな真っ赤な手形を作ったエルマンが、必死でナタリーに土下座を繰り返していた。抗弁を繰り返すエルマンに、ぷいとそっぽを向くナタリー。
「いやそのだって、あの臭気はとんでもないものなんですってば! だいたいなんでアレでナタリーが怒ってるんです?」
「臭いがひどいのは知ってるよ、だって今でもエルマンたち臭いもん」
「えぇ!?」驚きのあまり、エルマンはくんくん自分の臭いを嗅いでみる。「た、確かに・・・こりゃ帰ったら服ごと新調しないとマズイですねぇ、ああまたお金が・・・」
「まさかあの世に来てまで臭うとはな〜。さすがだぜ」ジャミルがおどけてみせる。そして恭しくホークに近づいたゲラハは、深々と頭を下げていた。「キャプテン、親分。お詫びの言葉もありません・・・皆さんを護れなかったばかりか、あのような邪術に」
「いいってことよ。あの術はかかったが最後、誰にもどうしようもねぇんだからな。次に何とかすりゃいいだけの話だ! なぁ、親分」
「え? あ、あぁ・・・」シルバーは一人だけ少し離れ、月に照らされ輝く雲をもの憂げに見つめていた。「いい思いつきだと思ったのになぁ・・・」
「どうしたよ。ミイラの薬のことか?」気づいたホークがシルバーに歩み寄る。「全快しなかったのは俺も意外だったな・・・薬の本にはそこまで書いてなくてよ、ただLP回復とだけで」
「そう簡単に、人の命は回復できないってことか・・・」憎たらしげにシルバーは詩人を振り返ったが、彼は何の反応も示さなかった。
エルマンもナタリーを連れつつ、彼女の背後からおずおずと声をかける。「親分さん、申し訳ありませんでした。あんなことさせちまって・・・」
「いいって。次からは自分でちゃんと飲むって約束すりゃ、許してやるさ」
「は、はぁ・・・」エルマンは決まり悪げに帽子の後ろをかいた。と、ナタリーが飛び出してくる。
「ダメだよ、そう簡単に許しちゃ! エルマンは親分さんの大事なものを奪っちゃったんだからね!!」
「へ?」ナタリーの言葉の意味がつかめず、シルバーはぽかんとなる。「何のこと? あたしはエルマンからは何も・・・」
「いーや、違うねぇ」ニヤニヤ笑いながらジャミルが割り込んだ。「俺はちゃぁんと見てたぞ、エルマン。責任は取らなきゃなぁ」 「い、いやあの、ちょっと兄さん待ってくださいぃ! 弁解にしかなりませんが、ありゃ親分さんの方から・・・」
「そうするように仕向けたのはお前だろうが」「それ言いがかりも甚だしいですってば兄さん!」
「ねぇホーク、こいつら何言ってんだ?」意味が分からないままシルバーはホークを振り返る。ホークは困惑しつつ頭を掻いた。「いや親分・・・人間になって間もないあんたにはまだ分からんのかも知れんが」
「いずれは知らないといけないわよねぇ、親分さんは。知るなら早いほうがいいわね、これ以上被害が出たら困るから」バーバラはエルマンに向かって一つウインクすると、そっとシルバーの肩に手を回して彼女を奥の神殿に連れていく。
「ちょ、ちょ、ちょっと姐さん、待って! 私殺されちまいますって!!」慌ててバーバラを止めようともがくエルマンの脚に、後ろからナタリーが飛びついた。「だぁーめ! ちゃんと教えてあげた方がいいんだよっ、親分さんの為にも!」「い、いやあぁあああ〜!!」
数分後。
「・・・・・・そーいうことだってのは、分かった」
両頬を真っ赤に染めて腕組みするシルバーの前で、エルマンはひたすら土下座して謝る他はなく。
「スイマセン、スイマセン親分さん・・・今度はちゃんと私、自分で飲みますんで」
「そ、そうしてくれるとありがたいね」言いつつ、シルバーはぷいとそっぽを向いた。「でもまぁ、幸か不幸かあたしらはやられて世界が壊れて、でも、どういうわけか時間が巻き戻りつつあってあたしらはここにいる。そうだろ、エロール?」
その言葉に、詩人のギターを奏でる手がふと止まる。彼は特に否定はしなかった──
「だったらさ、今回の件もリセットでいいんじゃない?」
「そーはいかないよ! オトメのテイソーは大事なものなんだからね!」
「ナタリーの言うとおりよ親分さん。貴方が人間の女性として生きていくつもりだったら、その自覚がないと大変なことになる。誰にでもそういうことをする女だと思われたら・・・」
「誰にでもなわけないだろ!」バーバラの言葉に、シルバーは八重歯を剥いて咬みついた。「エルマンはあたしの子分なんだ。子分の命を守るためなら、あたしはそれぐらいするさ! 勿論ホークにジャミル、ゲラハだってそうだよ! バーバラにナタリーもね!」
「子分なら誰でもいいってわけにいかねぇだろが! ええぃもう、何て言ったら・・・」
ホークは困り果てて帽子の中で髪を掻きむしるが、シルバーは気にもせず続けた。「でも、あたしのかみかみ砕くが、その・・・人間にとっちゃそーいうことだっていうんだったら、エルマンには悪いことしちゃったね」
「へ?」意外な彼女の一言に、エルマンは当惑する。「いやいや、私は別にいいんですよ。むしろ子分にとっちゃ非常に光栄なこってす」
「そーそー、それにお前のツラじゃこんなハプニングでもないと女の子とキスなんてこたぁ・・・って、痛ってぇえ!!??」
またしてもおどけるジャミルの足を、思い切りナタリーが踏んづけた。「男だってこーいうことは大事なの! エルマンもジャミルも余計なこと言わないでよね!」「わ、分かった、悪かったよ・・・おぉ、いてぇ」
いつになく憤怒のナタリーにたじろぎながらも、エルマンは彼女を諭そうとする。「あぁもう落ち着いてください、ナタリー・・・一体どうしたっていうんです? 貴方らしくもないですよ」
「・・・・・・そうさせたのは誰だと思ってるの! もうっ」
「やれやれ、今度は夫婦ゲンカがおっ始まっ・・・痛ってぇ!」今度はバーバラに耳をつねられるジャミル。そんな彼らを見て、ホークは声をあげた。「さぁ〜て、エルマンたちが落ち着くまで俺らはも一度作戦会議といくか! おいバーバラ、お前さんも来てくれよ」「あら。アタシで良ければ、是非参加させていただくわ」
言いながらエルマンたち二人を置いて、さっさとホークたちは神殿の方へ去っていく。ゲラハに連れられてシルバーも彼らに続く。「ねぇゲラハ、やっぱりゲッコ族もそーいうこと、するの?」「ゲッコ族の場合は若干違います。舌で相手の発情度合を・・・」「発情って?」
「ちょ、ちょ、ちょっとゲラハさんまで、置いてかないで下さいよぉ!! あぁもう・・・」
というわけで、天空の神殿の外に放り出された形になったエルマンとナタリー。
彼女の激昂の理由がまるで分からないエルマンは、ただひたすら謝りまくるしかない。「ナタリー、申し訳ありません・・・・・・ってか、親分さんが怒るなら分かるんですがどうしてナタリーが怒ってるんです?」
歌い手の少女はそっぽを向いたまま答えない。「あのねぇナタリー、理由が分からないとこちらもどうやって謝ったらいいか分からんのですよ。お願いですから・・・」
「・・・・・・また、命を粗末にしたから」ぼそっと呟くナタリー。「あの薬は、エルマンの命をつなぐ為に親分さんが取ってきてくれたんでしょ? なのにどうして飲まなかったの? だから親分さんだって・・・!」
「ですから、何度も説明したじゃないですか。見ての通り凄まじい臭いで」
「そんなの、私だったら全然かまわないのに」「へ?」
ナタリーは俯いたまま振り返ると、とことこエルマンのすぐ前までやってくる。小さな会計係よりもさらに小さい彼女の頭は、ちょうどエルマンの胸あたりのところで止まり──いきなり彼女は、彼の腹をぎゅうと抱きしめた。
「ぐえぇっ!? あ、あ、あの、ナタリー?」
「・・・・・・何で私は、戦えないのかな」
「え?」
「私が大人じゃないから、戦えないの?」「そ、そりゃあそうです。姐さんにだってホントは戦ってほしかないんですよ、私としては。ましてやナタリーみたいな子をあんな戦いに出すなんて、とんでもないです」
「私がエルマンのそばにいれば、あんな薬いくらでも飲ませてあげるのに。
何度エルマンが倒れたって、私は何度だって助けるのに」
「・・・・・・」小さくはあるがはっきりした言葉に、エルマンは二の句が継げない。
「ホントだよ。親分さんと同じこと、何回したって構わないよ。どんなに臭くったって平気だよ」
「ナタリー。その気持ちはとてもありがたいんですけど・・・そういうこと、あんまり大っぴらに言っちゃいけませんよ」
エルマンは納得がいかないながらも、ナタリーの小さな栗色の頭を撫ぜた。少し前まで、いつも彼女を寝かせる時にやっていたのと同じように。
それでもナタリーは顔を上げず、ずっとエルマンの腰を両腕でいっぱいに抱きしめたまま動かない。天空からはアムトの紅い月が、静かに光を投げかけている。
「あの、ナタリー、見てくださいよ。月がきれいですよ〜」
「・・・・・・」
「クリスタルシティやメルビルから見る月も格別でしたけど、ここからのはまた素晴らしいですねぇ! あまり何度も来たくはないところですが、こりゃ絶景ですよ。展望台作ったらどれくらいもうかりますかねぇ」
「・・・エルマン、ホントだよ。私は何度でもあの薬でエルマンを助けるよ」話をまるで聞いていないようで、ナタリーは同じ呟きを繰り返す。エルマンは困り果てて、とにかく何とか彼女を宥めようとしたが。
「いやぁハハハハ、あの薬を何度もですか。そりゃさすがにカンベンですねぇ・・・
ん? 何度も?」
ふとエルマンの動きが止まる。雷撃の如く脳裏を走った閃きに、彼の両目が一瞬だけ見開かれた。「・・・・・・それだ!!」
「?」相手の様子が明らかに変化したのに気づき、ナタリーはふと顔を上げる。数秒前とはうってかわって、歓喜でいっぱいになった糸目がそこにあった。「ナタリー、ありがとうございますっ! これで真サルなんて楽勝ですよ!!」
「え?」「出来ればやりたかないですが、確かにこりゃ一番いい方法かもしれません・・・早速ホークさんたちに相談してきましょうっ!!」
言うが早いか、エルマンはナタリーの手を掴んでだっと走り出す。「え、え、え? ちょっと待ってぇエルマン、一体どうしたの? 私全然分からないんだけど?」
「いやぁ、時々こーいう素晴らしくおトクなヒントを言ってくれるから、ナタリーって大好きですよ!!」
「・・・・・・!!」
そのまま少女の手をひいて、会計係は天空の神殿へと走っていく。少女の頬がほんのり紅に染まったのにはまるで気づかないまま。
「作戦は基本、前と同じだ! いくぞてめぇら!!」
時間は巻き戻り──再びサルーインの居城へと降り立ったホークたち五人。
邪神が現れるや否や、ホークとシルバーが一斉に襲いかかる。彼らに降りかかったサルーインのオブシダンソードを、今度は敢然とゲラハが受け止めた。「お許しください、サルーインよ!」
返す刀でゲラハは剣閃を邪神にお見舞いする。その隙にジャミルがリヴァイヴァをかけつつ、エルマンがオーヴァドライヴを行なう──炸裂する変幻自在5連発。
ホークやシルバーの波状攻撃も功を奏し、ほどなくサルーインは第二形態へと移行する。
シルバーの月影の太刀が直撃し、ホークのグランドスラムで柱が壊れ、ジャミルとゲラハが次々に蘇生術・リヴァイヴァをかけていく。エルマンも全く躊躇することなくオーヴァドライヴ後変幻自在5連発を叩き込む。
「さぁて・・・そろそろ行きますかねぇ」さすがの邪神も少しばかり怯み、柱が半分以下になったところで、エルマンの片目がほんの少し開いた──そして彼は再びオーヴァドライヴを詠唱しつつモーグレイを構えた、が。
「な!? お前何やってんだ!?」「お前の腕力じゃ重すぎってのは分かってたけどよぉ・・・いくら何でも開き直りすぎだろ」「エルマンさん・・・まさか、自害でもされるおつもりですか!?」
巨大な両手大剣を構えるエルマンだったが──問題はその構え方。
いつものように必死でぶるぶると柄を掴んでその刃の重量を支えているのではなく、完全に剣を180度逆に持っているのだ。巨大な刃に思い切り両足で跨りつつ、剣全体に体重を預けてノホホンとしているそのさまは、鍛冶屋が見れば叩き殺されかねない光景である。
「おいエルマン、せめて剣ぐらいはちゃんと持ちやがれ! まだ諦めるような段階じゃ・・・」
「バカ言わんで下さいホークさん! フロンティアの芸人魂・・・魅せてやりますよっ!」
言うが早いか、エルマンはオーヴァドライヴ発動と同時に飛び上がる。そしてロケット花火の如くモーグレイは舞い上がる──叩き込まれるVインパクトとヴァンダライズとアッパースマッシュの5連携。
「何か・・・ホウキに乗ってる魔女みたいだなぁ」「親分よぅ、発想はファンタスティックだがこんな魔女がいてたまるかってんでぃ・・・どうせならアンタがやってくれよ」感動の眼差しでその様子を眺めるシルバーと、呆れるホーク。
「しかし、確かにあのように持って自らの全体重をかけるようにした方が、逆にダメージは上がりやすいのかも知れません。エルマンさんはいつも、モーグレイを持つ時は大変そうでしたから」
「俺らが散々あいつに両手大剣やら何やら押しつけた結果、ってか。まぁ発想の転換はさすがだぜ」
「でも、ここまで来たらそろそろだね・・・」シルバーは緊張のあまり、ごくりと唾を飲みこむ。エルマンが飛び降りてくるとほぼ同時にサルーインは咆哮し、柱が再び復活した。
「さぁここからだ! 気合入れろてめぇらっ」
まさに破壊の技というべき神の術──心の闇にゴッドハンド、そして術法連携が次々に飛んでくる。ゲラハとジャミルが二人がかりで回復とリヴァイヴァを行ない、シルバーはかなりの確率で先制の月影の太刀をお見舞いし、ホークはひたすらグランドスラムで柱を壊しまくる。エルマンもオーヴァドライヴ&逆モーグレイによる攻撃を続行してはいたが──いつ倒れるともしれない邪神の力に、パーティは少しずつ押されていた。
何度目かのオーヴァドライヴ後、さすがにエルマンはがくりと膝をついてしまう。もう残りLPは3分の1もあるかどうか。そんな彼に、すかさずシルバーがミイラの薬スーパーをぶん投げた。「ほら、行くよ! 今だエルマン!」
「は、はぃい!」まあるく膨らんだ缶詰につめこまれたその薬は、前回で懲りたのかまだ未開封だった。サルーインが心の闇の体勢に入る前にエルマンは、もはやボロボロのモーグレイで力まかせに缶を開ける──
<き、貴様! それはミニオンが護っていたはずの──生命力回復! くっ・・・!!>
さすがの神もこの悪臭はたまらなかったのか、一瞬動きが鈍る。その隙にエルマンは再びオーヴァドライヴに成功した──ただし、彼の生命はもはや風前の灯、倒れる寸前だったが。
<ハハハハハ、そこまで弱っていれば例えその薬を飲もうと回復量は微々たるものだ! 小賢しい知恵を振り翳して神に挑もうなど・・・・・・?>
「さて、そりゃどうですかね。このオーヴァドライヴの特性、神さままさかお忘れですかい?
同じ行動を5回繰り返すことが出来るこの技を、この薬で応用したらどうなるか!」
エルマンは思い切り鼻をつまむと、缶の中身を盛大に自分の喉に流し込んだ。「鼻さえつまんでりゃ、こんなモノ!!」 停止した時間の中で、ホークたちもじっとその光景を見つめていることしか出来ない。「1回目・・・これで半分回復、そして・・・」
時間停止術の特徴の一つ。本来一度使ったら消滅するはずの物体であっても、オーヴァドライヴが切れるまで残り続ける──その為、薬をいっぱいに呑みこんだはずのエルマンの手にはまだ、薬が元気に悪臭を放ちながら残っていた。構わずにエルマンはやっぱり鼻をつまんで喉に流し込んだ──
その行為、繰り返されること5回。それをホークたちもサルーインさえも、ただ眺めていることしか出来なかった。だが時間を止められながらも、シルバーは嬉しそうに呟く。「1度の回復量は残りLPの半分。だったらそれを5回繰り返せば、あいつのLPは・・・!」
5回目に薬を飲み干し、エルマンは思い切り缶をかなぐり捨てる。彼の生命力はほぼ満タン近くまで回復しきっていた。
<フ・・・貴様、なんと姑息な真似を! 所詮は人間、この神に勝てると思うなぁ!!>
「姑息だろうと矮小だろうと、勝てばよかろうなのですっ!! そもそもゴッドハンド連発やら心の闇やらの方が卑怯卑劣千万、神として恥ずかしくないんスかアンタ!!」
エルマンは壊れたモーグレイを投げ捨てると、ダークの剣を眼前で構え直す。「どう計算しても、勝てないと思っていました。覚醒した神になど、私なんぞ叩き潰されて終わりだと。
だって私しゃ伝説の海賊でも、名誉ある騎士様でも、高貴な貴族様でも勇敢な冒険者でも何でもない、ただの一介の会計係っす。そもそも私、最初は貴方のペットに潰されて死んじまう運命だったんですよ。
だけど、こうして何度も何度も時間を繰り返して、色々な方と出会って、助けられて、知識を蓄えてきたおかげで──
なんとか、私でも貴方と渡り合える。そこまで計算できるようになったんです」
<残念だったな。ではその計算とやらもここで終わりだ!!>
エルマンに向かって猛り狂うサルーイン。同時にゴッドハンドが彼の身体を瞬時に掴みとり、完膚なきまでに握りつぶす。しかもご丁寧に、握りつぶした身体をさらにもう二度も。
「──てめぇ! ぶちのめす!」「サルーインよ! これが神のなさることですかっ」
完全にブチギレるホーク。ゲラハがすぐに回復の体勢に入るが、それをジャミルが止めた。「いや・・・まだ・・・まだだ!」
「大丈夫です・・・ゲラハさんのリヴァイヴァのおかげですよ」3度も握りつぶされたはずのエルマンがむくりと起き上がり、笑顔すら見せた。「同時の攻撃なら何度喰らってもリヴァイヴァは有効──これも、姐さんがたから教わったこってす。
あとコレ、頂いておいてよかったですねぇ」言いながらエルマンは、少し破れた襟の間を確認する。左胸の破れ目からは、キラリと光るお守りが見えた。
「そ、それ、騎士団領でコンスタンツからもらったヤツじゃん! どうしたの?」「ホークさんに持ってろと言われたので、つけておいて良かったですよ。コンスタンツさんには失礼ですが、最初は売れもしないし荷物圧迫するしろくなもんじゃないと思っていたんですけどねぇ。女性の心をバカにしちゃいけませんねぇ」
「念のために渡しておいて良かったぜ。オーヴァドライヴ役が逝っちまったら一大事だからな」
「ホーク、親分、油断するんじゃねぇ! まだ来るぞ!!」最後の奇蹟の水を放ったジャミルの叫びと共に、サルーインはヴォーテクス──全ての魔法盾を解除する闇の術を発動させた。リヴァイヴァを全て剥がされたパーティを再び襲うゴッドハンドの嵐。
<仲間に助けられたというわけか。ミルザも散々そんなことを言っていたなぁ、ならば!!>
咆哮するサルーインの拳は、今度はジャミルとシルバーに伸ばされる。声を上げる余裕すら与えられず、二人は拳に握りつぶされた。ジャミルに至っては二度も。
「マズい展開です、これは・・・ジャミルさん!」「畜生・・・エルマン、ゲラハ! どっちでもいい、すぐに二人を回復だ!!」
すぐにエルマンはオーヴァドライヴを、ゲラハは水竜剣経由で癒しの水を詠唱を開始する。だが──神の邪術の方が一歩早く。
遂にジャミルが破壊神の操糸に囚われ、人形となってゆらりと起き上がった。エルマンと並んで貴重なオーヴァドライヴ役だったジャミルが。
「に、兄さん! このっ・・・!」
<ハハハハハハ! どうだ、仲間をまんまと奪われた気分は? この術が決まった時のミルザの顔を思い出すぞ、あれは至高だ! いくら支え合ったところで、所詮はエロールの作ったただの道具よ!!>
「許さない・・・許さないよ、アンタ!」エルマンのオーヴァドライヴにより何とか回復したシルバーが飛び出し、月影の太刀をぶちこむ。続けてホークがグランドスラム。飛んでくるゴッドハンドを間一髪でよけたゲラハはもうひたすら狂ったようにリヴァイヴァを各人にかけ続け、エルマンはウコムの鉾でのオーヴァドライヴを次々と決めていく。
「ここまで来るにゃ、犠牲も大きかったんです・・・! その損ぐらいは、取り戻させてもらいますよっ!」伝説の魔道士・アルドラではなくアサシンギルドの頭領として覚醒したダーク──彼から預かった曲刀を両手に構え、エルマンは何度も何度も無我夢中で神を切り刻む。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・まだ・・・まだですか!?」肩で大きく息をする彼のLPは、早くも回復前以下になろうとしていた。
「エルマンさん、耐えてください。もうちょっと・・・もうちょっとです、おそらく!」今にも倒れそうなエルマンに、ゲラハも必死でリヴァイヴァをかける。邪神の高笑いが響く──操られるがまま、火術の詠唱に入ったジャミルを前に。
<ハハハハ、どうだ? 命乞いをするなら許してやらんでもないぞ>
同時に炸裂する、ジャミルとサルーインの連携術。ジャミルの火の鳥でパーティは焼かれ、さらに神のエナジーボルトがとどめを刺そうとする──
「この・・・似たような台詞ばっかり吐きやがってよぉ」だが、この猛烈な術法連携に耐えきったホークが、血の混じった唾を吐きだした。「何度もこんな戦いを繰り返していくうちに、みんな変わったんだ。エルマンも、ゲラハも、ジャミルも親分もバーバラも、果ては雑魚モンスターまで妙に強くなりやがってなぁ!!
だがお前さんだけは変わらない。ガキのまんま変わっちゃいねぇ、俺らが謹んでディステニィストーンを捧げない限りは真の力すら出せやしねぇ。情けねぇと思わないのかよ!!」
<フン、何を言い出すかと思えば。変わる必要などない、何故なら私は神だからだ!!>
「どいてな、ホーク! 子供なんか相手にするより、さっさと船を復活させるよ!」ホークの横から瞬時に飛び出したシルバー。月影の太刀の構えを取った彼女だったが、そこへ神の氷幻術が襲いかかろうとする──
だが、それこそが彼女の狙いだった。「あ、あれは!? 親分!?」
「エルマン、よく見てな! これがホントの、乱れ雪月花だ!!」
闇の中に月影が浮かび、桜の花びらが吹雪となって舞い散る──そして。
「というわけで、親分が乱れ雪月花を炸裂させて、見事に真サルーインは打ち破られてなぁ」
「それで、私らもまた元の時間に戻っちまったわけでですね・・・シクシクシクシク」「あーもうエルマン、呑みすぎだよー」
平和に満ちたウエストエンドパブ。その片隅で、ホークは事の顛末をバーバラに語りつつ、エルマンは呑んだくれながらナタリーに慰められていた。
「オーヴァドライヴ役を二人まで減らしても駄目、っていうことは・・・」バーバラは先ほど詩人に渡されたばかりのアメジストを眺めて話を聞いていたが、ふとエルマンに眼を向ける。彼の前にはもう酒瓶が山と積まれていた。
「次は一人でやるか、もしくはナシでやってみろ──ってことかよ」
「一人でやる場合、当然担当は私ですよね。もう分かってます、シクシク・・・」
「大丈夫だって、メソメソすんな男だろ!」ホークがエルマンの帽子をぽんぽん叩く。「次に来る奴が、もっといい方法を閃くかも知れねぇぞ?」
「いい加減、私を外していただくという選択肢はないんですかねぇ・・・」エルマンは顔を上げたが、どれだけ泣いたのやらその糸目も頬も真っ赤に腫れ上がっている。「オーヴァドライヴが一人だろうとナシだろうと、無理無理すぎますって! どうせなら私を外して、もっと強い方々でやっていただいた方が」
「それはないよエルマン、少なくともこのメモカでは絶対にない」「あうぅうう・・・・・・私しゃあと何回腐竜に吹っ飛ばされて神に握りつぶされなきゃならんのですか」瞬時に否定するナタリーの言葉に、エルマンは絶望してテーブルに突っ伏す。
「えーい我慢しろい! 他のメモカじゃお前はジュエビにこのパブごと潰されて終わるのが普通なんだぞ!!」
ナタリーに負けずにメタネタをぶっ放すホーク。パブの客とマスターがその大声に驚き、思わずこちらを睨んだ。「あら〜ごめんなさいね、うちの男どもはしょーもない愚痴が多くってねぇ」バーバラがすっと進み出て、ホークとエルマンの間に割って入った。
「全くもう、お客さんたちびっくりするじゃないのさ・・・とにかくエルマン、もう泣くんじゃないよ」
「だって、姐さん・・・」
「私はどうせならまだまだ楽しみたいよ、この繰り返す時間をね。
本来なら人の時間には限りがあって、やれることにも限りがある。だけど、私たちはこうして時間を繰り返すことで、本来なら得られるはずのない知識や技術もたくさん手に入れた。本来なら出会えるはずのない人たちとも、言葉を交わすことができた。
それって、お金よりもよほど貴重なものだと思わないかい?」
「そうだぜ。それに同じことが繰り返されてるわけじゃねぇ、繰り返すたびに結果が違ってくる事件だって山ほどある。その先にどんなお宝があるかも分からねぇんだ、楽しいじゃねぇか」
「姐さん、ホークさん・・・」エルマンはようやく顔を上げる。「確かに、人脈は商売人にとっちゃ命綱ですけどねぇ。騎士団のお偉方とか帝国の財務大臣とか親衛隊とか、果ては帝国の皇女様とかねぇ・・・普通なら一介の旅芸人がお会いできるようなお人じゃありませんしね。下手すりゃ大損になりかねんものもありますが」
エルマンがそこまで話したその時、バーバラが突然声をあげた。「あ! 噂をすれば、また誰かが来たんじゃないかい?」
パブの扉が大きく開かれる。そこに立っていた人物は──
果たして彼らの希望となるか、はたまた絶望となるか。今はまだ、誰にも分からなかった。
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