「相殺、だかんね!!」
「・・・・・・ふぁい」
「ふぁい、じゃないでしょぉ! あんたに攻撃された分、ちゃんと請求分から差っ引かせてもらうかんね、いい!?」
「ごもっともでございます。お詫びの言葉もございませぇん・・・・・・うぅうぅ」
先の戦闘の翌日。
全員が回復して再び真サルーインとあいまみえたシフ一行は、またまた敗北を喫して神殿に舞い戻ってきた。
転送されるや否や、いの一番にファラがエルマンを責めたてる。「あんだけあたい達に大口叩いておいて、今度は自分がアニメートされるなんてさ!!」
両手に腰を当ててふんぞりかえるファラ。そんな彼女を前に、エルマンはひたすら土下座していた。
「まーまーまーファラさん落ち着いて」ジャンが笑いながらファラを抑える。「エルマンさんもこうして反省されているんですし」
「それに、エルマンへのアニメートが直接の敗因だったわけじゃないだろう」シフは悔しそうに唇を噛んだ。「あたしのグランドスラムで何とかできるかと思ったんだけど、あたしは蘇生術持ってなかったからねぇ。前回のエルマンの半分も粘れなかった。情けないよ」
「今回は全員の力不足です。エルマンだけを責めることは出来ません・・・・・・
それにファラ。前回彼が置かれた状況は、今回とは全く違います。今回の私たちは4対2で済みましたが、エルマンは1対5だったのですよ」
「むー・・・・・・そ、そりゃそうだけどさ」
ディアナに言われて、ファラも頬を膨らませつつもそれ以上の追求をやめた。
「さぁさぁエルマンさん、顔上げてください。あの変則多段突きなかなかの男前でしたよ、正面から見るのは初めてですからねぇ」
「ジャンさん、それ慰めになってませんて・・・・・・ううぅ」
そう言いつつもエルマンはどうにか顔を上げる。両の糸目は真っ赤に腫れ上がっていた。「ご心配なさらずとも、前回の分からは引かせていただきますんで・・・・・・あとでバーバラ姐さんと詩人さんに正確な回数を聞いてくるッス」
「なーに? あたい達の自己申告が信用できないってワケ?」
「え、そりゃそうですよ。そうじゃなきゃ他の方はともかく、ファラさんは大幅に金額を間違える可能性がありますんでね」
「どーいう意味よ! あたいが嘘つくっていうの?」
「違います。失礼ですがファラさん、貴方正確な賠償金額を算出するだけの知能がおありのようには見えな・・・・・・って、ウギャアアアアァアア痛たたたたたたたた痛い痛い痛いぃ!!」
一瞬の後にエルマンはファラの怒りの右腕に首根っこを掴まれ、空中に差し上げられていた。「むーかーつーくー!!! シフ、やっぱりこいつシメていい!?」
「だから落ち着きな、ファラ。エルマンもいい加減にしなよ。
どっちみち、そんな請求なんかする気ないんだろう? 分かってるよ」
「へ? ・・・・・・って、ぶふえぇぇっ!!?」
エルマンはぽかんとしてシフを見るが、その直後にファラの手から酷く乱暴に地面に顔から投げ落とされてしまった。「いたたた・・・・・・あの皆さん、前回もそうですけど私が商売人ってことお忘れじゃないっすかね? 顔へのダメージはやめてくださいよぉ」
「ちぇ。出っ歯折ってちょっとはマシな顔にしてやろうってのに」
シフはそれを見て笑いながらエルマンを諭す。「商売人、か。だったら、やるつもりもない請求で喧嘩するのはやめたらどうだい?」
「え、えぇ? シフさん、ホント一体何言って・・・・・・
って、まさか!!」エルマンの顔が、面白いほどに一瞬でゆでダコのように真っ赤になる。「またいつものパターンですかい!?
皆さんあの時の会話・・・・・・全部、聞かれて・・・・・・はわわあわわわ」どういうわけかぐるぐると渦巻き状になる糸目。
「いや、あのさ・・・・・・聞いてたっていうか、聞かされたっていうか」ファラが膨れっ面のまま、そっぽを向いて吐き捨てる。 「えぇ!? まさかもしかして、姐さんがなんか喋ったんですかい!?」
「違うよ。何があったかなんて、バーバラは殆ど喋ってくれなかったしねぇ」
「エルマンさん」ジャンは彼の横にしゃがみこむと、にっこりと白い歯を見せてウインクしつつぐっと親指を立てた。「あの男泣きに言葉は不要です。貴方の涙で、我々は全てを理解しましたよ!」
「・・・・・・え、え、え、えぇえええ!?」耳も首も手も真っ赤にしながらエルマンはじたばた両腕を振り回す。「やっぱり皆さん聞いてたんじゃないですかぁああ! 今回に限ったこっちゃないですが皆さん酷いです、毎度毎度人の話盗み聞きしてぇ!!」
「ちょっと、言いがかりはやめてよね! あんっだけデカい声で泣かれたら、耳塞いでても聞こえちゃうよ!!!」
「神殿中に響きわたったからねぇ。あたしも流石にびっくりしたよ」
「へ? え? えぇええ!?」
ディアナが珍しく微笑を見せた。「懐かしかったです。弟もつい最近になってから、たまにあのような号泣をするようになっておりました・・・・・・あれは子供が男になった証なのだと、父上が」
「でぃ、ディアナさんまで・・・・・・ここここれ以上の羞恥プレイやめて下さいぃ! うぅうぅう・・・・・・」
恥ずかしさのあまりそのままパッタリ倒れてしまったエルマンの首根っこを、シフが掴む。「ほぉら、しっかりしな! あたしらはまたまた負けて帰ってきたんだよ、これからまた作戦会議だ!!」
人目につかない神殿の裏庭で、ナタリーは一人でじっと膝を抱えていた。
床を無意味に人差し指でなぞりながら、どうしても思い出してしまう。昨日のエルマンの号泣を──
あの後からこっち、どうやってエルマンに接していいのか分からない。顔を合わせるのが怖くて、今日なんかは見送りにすら行けなかった。どうしちゃったんだろう、私?
今までずっと一緒にいてお仕事してたのが当たり前で、口うるさいけど陽気で世話好きのお兄ちゃんみたいなものだと思っていた。そりゃ、しょっちゅうバーバラに取られてるのがちょっと悔しいなと思うことはあったけど。一緒に戦ったり出来ないのがホントに悔しくはあるんだけど。
でも、何だろう? 昨日エルマンに感じた怖さは。そして同時に、胸の高鳴りが止まらなくなってるのは。
──いや、そんなことは関係ない。エルマンたちは今、世界の存亡をかけた戦いに何度も挑んでるんだ。こんな私の気持ちなんて、それに比べたら全く取るに足らないことであって。
そもそもあの時、エルマンを抱きしめるどころか逃げ出してしまった自分には、もうエルマンを好きだなんて言う資格すら──
そこまで考えて、ナタリーの顔がかぁっと熱くなる。高い壁の陰で、彼女は一人頭をかきむしり両足をジタバタすることしか出来なかった。
「あ〜〜〜〜〜もーーーーーーどーしたらいーのーーーーーーー!!!!!!!」
わきあがってくる猛烈な感情を処理しきれない幼い頭を、ナタリーは必死で抑え込もうとする。何だ、どうしちゃったんだ私は。落ち着け。落ち着くんだ。
「普通だ。普通にしてよう・・・・・・いつも通りに接すれば、大丈夫」
彼女は自分に言い聞かせるように言葉にする。だがやがてそれは呪詛のような繰り返しになっていき・・・・・・「普通に、普通に、フツーに・・・・・・フツー、フツー、フツー、いつも通り、普通普通に普通に普通に普通に普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普通普」
普通という単語がゲシュタルト崩壊を起こしかけたちょうどその時。
「ナタリー?」
全くの突然に声をかけられ、ナタリーは飛び上がった。「き、キヤアアアアアアアアア!!!!」
「うはぁっ!? な、何ですか一体!?」
そこにいたのは、いつもと全く変わらない様子の黄色い帽子の糸目。「え、え、エルマン・・・・・・ひ、久しぶり、あはは」
彼はナタリーの絶叫に仰天して腰を抜かしかけたが、すぐに気を取り直す。「あーもー良かった良かったぁ! 姿が見えないから心配したんですよナタリー!
・・・・・・って、もしかして憚り中でしたか? だったら神殿の方で」
「ちちちち違う、違うよぉ!!」
小さな肩を思い切りいからせてナタリーは真っ赤になり、ぷいとそっぽを向いた。「そ、そんなんじゃないから」
「そうですか? 姐さんも心配してましたし、早く行きましょ」エルマンは何も知らず、いつも通りに彼女の手を取った──「ふ、ふああぁあああっ!!!???」「うへぁっ!!?」
違う、何やってんの私。手をひかれるなんていつものことじゃないの、落ち着け落ち着け、普通に、普通に・・・・・・
「ホント一体どうしたんです、妙な木の実でも食べましたか? ここに生えてるものは一応エロール神のものなんで、許可なく食べちゃ駄目ですよ」
「そんなことしてないってば!」
ナタリーはそのままエルマンに手をひかれながら歩き出す。振り払うことも出来ず、彼女は恥ずかしさのあまりぎゅっと目をつぶったまま歩くしかなかった。とりあえず、普通に、普通に、いつもどおりに・・・・・・
「・・・・・・え、エルマン、月がきれいだね」
「? 今、真っ昼間ですけど」
「ふぇえっ!!??」
硬直するナタリーの前で、ちょっと眉をひそめてエルマンはしゃがみこむ。「やっぱりおかしいですねぇ。ここも慣れてきたとはいえ、一応いつもの街とは違う場所ですから・・・・・・どれどれ」
言いながらエルマンはナタリーの額に手を当てた。不思議そうに自分を見つめる糸目を目の前にして、最早彼女の脳味噌は沸騰しきっている。「う〜ん・・・・・・んっ!? こ、これは!? ナタリー、熱出てませんか?」
「!? わわわわわ、駄目、やめてエルマンそんなに顔近づけちゃ!!」
エルマンの額がごつんと自分の額に当たる。当然、その糸目と出っ歯はナタリーに接触せんとばかりに近づいてきた。
「・・・・・・んんんっ!!??」
「!!!!!????」
あろうことか、目と目が最接近した一瞬にエルマンは両の目をカッと見開いてしまった。結果として──
ナタリーの脳内回路は、瞬間的にかかった膨大な負荷に耐えきれず、爆発した。
「どういうことだ? あたし達全員が満足しない限り、時間のループが逃れられない?」
「推測だけどね。シフ、あんたの行動がヒントだったよ」
神殿内の一室で、バーバラとシフは話しこんでいた。その周りをジャン、ファラ、ディアナが取り囲む。
「あんたが満足しない限り、サルーイン戦は終わらないように出来ている。同じ道理で、全員がサルーイン戦のもたらす結末に満足しなきゃ、ループからは解放されないんじゃないかと思ってね」
「全員? あたしらパーティ全員、ってことじゃないのかい」
バーバラは首を横に振る。「それがクリア条件なら、とっくに達成されたはず。だってみんな、世界が平和になることを願ってサルーインを倒してきたんだよ」
「そうだね。ジャミルもアイシャもクローディアもグレイもホークもあんたも皆、ジュエルビーストもサルーインも倒して、これで平和になった!と思ったはずだものね。あたしみたいなのは例外としてさ」
「じゃあさ! シフさえ完璧のペキペキにサルーインを倒せば万事解決なんじゃないの!?」横から話に割り込んだファラに、バーバラは苦笑する。「だったらいいんだけどねぇ・・・・・・」
「しかし、シフさん以外でサルーイン倒しても満足出来ないとかいう奇特な方はこのパーティにはおりませんしね。そうでしょう?」ジャンは他の二人を見た。ファラもうんうんと頷き、ディアナも否定はしなかった。
「いくら仇を討とうと満たされないのは確かですが、それより私はあの邪神を一刻も早く倒したい。そうでなければ、ローザリアどころか世界が・・・・・・」
「そりゃそうだよディアナ、さっさとあんなの倒しちゃった方がいいに決まってる」
それを聞いてシフは豪快に笑った。「だとしたら、問題はあたしだけってことだ。エルマンが満足しないなんてこともないだろうしね」
「それだけは断じてありえないよ、シフ。あいつはさっさとループを脱出してお金を稼ぎたいって、毎回毎回どれだけ言ってるか知れないだから」
その時だった。神聖なる神殿内にいきなりドタドタバタバタ激しい靴音が響いたかと思うと、バーバラを呼ぶ声がきぃんと鳴った。「姐さーん! 大変ですっ、姐さぁああああああん!!!」
「やれやれ、噂をすれば・・・・・・って、どうしたんだいナタリー!!??」
「ほぉ、さすがですねぇエルマンさん。幼女とはいえ軽々とお姫様抱っこでナタリーちゃんを抱きかかえて全力ダッシュとは」
「ジャンさん余計な突っ込みやめて下さいぃ! とにかく姐さん、ナタリーが大熱出しちまって!!」
ぐったりしたナタリーを両腕で抱えて飛び込んできたエルマンは、彼女を抱きしめたままぺたんと座り込んでまじまじと顔を覗き込む。「おかしいですねぇ、この神殿って回復はしてもダメージを受けるようなことはないって、詩人さん仰ってたのに」
「・・・・・・い、いや、違うのエルマン、お願いだから・・・・・・ちょっと離れて」
「そんなわけにいかんでしょ! ちょっともう一度熱見てみましょう」
「う、うわあぁあ! やめて、もうやめてぇ、お願いぃ」
バーバラはそんな二人に近づいてしばらく様子を見ていたが──やがて微笑む。「ふぅん。
どうやらナタリーは、禁断の果実を食べちまったみたいだねぇ」
「ファッ!?」エルマンはまたもや一瞬目を剥いてしまう。「やっぱり、何かおかしなものを食べて? いや、ナタリーは拾い喰いなんかしないはずですし本人否定してましたし・・・・・・
ということは! まさか、あんのニセ詩人! ウチの大事な大事な歌い手に何を!!!」
「あーもういい加減にしなさいアンタは、勘違いも甚だしいね」呆れたバーバラは、いきり立つエルマンの額を一発指で弾いた。「イテっ! アイタタタ、姐さん一体」
「ナタリーはあたしが部屋で見ておくから、アンタはしばらくここで皆とミーティングしてなさい。いいかい、負けて帰ってきたことを忘れずにね」
「は、ハイィ・・・・・・」
それから数刻後。
昨日エルマンが治療を受けていたベッドで、ナタリーは一人横になっていた。
──こういう時は、普通でいようなんて努力することはないよ。だって、無理だからね。
ナタリーが落ち着いたのを確認し、ついさっきバーバラは部屋を出て行った。そんな彼女の言葉を噛みしめながら、ナタリーはひとり呟く。「やっぱり、叶わないな。バーバラには」
──ナタリーがエルマンにしてあげられることって、なんだろうね。それを考えることで、一歩前進するんじゃないかな。
ナタリーが何も言わないのに、バーバラは全てを理解して受け止めていた。とても自分はああなれそうにない──ため息が出る。
今まで自分は、エルマンにどれだけのことをしてきただろう?
好意をちらほらと示したり押しつけたりすることはあっても、自分から彼のために何かをすることがあっただろうか。
子供だから、戦えないから無理なんだと思い込んでいたし、実際何度もそう言われてもいるけれど──
「ナタリー? 入ってもいいスか」
ふと顔を上げると、ドアが申し訳程度に開いており、そこから黄色い帽子の端がちらほらと見え隠れしていた。「エルマン? いいよ、もう大丈夫だから」
「そうスか、良かった! 熱じゃないと聞かされちゃいたんですが、やっぱり心配でねぇ」
安心したようにエルマンは部屋に入ると、後ろ手にドアを閉めようとして一旦素早くドアの外をキョロキョロ確認してから、ベッドのそばに寄ってきた。「どうしたの? 何かあった?」
「い、いえ。このシリーズ、盗み聞きされるパターンがやたら多いもんでね・・・・・・ヘヘヘ」
「なぁにソレ。もうメタネタはやめようって言ってる癖に」「ハハ、そうですねぇ」
──赤くなる自分を恥じることはないよ。
バーバラの言葉を思い出しながら、ナタリーはふと起き上がる。エルマンもその隣に座った。
静かな部屋の夜のベッドに二人っきり。そんなシチュエーションにナタリーの顔がまた熱くなったが、バーバラの言葉で逆に落ち着くことが出来た。そうか、赤くなっても構わないんだ。
じゃあ、次は──「ねぇ、エルマン。教えてもらっていいかな」
「何をですかい?」
「私、子供だからって色々なことを教えてもらってない。見せてももらえない。戦うことも出来ない」
自分でも驚くほどすらすらと、正直な気持ちが口から出てくる。「私昨日から・・・・・・ううん、ずっと前から考えてた。
力になりたいんだ。少しでもいい、役に立てるなら。だから・・・・・・」
「何言ってるんですか、ナタリーは十分私らの力になってもらってますヨ。貴方の歌って実はかなり人気でね」
「って、エルマンはいつもそう!」たまらず地団駄を踏むナタリー。「戦うことが出来ないってのは分かってるよ。訓練なんかされてないし、力もないし。でも・・・・・・
何があったかぐらいは、教えてくれたっていいんじゃない? 例えば、昨日のこととか」
「昨日?」
「エルマンが最後にパンチ繰り出した後のところ、バーバラが全然見せてくれなかったの。勿論教えてもくれない。
私にはみんないつもそう。子供だからって、受け止めきれないからって、何も。だから・・・・・・」
ナタリーの必死な言葉をエルマンはじっと聞いていた──しばらく何事かを考え込み、ナタリーから視線を逸らす。
が、やがてその糸目がニマァ〜っと不気味な笑いの形になった。
「・・・・・・そうですか。
そこまでナタリーが言うんでしたら、教えてさしあげてもよろしいですよ」
「え?」
ちょっと待って。この笑顔は明らかに、悪辣さ極まりない金儲けを考えてる時と同じじゃないか。
「何せ人間ごときが神様に逆らっちまったわけですから、そのお仕置きたるやすごかったですよぉ〜!
まずは、力尽きたところをスティングマーダー&アシュラヴァイン軍団に囲まれ半裸になるまで触手で殴りまくられて」
「え? え? えっ??」
どこぞのお化け屋敷のニセ幽霊のごとく、エルマンは両手をブラブラ揺らして舌を出しつつナタリーを脅す。「手の甲、足の腱、両手両足の指を少しずつちょん切られ、さらに痛覚が倍ぐらい鋭敏になった状態で無理矢理再生されて、しかもそれが何べんも繰り返されましてねぇ、へっへっへ」
「・・・ちょっと待ってよエルマン」
糸目がほんの少しだけ見開かれ、鋭利な鎌のようにキラリと光る。どこからどう見ても立派な腹黒男の笑顔だ。「あぁそうそう、ウコムの鉾で片目えぐられて、もう片方は残されたまんま全てを見せつけられるハメになりましてねぇ。耳もおんなじように片側だけ削がれまして痛いの痛くないのって」
「・・・・・・あのね、私真面目に聞いてるんだけど」
「あと、赤&紫スライム口にねじこまれて内臓溶かされたりもしましたねぇ。邪術で神経は全部無理矢理生かされてるもんだからとんでもねぇことに」
「・・・・・・(ビキビキ」
額に3個ほど青筋を刻むナタリーの前で、エルマンはわざとらしくワキワキと両手指を動かしてみせる。「ちなみに最初から最後まで、奴から常に邪術系の蘇生術かけられてたんで、死ぬどころか気絶もできませんでしたよ〜♪
──ってなことを、お望みであれば微にわたり細にわたり、このシリーズ3回分ぐらいのボリュームでじっくりとねっとりとゆっくりとお話させていただいてもいいんですよ? フヘヘヘお嬢さん、ネタならまだまだいくらでも特に下半身系は拷問の満漢全席
・・・・・・って、ブフォアっ!!??」
ナタリーはエルマンの顔めがけて思い切り枕を投げつけた。「あのねぇ!! 人が真面目に聞いてるのに話大盛りに盛らないでよね!!
だいたいそんなリョナ話、誰が聞きたいってのよ!! 最低! 気持ち悪い! 変態!! フザケンナ!!!」
「ちょ、最初に聞きたいって言ったのナタリーでしょ!?」
「誰もホラーなホラ話聞きたいなんて言ってないよ! どこから盛ってるかすら全然分かんないじゃない!!」
「おぉ、いいこと思いつきましたよ。この話、主語を私でなくアイシャさんか親分さんに挿げ替えて本にすりゃ一部の好事家には大ウケでこちとら大儲け」
「やめてよー、発禁処分がオチだよ!! ていうか、二人に殺されちゃうよぉ!!」
ナタリーは怒りのあまり両腕をバタバタ振り回す。そんな彼女を見ながら、エルマンは今度は普通に出っ歯を見せて朗らかに笑った。「ヘヘヘ、良かった。元に戻ったみたいですね、ナタリー」
「・・・・・・え?」
本当だ。いつの間にか、いつもと同じように会話をしている。
「ナタリーは今のままで、十二分に私らの力になってくれてるんです。私も姐さんもそれでいいと思ってますし、むしろこれ以上はさせたくないんス。
でも、それじゃもう我慢できんのですよね。ナタリーは」
「・・・・・・そうだね。今すぐバーバラみたいに、カッコよくなりたいよ。エルマンの全部を受け止められるようになりたい」
何気なく発された、少女の真っ直ぐな言葉。もうエルマンも茶化すことなく、少女の左手に自分の右手を重ねた。
「ありがとうございます、ナタリー。その気持ちだけあれば十分です。
でも、今すぐはさすがに無理ですよ。そうですねぇ・・・・・・
詩人さんに歌を教わってみるというのはどうでしょう?」
「詩人さんに?」「あの人、戦いにゃ積極的に参加はしてくれないんですが、たまーにいい歌を歌っていただける時があるんですよ。何しろあの方神様ですからねぇ、こちらも俄然力がわいてくるんです。勝利の詩みたいなもんで」
「へ〜・・・じゃあ、私もその歌を歌えば、力になれるかな?」
「今でも十分なんですが、後ろから魔物どもに気づかれない程度に歌っていただけるとかなり効果ありかも知れませんね。例えばClass::XIO_PROCEED;とかEXEC_SPHILIA/.とかEXEC_Z/.なんか謳ってくれると嬉しいスねぇ。あ、分からんのでしたら適当にコピペしてググってくださいね。念のため動画直リンはやめときます」
「(誰に言ってるんだろう?)んー、ちょっとこれはゲーム的にも身体構造的にも難しいかもだけど、でも、やってみるよ!」
やっと納得して大きくうなずくが早いか、ナタリーはぱっとベッドから飛び降りて部屋を飛び出していく。ひとつだけため息をつき、エルマンは思い切りうつぶせにベッドに身を投げ出した。
「ふぃ〜・・・・・・何にも盛ってねぇどころか閉店セール投げ売りレベルの割引大サービスだったんスけど。
でもまぁ、分からんままで良かったです。ナタリー、貴方はまだ──子供ですから」
そして翌日。
シフ一行は再び、邪神の間へと到着した。
「シフさん。これ、お返しいたしますヨ」
エルマンは竜の眼を、おもむろにシフに渡す。「いいんだよエルマン、こいつはあんたが持ってた方が」
「いいえ。シフさん防御は無敵なんですけど意外と心の闇で動けなくなっちまうこと多いでしょ。精神耐性だけでもと思いましてね」
「そうかい、そいつはありがとうよ。だけどあんたも気をつけな、ガーディアンリングだけじゃ心許ないからね」
「大丈夫です!・・・・・・とまでは言いきれませんが、流星刀は私もシフさんも装備してますし、精霊石の杖は出来る限り皆さんお持ちですし、今回は今までにないくらい万全ですよ。あとは・・・・・・リヴァイヴァ管理ですね」
「リヴァイヴァが、どうかしたのですか」ほぼ回復・蘇生術担当のディアナが不思議そうに首を傾げる。
リヴァイヴァには欠点が2つある。1つは、一定時間が経過したらいつの間にか効果が消滅してしまうこと。
もう一つは、一度かけたら最後、かけられた本人ですら自分に蘇生術がかかっているかどうかを判別できないということだ。勿論他人の眼にも判別は不可能である。
サルーイン戦では後半になればなるほどリヴァイヴァでの蘇生が必須になるが、その効果が切れたかどうかの判別は容易ではない。従って回復役担当者は必然的に、必要のないリヴァイヴァを乱打しがちになる。その為に術者本人の生命力が切れかかることもよくあることで──今回の場合、何度もディアナが瀕死となっていた。
「ディアナさんを死なせん為にも、誰にリヴァイヴァがかかっているかは絶対に把握しとかにゃなりません。誰にかかって誰が切れとるか、私が時間を測って管理しておきますんで、シフさんそれをもとに指示をお願いします」
「エルマン、あんたは与ダメージの計算もするんだろ?」「肉体労働と同時にそんな頭脳労働、そいつァ負担がすぎますよ」
シフとジャンが止めたが、エルマンは呆れたように首を横に振る。「そうは言いますが、正確に計算できそうな方、私以外にこのパーティにいらっしゃいます?」
「・・・・・・ムカついてしょーがないけど、反論できない」ファラが吐き捨てたきり、全員が一瞬黙りこんでしまった。
だがおもむろにディアナが口を開く。「エルマン、そこまで心配することはありません。私はどちらにせよ、サルーインと刺し違える覚悟」
「貴方ねぇ・・・! 一度警告したはずですよ、今度それ言ったら」エルマンは思わず自前の偽ろば骨に手をかける。だがディアナは毅然としたままだ。「貴方に殴られたところで痛くも痒くもない。私はこの意思を曲げるつもりはありません。
殿下の為にも、父上母上、弟の為にも──」
「う・・・・・・」彼女の真っ直ぐな眼差しに、エルマンも何も言えなくなってしまう。
「貴方には分かってほしいのです。人には、自らの命を捨ててでも守るべきものがあるということを」
「はぁ〜・・・・・・ディアナさんの矜持を曲げようとした自分がアホでしたね」
肩を落とすエルマンに、ディアナは言う。「何と言われようと結構。貴方の言うとおり、私は頭は良くないですから」
その言葉に、シフは吹き出した。「いいねぇディアナ、やっぱりあんたと一緒にいて良かったよ。
ただ、考えてみておくれ。この戦いは、あたしが満足しない限り終わらないんだよ」
「!」
はっと顔を上げるディアナに、シフは告げた。「例え勝利したって、誰かが死んでいたらそんなものは勝利じゃない。あたしがそう思ってる限り、あんたは死ねないさ」
「あぁ! そそ、そうでしたねぇ〜! 無駄な議論でございましたぁ、ヘヘヘ」
「てことはさ、ディアナが死んじゃったらどっちみちあの神殿に戻るってことだよね? さすがにそりゃもう飽き飽きだなぁ、同じことの繰り返しじゃん」
「だとすればやはり、エルマンさんにしっかりと命の管理をしていただかないといけませんね。私も早く、下界の酒が飲みたいです」
「・・・・・・そうね。ならば、仕方がありません。シフの矜持は私のそれよりさらに曲げられないですから」
一つため息をついたディアナを前に、エルマンは懐から算盤を取り出した。「へへ、決まりスね。であれば皆さん、少々手間賃を頂きたく・・・・・・ゴフェッ!?」
ファラの肘鉄がエルマンの頭を直撃する。「もう! アンタはここに来てまでそればっか! 全てはサルーインを倒してから、そうでしょシフ!?」
「そうだよ! 今度こそ完璧に、全員でサルーインをコテンパンにのして帰ってやろうじゃないか!!」
作戦は基本的に、エルマンがオーヴァドライヴ役を担っていた時と変わってはいない。
一つ大きく違うのは、エルマンはローザリア術法士ではなく剣士となり、エスパーダロペラとモーグレイを縦横無尽に使えるようになっていることである。これにより、オーヴァドライヴが出来ないかわりに彼の攻撃力は大幅にアップし、さらに剣が壊れる心配も少なくなっていた。時間操作術を使わなくとも、彼は立派にチームの要となっていたわけである。
第一形態開幕直後にそのエルマンが神威をまともに喰らって倒れ、全員に緊張が走ったものの──それでもファラのウコムの鉾で、素早く彼は起き上がることが出来た。
リヴァイヴァ役はファラとディアナ、そして可能であればエルマンもリヴァイヴァ役に回る。シフはグランドスラム、ジャンはひたすら剣閃。防がれやすい大振りな技は出来る限り避け、変幻自在やかすみ二段、払車剣など回避されにくい技でサルーインを攻める。これで今までの第一形態の突破率は、ほぼ100%に近かった。
ただ一つシフの気がかりは、一度絶空閃を喰らい全員のリヴァイヴァが解除されたこと。
サルーインの剣技である空閃は魔法盾解除の効果があり、したがってリヴァイヴァも解けてしまう。これまでは城塞騎士のジャンを最前列に置き盾とすることで他4人のリヴァイヴァ解除を防いでいたが、絶空閃となると話が違う。ジャン一人のみならず、全員の魔法盾が容赦なく引き剥がされてしまうのだ。
一度でも喰らえば当然リヴァイヴァ役のディアナの負担は上昇し、彼女のLPも徐々に削がれていく──そんな状態で、戦いは第二形態へと移行した。
シフがひたすらグランドスラムを続け、ディアナはリヴァイヴァと聖杯と魂の歌で徹底して回復に回る。他3人は無我夢中で攻撃を続ける──「エルマン! 与ダメージは!?」
「い、今66000を超えました! そろそろゴッドハンドに注意っすよ、皆さん!」
言いながらエルマンは胸元から帳簿を取り出す。もはや計算表がわりとなっている帳簿を見ながら彼は告げた。「ディアナさん、もう少しでシフさんとジャンさんと私のリヴァイヴァが切れます。ファラさんはまだ大丈夫ですが・・・・・・
って、うはぁっ!!??」
エルマンがディアナを振り向いた瞬間、彼女はゴッドハンドに捕らえられ見事に餌食となる。続いてエルマン自身にもゴッドハンドが飛んできてなす術なく握りつぶされた。
だが二人とも、次の一瞬にはもう立ち上がる。間断なく蘇生術をかけていたのが功を奏していた。
シフがグランドスラムをぶっ放しつつ、すかさず指示を出した。「ファラ、すぐにエルマンにリヴァイヴァ! ディアナは自分に、行けるかい!?」
「・・・・・・問題ありません、大丈夫!」
そう言ってのけるディアナの頬は、既に青白くなり冷や汗が噴き出している。明らかにLP切れの前兆だった。
「ディアナさん・・・・・・!」唇を噛みつつ変幻自在で邪神を斬りつけるエルマンを後目に、ファラとディアナのリヴァイヴァが発動する。ディアナのLPはさらに削られて、彼女は息切れを起こしかけていた。
「まだ・・・・・・まだ、大丈夫。エルマン、与ダメージは」
「そろそろ、8万超えてきます! ディアナさん、もうリヴァイヴァはファラさんにお任せして」
「8万か。ここまで来たのは初めてだね!」
シフはぐっと奥歯を噛みしめ、非情の決断をした。「ディアナ、まだ行けるのは本当だね? なら、ファラは攻撃だ」
「えぇえ!? で、でもディアナが!!」
「つべこべ言うな! 残りHPはもう1万を切る、ここで攻撃しない手はない! ディアナはジャンにリヴァイヴァの準備を・・・・・・」
シフがそこまで叫んだところで、邪神の手から闇が迸る。勇者たちをあざ笑うかのように発動したその技はヴォーテクス──
全魔法盾解除の術。勿論、薔薇騎士の少女がその命を削ってかけた蘇生術も全てが邪術に吸収されていく。
「う・・・・・うへぇえ」「流石は邪神、その名は伊達じゃないってワケだ」エルマンとジャンはその凶悪さに、最早笑うしかない。それでもディアナはためらわずにリヴァイヴァをジャンにかけ、シフはグランドスラムで神の柱ごと床を叩き割った。
だがその時、遂にディアナは片膝を折ってしまう。どんな状況になっても決して折れようとしなかったディアナの表情が絶望に歪む──ちょうど数か月前、イスマス城でレッドドラゴンと相対した時のように。
それを見てシフはすぐに叫んだ。「エルマン、今の与ダメージは!?」
「83000超えました! ですが・・・・・・これ以上のリヴァイヴァはもうディアナさんには無理ッス!」
「よし。ディアナあんたはもうリヴァイヴァ禁止だ、回復術でみんなをひたすら回復! ファラはディアナ、エルマン、最後にあたしの順でリヴァイヴァ。とにかくあと少し、全力で行くよ!」
シフは言うが早いか、もう何十度目かになるグランドスラムを叩き込む。ファラの、ディアナへのリヴァイヴァも発動する。
だが、最後の攻撃体勢に突入しようとした彼らの隙を、サルーインは見逃さなかった。
<甘い、全く甘いな人間どもめ!! 何度やろうと同じと、何故分からん!!>
エルマンにとっては通算百何十度目になるか知れないゴッドハンドが、ジャンとディアナを襲った。
閃光となって飛び出したジャンがその一撃目をスキアヴォーナで叩きはらう。「全く、馬鹿の一つ覚えか! ディアナさん、避けてください!」
「ジャン・・・・・・駄目、逃げて」
「やめてくださいよ。平和の礎たるローザリアのお妃様をむざむざ見殺しにしたとなりゃ、帝国親衛隊の名折れですからね!」
「ローザリアは、帝国の敵・・・・・・何故、貴方はそこまで」ジャンの背中に思い切り倒れそうになる身体を必死で支えつつ、ディアナは呟く。
「驚いたなぁ、この期に及んでまーだそんなことを仰るとは。いいですか、私が皆さんをお守りするのに理由は・・・・・・って!?」
だが神の拳はそんな会話を最後まで許すほど、甘くはなかった。
見くびっていたはずの人間によって追い詰められ、精神的余裕を失った邪神は猛り狂い、次から次へとゴッドハンドの嵐を繰り出してくる。さすがのジャンもこれを防ぎきることは出来ず、彼もディアナも次々にその身体を神に握りつぶされた。
何とか彼らは蘇生術によって立ち上がったが──もう、ディアナは瀕死だった。
「エルマン! 後どのぐらいだ!?」グランドスラムを力いっぱい炸裂させ土砂を巻き上げながら、既に悲鳴に近いシフの絶叫が響く。「86000超えてきました! もうちょっと・・・・・・本当にもうちょっとですっ!!」
そんなエルマンの叫びも虚しく、神の拳は土煙の中から飛んでくる。今度もまた──帝国の騎士、ジャンに。「ジャンさん、逃げてぇえ!! ジャンさーん!!!」
「大丈夫エルマンさん。こんなもの、もう見切ったと言ったでしょう!!」
その言葉通り、ジャンはゴッドハンドの1撃目をまたしても見事に叩き落した。続いて2撃目がエルマンに来襲したが、それすらもジャンは撃ち落とす。
「じゃ、ジャンさん・・・・・・2発連続って、ななな何という。金取れますヨ、コレ」
「ありがとうございます。エルマンさん的には最大級の賛辞ですね!!」
エルマンとディアナを背中で護りながら、ジャンは三たび襲いかかってくる拳に向かって構える──だが、その右脚にはゴッドハンドの余波かいつの間にやら大きく縦に裂傷が出来ており、それが明らかに彼の動きを鈍らせていた。
そして、生じている僅かな隙を逃すような邪神ではない。ジャンは呆気なく巨大な拳に捕らえられ──またしても握り潰された。蘇生術が解除されたところに来たゴッドハンドの一撃で、誇り高き帝国親衛隊員は遂に床に崩れ落ちる。「くそ・・・・・・なんてこった」
「あ、あぁ・・・・・・!」エルマンが悲鳴を上げる中、それでもシフは何かに憑かれたかの如く天空の床を、柱を割り続ける。「エルマン、しっかりしな! 状況は!?」
「い、今87500ちょっとです!!」
「じゃあ、あたいがやりゃあ全部終わりってことだね!! 行くよっ!!」
ファラが威勢よく飛び出し、ダークの剣でサルーインを超高速で切り刻む。縦に一回転宙を舞い、華麗に着地するファラ──「まだっす、あと500・・・・・・っ!!」
渾身の力を振り絞り、エルマンはエスパーダロペラで音速の刃による変幻自在を叩き込んだ。
──これで。
「これで、全部終わる。全部終わりっすよね、姐さん!!」
そんな願いを込めての、滅茶苦茶なまでのエルマンの斬撃。一つの反撃も許さないこの刃の嵐に、邪神の巨躯はぐらりと揺れる。だが──
「・・・・・・な、何で?
あいつ、倒れないよ!!??」
「ば、馬鹿な! 既に与ダメージは9万を超えたはずっス、どうして・・・・・・」
「気にするな、計算上の誤差だろう!? グランドスラムの衝撃波が来れば!!」
シフの言葉に応えるように、大きく地面が揺れる。無数の雷撃にも似た衝撃波が次々に邪神を襲った。一度地面を叩き割り、その衝撃が大地の奥深くに届くことでさらなる大震撃を齎す──それが、グランドスラムの真髄。この奥義はこれまで神の柱の破壊の為、サルーイン戦にて大きな要となっていた。
だが、それでも──この一撃を喰らっても、なお。
「あいつ、まだ・・・・・立ってる!!?」
「そんな! だって、もう計算上の数値は93000を超えてるんスよぉおおお!!! なんで、なんでぇええ!!」
パニックに陥りかけるエルマンを、シフは怒鳴った。「静かにしな! この土煙がおさまるまで待て・・・・・・あとちょっとなのは確かだろう?」
「冗談じゃないよ、こんなトコで計算違いとかやめてよね!」
「いや・・・・・・」エルマンはこの状況に、流石に唇を出っ歯で噛まずにいられない。
どうして。どうしてだ、この誤差は一体どこから生じた? そして、誤差は果たしてどの程度あるのか? エルマンは帽子から湯気が出るほど電光石火の速度で脳をフル回転させ──ある結論に辿りついた。
「恐らく、変幻自在による超高速の剣技が誤差の原因ス。
多段技の中でも特に変幻自在は、あまりに一撃一撃が速すぎてそれぞれの攻撃の威力を掴むのはとても難しい。初撃は何とか肉眼で見えますから、そのダメージを把握できればどーにか推測値を出せるんです。メルビル図書館で調べたところ、変幻自在1回分のダメージは初撃の威力の10.1倍。だからこれまではその推測値でダメージ計算してたんですが・・・・・・
そうすると当然、空振りした分は計算に含めることが出来ないんす」
「・・・・・・それって、あたいのミスってこと? あたい相当空振りしたし」
いつもの快活さを全く失ったファラの呟きが流れる。だがそれをエルマンは即座に否定した。「違うっす、私のミスです。
変幻自在を何度も撃ちまくって空振りまくったのは私もファラさんも同じですし、空振り分まで見極められんかったのは完全に私のミスです。
これを見越して、初撃10.1倍でなく10倍で計算しとったのに、誤差はそれすら超えてきちまった」
「御託はいらないよ。あとちょっとなのは間違いないんだね」
とは言いつつもシフには迷いが生じていた。虫の息でふらふらになりながら精一杯立とうとしているディアナ、そして倒れ伏したジャン。彼らを放置してもよいものか、攻めるか、守るか──
そんな彼女に、血を吐きながらもジャンは言ってのけた。「シフさん、構いません。攻撃してください」
「でもね、ジャン!」
「私にアニメートが来れば、サルーインの多段攻撃のうち一手は潰せます。さ・・・・・・今のうちに!!」
倒れてもなお、自分に攻撃を寄越すことで邪神の魔手から仲間を護ろうとする騎士。そんな彼の一言で──
シフはろばの骨を掴み再び立ち上がる。「エルマン、ファラ。攻撃だ」
「え!? で、でもジャンさんの回復が・・・・・・」
「聞こえなかったのかい? 攻撃だよ」
やがて、土煙に覆われていた空気が少しずつ明るくなる。その向こうに見えるものは──冷酷に光る邪神の双眼。次に来る一手はジャンへのアニメートか、それとも全員へのゴッドハンドか──
「行こ、エルマン」真正面に現れた相手を睨みつけながら、ファラはぎゅっとエルマンの手を握る。「あたいはまだ変幻自在撃てる。あんたは?」
「私は──かすみ二段くらいなら、何とか!」エルマンも彼女の手を支えに立ち上がった。「今度こそ最後にしてやりますよ」
ここまで来たら選択肢は一つしかない。一つしかあり得なかった。
「いいね。クジャラート人の意地、見せつけてやろ!」
まずファラが大きく飛翔し、最強の曲刀の切っ先が音速を超える勢いで何度も何度もサルーインを切り刻む。炸裂する無数の刃の間を縫って、エルマンが全速力で駆け抜けロペラを構える──
それは、ファラとエルマンが生み出した連携技・変幻二段。「今度こそ・・・・・・おつりは、要りませんッ!!!!!」
エルマンがサルーインの横腹を斬りぬけた次の瞬間──
最強の邪神は、激痛による悲鳴を上げて最後の反撃に出た。
それは、神の柱を全て破壊し戦士たちの頭上に降らせる「剣の雨」。
だがその攻撃は、あくまで、最後の一撃でしかなく──そして柱全てを壊す力も、もうサルーインには残っておらず。
遂にシフたちは、時間操作術を使うことなく、真なる邪神を打ち倒すことに成功した。
「あの、姐さん」
「なぁにエルマン」
「私ら、確かに真サルーインを倒したんスよ」
「そうね」
「しかも、オーヴァドライヴ一切使ってないんスよ」
「そうね。素晴らしい快挙だったねぇ」
「・・・・・・じゃないでしょーーーーー!!!???
あそこまでやったってのに、どーして、どーして、どーーーーーーーしてぇ!!!!!
私らまた、この神殿に戻ってきちまってるんですかい!!!!???」
エルマンが大騒ぎに騒いでいるとおり──
シフたち5人は、またしても天空の神殿に戻されていた。バーバラとナタリーと詩人がいるのも最初と全く同じだ。エルマンは大泣きに泣き喚きながらバーバラの膝に縋りついて彼女の身体をぶんぶん揺さぶっている。
「まぁまぁエルマンさん、落ち着いて落ち着いて。勝ったのは確かですからいいじゃないですか」
「いいわけありませんよぉジャンさん!! 勝ったことにすらされてないんですよぉ、もぉおおおおおおお!!!
一体どうやったら私ら下界に戻れるんですかぁあ、どうやったらこの無限ループ脱出できるんすかぁああああああ!!!」
「そうだよねー、あたいもだんだんエルマンが可哀想になってきたよ」
「私もです。それに、流石に疲れました・・・・・・」「だよねー、特にディアナは毎回LP切れかかってたもん」
ファラとディアナは顔を見合わせつつ、神殿から少し離れた場所に佇むシフを振り返る。
陽の光を燦々と浴びながら、バルハルの女勇士は大きな背中を一行に向け、天空を眺めたまま動かない。その全身の筋肉は出発前よりさらに盛り上がっているようにも思える──
「シフ。やっぱり、もしかして、あんた──」エルマンの泣き声をバックに、バーバラはシフに声をかけた。流石のバーバラも少しばかり顔が引きつり声が震えている。
「そのやっぱりだよ、バーバラ」シフは背中で答える。「申し訳ないけど、あたしはやっぱりまだ満たされないみたいだね!!」
「みたいだね、じゃーないでしょおおおおおおお!!」最早シフへの畏怖やらプライドやら誇りやら何もかもかなぐり捨ててエルマンは猛抗議を開始した。「一体どーやったらシフ様満足していただけるんスか、ここまでやって駄目だなんてもう私しゃ知りませんよぉおおおおお!!! 貴方一体どこまで常識っぱずれの戦闘狂、ううううぅうう・・・・・・」
そのまま彼は地面に両手をついて涙をぽろぽろ流しまくる。「もう、あんな痛い目見まくるのはコリゴリなんです!! 皆さんだってそうでしょ、あのゴッドハンドやら術法連携やら心の闇やら神威やらアニメートやら何度も喰らいたいなんて奇特な方おらんでしょ!?!?」
これには全員顔を見合わせてうんうんと頷かざるを得ない。「そりゃあそうです。痛いのは皆嫌ですよ、エルマンさん」「ねぇシフ、今からでも地上には戻れないの? あたいもゴッドハンドは怖いし嫌だよぉ」「私ももう、アニメートや心の闇で醜態を晒したくはないのですが」
「シフ。やっぱりこれ以上はみんながもたないんじゃないかな」バーバラも加勢したが、シフは首を横に振るだけだった。
そして彼女の口から発されたのは──驚きの宣言。
「大丈夫さ。
もう一度、真サルーインとはやってやる。
ただ、もうみんなを危険に晒しはしない。あんな痛い目には二度と合わさない!」
「へ? どど、どういうことですかい?」「シフさん、いくら宣誓したところで出来ないことは出来ないんですし・・・・・・」
ぽかんとする一行を、シフは満面の笑顔で振り返った。「今度は、時間操作術を思う存分使ってやろう!
オーヴァドライヴだけじゃない、クイックタイムも使ってみるんだよ。今までやられた分、時間を止めて好きなだけ奴を殴りまくろう。
そうすれば、奴は何も出来ずにお陀仏だ!!」
全員が呆気にとられてこの言葉を聞いていたが──やがて。
「そ・・・・・・それ最高!!」いの一番に乗ってきたのはファラだった。「凄くない!? あれだけ痛い目見てやっと倒したサルーインを、今度は何もさせずにぶん殴れるなんてさ!!」
「え、ちょ、ファラさん!?」
「確かに、悪い考えではないですね」ディアナも考え込む。「イスマスを破壊され父と母を奪われた怒りは消えるものではありませんが、無力化した邪神を叩き潰すことで少しでも蟠りが晴れれば・・・・・・」
「いや、ディアナさんまで!?」
「そーですねぇ、そういえばモーグレイも結構何本も鍛えてるんですし技も結構覚えましたし、時間操作でヤツの動きさえ止めれば皆さんの最強両手大剣5連携を叩き込むことはできますよ! 私らの真の力を見せつけてやりましょう!!」
「ジャンさんまで乗らんで下さいよぉおおおおおお!!!!」
いきなりノリにノってきた一行を必死で止めようとするエルマンだったが、そんな彼の肩をバーバラがぽんと叩いた。
「落ち着きなよ、エルマン。よくよく考えてごらん──
あんたさ、どれだけ今までサルーインに痛い目にあわされた?」
「だからこそもう痛い思いはしたかないんスけど!!??」
「同じ思いを、あのクソ猿にさせてやりたいとは思わないかい」
「・・・・・・それは」バーバラの言葉に、エルマンは一瞬静かになる。
「あんたがイヤなら、私が行ってもいいくらいなんだけどねぇ。よくもまぁあれだけ握りつぶしてくれたモンだよ、ウチの会計を」 「あ、バーバラ! それなら私も行きたいー!!」「ナタリー、貴方は貴方だけは絶対にダメですぅっ!!! つーか姐さんさっきから顔コワすぎっす!!!」
バーバラはそんなエルマンの両肩を掴み、少し屈んでじっと正面から彼の糸目を見つめた。「それに──もしかしたら。
またヒントが見つかるかも知れないよ」
「ヒント?」真っ赤になった糸目をこすりながらエルマンは尋ねる。「ここまで来て、ヒントも何もあるんですかね・・・・・・」
「だって、考えてごらん。時間操作術を使うってことは、それだけ早くサルーインを倒せるってことじゃないか。
私もクイックタイムはあまり見たことないけど、あれはオーヴァドライヴよりもっと凄い時間操作なんだろう?」
「確かに、止まった時間の中で自分だけでなく味方全員が動けますから、かなり早く倒せるっちゃあ倒せますが」
「うんと早く倒せば、もしかしたらこのループも・・・・・・ってこともあるかも知れないよ?」
それを聞いて、エルマンはうーんと考え込む。バーバラはさらに後押しした。「正解じゃないかも知れない。だけどね、色々試してみるのはアリだと思ってる。
それにさ・・・・・・あんた、サルーインにもらったおつり。まだ返し切れてないだろ?」
その言葉が最後の一打となったか──エルマンは右袖でごしごし乱暴に涙を拭き、きっぱり顔を上げた。
「分かりました。分かりましたよ!!
もうこうなったら、アビスの底の底までついていきますよ! 全くもう」
「よぉし、決まりだね! みんな悪いけど、もう少しつきあってもらうよ!!」
雄叫びを上げるシフのもとに、ジャン、ディアナ、ファラが嬉々として集まっていく。エルマンもそれを見てため息をつきつつ、走り出す。
「そのかわりシフさん! もし私にゴッドハンドが来たら1回1万金支払っていただきますからね!!
それから心の闇は1回5000金、あと術法連携は・・・・・・」
「あーもう相変わらずだねぇあんたは! そんなことはあり得ないから大丈夫!!
みんな、やるよ!!」
次回、〜真サルーイン戦、いっぱいやるよ!!〜に・・・・・・つづかない。
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