CE73.12.** (phase-16)
そういえば避難中少し、サイと話が出来た。
フレイと共にいられる、話が出来る、触れ合えるだけで、どんなことにでも耐えられる──アスランは、そんな感情を僕たちに対して抱いているだろうか。そこまで思ってくれれば嬉しいけど、サイ、多分アスランは君とは違う。
君は優しい。姫は確実に君に魅かれてる。その気持ちが、僕たちには理解出来てしまう。
姫が望むなら、姫を君に委ねても構わないとさえ思うことがある。でも、それは絶対叶わない願いだ。
だから、君はもう何もするな。これ以上、姫の心に入っちゃいけないんだ。ハーモニクスシステムの要、その役目さえ果たしてくれればいい。でないと君は、消されることになる。
CE73.12.**
とりあえず、アスラン・ザラとシン・アスカを捕縛し、ちょうど救援にやってきたオギヤカと合流。ここまでは予想通りだったけど、オギヤカに御方様がいらっしゃったとは……
やっぱり二つのSEED、そしてナオト君という新たなSEEDがお気に召されたのだろうか。
姫は御方様と謁見。案の定、姫の心は御方様には筒抜けのようだ。さすがは血縁といったところか……
アスランとシンの身体を調査した後、彼らは帰還させた。勿論、記憶は消去して。
CE74.1.**
アークエンジェルが動いた。ダーダネルス海峡での連合とザフトの戦闘に介入を行なったらしい。
オギヤカから離れた後、アークエンジェルを追って準備をしていたら、今度はディオキア基地にフリーダムが現れたとの報告。全く、さすがはSEED保持者だ。こちらの予想を遥かに超える動きをしてくれる。
サイとティーダを使い、フリーダムをおびき寄せる。そこで黙示録がうまく起動してキラを捕らえられれば御の字だけど、うまくいかなかったら、その時こそ遂に僕らの「フレイ・アルスター」の出番だ。
CE74.1.** (phase-17〜19)
予想に反して、フリーダムは単独ではなくアークエンジェルを伴ってやってきた。さすがに向こうも少しは自分たちのやっていることを自覚しているのか、多少の警戒はしているらしい。そして予想通りというか何と言うか、やっぱり黙示録はうまく起動しなかった。ナオト君が拒絶したらしい。
姫はフリーダムの性能をひとしきり試しSEEDの健在を確認後、怪我を偽装して自らキラ・ヤマトの前に姿を現した。「フレイ・アルスター」を降ろし、キラに呼びかける。アークエンジェル、ドミニオン双方から回収されたフレイ・アルスターの音声データをこれでもかと分析した結果、用意できた台詞。今この瞬間の為に準備してきた言葉。それを次から次へと絶妙なタイミングで投げつける。戦闘ログを見返すだけでも怖い、僕なら絶対に相手にしたくはないね。
結果、黙示録抜きで完璧にフリーダムは無力となった。ティーダが妨害してきたけれど、姫はまるで気にしなかった──
だが、ここでまた予想外のことが起きてしまった。僕たちも信じられなかった。多分映像を見なければ、世界中の誰も信じないだろう。
サイが、衝突寸前のフリーダムとアフロディーテの間に、身体一つで立ちはだかったんだ。
CE74.1.**
ここからのアークエンジェルでのやりとりについては、僕は映像と音声データのみの記録しか見ていないので、全て伝聞という形になる。それでも、キラ・ヤマトとアークエンジェルに関しては十分すぎる記録だ。
サイについては、姫とマユが何とか護りきった。おかげで戦闘は停止したけれど、こちらの予定も狂ってしまった。本来は、フリーダムの機能停止後キラを捕縛、人質にした上でアークエンジェルごとアマミキョと合流、オギヤカに連絡……の予定だったんだけど。余計なミッションをやるハメになってしまった。
とりあえず、曲がりなりにもアークエンジェルの潜入には成功した。マユを使ってサイをキラから離し、姫と接触させる。やはり「フレイ」を降ろした状態で。
とはいえ、この時降ろした「フレイ」は、数多く用意した彼女の性格パターンでは最もエキセントリックなものだった。キラとの直接の接触において、姫がずっと温めておいたものだ。「キラを憎みきり、サイには何の関心も持たず、クルーゼに心酔する」パターン……キラに最大のダメージを与えうる性格パターンだ。
これをやった結果、興味深い事実が判明した。
まず、サイが推測していた通り、フレイ・アルスターはキラに真実、魅かれつつあったこと。少なくとも、彼女が心からキラを理解しようとした兆候はあったこと。
そして、今のキラ・ヤマトにとって、ラクス・クラインが絶対不可欠な存在であること。ラクスが居らず、フレイに攻撃されたことでキラの精神は非常に脆弱なものとなってしまった。ラクスが不在である限り、キラは行動の軸となるものを失ってしまう。
さらにもう一つ。キラ・ヤマトは、極限まで進化してしまった自分に不安を抱いていること。
……これだけ判明すれば、もう十分だ。
同時に、ティーダにも異変が発生した。遠隔操作モードで起動してしまったのだ。
既にナオト君とマユに、ティーダはそこまで侵食していたのか。ナオト君の感情に何らかの強烈な刺激が入ったことによって、ティーダは動き出した。それは当然、フィードバックの影響を強く受けているマユにも伝播した。その証拠に、約12秒間だけ「チグサ」が覚醒した形跡が見えた。
サイについても、少し判ったことがある。姫が「フレイ」の憎しみをサイにも叩きつけてみた時、判ったそうだ。
彼は、死にたがっていた。フレイ・アルスターと一緒に、死にたかったんだ。
CE74.1.**
ミッションはラストフェイズへ移行した。あらかじめ把握しておいたミリアリア・ハウの情報を、ザフトのディオキア基地へ流しておく。勿論、アークエンジェルと内通する者として。
ザフトが彼女を拘束して、彼女を人質にアークエンジェルを脅せば、アークエンジェルは動かざるをえない。ザフトも防衛線を敷いている、激戦は必至だ。でもアークエンジェルとしては、ダーダネルスを前にして、出来る限り損失は最小限に抑えたい。
となれば、ここで僕たちアマミキョの出番だ。あらかじめ用意しておいた監視装置をアークエンジェルに取り付けることを条件に、ティーダとアフロディーテ、アマクサ組が出動するというわけ。
アークエンジェル側がこれを拒否する理由なんてどこにもないはずだ。だって貴方たちは、悪いことは何もしてないんだろう? 少なくとも、悪いことをしているという自覚はないんだろう? だったら、監視装置の100や200ぐらい、我慢しないとね。
僕たちは自覚がある。僕たちのやっていることが、許されるものではないという自覚が。だから、邪魔をするものは排除するし、不要なものは捨てるし、必要なものは奪取して利用する。最終的に僕たちにも罰は下る、それもチグサ計画の一環だから。
拘束されていたミリアリアをミゲルが救出し、アフロディーテとカラミティに援護されつつティーダがかっ攫う。ミゲルの役回りは本来トール・ケーニヒであるべきだったんだけど、姫がまだトールの出動は早いというから、仕方ない。多分姫は、サイをこれ以上混乱させたくないんだろう。おかげさまで僕はまたミゲルの義手の製作をすることになったけど。
収録映像を見ると、まるで一昔前のB級映画みたいだった。お膳立てしたのは僕たちだけどね。最終的にヒロインを助け出したのはサイだった。
だけど、ミリアリアはヒーローの元には降りなかった。そのままアークエンジェルに搭乗してしまったのだ。
別に大勢に何ら影響はないからいいのだけど、女性の心理というのは本当に判らない。ミゲルは、彼女は自分の無力を実感したからだと言っていたけど、だからといってそこまで力のある者を欲するというのか。今や国際的なテロリストでしかないアークエンジェルを。ティーダでの会話データを聞いていても思った、そこに君の正義はあるのかい、ミリアリア?
それはともかく、サイのことについても対応を変更する必要が出てきた。死にたがりにアマミキョの中心になられては困るからね。
船内の悪意はかなりおさまったとはいえ、まだサイに対するわだかまりはある。ハーモニクスの値は収束されてきたとはいえ、ベクトルはマイナス方向だ。ここで一気に、その偏見を180度ひっくり返してしまおう。幸い、ティーダのおかげでいい映像は揃った。
というわけで、映像を編集して、ナオト君に公開してもらった。船内の反応は面白いほどに予想通り。
そのかわり、サイにはティーダから離れてもらう。このままにしておけば、いずれ彼は命を落としてしまう。彼自身の望みどおりに。
貴方に死なれてはまだ困るんだ、今はまだ。
CE74.1.**
キラ・ヤマトをどうするか。これがこのミッションにおいて最大の問題だった。
結論からいうと、キラをこのまま拘束するには時期尚早な上、危険極まりないというのが姫の判断だった。それに恐らく、僕個人の見立てだと、接触の過程のどこかでキラは気づいている──フレイ・アルスターの正体、つまり姫に。
このまま監視しておいて、時期が来たら奪取するのが最善だというのが、姫の意見だった。それに、このままどこまでキラ・ヤマトが突き進んでしまうか見てみたいという姫の希望もある。
こんな姫のやり方を放置したということは、御方様も恐らくキラの行く末を見届けたいのだろう。究極のSEEDが、どこまで世界を壊していくかを。
それはともかく、今逃したとして、今後どうやってキラを確保するか。ラクス・クラインが一緒になった時を狙うのがベストなのだけど、どうシナリオを書くか。
今回のミリアリア・ハウの件で分かったように、アークエンジェルとその一派は外からの攻撃には無敵だけど、内側から突き崩すのはとても簡単なんだ。だから、いくらでも手は考えられる。ザフトも連合もオーブも、彼らを真正面から叩こうとするから失敗するんだよ。
幸い今回のことで、アークエンジェルの情報はいくらでも手に入るようになった。もう彼らは僕たちのものも同然だ。今後彼らがどんな突飛な真似をしたとしても、全ては僕たちの手の中だ。
だってラクス・クラインは、既に御方様のものなのだから。
CE74.1.** (phase-20)
姫は、僕たちを置いて私情には走らないと言ってくれた。別に僕たちは構わないんだ、姫にとってみればこれは多分、初恋なんだから。だけど御方様がどう捉えるか、これが問題だ。
御方様は、キラもラクスもフレイも、自分のものにしたいんだ。ラクスはキラのもの、だけどフレイもキラのもの。「フレイ」から愛するキラを奪い、キラと「ラクス」は「フレイ」の前で愛を育む。それが御方様の、姫への愛であり憎しみなんだ。陛下の愛を奪った姫への──
そのシナリオを完成させる為には、姫のこの恋は明らかに邪魔だ。姫だって分かっているはずなのに──でも、どうしたって止められないんだよね。生殖機能を最初から失っている僕には分からない種類の感情かも知れないけど。
僕は姫が好きだけど、その「好き」の感情と、姫がサイに抱く「好き」の感情は明らかに違う。それぐらいは分かるつもりだ。それがどんなに危険な感情かということも。
なのにサイは、そんな姫の気持ちも知らずに、まだ姫が「フレイ」だと思って安心している。姫が命がけで自分を守ったから、まだ「フレイ」が姫の中にいると確信したみたいだ。
違う、そうじゃない。今サイを愛しているのは姫だ、フレイじゃない。
全部バラしてやりたくもなったけど、そんなことをすれば姫に殺されるのは勿論、サイがハーモニクスシステムの要として機能しなくなる危険性もある。
サイは自分で、正解にたどりつかないといけない。彼のデータがアマミキョの中で収束し、全ての感情を正しい方向へ導き、コアを熟成させ依代におさまるまでになるには、どうしても超えないといけない壁がある──姫はそう言っていた。
それは確かに事実かも知れないけど、姫の目的は多分違う。姫は、サイに自ら真実にたどりつき、自分を取り戻してほしいだけなんだ。自己を簡単に犠牲にするような破滅的な行動を繰り返してほしくない、それだけなんだ。
僕たちもそう。姫にこれ以上、サイに深入りしてほしくない。無駄だと分かっていても。だってこのまま行けば二人とも、破滅してしまうよ。
CE74.2.**
ユウナ・ロマ・セイランがアマミキョに乗り込んできた。どうやらアークエンジェルのことがご不満らしい。僕たちはちゃんとオーブ軍にもアークエンジェルのことは連絡したはずだ、これは嘘じゃない。内部のアスハ派に握りつぶされることまで予測済みだったけど、そこまでは僕たちの関知するところじゃない。結果的に、セイランに大恥をかかせたのはいい気味だ。
間もなく、連合が動いた。ヨーロッパを完全掌握するべく、あの戦略兵器・デストロイを持ち出してきたんだ。いずれこうなることは分かっていたけど、僕らのそばでやられるのは勘弁だったな。
そして、イヤな予感は当たった。ベルリンから東へ約200キロといったところで、僕たちはデストロイの攻撃に巻き込まれてしまったのだ。
さらに言うとこの時、ティーダではデストロイ・パイロットの感情まで捉えてしまった。なんと、パイロットはあの、ステラ・ルーシェ。マユも、顔見知りとこんな処で会うなんて思わなかっただろう。
フィードバックシステムもこの時、その性能を既に10%近くまで発揮していた。ステラの恐怖の感情もその増幅に一役買ったとはいえ、マユとナオト君にかかったフィードバックの影響による負担は凄まじいものだった。
戦場での痛みの感覚がシステム稼働率の分だけパイロットに行ってしまうこのフィードバックシステムは、実戦ではとても使えるものじゃない。戦場の状態にもよるけれど、この時の状況から考えるとシステム稼働率が12%を超えた段階で、パイロットの生命維持に支障が出たはずだ。だから、Nジャマーの強すぎる場所ではティーダを使いたくなかったんだけど……こんな状態で稼働率を100%以上にしたら、パイロットは命が幾つあっても足りないよ。
その上最悪なことに、こちらの感情までがステラに伝播してしまった。ナオト君の怒りに触れて刺激されてしまった彼女の感情は、僕たちを攻撃してしまったんだ。
CE74.2.**
アマミキョは中破して、ハーフムーン付近に不時着した。ブリッジも損傷し、リンドー副隊長が重傷を負ってしまった。
そろそろ、名実共にサイをアマミキョの要とすべき時が来たということか。偶然にも、セイランがサイを副隊長代理にしようと言い出したので、姫は早速それに乗った。まだ多少の嫉妬やわだかまりがあるとはいえ、アークエンジェルでのサイの映像は見事にクルーの心を捉えた。元々オーブ国民って、自己犠牲を美化する傾向があるからね。ウズミ・ナラの例を見ても分かるとおり。
CE74.2.** (phase-21)
マユがティーダの中で口走っていたステラ・ルーシェのことが気になったので、僕は一応調べてみた。そしたら、興味深い事実が判明した。
さすが最初のデストロイパイロット。チグサに替わる依代になりうるデータだ。
これはもしかしたら、姫の新たな希望になるかも知れない。それに、依代は出来れば多い方がいいに決まっているし、御方様への報告も問題ないだろう。
しかも、シン・アスカと彼女は顔見知りだった。ラスティに言わせれば、実に興味深い運命の出会い。これを利用しない手はない。
僕たちの次のミッションは、決まった。どうかステラが生存していますように。少なくとも、大脳の40%以上、身体の20%以上は無事でありますように。
マユの状態は気になるけれど、僕たちはステラを優先する必要がある。御方様からの正式な命令も下った。任務の性質上、最小限の人数で──つまり、ミゲルと姫でこのミッションは行なうことになるから、姫はアマミキョを離れることになる。
山中のザフトの残党が気になるけど、恐らく彼らは衰弱しきっている。ティーダとカラミティは置いていくし、山神隊やオーブ軍の護りもある。偶然か必然か、スティング・オークレーもアマミキョに収容された。彼がもし戦えれば、これほど頼りになる味方はいないだろう。
ただ、地熱の上昇が気になると姫は言った。確かに、地殻変動にしては急激すぎる数値だ。出来るだけ早く姫が帰ってきてくれるといいけど。
CE74.2.**
またしても、イヤな予感が当たった。ザフト残党の連中は、核を破壊したニュートロンスタンピーダの機能を応用して、地中のニュートロンジャマーの掘削速度を上げていた。ジャマーとスタンピーダをマントル付近で衝突させて、半径300キロ以上を吹っ飛ばす気だ。勿論、地上の連合軍や僕たち含めて。
弱体化しきった脱走兵に何故スタンピーダの技術が持ち込まれたかが疑問だったけど、恐らく議長の差し金だ。ヨーロッパでの形勢逆転の足がかりにすると同時に、ティーダやアマミキョを葬るチャンスとも考えたのかも知れない。
CE74.2.** (phase-22〜23)
セイランの手によって、アマミキョに強制的に配備されたローエングリン。元々ジャマーを取り除く為に取り付けられたものだ。これを使って、衝突前にニュートロンスタンピーダとニュートロンジャマーを一掃する。位置情報は、ティーダを使って調べる。人の魂を感じる能力を使って、山神隊の風間曹長が自ら人柱となり、この無謀な大陸破壊作戦を止める。連合にしては合理的な作戦だ。
結果から言えば、作戦は見事成功した。
村は壊滅したが、アマミキョは助かった。犠牲も大きかったけど、ティーダとアマミキョが無事ならそれでいい。村と交流のあったナオト君やマユ、目の前で犠牲を出し風間曹長まで撃ってしまったサイの心理グラフについては注意しなくてはいけないけど、とにかく僕たちは助かった。僕は基本的に外には出られないし、ここではラスティ以外と殆ど私的な会話はしなかった。ちゃんと姫は戻ってきてティーダを助けてくれたし、これでいいんだ。
CE74.2.**
姫の報告を聞いた。ステラ・ルーシェは戦闘中に既に死亡していた。
だが不幸中の幸い、その身体はシン・アスカの手によって湖に沈められていたという。密かにシンを追っていた姫はシンが立ち去った後、オギヤカから派遣されたディープフォビドゥンで彼女の身体を回収した。雪国で良かったよ、常夏のチュウザンでこんなことをしたら腐食がとんでもない勢いで進むところだった。それに身体の傷も、内臓がいくつか潰れて破片が15箇所に突き刺さった程度。勿論死んでるのは確かだけど、爆死じゃなくて本当に良かった。彼女が最小限の傷ですむようにトドメを刺してくれたキラ・ヤマトはやっぱり流石だ。
脳の物理的損傷も大したことはなかったけど、長年の投薬と記憶操作でシナプスが大分やられていたらしい。やっぱりウーチバラで修理だな。
姫の話によると、どうやらシン・アスカにとってステラはかけがえのない存在だったようだ。マユ・アスカと同レベルの。なら、こちらとしても都合がいい。
CE74.2.**
ナオト君の錯乱が心配だ。村の女の子を守れなかったことでマユを逆恨みし、首を絞めようとしたらしい。だけどここまで来た以上、ナオト君を降ろす決断は難しい。ナオト君のログが蓄積されているデータバンクを全て書き換えるのは不可能だし、パーツ交換となるとまた手間もかかる。
ハーフムーンでの戦闘による疲労で、サイが倒れてしまった。姫が介抱して事なきをえたけど、姫の態度が明らかに露骨になってきた。僕たちに一言もなく「フレイ」を「降ろす」なんて。
さらに、キラ・ヤマトがシン・アスカに討たれたなんていうニュースまで入ってきた。ここまでシンが成長するとは、正直驚きだよ。やっぱり引き金はステラのことなんだろうか。
キラは大丈夫だろうとは思うけど、アークエンジェルからの情報が入るまで油断は出来ない。こんなところで何かあっては困る。キラにはシンやアスランと一緒に、ラクス・クラインのもとでしっかり働いてもらうことになっているんだから。
CE74.2.**
やっぱりというか、キラ・ヤマト生存の情報が間もなく入ってきた。これで計画は特に支障なく進められる。今のところ一番大きな問題は──やはり姫の迷いだ。
僕は「ニコル・アマルフィ」としてしか生きられないから、姫のような葛藤はない。ミゲルもラスティも、トールもそうだ。僕たちはあくまで、一つの人格しか持たない。だから僕たちは僕たち以外の何ものでもない。たとえそれが、まがいものとして生み出されたものだとしても。
でも、姫は違う。元からある「姫」としての人格が、強制的に「フレイ・アルスター」として生きるようにされてしまったんだ。いっそのこと「姫」の人格や記憶を全部なくし、その上でフレイとして生かされるなら姫本人も楽だったはずなのに、御方様はそれをしなかった。それが、姫に対する御方様のやり方だから。
フレイとして生き、キラと再び巡りあい、彼女はキラを愛し抜く。だけどキラはラクスを選ぶ。フレイは見ていることしか出来ない。それが御方様のシナリオ。
だけど御方様。それをするには、貴方はあまりにも、ある存在を軽く見すぎた。フレイにはサイ・アーガイルがいたことを、貴方はすっかり失念していましたよね。
もっと言うなら、人の心を軽く見すぎた。姫がああまでサイに魅かれるなんて、誰も予想出来なかった。姫がナチュラルの下賎に惚れるはずがないと、僕たちもずっと思っていたから。御方様にとっては全くの計算外だったに違いない。
姫の願いは叶えたいけれど、僕としてはこのことを報告しないわけにはいかない。僕は姫の部下であると同時に、御方様の部下でもある。
御方様がどういう手段に出るか、想像したくもないけど。
CE74.3.** (phase-24)
ナオト君とマユの間で、最悪の事態が発生してしまった。いよいよもって本格的にナオト君への対策を考えないといけなくなった。マユも……彼女も、あと少ししかもたないし。
そしてプラントでは、議長が声明を発表した。要約すると、全ての争いはロゴスが仕組んでいた、ということだ。
文具団もロゴスと絡んでいるから、もう文具団からの援助も期待出来ない。ハーフムーンの戦闘を経てサイが正式にアマミキョ副隊長となり、アマミキョ・ハーモニクスシステムも活発に動き始めている。そろそろアマミキョから、データの引き上げが近いか。
そう思っていたら、ちょうどインドの研究班から連絡が入った。御方様が優秀な研究員を一名入れてくれて、アマミキョに直接よこしてくれるそうだ。
それはなんと、ナオト君の母親、マスミ・シライシ。SEEDのことを報告したら、ナオト君の覚醒の為に是非協力したいという。その為の計画まで持ちかけてきた。
……確かに効果は期待出来るけど、早すぎるよ。母親ってみんなあんなものなのかな。ニコル・アマルフィのお母さんはそうじゃなかったはずだけど。
少なくとも、姫は大反対だった。
CE74.3.25 (phase-25〜26)
ナオト君がアマミキョを抜け出した。マユにあんなことをした自分は、もうティーダに乗れないと思い込んだらしい……もうマスミ・シライシはチュウザンに上陸している。遅かれ早かれ、例のミッションは始まってしまう。祭に乗じて大規模テロが起こるという情報も把握済み。その混乱にさらに乗じて……
ナオト君の位置は特定してあるから、連絡があればいつでも始められる。ごめんよ、ナオト君。姫の言葉を無視してでも、実行する必要がある。御方様の命令なら。
こんな時に姫はどうしたかといえば……サイに、自分の正体を明かした。ハーモニクスシステムの恒常的安定の為、という名目で。いや確かに、結果的にはこれまでないほどにシステムが安定したのだけど。
勿論、自分がフレイ・アルスターではないという部分だけに留めていたみたいだけど、それだけでサイには十分だったようだ。
フレイ・アルスターは2年前に死亡した。その認識を、サイは無意識のうちに避けていたんだ。これこそが今まで、ハーモニクスの数値が安定しなかった原因だった。
サイの時間がずっと2年前で止まっていたと姫は言っていたけど、恐らく彼の精神は姫の告白によって一段階上へシフトしたんだろう。実際アマミキョのハーモニクスは、あるべきレベルで、今までになくとても理想的な波型を保ち始めた。今までは大きく変動することはあっても、ハーモニクスレベル自体がなかなか上昇しなかった。だから御方様も、コアの熟成にはまだ早いと見ていたんだ。
皮肉にも、姫がサイを想って告白した結果、ハーモニクスデータは完全に安定してしまった。アマミキョから抜き取ることが出来るようになってしまったんだ。それが何を意味するか、分からない姫じゃないのに。多分姫は、サイがこのまま時間を止めているよりも、進める方を優先したんだ。その先に待っているものが死だとしても、今の状態でいるのは死ぬよりつらいから、なのかな。
もっともこれは、ティーダの覚醒によるところも大きいかも知れないけど……
僕たちの予想より早く、御方様は動いた。トールが遂に出動してきたんだ、サイを消す為に。今までトールを遠ざけていたのは、サイにこれ以上衝撃を与えないための姫の配慮だったのに、御方様は全く気にせず……いや、それを知っているから彼を派遣してきたのか。
姫が言ってたけど、もしかしたら都合良く発生したテロも、御方様が裏で手を引いていたかも知れないそうだ。その中でサイが死んでも、ナオト君が暴行されても何もおかしくはないから。……僕たちに何の連絡もなしでの、戦闘実験か。
姫の命がけの説得でトールは退いたみたいだけど、これでもう御方様に言い訳は出来なくなってしまった。サイの運命は決まってしまったも同然だ。あとは、どんなに残酷な形でその運命が実行されるか。
結論から言うと、マスミ・シライシのミッションにより、ティーダは完全覚醒した。
マユだけでなく、ナオト君までがティーダの遠隔操作が可能になってしまった。SEEDはまだ確認出来ないけれど、通常状態でもティーダがセレブレイト・ウェイブを0.2%ほど発振しながら起動するなんて、今までじゃ考えられない。
CE74.3.** (phase-27〜28)
サイとナオト君への罪悪感からなのか──姫は、アマミキョがティーダの為の実験船だということまでサイに明かした。
マユの限界も近い。今回の事件で、彼女はナオト君と共鳴を深めた結果、また新しい感情を覚えてしまった。もう彼女は普通の感情を持った、普通の女の子と同じだ。カイキには悪いけど、認めざるをえない。
彼女の身体に合わせてアマミキョ衛護の契約をしていたけど、それもあと1ヵ月半。
CE74.4.**
ナオト君が何とか回復し、アマクサ組がティーダと一緒にアマミキョを離れるということが公表された。あと、残り3週間。
そして今日、姫がサイを呼んだ──こんなことはとても珍しい。
無礼だと分かってはいるけれど、モニターで二人の様子を見ていた。そうしたら……
すごく迷った。こんなことをする姫は見たくない。サイだってこんなことは望んでいない。いくら運命が決まっているからといっても、そのやり方は刹那的にすぎる! アマミキョからデータを抜き取るのと同じに、サイから……姫は……
それしか、サイの証を残す方法はないからか。だけどこれじゃ、ナオト君の父親と一緒じゃないか。
僕は思わず部屋に向かい、姫を止めた。とはいっても、扉を開けたらいきなりこの事態を目撃して焦った、というふりはしておいた。そう、間違って扉を開けてしまっただけですよ、僕は。おかげで何とか、姫を止めることが出来た。
でもその後サイは……姫をゆっくり諭してくれた。何も知らないながらも、姫の告白を受け止め、優しく姫を抱きしめた。
サイは姫を、「フレイ」ではなくて姫を、受け入れた。いや、「フレイ」となった姫ごと、彼女を受け入れたんだ。
いいのかい、サイ。僕たちは今後、貴方に何をするか分からない。貴方が姫を受け入れるということがどういうことか、姫からも何度も警告されたはずだ。
CE74.4.**
あれからサイは、アマミキョをとりまとめつつ姫と共に過ごしている。
姫の心に奇跡を起こさせた人物。それを、簡単に消してしまっていいのか。
僕たちは迷っていた。迷ったけど、仕方がない。チグサ計画の前には、御方様の前では、仕方がないんだ。
御方様からいずれ指示が来るだろう。それまでは動かない。僕らの姫に、もう少しだけ平穏を。こんなに平穏だったことは、姫の人生でこれまでなかったのだから。
CE74.5.**
ハーモニクスシステムのデータ抜き出しが完了してすぐ、御方様から正式な指令が下った。僕たちアマクサ組はティーダと共に、アマミキョを離れる。ティーダ覚醒のキーとなるナオト君は連れていくことになるが、サイは勿論連れてはいけない。連れて行けたとしても、彼自身が拒んだだろうけど。
何となくこの時点で、御方様の目論見が分かった。御方様は、姫自身の手で、サイを殺させるつもりだ。
CE74.5.**
僕たちがアマミキョを離れる、最後の夜。
姫はまた、サイに嘘をついた。
CE74.5.** (phase-29〜30)
住み慣れた船から離れて、僕たちアマクサ組はシネリキョへ来た。
まずはマユとチグサの分離処置を、姫と一緒に行なうことになる。マユを麻酔で眠らせて、シネリキョのメイン・コントロールルームへ運ぶ。カイキはそれ以上はついては来られない。マユから目を背ける彼の姿は、見ているだけで痛ましかった。
眠っているこの娘は、もう同じ魂として二度と目覚めることはないのだから。
CE74.5.**
ナオト君がいなくなった。例によって位置は特定しているからいいんだけど、連合の山神隊と一緒だった。以前から探られているのは勘付いてはいたけど、ここまで入り込まれるとちょっとやっかいだ。
カイキにマユの様子を観察させているのも、もうそろそろ限界だ。やっぱり彼は、マユの魂の消失に耐えられない。チグサ復活の為とはいえ、彼は2年間ずっとマユのそばにいたんだ。そりゃ情も移るよ。彼自身、薬ではもたなくなってきてる。きっと、自分の運命にも気づいてる。チグサに会うまで、自分の精神はもたないことも。
だから姫はカイキをマユから離し、ナオト君の確保を命じた。予想より前倒しになってしまったけど、計画が先送りになるよりはいい。途中でナオト君を負傷させてしまったのは計算外だったけど、どうにか『子宮』まで彼を運ぶことが出来た。
マユのかわりにやっと目覚めたチグサを、ストライクフリーダム・ルージュに乗せてセレブレイト・ウェイヴ発振装置への適応を見る。同時にナオト君がティーダの遠隔操作に成功したら、もう発振装置のテストは完了したも同然だ。
どうやってナオト君に色々と説明してティーダに乗せるかが問題だったけど、幸い向こうから乗ってきてくれた。説明はとりあえず後回し。しかも遠隔起動にまで成功している。姫はSEEDの覚醒状況を試すため、ティーダに戦闘実験をしかけた。
そして──マスミ・シライシの死によって、ナオト君のSEEDもここで発動してしまった。
カイキがそれによって犠牲になってしまったけど……どちらにせよ、もうもたない命だった。
カイキの死亡によってか、チグサ・マナベは完璧に目覚めた。これ以上を望めないくらい良い状態で。目覚めた途端に拒絶反応で暴れ出してそのまま死亡というケースは山ほどあったから、周到に『子宮』で目覚めさせて良かったんだ。マユ、君の犠牲は無駄じゃないよ。チグサは君から命をもらったんだ。
ティーダの黙示録を発動させて、発振装置の起動テストは終了のはずだった。ところがまた邪魔が入った──連合の山神隊が、ナオト君を子宮から脱出させてしまった。おかげで装置は一部誘爆を起こして第3サブコントロールシステムが破損、ティーダはナオト君ごと行方不明になってしまった。
CE74.5.** (phase-31〜33)
ザフトと南チュウザン軍の進撃に合わせて、僕たちも動いた。
僕にはもう一つ指示があった。ドール・システムの実験だ。あれ、実験の後三日間は何も出来なくなるから、イヤなんだけどな。
僕が下半身を最初から奪われていた理由は、まさにこのシステムの為だ。通常は下半身をコントロールする脳の部分を使って、モビルスーツを操る。
但し、モビルスーツは無人じゃない。ちゃんと人が乗っている──あれを人と呼んでいいのか疑問だけど、僕たちも最初はあの形だった。文句は言えないよ。
特定の人物データを上書きする為だけに作られ、培養されている人間。今南チュウザンに15000体はいるその人間を、まっさらな状態のまま機体に乗せる。その脳は量子通信によって僕とつながり、それを僕が遠隔操作する。それがドール・システム。誰も死なない、誰の心も痛まない、理想的な戦闘だ。
僕が一度に正確に操作できるのは70機が限界だったけど、少しテストしてみたら150機まではいけることが判った。これもティーダのセレブレイトウェイヴのおかげで、大脳の開発が進んだおかげだと姫は言っていたけど、大丈夫だろうか。
だけど、仕方ない。僕たちが手を抜いたなんて少しでも御方様に思われたら、姫がどういうことになるか。これだけのダガーLを動員すれば、何とか御方様にも納得いただけるだろう。
キラもストライクフリーダムを、ラクスもインフィニットジャスティスを受領した。インフィニットジャスティスの方はおそらくアスランの為の機体だ。彼らも動いている──僕らも、迷いは断たねば。
CE74.5.**
結局、姫は迷いを断ち切ることが出来なかった。
ミッション中にどうしてもサイを殺す決断が出来なかったんだ。どういうことか判らないけど、アマミキョで内乱が発生し、サイは傷を負っていたらしい。その負傷が姫にもフィードバックされ、姫は遂にサイを殺せなかった。
アマミキョのデータは完全に移行させたはずなのに、ティーダもないはずなのに、どうしてだろう。まさか、二人の意思がアマミキョを通じて共鳴を始めていたというのか。
念のため安定剤も服用していたはずなのに、姫には効かなかった。
──それでも結果的に、サイは死んだんだけどね。姫の、ではなくザフトの攻撃で。しかもおそらく誤射で。戦闘中において、あれほど恐ろしいものはないね。弾が何処へ飛ぶか、撃ってる本人ですら分からないんだから。
あのラッキーがなければ、姫はおそらくサイを助け出してしまい……その後は、姫もサイも死ぬより恐ろしいことになってしまっていただろう。
システムの性質上、本来他のクルーも殺さないといけないはずなのに、姫はそれもしなかった。そこまでして、サイとの約束は破りたくなかったのか。サイに銃を向けることになった今でも。
ミゲルもラスティも姫に従った。だから僕も従いたかったけど……あれだけのダガーLに細かい操作を命じるのは、さすがに僕も不可能だ。ブリッジとクルーを出来る限り避けて攻撃させることが手一杯だった。撤退を命じたりしたら、御方様に僕が消されてしまうし。
サイが死んだ後の姫の痛ましさは、見ていられなかった。
アマミキョを潰した、それだけで任務は終了したはずなのに、姫はミネルバ隊に襲いかかったんだ。多分そうしなければ、姫自身心の収拾がつかなかったから。
結果──姫を守り、シン・アスカをテストするため、ラスティ・マッケンジーが命を落とした。僕と同じ、アスラン・ザラの為に生み出された存在が、SEEDに対して何も出来ないまま消えてしまったんだ。
シン・アスカとデスティニーのデータは確かに取れたかも知れない、だけどラスティが命をかけてまですることじゃない。彼の命はアスランの為のものだ、それは彼自身もわかっていたはずだ、なのにどうして……
そしてラスティの死を見た姫は、自分も──デスティニーに特攻した。サイと初めて出会った時に奪取したダガーL、ストライク・アフロディーテを爆散させて。
本人は否定しているけれど、あれはどう考えても、自殺だった。サイを殺され心の平衡を失い、ラスティの死を見て決断してしまった。
御方様に踊らされ、名前を捨てさせられ、自分の意思を全て操作され、初めて見つけたはずの愛すら自ら壊さざるをえなかった、僕らの姫。
もう、嫌だったのかも知れない。踊らされるのは──脱出装置は一応動いてはいたけど、死ねるなら死にたい、そんな気持ちだったのかも知れない。
でも駄目だ。姫にはまだ必要とする人がいる。レイラがいるし、僕たちもまだ生きてる。南チュウザンの為に、姫にはまだ生きていてもらわないといけないんだ。
だからミゲルは、海に落ちた姫を助けた。僕も出来る限りの力を総動員して、姫を救出したグフの周囲から連合とザフトを追い払った。
その結果──僕は戦闘終了直後に意識を失った。トールによれば、血の泡を吹いてぶっ倒れて1週間気絶していたらしい。挙句、左の指が全部、2か月ほど麻痺状態になってしまった。
そして今姫は、再び僕たちと共にいる。
僕とミゲル、そしてトール・ケーニヒと共に。
サイが死ななければならなかった世界を、サイを消さなければならなかった世界を変革する為に、姫は今を生きている。御方様にはその意思を巧みに隠して。
その為には、姫は何もかもを犠牲にするつもりだ。
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