CE0072.6.** (phase-0)
チグサ計画の一環である、キラ・ヤマト確保ミッション。その第3フェイズとして、サイ・アーガイルへの接触を行なうことになった。
キラ本人や、彼のSEED覚醒の鍵となったフレイ・アルスターの人となりを知るには、回収したレコーダーやデータだけでは足りない。実際に隣に生きていた者の証言が必要……との姫の発言から、この作戦は始まった。
アマクサ組も勿論出動することになるけど、まだマユはウーチバラから出せない。重力下じゃ、まだ身体が安定しない。


サイ・アーガイル自身は、ただの凡人だ。SEEDもなければ、空間認識能力もない。努力家で優秀ではあるけれど、全くの純然たるナチュラルだ。
判っているのは、キラの友人で、フレイのかつての婚約者だったこと。そして、ヘリオポリス崩壊時からキラやフレイと一緒にいたこと。
彼やゼミの友人たちを守るために、キラは戦わざるをえなかったこと。フレイの父親の死をきっかけに、フレイは変貌し、何故かサイを捨ててキラに近づいたこと。確定事項というと、このぐらいかな。
姫によれば、おそらくフレイはコーディネイターへの憎しみのあまり、キラを利用し戦わせることで復讐しようとしたらしい。僕は男なのでそういう感情はわからないけれど、その結果サイは捨てられた。
サイはそれでも、キラたちと共に最後まで戦った。個人的に、その根性は敬服すべきものだと思う。結果として、フレイは永久に彼のもとには戻らなかったわけだけど。


で、僕たちはそのサイと姫を接触させるため、北チュウザンへ潜入した。サイはどうやら奇遇にも、アマミキョの下調べの為に北チュウザンに来ているらしい。
サイにとっては2年ぶりの、彼女との再会だ。まず第一段階として、姫は記憶喪失を偽装して、サイに近づく。具体的には、キラに関する記憶は全部消えてるふりをして。


感動の再会の演出の為に暴漢3名ぐらい準備すべきかと考えたけど、僕が用意出来たのは真っ赤なハイビスカスの花束──に見せかけた護身用装備だけだった。
姫が接触する前にサイは勝手に騒動を起こしていたから、余計な手間は省けた。オーブでの彼の観察結果から、こうなることは予測の範囲内だったし。

 


PHASE-34  ニコル・アマルフィの記録



CE0072.6.**
そして今日は、死に別れた恋人同士の運命の再会後、初のデートだ。そして、僕たちの仕込みも本番。
監視ログを確認する限り、姫の演技は全くもって非の打ち所がなかった。さすが、御方様から仕込まれただけのことはある。
しかもサイの反応を確認しながら、少しずつ演技の軌道修正を行ないつつ情報を集めているあたりは素直に凄い。僕もアスランと会う時の為に、見習わなければ。
姫によれば、演技ではなく「魂を降ろす」そうだけど……僕にはその境地はまだ分からない。ニコル・アマルフィの記録は、残念ながらフレイほど多くは残っていないし。
サイとのデートの間も、僕たちとの定時連絡は絶対欠かさない。化粧直しってのは便利な口実だね。
僕たちにはもう一つミッションがある──この地を守る為に。


夕方になってちょっと事情が変わった。
驚いたことに、サイは姫に──つまりフレイに、自分とキラと彼女の間にあったことを全て話したのだ。てっきりこのまま、自分を振った記憶がないのをいいことに、フレイを自分のものにするかと思ったのに。
それにしても、サイから聞いたキラ・ヤマトの暴言は凄かったな。やっぱりレコーダーとデータだけじゃ、人は分からないものだ。どうして周囲の人間との直接接触が必要なのか、分かった気がする。
あれを聞いたおかげで、姫は一瞬、演技を忘れてしまったらしい。すぐに元に戻ったけど、フレイとしての言葉の中には明らかに、姫の本音が入ってた。
サイは全てを話した。そして自分から、キラの情報を渡してくれた。キラの居場所自体は把握ずみだから、これは特段必要なものじゃない。だけど彼は、自分が彼女を独占できるはずなのに、それをせずに彼女の為に記憶を取り戻させようとした。
このことは姫には、非常に意外なことだった。僕たちにとっても。そういう非合理的な行動をする人間は、少なくとも僕たちが知りうる範囲では存在しなかったから。
ミッションが第二段階に入ったのは、その後すぐだ。


ここでテロが起こるという情報は、事前に入手出来ていた。
サイがフレイをこのまま自分のものにしようとしているなら、テロに巻き込んで消してしまうことも出来たのだけど、彼はそういう人間じゃなかった。だから姫は彼に避難ルートを示した上で、行動を開始した。
だけどこともあろうに、サイは逃げずにフレイを追ってきた。姫はこの時何故か、フレイの演技をするのをやめた──サイが真実を見せたのなら、自分も真実を見せるのだと。
サイに隠している真実なんて山ほどあるのだけど、少しでも姫は見せておきたかったんだろう。もし演技が通用しなかった場合は、フレイはエクステンデッド、強化人間ということにする。そのことは打ち合わせ済みだったけど、あそこまで堂々とバラすとはね。
それ以外はおおむねうまくいった。フレイは華麗にダガーLを奪取してカイキのソードカラミティと合流し、テロを鎮圧。


CE0072.6.**
早速問題が発生した。
突然姫は、強奪したダガーLを改造して自分の機体にすると言い出した。
オギヤカにもシネリキョにも山ほど機体があるのに、何を言い出すのかとみんなで止めたけど、姫は聞く耳を持たなかった。
丁度入手できたIWSPのデータがあるから、同じものを作らせて装備させればいい。さらにフェイズシフト装甲もつける。ついでにフェイズシフトの色は赤。それもオーブのストライクルージュみたいなピンクは嫌なので、血の赤を希望。勿論、頭部意匠はストライクと同じに……
ドレス選びやってるんじゃないんだ。わけがわからないよと言いたくなったが、御方様は特に何も言わなかった。
姫は便宜上とはいえ一応、御方様の妹だ。そして本当ならもっと大切な存在のはず。
その姫をそんなツギハギ機体に乗せて大丈夫なのか。ミゲルなんかは直接御方様に言ったみたいだけど、御方様はどうやら様子を見ることにしたらしい。
確かに初めてのことなんだ、姫が自分の機体にこれほどのこだわりを見せたのは。今まで御方様から受領した最高の機体ばかり乗っていたのに。姫の今までの実力からすればこの機体で十分問題はないのだけど、僕たちはもっと良い機体に乗ってほしい。
だって姫は、「キラ・ヤマトを超える者」なのだから。


CE0073.4.** (phase-1〜3)
コロニー・ウーチバラにて、いよいよアマミキョ出航の時が来た。同時に、ティーダの本格的な実地起動試験、その第一弾も開始だ。
アマミキョの件は既にマスコミが大々的に流している。そしてザフトと連合へのリークも完了した。あとは向こうが動くのを待つだけだ。
既に文具団社長にも、テロの可能性及び詳細情報は連絡済み。可能な限り民間への被害は最小限にしてくれるという。もっとも社長は、マスコミを呼んでおけばテロの可能性は低いと踏んでいたようだけど、僕たちに言わせると甘いとしか言いようがない。
ウーチバラやアマミキョの一般人には申し訳ないけど、これもアマミキョ・ハーモニクスシステム完成の為に必要なことだから。
ティーダとアマミキョの性能を試し、セレブレイト・ウェイブ発動のデータを収集するには、通常の演習ではどうしても出来ないことが幾つもある。そのひとつが、大勢の人々の感情の波だ。
戦闘に巻き込まれ、パニックに陥って右往左往する人々の感情というものは、演習ではとても再現できるものじゃない。死に瀕した時の絶望、負傷による苦悶、誰かを傷つけられたことによる激昂、誰かを殺されたことによる悲哀。混乱の中で親しいものと再会出来た刹那の喜び。生き残ることが出来た時の安堵。これらはぶっつけ本番の戦闘でなければ再現は不可能だ。
だけどアマミキョとティーダにはそれが必要だ。だからこそ、ウーチバラ周辺に潜伏していたザフトと連合の末端組織に可能な限り情報を流した。その中には勿論ゲリラもいる。いい感じに衝突してくれればいいんだけど。アマミキョ出航で、大勢の人間がアマミキョ内外に集まるこの時以外に、巨大な感情のうねりを収集するチャンスは滅多にないから。


CE0073.4.**
まずは姫・マユ・カイキの3人で、ウーチバラ宙港5番格納庫に侵入していた元ザフトのゲリラを処分。その24分後、コロニー内32番格納庫で爆発発生。ザフト脱走兵のものと推測されるジンが3機出現。アマミキョへの避難民誘導が開始。ティーダ及びソードカラミティ、試験場からリュウタン広場地下格納庫への移送完了。ここまでは特に問題なかった。
ところが、ティーダ起動時にマユが負傷。何の運命の悪戯か、そこへ丁度避難してきたオーブのレポーター、ナオト・シライシが緊急でティーダを動かしてしまった。
──結果的に、彼が乗ったことでティーダは予想外の数値を叩きだしてくれたけど、もし乗ってきたのがどっかの徘徊老人とかだったら、僕たちは今頃目も当てられないことになっていたに違いない。もっともその場合当然マユは撃っただろうけど、相手が有名人のナオト君だったからマユも乗せてしまったんだろう。
ちょっとカイキが目を離した隙の、マユの負傷だった。油断は禁物だ。
ともかく、ティーダはマユのサポートもあり、無事に起動。そのことでナオト君の運命を変えてしまったのは申し訳ないけど、これも人生だからね。何とかソードカラミティも合流し、戦闘を切り抜けた。
ちなみに、彼らが戦った相手はザフト脱走兵に偽装した正規ザフト軍だったようだ。
ひどくややこしいけど、どうやらデュランダル議長は正規部隊をテロリストに偽装させて、ティーダを叩きにきたらしい。今ザフトは戦争をしているわけじゃなし、正規軍じゃ勿論ティーダを攻撃なんて出来ないから。一方ではご丁寧にアマミキョを守るべく部隊をよこしてくるし、議長もすごくティーダに興味津々みたいだな。おかげで、ザフト正規軍同士の戦闘なんてのが発生したみたいだけど、そこまで僕たちの関知するところじゃない。
そうしている間に、アマミキョにも連合のファントムペインが迫っていた。多分こちらも、テロリストに偽装したか、もしくはザフト脱走兵の始末という名目でティーダとアマミキョを狙ったか──どちらにせよ文具団の存在が連合上層部にとって鬱陶しいのは確かだったし、こうして攻撃されるのもやっぱり予想の範囲内だった。
チグサ計画が連合側に漏れている可能性も、姫は指摘していたな。ファントムペインや不可視戦艦まで持ち出してきたのは、そのせいか。
それを守ったのが、姫のダガーL……じゃなくて、ストライク・アフロディーテ。僕らの新たなるツギハギ女神様だ。
アマミキョの中にいたサイは驚いただろう。実際、これ以上を望めないほどの感情の揺れが観測できた。学生時代と同じようにみんなのまとめ役になりかけてもいるようだし、サイをアマミキョ・ハーモニクスシステムの要とするってのはかなり良い案じゃないかな。
ナオト君がいきなりティーダで戦闘実況を始めるというハプニングはあったものの、コトは何とか想定の範囲内で収まっていた。姫と一緒に戦うのがあのイザークとディアッカってのも、何かの縁なんだろう。多少なりとも過去のフレイを知っている二人は、姫を見て実に驚いたようだ──勿論今、姫はフレイを「降ろし」てはいない。サイともろくな会話はしていない。姫は敢えて真実の自分を見せることで、サイの出方を探っているようだ。
そしてコロニー内とアマミキョの感情が一気に高まった頃、マユは最初の「レヴェレイション・システム」を起動させた。ナオト君と協力して起動させたらしいけど、これによって彼の運命は、ホントに決定的なものになってしまった。


CE0073.4.** (phase-4)
黙示録ことレヴェレイション・システムの効果は予想通りのものだった。ティーダパイロットへのダメージ以外は。
戦闘は終了し、被害も大したことはなかった……って言ったら姫には怒られたけど、無事にデータは収集出来たし、アマミキョは何とか出航し、ティーダも起動した。コロニーも破壊されることなく、僕たちのものになった。これ以上のことはないじゃないか。
ただ、ティーダパイロットがナオト・シライシで固定されてしまったのは、唯一の誤算だったかな。
おかげさまで僕は、15000000ページ以上もあるティーダのメインデータバンクと取っ組み合う羽目になったけど、ナオト君のパイロット登録を解除するにはどうやっても40時間以上かかる。今すぐ動かしたければ交換パーツでハードから替えるしかないけど、パーツは襲撃時になくなってしまった。
僕が頑張ればナオト君のパイロット解除も出来たのだろうけど、そんなものを敵は待ってはくれない。何の因果かジュール隊がアマミキョに乗ってきたけど、どれだけ頼りになるか。間もなく、連合のファントムペインとの戦端が開かれた。
その中にはネオ・ロアノークもいた。マユ・アスカと同じ形で蘇った彼だ。
同じ形というのはつまり、ヤキンの宙域にほぼ脳みそだけという状況で辛うじて浮いていた彼、ムウ・ラ・フラガを南チュウザン軍が拾い、蘇生の為用意された肉体に封じ込め、アークエンジェルから回収したバックアップデータを植え付け、心と身体が定着するまで宇宙で過ごさせて蘇らせたというわけだ。
だから彼には僕らと違い、記憶があるはずだ。思い出しているかどうかは別として。
彼もまたチグサ計画の一環になるはずだった──もしかしたら、チグサ計画はムウ計画になっていた可能性さえあった。けど、彼はナチュラルの成人男性だったし、身体の損傷もちょっと大きかったので、計画の要にはなれなかった。空間認識能力は魅力的だけど、それだけであればもっと有望なレイラ・クルーがいる。アマミキョで開発も出来る。何といっても、この計画の要は女性でなければいけない。
だから不要とされた彼は、姫の手で連合に売られた。姫や御方様には、敢えて彼を連合に売ることで彼がどう出るか、観察したい気持ちもあったらしい。
そして皮肉にも、今ネオ・ロアノークは敵となってやってきた。だけど彼らのブロックワードを把握していたおかげで、まんまとエクステンデッドたちを手玉にとることが出来た。あの連中3人全員のブロックワードと意味を理解していれば、ごく簡単な文章を作るだけで破滅させることが可能だ。全く、2年前キラ・ヤマトたちを苦しめたブーステッドマンの件を調べた時も思ったけど、どうして連合はこんな不出来な奴らを作ってしまうのか。
それはともかく僕たちはステラ・ルーシェを人質にとり、ネオの動きまで封じることが出来た。
首尾は上々、思い通りに要求が出来るように──と思ったら、ナオト君がティーダを動かして邪魔に入った。社長の介入で何とか双方引くことが出来たけど、後で姫からナオト君にかなりの修正が入ったようだ。
あと、ハラジョウにジュール隊が潜入していたようなので、とりあえず拘束しておいた。二人は仰天していたようだけど、あくまで僕は二人を写真とデータでしか知らない。特に驚きがあるわけでもなかった。ミゲルもラスティも同じだろう。だって僕らの存在意義は、あくまでアスラン・ザラだ。
だけど、アスランのSEED覚醒の発端となったニコル・アマルフィの人となりを知るには、いずれ彼らとの接触も必要になるかも知れない──そう判断して僕は自ら動いた。銃を向けたのはやり過ぎかも知れないけど、勝手に潜入したのは向こうだし。
もっとも、彼らとの接触がそれほど重要事項とは僕は思っていない。僕は姫とは違って、嘘のつきようがない。僕は僕自身で、ニコル・アマルフィとなるしかないから。姫がフレイを降ろすのとはまた違う形だけど、僕はニコル・アマルフィでしかないのだから。


CE0073.4.** (phase-5)
姫によれば、アマミキョ・ハーモニクスシステムには大きな課題があるそうだ。それは、アマミキョクルーの統制。
起動時に収集したハーモニクスデータは非常に高い数値だったけど、レベルが最低だった上ベクトルが全くバラバラだった。つまり、アマミキョクルーの意思が一つになっていない。コアへのセッティングの為に、強制的にでもまとめる必要があった。
姫は、大嫌いなはずのアークエンジェルまで持ち上げてクルーの前で演説し、僕たちアマクサ組によるアマミキョの統制を宣言した。
全艦監視システムで各人のデータを見るのは主に僕だ。統制の強化によりクルーの成長を促すのは勿論、敢えて不満と鬱屈を抱えさせることでハーモニクスの数値も高くなる。クーデターまで行かれたら困るけど、予防策もある。


CE0073.4.**
ナオト君が正式にティーダのパイロットになってしまった。あのアスハ代表直々のご命令らしい。彼が無断出撃したことでさらに複雑化してしまったティーダのメインデータバンク。そいつとずっと格闘してたのに、僕の努力は一体何だったんだろう……あと一度でも出動したら、もうキラ・ヤマトでも解除は不可能だよ。マユは随分喜んでるけど。


CE0073.5.** (phase-6)
コロニー・ミントンに到着し、社長がアマミキョを離れた。
そしてまたしても、ティーダとアマミキョの戦闘実験が行なわれることになった。御方様直々のご命令だ。シナリオはパターン05、つまりアマミキョがテロリストに乗っ取られたということになっているそうだ。ということは、僕たちアマクサ組がテロリスト役ってわけだ。
今度の敵は、なんとあのミネルバ隊。もっとも、今はまだミネルバには未搭乗のようだけど……SEED保持者であるシン・アスカに、レイラの因縁であるレイ・ザ・バレルがいる。相手に不足はない。
予想通り、姫はシン・アスカと手合わせした。結果は、SEEDは未だ開花せず。インパルスの受領直後だったようだし、仕方がない。まだ、捕まえて調べるほどの価値なし。
問題はティーダだ。戦闘ログを見てちょっと驚いた──マユの発言だ。シン・アスカとルナマリア・ホークの件を匂わせるようなことを言うなんて。もっとも、相手は何も分からないだろうけど。ホーク姉妹がミネルバ隊に配属された本当の理由、議長とそのごく周辺しか知らないはずってことになってるんだから。
無事黙示録が起動して戦闘が終了したから良かったけど、マユの暴走には今後少し気をつけなければいけない。
この戦闘中、サイの手引きでジュール隊が脱走してしまった。どうやら戦闘が早期に終了したのは、ミントンから社長がミネルバJrに直接連絡したのも大きいけど、ジュール隊がザフト側の誤解を解いたことにもよるらしい。


CE0073.5.** (phase-7)
ジュール隊の件のこともあり、姫はサイと再び接触を試みた。どうやらサイは相当混乱して、向こうみずになりがちなようだ。ハーモニクスシステムの要となるかも知れない彼に危険があれば、こちらも困る。久々に姫は「フレイ」を降ろし、彼と話して混乱を解いた。
解いたといっても、勿論全てを打ち明けたわけじゃない。強化されて二重人格になったとか、社長に研究所に叩きこまれたとか、よくもまぁここまでスラスラと嘘八百が出てくるもんだと感心するほどに嘘を並べただけだ。これで少し安定してくれるといいけど。


CE0073.5.**
アマミキョの統制のため、グループの編成し直しをすることになった。同時に連帯責任制を実施。これでアマミキョ内はさらに一つになることになったけど、不満も倍増した。
サイについては、この間「フレイ」が話をしたのは逆効果だったのか、どうもさらに焦らせてしまったらしい。しょっちゅう姫にくってかかっている。
だけど、姫は冷たくあしらいつつも、彼の希望は出来る限り実現するよう努力している。いじらしいまでに。それは本当にハーモニクスシステムの為、その為だけだろうか?


CE0073.6.**
アマミキョ就航から1ヵ月半。サイは相変わらず姫や僕たちにつっかかっている。一体彼をそうさせるものは何なのだろう。普通の人間の感情というものは、僕たちには分かりかねるところが多いのだけど、それでもサイの様子は変だ。


CE0073.8.**
御方様から情報が入る。カガリ・ユラ・アスハが近々、アレックス・ディノと連れ立ってプラントへ交渉へ向かうらしい。場所はあの、ミネルバ就航予定のアーモリーワンだ。
そこにはシン・アスカも来るはずだ。ティーダの戦闘実験が出来るような場所じゃないのが残念だけど、どういう結果が出るか楽しみだね。連合が不穏な動きをしているのはキャッチしてる。アスラン、貴方はどうする?


CE0073.9.28
ユニウスセブン周辺に正体不明のモビルスーツ群が集結中との情報が入る。サイからティーダのトランスフェイズシステム改良の提案があったので、姫はこれも了承した。


CE0073.10.1
ナオト君の戦闘シミュレーションを観察してみると、明らかに腕が急速に上がっていた。かつてのキラ・ヤマトにはとても及ばないのは当然としても、ハーフにしては無視出来ない数字を叩きだしている。もしかして僕たちは、偶然にもまた一人、SEED保持者を見つけ出してしまったのか?
SEED保持者は別の保持者を引き寄せる。ナオト君も、姫のSEEDに引かれたということなのか。御方様へとりあえず報告はしておく。
ティーダのパイロット登録は、代替パーツがない限りもう解除不可能だけど、それが新たなSEED保持者の発見につながるなら、これほど嬉しいことはない。


CE0073.10.3
プラント軍事工廠・アーモリーワンがテロリストの襲撃を受けたとの連絡が入る。あそこはカガリ・ユラ・アスハにアレックス・ディノ──つまりアスラン・ザラがいるはずの場所だ。案の定、彼らは出航したミネルバに助けられ、無事にコロニーを脱出したらしい。いずれ、彼らとあいまみえる戦闘実験もあるんだろうか。
それよりも重大なのは、ユニウスセブンの軌道だ。何日か前から注意はしていたけれど、やっぱりそうか。安定軌道をはずれ、降下を開始している。


CE73.10.4 (phase-8)
落下するユニウスセブンを、アマミキョが破砕することになった。既にミネルバ隊が破砕作業に入っているそうだけど、どうやら色々妨害があるらしく、うまくいっていない。
砕ききれていない残骸を、僕らで何とかするというのが、姫の作戦だ。せめてチュウザンに落ちる分ぐらいは。正直、あんまり地球への愛着とか、国への忠誠心とかには縁のない僕だけど、さすがにこんなことは困る。姫なんか、可哀相になるくらい必死だ。
入ってきた情報によると、ザラ派残党によるテロによるものだということだけど……勿論このことは、船内におおっぴらにするわけにはいかない。
それにしても、シン・アスカとアスラン・ザラ、カガリ・ユラが同じ船にいるとはね。やっぱりSEEDは引かれあうようだ。
ところがこの作戦の間、ティーダが損傷してしまった。トランスフェイズシステムが壊れてしまったのだ。大気圏突入中だった為戻ることが出来ず、ナオト君もマユも大怪我をしてしまった。サイがトランスフェイズシステムの改良にあたっていたはずなのに、どうしてだろう?
アマクサ組の努力とナオト君の機転で、どうにかティーダの大破は免れたけれど、サイは一気にクルーから叩かれることになってしまった。可哀相だけど、ミスしたんだから仕方ないよね。
……と思ったんだけど、姫からこの状況の詳しい調査を命じられた。


CE73.10.** (phase-9)
なるほど、そういうことか。サイではなく、犯人は彼女だったんだ。誤解は早めに解いておくにこしたことはない。と思って姫に報告したら、しばらく様子を見るとのことだった。サイがこの状況に対し、どう判断するか。姫はそれを見たいそうだ。
その間にも、地上の大混乱もあいまって、サイを取り巻く状況はどんどん悪化していく。そしてクルーの前にしての尋問が始まり──サイは、あまりにも最悪の選択をしてしまった。トランスフェイズシステムを狂わせたのは全て自分だと、認めてしまったんだ。
正直、信じられない。いくらサイの側では真犯人をつきとめるには手間がかかるとはいえ、こうも簡単に罪を認めてしまうなんて。犯人はアムル・ホウナだ、サイじゃない。なのに──
姫は当然、激昂した。そしてサイをどうしたか。
船内の不穏な空気はそろそろ危険域まで達していた。そこで、船内に満ちている不満を、全てサイに肩代わりさせる。つまり、サイをこのまま放置することにしたんだ。
「特定のターゲットをつくり、敵意を一方的に集中させ、現体制への不満やストレスを減少させる」 要は、クーデター対策だ。
だけど、彼の精神がもつか。物理的な危険は、限界を超えたら救助に入ることにしているけど……もたなければ、それまでだね。また別の、ハーモニクスシステムの要を探すだけだ。幸い、要になりうる人物を探すのは、SEED保持者を探すよりはずっと簡単だし。


ティーダの代替パーツが揃ったので、ナオト君はパイロットから外れることになった。
もっとも、ナンザン港戦でまたしても無断出動してティーダを傷つけた、それによるところが大きいけど。せっかくSEED保持者ってのが分かったのに、勿体無いなぁ……


CE73.11.** (phase-10)
連合がプラントに宣戦布告を行なった。原因は勿論、ユニウスセブンの落下。近いうちまた戦端は開かれるだろうと思ってたけど、こんな形とはね。
同時に、連合の山神隊によるアマミキョへの干渉が始まった。とはいえ、それほど心配すべきものではない。こちらには連合の外務次官の愛娘であり、父の仇の為に軍へ志願した勇気ある少女であり、ヤキンで行方不明になったはずが奇跡的に蘇った伝説の戦乙女「フレイ・アルスター」がいるのだから。
そして久しぶりに、ミーア・キャンベルの映像を見た。勿論、ラクス・クラインとしての彼女だけど。
彼女は僕たちや姫、マユとはまた違って、遺伝子レベルで操作を受けたわけではない。記憶も弄られていない。単に、そっくりに整形しただけだ。
でも、彼女はなりきってる。それはやはり、彼女なりにラクス・クラインを研究し、彼女自身のラクス像を完成させているからだ。単純に模倣するだけでは、彼女は絶対にラクスにはなれなかったはずだ。でもこのままいけば、多分彼女はラクスになれる。「平和の歌を歌いたい」その魂を、彼女は降ろしているから。
ただ一つ問題があるとすれば、まだラクス・クライン本人は生存しているということだ。議長はやきもきしていることだろう。そろそろ暗殺部隊の一つや二つ派遣されるころだろうか。
もし本当にやられたらこっちが困るけど、多分それはない。彼女はキラ・ヤマトと共に生活しており、フリーダムを地下施設に隠匿しているんだから。それに、暗殺部隊ごときにやられる程度なら、そもそも僕たちが動く価値もない存在ということだ。


僕はミーアとは違う。ニコル・アマルフィは僕だから。僕でしかないから。嘘のつきようがないし、追いつめられようがないんだ。


CE73.11.**
姫は再び、「フレイ」としてサイへの接触を行なった。但し今度は、記憶の一部が復活した状態という設定だ。キラ・ヤマトの記憶の一部が。そして最大限に突き放す。
姫の中のフレイという、最後の味方まで失ったサイはどう出るか。ハーモニクスの数字はいい感じに振り切れている。
──そうしたら案の定、騒ぎが発生した。整備士たちと大喧嘩した末に、サイは重傷を負ってしまったのだ。姫が救助に入ったから良かったけど、下手をすれば死んでいた。
いや、下手をすれば死んでいたのは、整備士たちの方か。それぐらい、姫の暴れ方は凄まじかった──どう見ても過剰防衛だ。それに、周囲で見ているだけだった人間にまで手をかけるなんて。いや、確かにアムル・ホウナは犯人ではあるんだけど。
どうしたんだろう。もしかして姫は……いや、まさか。
そういう感情が危険だということぐらい、姫だって分かっているはずだ。サイ・アーガイルはあくまでキラ・ヤマトの友人。そしてアマミキョシステムの要、その候補にすぎない。
御方様がいる限り、それが覆されるはずがないんだ。一応、御方様へ事実の報告はしておく……これも、僕の義務だから。


CE73.11.** (phase-11)
ナオト君が下船した。これでティーダのパイロットは再びマユ一人となる。
マユについても不安材料が増えた。彼女が「痛み」を感じるようになるなんて……ティーダとナオト君の影響なのか。
ティーダにはマユと一緒に一時的にラスティが乗ることになるけど、多分ナオト君の時のような強力なセレブレイト・ウェイブは発振できない。SEEDの有無もそうだし、素質の問題もある。
そして、アスラン・ザラがオーブを離れ、ザフトに復隊したという情報が入った。しかもあのミネルバ隊。どういう経緯でオーブを離れたのかは不明だけど、これで彼は二度も自軍を裏切ったことになる。オーブと連合が手を結んだ以上、ザフトはオーブの敵になってしまったのだから。僕、「ニコル・アマルフィ」の立場としてはきっと、怒るべきところなんだろうな。
ニコル。僕として、僕は聞くよ。君は今、アスランのことをどう思っている? アスランを守って散っていった、君としては。
お願いだから黙らないでくれ。僕は、君なんだから。君であること以外、僕には何もないんだから。


CE73.11.** (phase-12)
遂にザフトが北チュウザンまで攻めてきた。残念ながらミネルバ隊は来ない。アスランと会えるのは、まだ先のことになりそうだ。
アマクサ組と山神隊で応戦したけれど、ザフトはアマミキョのすぐそばまで迫ってきた──地下への特殊潜行型モビルスーツ、そいつでいきなり僕たちの目の前に現れた。ティーダの警告があったから助かったけれど、それがなければ僕らは殺されていた。
実はこの時、下船したはずのナオト君がもう一度戻ってくるのを、マユは感じていた。地下のモビルスーツを感じ取ったことといい、やはりマユの感じ方はティーダによって強化されてきている。しかも……サイが死ぬかもしれないことまで、彼女は予測した。


この時サイは、アマミキョを飛び出して作業用アストレイでザフトと戦っていた。こんな危険な行動は誰も想像出来なかったけど、結果的にこの時サイは、キラ・ヤマトが感じた苦痛を少しでも追体験することが出来た。
これは実は、姫の目的の一つでもあった。こういう形で実現するとは、さすがに予測出来なかったけどね。
船の中で孤立する苦しさがどんなものか、孤独の中でモビルスーツで命を賭して戦うという状況がどんなものか、姫はサイに少しでも分かってほしかったんだ。
それは、サイが普通に生活している限り絶対に味わうことの出来ないものだ。かつてのアークエンジェルでもそうだった。モビルスーツに乗せられるコーディネイターの孤独と、乗れないナチュラルの劣等感。その溝についてはアークエンジェルにおいてでさえ語られることはなく、遂に埋まることはなかったのだから。
キラを少しでも分かることが出来ない限り、サイは前に進めない。そう姫は言っていた。その意味がよく分からないけれど、そうしない限りサイをアマミキョの要として使うことが出来ないということだった。
……違う。姫がそこまでサイのことを考えるのは、アマミキョの為じゃない。確かにハーモニクスの数値は凄まじい結果を出したけれど、姫の目的はそうじゃない。
サイ自身の為だ。なんでそんなことが分かるかっていうと……サイを助ける為の姫の行動が、全てを語っているじゃないか。
あんなに必死に行動するくらいなら、その前にこんなことはやめれば良かったのに。サイにキラの孤独を疑似体験させるなんて……
姫。いや、フレイ・アルスター。貴方の気持ちは、僕はもう分かっているつもりです。キラの為、アマミキョの為と言い張っていても、貴方は気持ちを隠せていない。だって貴方は、初めてなんでしょう。こんな気持ちを感じるのは。
多分、サイから全てを告げられたあの日から、貴方は彼に心を奪われていた。
僕たちはそれを否定するつもりはありません。だって貴方は、ずっとそんな感情を許されていなかったのだから。御方様の言われるままに、通常の人間が感じるはずの恋や愛といった強い感情ですらも制御されてしまっていたのだから。
生殖機能を最初から奪われている僕には分かりようのない感情だけど、その感情を制御することがどれだけつらいかは、理解しているつもりです。
なのに、ミゲルに命じて自分を殴らせるなんて。そこまで自分を制御しなければいけないんですか。貴方がそこまで心を縛るのは、御方様の為ですか、陛下の為ですか、レイラ・クルーの為ですか。


CE0073.**.**
もし、キラ・ヤマトがサイやフレイたちや養父母を捨てて、ザフトへ投降していたら。
当時のアスランはきっとそれを望んでいたのだろう。フレイ・アルスターの行動によってキラの心が大きく支配されるより前にも、そのチャンスはあった。
そうなれば恐らくアークエンジェルは撃沈され、サイたちの命もなかっただろう。だけど、キラは孤独から解放される。アスランやラクスと一緒に行動も出来る。その能力から考えて、ザフトでも重宝されただろう。ニコル・アマルフィも、彼によって命を落とすこともなくなっていたはずだ。
親友であるアスランと一緒にいるよりも、ナチュラルの地獄を選んだのは何故だろう? 大気圏突入後なら、フレイがその身体で繋ぎとめたからと説明が可能だ。だけどその前は?
もしサイやトール、ミリアリア・ハウという友人たちがいなければ。もしくは、彼らがキラを利用することしか考えない小心者であったなら、キラはとっくにザフトについていたに違いない。
それをしなかったのは、彼らの善意によるところが大きかったと姫は見ている。サイやトールといった連中が根っからの善人だったおかげで、キラは彼らを裏切ることが出来なかった。そりゃそうだろう、自分たちも一緒に戦うといってなし崩しに銃をとり、ラクス・クラインの脱出にまで手を貸してくれた。とどめに、キラはサイに「帰ってくるよな?」なんて念を押されてるんだ。裏切るなんて出来るわけがないね。
おかげさまでキラのSEEDは見事開花し、多くのザフト兵が殺され、僕も殺されたわけだけど。
アマミキョ・ハーモニクスシステムの要となりうる、サイ・アーガイルの、人をひきつける能力。それは誰でも持ちうる能力だけど、優劣は天運によるところが大きい。しかもコーディネイト技術では決して手に入らない。本人の努力で伸ばすことも可能だけど、資質によって限界があるし、SEEDと違って成長には時間と経験が必要だ。SEED同士が引き合う力とはまた別種のもので、ラクス・クラインの声がコーディネイターを魅了する能力とも違う。一昔前の言葉で言えば、「人たらし」というらしい。
それが皮肉にも、最高のコーディネイターの能力を覚醒させるきっかけになった。
サイはそんなこと全く知ったことではないだろうし、自分は凡人にすぎないと信じてる。自分の人の良さがキラを戦いに向かわせ、孤独に陥れたなんてこと、当時は想像もしなかったに違いない。フレイ・アルスターの事件が起こってから、キラはさらに孤独になり、サイは周囲の同情を集めた。サイはフレイには捨てられたかも知れないけど、キラほど孤独にはならなかったんだ。
だからなのか──姫が、サイにキラの孤独を疑似体験させる必要があると言ったのは。その結果として、サイは完全にアマミキョ・ハーモニクスシステムの要となった。


CE73.11.**
ファントムペインの到着により、どうにかアマミキョは危機を逃れた。この前敵として戦ったネオ・ロアノークたちが、今度は味方としてやってきたというわけだ。
ナオト君も帰ってきた。フレイ・アルスターが実は死んでいるという秘密を引っさげて──実に些細な問題だ。
それよりSEED持ちが戻ってきてくれたんだ、早速準備をしなきゃならない。


CE73.12.** (phase-13)
ちょうど、トミグスクの例の研究施設に、ナオト君の父親がいるという情報を手に入れたばかりだ。いけ好かない人物だけど、利用価値はあると思った。
研究施設内部の人間と連絡を取り、手筈を説明した。内部でクーデターを起こさせ、ティーダと連合の部隊を向かわせる。そこでティーダにどう変化が起こるか。ナオト君のSEEDが覚醒するか。
ちなみに裏で僕たちが取引をしていたことは、カイキには話していない。彼にとっては刺激が強すぎるからね。彼はマユを守り、アマミキョとティーダの安全を確保してくれればそれでいい。
ネオ・ロアノークは北チュウザンに連合のエクステンデッドの施設があることをいぶかしんでいたようだけど、ここは元々連合の施設じゃない。南チュウザンが技術を提供した、北チュウザンと文具団合同の研究施設。もっと言えば、南チュウザンの強い要請に北チュウザンの弱腰政府が折れて建設を許可したものだ。文具団にとっても、ここの研究結果は欲しくないといったら嘘になるので、相当の資金を出している。SEEDの研究なんて、南チュウザン以外でそうそうやられているものじゃないし。
ここでの研究成果を連合にも提供することで、北チュウザンは疑似的な中立政策をどうにか許されている。他にもこういった施設は多い、大半が文具団の工場に偽装されてはいるけど。いずれにしろ連合、特に中立を許しがたいブルーコスモス派にとっては、不都合があれば消したい存在には違いない。
ナオト君には可哀相なことをするけど、戦闘中に彼が父親をなくしてSEEDが覚醒し、ティーダの進化をさらに促すことになるなら好都合。最初の僕たちの計画はそうだった。
だけどコトは、予想の遥か斜め上を行ってしまった。
まさか、父親があんなことをするなんて……血液と精子の採取を便宜上命じはしたけれど、あんな形で実行されるなんて。あまりに酷すぎて、書く気にもなれない。妻に絶望し家族を捨て、あんな場所で長く研究に没頭するあまり、心が最高に狂ってしまったんだ。
でもよく考えたら、僕らも似たような場所で生まれた。認めたくないけど、否定は出来ない。既に存在する人間を作り変えて生まれた僕らに、彼を非難する資格はあるだろうか。
姫は勿論激昂したけれど、それ以上にマユの変化が著しかった。彼女が初めて、「怒り」の感情を見せたのだ。その結果──
ナオト君のSEED覚醒こそなかったけれど、ティーダは確実に進化した。


CE73.12.** (phase-14)
マユについては、とりあえず投薬量を増やしておいた。でも覚えてしまった感情は、多分消すことは出来ない。痛みにしても、怒りにしても。


姫はナオト君のメンタル回復の為、相当な荒療治をした。研究施設の件についてレポートをさせたのだ。
それを見たサイがまたいきり立った。偶然にもあの現場に居合わせた彼は、ナオト君とSEEDのことについて知りたがった。しかもネオ・ロアノークまで連れて。
その上サイは、フレイだけじゃなく僕たちのことも知っていた。僕たちが、本来とっくに死んでいるはずだということを──ジュール隊から聞いたらしい。
これ以上隠してはおけないと判断したのか、サイに嘘はつけないからなのか。姫はSEEDのことをサイとネオに話してしまった。ラウ・ル・クルーゼのことまで含めて。
……ナオト君を汚したキメラの少女ごと、僕たちが実験体として南チュウザン本国に搬送したなんて知ったら、サイはどう思うだろう。御方様の命令だし、逆らえないから仕方がないけど。


ミネルバがオーブ海域を突破したとの知らせが入った。映像データを見る限り、シン・アスカのSEED覚醒は確実だ。これでまた状況は動く。……と思っていたら、さらに驚くべき情報が入ってきた。
遂に、キラ・ヤマトとラクス・クライン、そしてアークエンジェルが動いたのだ。


CE73.12.** (phase-15)
アスハ代表をさらって行方をくらましたアークエンジェルを追って、僕たちはアマミキョコアブロックを使って出発することになった。
勿論、ハーモニクスの要としてもキラ・ヤマトへの接触材料としても重要なサイはブリッジに戻す。当然ティーダもマユも、ナオト君も連れて行く。今のキラ・ヤマトを止められるのは、「フレイ・アルスター」かティーダぐらいしかいない。たとえアスランでも無理だろう。
ナオト君にSEED因子があることが確定し、彼はまたティーダに乗ることになった。代替パーツがあるからいつでも降ろすことは出来るけど、今のところ姫にそれをする気はないようだ。
それ以上に気にしなくてはいけないのは、ミネルバ隊の動向だ。マラッカ海峡を抜けたらすぐにでも、アスラン・ザラと接触出来るかも知れない。
僕の、「ニコル・アマルフィ」たる僕の存在意義が、試される時だ。


CE73.12.**
ミネルバとの戦闘が開始されてからすぐに、アスラン・ザラのセイバーがアマミキョへ直接、投降を呼びかけてきた。なるほど、そういう手で来たか。ならばこちらも、それなりの応戦をさせてもらいますよ、アスラン。
ティーダの黙示録が発動した。ぎりぎりまで彼らを引きつけ、黙示録で叩き落とす。それが第一段階。でも、どうやら黙示録対策がなされていたのか、アスランたちのダメージはそれほどでもなかったようだ。そりゃ彼らだって、何度も同じ手を喰らうほど馬鹿じゃない。そしてアスランの、アマミキョ説得作戦は続いた。
敵側であろうとアマミキョは民間の船だ。だから、いきなり撃つことはせずに説得を繰り返す、そのアスランの姿勢は正しいものなのだろう。かつての彼が、キラ・ヤマトを説得しようとしたように。
だけどね、アスラン。貴方相当の口下手ですよね。僕たちは知ってるんです、貴方の説得が、うまくいった試しがほぼ皆無なことを。それが貴方の欠点でもあり良さでもあるんだけど。
そして第二段階開始。まずはミゲル先輩のお出ましだ。彼の一言だけで、アスランは明らかに動揺してしまった。僕を見たジュール隊と全く同じ反応だった、可哀相なくらいに。
同時にマユも、シン・アスカの前に現れた。インパルスがティーダに組みついた、素晴らしいタイミングで。
……ただ、マユがそのまま姿を晒すとは思わなかったな。声をちょっと聞かせるだけで十分だって言ったはずなのに。
マユはまるで本当の再会をしているように、シンに語りかけていた。そしてシンを人質に、アスランを脅す。
これで確実に、二つのSEEDは手に入った。あとは、二人の覚醒度合いを調べる。
それから一番重要なことがある。僕たちの力になりうるか、どうか。


ミゲルは面白いことをした。サイとアスランを鉢合わせさせたんだ。
サイは船を守る為に、ブロックを切り離してミネルバに衝突させると同時に船を逃がすつもりでいた。その為に5番チューブ付近に潜り込んだ──ミゲルは、アスランをそこへ誘導したんだ。
そして僕がそこに現れる。水の上を静かに滑りながら、闇から現れる車椅子の亡霊。演出としては、まぁ及第点かな。
アークエンジェルから収集した音声データを元に用意した言葉で、僕はアスランを追いつめてみる。僕たちザフトや僕の両親、自分の父親までも裏切り、キラのもとで戦ったアスラン。僕の死を、最終的には「戦争だから、仕方ない」という結論で片付けたアスラン。結局ニコル、僕の存在はアスランにとってはそんなものだった。君はあれだけアスランを想っていたのにね。
……あとは、ハラジョウの音声データの通り。
僕は失望してしまった。いくらチグサ計画の為に他に用途があると言われても、やっぱり僕の存在価値はアスラン・ザラの確保にあるから。
ミゲルやラスティよりも僕はアスランへの執着心は強いかも知れないけど、それだけアスランのことを深く調べている。自覚がある。だから分かった。
明らかにアスランは、誰かから吹き込まれたように喋っていた。言葉に説得力はなかった。やはりデュランダル議長に言われたのか。
僕は、たとえ裏切られてはいても、2年前にキラやアスハ代表、ラクス・クラインと共に戦っていた頃のアスランが一番好きだったのに。その頃はまだSEEDも十分覚醒していて、確保する価値もあった。
今はSEEDは枯れ、意志まで枯れてしまっている。アスランの為に僕は生まれたのに、初めて出会った彼はまるで、悟ったふりをして心を閉ざし、心だけ老けた若者だった。何をしたいか自分でもわかっていない。戦争の根を絶ちたいなんて、貴方一人で何が出来るっていうんだ。
多分アスランの中には、自分の確固たる正義がある。その正義を貫くことが出来ると確信した場所で、アスランは力をふるうことが出来る。それが今のザフトであり、かつての「歌姫の騎士団」だったんだろう。
だけど、正義を貫くことの出来る場所って、どこにあるんだ? そもそも、アスランの中の正義って何だ? それはアスラン自身、多分わかっていない。
だからこそ、アスランは何度も陣営を変更せざるを得ないんだろう。傍目から見れば、当然「裏切り」だ。
アスランの正義を貫ける場所に、僕たちはなれるんだろうか。今は無理だろう。今の時点では、確保の価値はゼロだ。
SEED保持者を物理的に捕まえるだけならそりゃ楽だ。僕たちがいる必要もない。だけど、SEEDの能力を生かすには本人の意思が必要だ。それも、断固として方向性が定まっている意思が。
その意思を引き出す為に、その能力を推し量る為に、その能力を引き入れる為に、僕たちは存在している。フレイも、ミゲルも、ラスティも、マユも。SEED発動のきっかけとなった人物として、僕たちは生まれている。
だから、肝心の保持者当人が今のアスランのようだと、僕たちはとても失望してしまう。ミゲルやラスティはまだ大人だった、僕なんか思わず感情を露にしてしまったんだから。アスランを罵倒し、その直後に子供みたいに避難を楽しんでしまった。自分の中の失望を隠したくて。



 

 

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